【第38話:アミュアたびの途中】
ソリスの家の玄関前テラス。
そこにぺたりとおしりを落としていたアミュアが、はっと覚醒する。
あまりの空の美しさと、驚きの連続に意識が混濁していたのだ。
ぴょんと飛び上がりながら飛翔魔法を発動する。
上空に上がりながらさらに探知魔法。
全力で詠唱後に放つ。
先ほどの天変地異もどきの光ほどではないが、一帯に広くアミュアの魔力が染み渡っていく。
直後にソリスの反応。
良く馴染んだ魔力は見つけやすいのだった。
「みつけました!」
進行方向の先に大きな湖、そのほとりに賢者は横たわっていた。
「ししょう!しんじゃだめ」
アミュアの顔がゆがむ。
やっと見つけた賢者ソリスはすでに体の半ばを失っていた。
今も端から少しづつ緑の光粒子となり大気に溶け込んでいく。
焼け焦げた細い右腕を、必死にアミュアの小さな手が包む。
「まだ答えもきいていない、しなないで」
アミュアの顔は悲しみでゆがむが、何故か涙は流れない。
しがみついていた両手にぽんとソリスの左手が乗る。
その力なさに恐怖を感じるアミュア。
それはアミュアが初めて感じた種類の恐怖。
喪失の恐れだ。
「アミュアよ、ゆるしておくれ…」
ソリスの声は未だ聞いたことがないほど細々と弱い。
「いい師匠ではなかったな」
眼を閉じるソリス。
「だめ!」
ぎゅっと胸にまで引き寄せたソリスの手を、力の限り抱き寄せる。
己の思いを伝えるのに、他にやり方がわからなかったのだ。
そのとき奇跡が起きる。
アミュアの両手から金色の癒しの光があふれ出す。
時を追うごとに強くなるそれはソリスの全身を包み込もうとする。
「もういいのだ、アミュア」
少し力をもどしたソリスの声にぱっと目を開くアミュア。
「もういいのだ、ここで終わらせておくれアミュア」
すぅっとソリスの両目から光る筋が流れ落ちる。
「やっと約束を果たしたのだ」
にこっと微笑んでソリスが続ける。
「これでやっと皆の所に行ける」
アミュアにはソリスの心が伝わる。
それはラウマの奇跡だったのか。
ソリスとアミュアの重ねた日々の力か。
アミュアの金色の光が消え、辺りは再び静寂が満ちる。
「戻りたいと願うのだアミュア…」
はっと以前ソリスに説明されたことを思い出す。
アミュアはとても記憶力が良い。
ーーー強い気持ちがあれば召喚できないのだ。
「その奇跡の力はお前の世界に戻るため使うのだぞ…」
そこまで伝えたソリスの顔が固まる。
しばらく何が起きたか判らず動けずにいるアミュア。
ふとソリスの顔に目を向ける。
とても優しい微笑みがそこにはあった。
ソリスの胸に顔を埋めアミュアが震える。
声も涙も出てくれない。
だんだん消えていくソリスは、もうアミュアの腕の中にしか残っていなかった。
最後には地面に顔を付け震えるアミュア。
(どうして…あの問いに答えてくれないの?)
(どうして、涙がでないの…)
ただふるふると震えているアミュアだけが残っていた。
さあーっと雲が切れ、天使の梯子が降りてくる。
アミュアを包み込んだそれは、喪失を癒すための光か。
英雄を迎える祝福か。
静かに風が湖面を揺らしていくのだった。
夕方になり、ソリスの家にもどったアミュア。
飛翔魔法を解き、トンと着地する。
そこには天変地異を目撃し、心配して来てくれていたマインとシャリア。
後ろの方にはグリフォンのルインとジュディもいる。
「アミュアちゃん!無事だったのね!」
マインが駆け寄ってきて、アミュアを抱きしめる。
シャリアも近くまで来てマインと一緒に抱き着いてくる。
「よかった!よかったよ!」
一頻り一塊に抱き合い、しばし後に開放する。
アミュアは終始無表情だ。
いつもの事かな?と気にせずマインが問う。
「賢者さまは?!ソリスさんはどうしたの?」
急に不安になり尋ねるマイン。
年齢相応に皺の増えてきた顔をゆがませ察する。
アミュアが答える。
淡々と。
「ししょうは、いいししょうではなかったな、といいました」
その恐ろしいほど抑揚のない声に、シャリアは恐怖する。
「これでやっとみなのところにいける、ともいいました」
ふるえるマインが再びアミュアを抱きしめて泣き出す。
アミュアのその抜け落ちた感情が痛々しく、抱きしめずにいれなかったのだ。
「もういいのよ、アミュアちゃんひどい事を聞いてごめんね。ソリスさんはご立派な師匠様でした」
シャリアも意味が解りもらい泣きし、嗚咽を漏らす。
「もういいのよ、泣いてもいいのアミュアちゃん」
ふたりの溢れる涙をじっと見つめ、アミュアは何故かぽっかり感情が浮かばない自分を自覚した。
アミュアはそうして、しばらくの間マインに抱かれじっとしていたのだった。
すっかり日が暮れ薄暗くなった頃、マインが言い出す。
「うちにきなさいアミュアちゃん。ちょっと騒がしいけど、寝床の心配はないわよ」
「そうです、今はしばらく一人にならないほうがいいです」
まだ涙がにじむシャリアも誘う。
だがきっぱりとアミュアが言う。
「いえ、わたしは帰らないといけないので」
「??」
「??」
意味の解らない二人を置いて、始まりの時に降り立った洞窟へ向かうアミュアがつぶやく。
「ししょうは戻りたいとねがえ、といいました」
アミュアは師匠の言葉に従う。
例えそこに不満があったとしても、文句は言わないのだ。
あわてて二人も追いかけるのであった。
ましろな石材が、よく見ると円形になるよう組み合わせてあった。
今は光がないが、うっすら魔方陣が描かれている。
中心には銀色のロッドが刺さっている。
魔方陣の手前で、ふと振り返りアミュアがマインに問うた。
表情には全く変化がなく、それは初めて見た時のアミュアのままだった。
「前にししょうがこういいました」
真っすぐにマインに視線をあて続ける。
「じぶんで出したこたえだけが、相手をすくう、と」
表情をかえずに問うた。
「そのこたえは、どんなものでも相手をすくいますか?」
感情の薄いアミュアの説明からでもマインは速やかに答えを導いた。
うなづきながらアミュアに告げる。
「もちろんよ、貴方が一生懸命考えて相手のためにしたのならば…」
なぜか涙ぐみながら鼻声でつづける。
「それがどんなことであれ、その人の救いになる…本当に貴方の師匠はご立派な方でした」
ちいさく頷いたアミュアが振り返り魔方陣に進む。
中心まで行き振り返る。
そっとマインに告げ目を閉じた。
「ありがとうマインさんやっと意味がわかりました」
胸の前に組んだアミュアの両手が金色の光を放つ。
ラウマの奇跡の力。
アミュアの中に残っているわずかなそれを全て取り出す。
まるでそこにあるものをただ取り出すように。
足元の異世界転移魔方陣が連動するように緑に輝きだす。
直後にしゅんっと音だけを残しアミュアは消えてしまったのだった。
真っ暗な闇が広がっている。
どこまでも見通せない闇だ。
アミュアは開いていても意味がないなと、目を閉じ心に願う。
(ししょうはこういっていた)
(戻りたいとねがうのだ、と)
その瞬間緑色の光がアミュアを包み込む。
眼を開けたときは森の中に居た。
さっき魔方陣に乗ったのは夜だったのに、ここは真昼だ。
そんなことを思いながら足元に光を見てうつむく。
そこには銀色のロッドが刺さっていた。
何気なく屈み抜き取るアミュア。
それは何事もなく手の中に納まり、きらりと光った。
(ししょう…このロッドもらっていくね、これを使うときししょうをおもいだすよ)
そう心に誓うアミュアであったが。
遠くでおーいアミュアーとよぶユアの声を聴いたときには、色々なことが遠くに感じた。
まるで長い長い夢を見たかのように。
アミュアの旅はまだ続くのであった。




