【第42話:ひと休みしたら】
3人の旅は続く。
昨夜休んだ場所辺りから、すでに低木も見えなくなり空気も薄いと感じられるようになっていた。
朝にはカーニャの体調が優れず、足止めとなっていた。
両側の扉を開き、換気しながらアミュアが車内に横になるカーニャをいたわる。
「大丈夫?カーニャ、気にしないで寝ちゃってていいよ」
カーニャは少しでも早く身体を慣らしたいと、水分を摂りつつ呼吸に意識を置いていた。
「ありがとうアミュアちゃん、ごめんね寝ちゃうのが怖くて。ちょっと登るペース早かったから身体がついてきてないんだと思う。」
それだけのセリフも少し辛そうなカーニャ。
「話さないでいいよ、ちょっと外みてくる。休んでて」
アミュアの声も表情も自然な気遣いを持っていた。
朝一番で不調を訴えたカーニャに、すでにラウマの奇跡を試していた。
効果は一定あり苦しさは抑えられているが、それでは慣れないからと、以降の治療はカーニャが断った。
おそらく高山病だろうとも判断していた。
カーニャの中に蓄積した焦りが、ペースを速めていたのだ。
そこには自責の気持が多く含まれていた。
ひょいっと身軽にユアが戻る。
休憩している窪地に、岩を越え飛び降りてきた。
「ただいま、カーニャどう?」
声は小さめで、いたわりが籠もっている。
「顔色も良くなってきた。少し休んだら進めるって言ってる」
アミュアの表情は優れない。心配なのだ。
二人には不思議と症状がなく、ユアなどは絶好調である。
「あっちの方に少し行ったら、やっぱり温泉があったよ。カーニャ良くなったら、無理せず温泉入って今日は休んでいよう」
ユアの明るい表情と声は少しアミュアの心をあたためた。
「うん、それがいいよ」
やっとアミュアにも笑顔が咲いた。
ちゃぽんと左右に伸ばしていた腕を戻すユア。
午後になりかなり回復したカーニャは、進もうと提案するが、二人に温泉入りたいとゴネられ入浴の流れとなった。
そこに自分への労りが多分に含まれていることは、もちろんカーニャにもわかっていた。
3人は露天の天然温泉に入っていた。
荒々しい岩同士の狭間に湯が溜まっている。
硫黄を含む空気はとても冷たく、火照った肌に気持ちが良い。
「ふむう、もうあったまりました」
岩の上に大きめのタオルを敷き込み、のぼせ気味のアミュアは大の字。
生まれたままの姿をさらしていた。
「ふふ、アミュアちゃんは温泉に弱いわね」
自分も十分温まり、足だけ浸かるカーニャが話しかけた。
この3人で温泉は2度目になる。
顔に湯をかけていたユアも続く。
「アミュアは小さいからね身体、あったまるの早いのかも?」
と呑気にからかった。
「小さいのではなく、すれんだーなのです」
答えるアミュアが横向きになりポーズを取った。
思いがけずなまめかしい体勢になるが、子どもらしいかわいらしさが先にあり、どこか神秘的な存在感も放っていた。
濡らさぬよう頭を包んでいたタオルもほどいているので、さらりと長い銀髪が体の一部を隠し、かえって大人びて見せるのだ。
その大人びた姿に、ユアとカーニャは目を合わせ、クスクスと笑い合った。
どうしても可愛らしさの方が、先に見えてしまう二人であった。
二人の巻いていたタオルもアミュアが持ち去り、敷いてしまったので、いまは二人も隠すものなく向かい合っていた。
そこにはもう照れもなく、透明な信頼だけが残っていた。
まだ日はあるが午後もいい時間になり、大事をとって今夜もここに泊まることとなった。
カーニャは迷惑かけたお詫びと言って、晩御飯の調理を引き受けた。
テーブルセットや、夜番用の焚き火の準備など手分けして進めるユアとアミュアを見ながら、煮込みに入り火の番だけしているカーニャ。
調理用屋外コンロやテーブルセットは、魔導圧縮も使い馬車に内蔵されているのだ。
後部ハッチがそのままコンロになる仕様だ。
ある程度片付けも調理も進んだ頃、アミュアがピタと手を止める。気付いたカーニャは、ディテクト系の詠唱に入る。ユアも近くに置いてあったクレイモアに手を伸ばした。二人の反応は本当に早く、アミュアはいつも遅れてしまう。
馬車の近くの岩によじ登り、腰のロッドを抜く。
直後に魔法を唱えたカーニャが言う。
「上から一体…だと思う。すごい大きい反応。複数も想定」
短く2人に指示を出し、自分も武装を終え、アミュアと反対側によじ登った。ユアは完全武装でアミュアの横に立っている。3人が最も柔軟に対応出来る配置に自然とおさまる。
少し坂を登った先に人影が現れる。
対比するものが少なく、薄闇がせまりはっきりしないが大きい。
おそらくユアの倍は身長あるかな?とカーニャは想定。すでに魔力を振り絞り詠唱に入っていた。
『まあ待て、そこの娘ども』
はっきりと言葉が届いた。カーニャに遅れて詠唱に入っていたアミュアが、驚いて詠唱キャンセルする。
とん、と着地した。
カーニャは詠唱を一時保留にし、これも着地する。
左手に集めていた炎はそのまま維持している。
ユアはアミュアの前に降りて抜剣していた。
「アミュア?」
一番獣の気配に敏感なアミュアに、短くユアが問う。
「まちがいなく獣」
アミュアも緊張を隠さず短く答えた。
ユアがカーニャを見ると、頷いて声を張り上げた。
「話がしたいってことかしら!」
返事を聞いた獣の人型がゆっくり降りてくる。
『そうだ、ちょっと提案がある』
その声は太く低いが、充分な声量で3人に届いたのだった。
カーニャの眉がキリリと吊り上がりながらも、魔法をキャンセルしたのだった。




