【第37話:光の世界】
ガラガラガラガラ!
大きな音を立ててソリスの結界が崩れ落ちていく。
強度より速度を重視したため、結界は非常にもろかったようだ。
すでに2度目の結界詠唱に入っているソリスは、結界の欠片を弾き飛ばしながらアミュアの身長ほども浮き上がっていた。
空中にいたドラゴンが降りてくる。
とてもゆっくりに見えるのは巨大すぎるからか。
ズズン!
着地の衝撃で、アミュアがぽんと浮き上がった。
上の方からソリスの叫び。
「家から出るな!アミュア」
まだ詠唱が続いている。
「わたしもたたかいます」
詠唱完了と同時にソリスの叫びが降ってくる。
「だめだ、家にもどれ!」
キラキラ光る虹色の結界が再度構築され家とアミュアを覆う。
直後に平行詠唱していた無詠唱の飛翔魔法で飛び立つソリス。
上空から速射される光魔法。
輝く金色のビームが8方向から曲射され、黒竜に打ち込まれる。
一本一本がアミュアの上級光魔法に匹敵する。
それを無詠唱だ。
アミュアは玄関のすぐ前で横座りし、上空を見上げる。
『GYuuarrrrrrrrrrrrrrrraarr!!』
至近から放たれた咆哮は、結界を超えアミュアをころりと倒した。
とどろく咆哮とともに飛び立った竜が瞬く間に小さくなる。
飛翔時の凄い風圧が、結界を超えてすらアミュアを転がし玄関まで運んだ。
泥だらけになり上半身を起こしたアミュアに見えたのはそこまでだった。
黒竜もソリスもはるか雲の上に登り、上空で戦っているのだ。
黒竜のブレスの炎(多分)でびっくり
巨大な黒竜でびっくり
ソリスの全力魔法でびっくり
大きな声で竜が叫びびっくり
びっくりが多すぎて、思考停止しているアミュア。
ぼおっと雲を眺め、あちこちで金色や真っ赤な光が流れる。
なんだか綺麗だな、などと考えていた。
ソリスは飛翔魔法を二重に重ね掛けし、速やかに上空に戦場を移す。
(ここまで上がれば、維持結界と防御魔方陣でなんとかふせげるじゃろう)
その顔色はすでに土気色。
アミュアにだけは攻撃させまいと、無理に上空に逃げたのだ。
遮るものの無い上空は不利で、戦術的に悪手だと知りながら。
ここまでで老いた彼の限界を超えてしまっているのだ。
懐から小瓶を出す。
最近まで研究していた秘薬だ。
いつかこの日が来ると、準備していたもの。
悪を裁き滅ぼす、異世界の雷神ペルクールの力を宿した秘薬だ。
異世界からの召喚魔法も、この副次的発見だった。
雲を突き破り黒竜が上がってくる。
刹那に詠唱待機済みのソリスの魔法。
「ハイパーメガフォトンレイィ」
キシュウゥゥゥゥーーー!
それは最上級の光魔法、ソリスの身長を超えるほどの極太の輝くビーム。
時差なく叩き込まれたそれは、黒竜の結界をいくつか破壊したにとどまる。
まだダメージは入っていない。
飛び去りながら念話がとどく。
(ひさしいなソリス。あの時は世話になったな…随分回復に時間がかかったぞ。)
それは今、雲を超えさらに空気の薄い上空まで飛び去った黒死竜グラザーヴァスのものだ。
遥か昔にソリス達、勇者一行が封じた魔竜。
(礼をしようと探したが、貴様しかもうおらぬとはな。)
「だまれ、今一度地獄の門に封じてくれるグラザーヴァス!」
追いかけて高度をとりつつ、自作の異世界秘薬を飲み干した。
(ふふふ、わかるぞ貴様も衰えておるな?今の我でも貴様を屠るのはたやすそうだ)
(全盛期の力には程遠いが、これを耐えられるか?賢者よ!)
黒竜の顎が大きく開き、多重魔方陣が錬成。
キィィコオオォーーーゥ!!
直後に先ほどの炎とは違い、漆黒の炎がソリスに伸びる。
お返しとばかりに放たれた黒炎は瞬時にソリスに到達し包み込んだ。
「まだだ!まだとまらぬぞ!」
多重詠唱された結界魔法がキリのようにソリスの進行方向に現れ、黒炎を切り裂いていく。
進む速度は最低限のロスだったが、結界をこえてくる熱がソリスを焼き尽くそうとする。
「ぐ、ぐぉぉおおおお!」
焼かれながらも進むソリス。
(なにをする気だ?自爆か?とどかんぞ?)
未だ嘲笑を含む黒死竜の念話に、わずかな勝機を見出したソリスの頬がニヤリとゆがむ。
まもなくソリスが黒竜に届く寸前、再度炎のブレスを吐くグラザーヴァス逃がさぬとばかり広範囲に吹き出す。
それこそがソリスの狙いだった。
以前に戦った時にも同じコンビネーションを一度見ていた。
真っ赤な炎が広がり、両者の視界を一瞬ふさぐ。
魔力を含む炎は、魔力探知すら遮った。
焼かれつつも小さく詠唱し続けていた異界の雷神の力。
ポーションはソリスの命を原料に、莫大な異界の神の力を呼び込む。
ソリスを緑色の魔方陣が包む。
ソリス自身が積層多重魔方陣と化すのだ。
「この一瞬のために生き恥を晒して来たのだ!」
世界が光で満たされた。
天が輝いていた。
見上げたアミュアの視界いっぱいの雲がすべて輝く。
その美しくも恐ろしい光景は、アミュアの中に深く深く刻み込まれたのだった。




