【第35話:たずねてはいけないこと】
ある晩ソリスが帰宅しないことがあった。
アミュアは言われたことを全て覚えて、正確に必ず行う。
細かいところでは、手を洗うことや寝る前に歯を磨く。服は毎日変える。などといった生活にかかること。
詠唱する、魔力を抑える、術式に工夫をするなどの魔法に関すること。
全てソリスの言う通りにする。
心の中で面倒だと思っても、サボったりごまかしたりはしない。
弟子としてはかなり優秀である。
食事にも文句を言ったことはない。
不満が無いわけでは無かったが、言葉にはしなかった。
なかなか意味が伝わらないことや、取り違える事は時にあるのだが。
ソリスが夜はベッドで寝ていなさい。
そう言えば、ちょっと気になったり心配してもベッドから出ることはなかった。
例外はトイレの時だけである。例外が定められた事件はまた別のお話。
アミュアは朝まで起きていたのだが、ソリスは結局その日のお昼まで帰宅しなかった。
しばらくは変わったことがなく、順当にアミュアは力を制御する術を身につけた。
轟々とアミュアが魔力を纏い浮き上がる。
半眼に伏せたまつ毛は長く、恐ろしいほどの速度で詠唱する唇は艶めく桃色。
突き出し開いた手の先に、高密度の光粒子が集められる。
「マグネティクメガフォトン」
しゅんっ
集められた魔力に比して音は控えめだ。
だがその光度。
真昼の光を圧っして、黄色い閃光が走る。
過たず的を打ち抜く光は、直径がアミュアの頭より大きい。
すでに上級魔法の中でも高度な光魔法を操るまでになっていた。
今日もソリスは木陰から出ない。
最近はあまり口もきいていないな、とアミュアは別の事を考えながらも、次々と高度な魔法を試してゆく。
木陰の椅子にはじっと座っているソリスが見えた。
その表情は影に入りうかがえないのだった。
その夜半、珍しく言いつけをやぶるアミュア。
静かに家の奥に進み、ソリスの部屋に行く。
以前に教えられたように、優しく3回ノックした。
コンコンコン
ほんの数秒で答えがあった。
「入っていいぞ」
ソリスにはとっくに近づくアミュアがわかっていたようだ。
ソリスのベッドの横に、近くにあった小さい椅子をずらし座るアミュア。
椅子に座っても視線の高さはあまり変わらず、少し見上げるようにベッドに半身を起こしたソリスを見る。
じーっと見つめ続けるだけで、一向に口を開かないアミュア。
やれやれと言うように眉尻を下げソリスが言う。
「じじいの顔を観に来た訳ではあるまい。何か気になったのだな?」
少しだけ戯けるように言うソリス。
「なんだかソリスさんはおかしいです」
あの、帰宅しなかった夜からソリスは無口になった。
何かおかしいのは直ぐに気付いたが、それがどうしてなのかアミュアには分からなかった。
わからないのだから尋ねよう。
そんな気持ちを抑えられず今夜聞きに来たのだ。
「さみしそう?に見えます」
何故さみしそうなソリスがおかしいのかは不明だが、アミュアが他人の気持ちを気にしたのは初めてだった。
「…そうか、私はさみしそうか。」
短く答えるソリス、目線はアミュアを捉えない。
先日マインに教えられ、古い友人を看取りに行った。
あの日そう多くを語り合ったわけではなかったが、最後の友が去ったのだ。
ソリスには自分で思う以上のダメージがあった。
夜半に訪問先を辞してから、翌日の昼に帰宅するまで気持ちの整理はつかなかった。
転移術式の魔法陣や飛行魔法があるので、身一つであれば早い。
麓の町まで移動時間がかかるわけではなかった。
「いったい何があったの?」
ソリスはアミュアの声に応えない。
「わたしはどうすればいいですか?」
2度目の問いかけには流石にソリスも答える。
「アミュアよ、もし寂しそうだったり辛そうな人を見つけても」
言葉を切り、アミュアを見つめる。
「その者に尋ねてはいけない」
ふっと優しい目になり続ける。
「自分で出した答えだけが、相手を救う事ができるのだよ」
何時までも考え続けるアミュアを、優しく見守るソリス。
「今夜こうしてここに来たこと、それはお前が出した答えだ」
ソリスの目にはもう近日の寂しさは見当たらない。
そしてアミュアはお前ではないとは言わなかったのだ。
翌日何時までも起きてこないソリスを起こそうと、アミュアはまた寝室に行った。
ソリスは今日は具合が優れないので鍛錬はせず1日休みだと言った。
扉をはさんだ会話だった。
「あまり遠くには行ってはいけない」
とだけ最後に指示を受けた。
天気が良かったので、庭に出てゴーレムのルンを見るアミュア。
端からきれいに芝を刈り込んでいくルンをじっと横で見ながら話しかける。
「ずっと考えています」
短い言葉をルンに向けるアミュア。
カタカタカタ
答える事が出来ないことを知らないのか。
答えなど求めていないのか。
「ルンダはどうしたらさみしくなくなりますか?」
カタカタカタ
ルンダではなくルンですとも答えず、黙々と芝を刈り去っていく。
何度も左右に通り過ぎるルンを見ながら、色々姿勢を変え考え続けるアミュア。
「なぜ、たずねてはいけないのだろう」
アミュアの問いには一向に答えが見つからない。
最後には仰向けに寝転がりヒザから先をぴょこぴょこ動かして、頰杖をつくアミュアの周りだけ長い芝が残ってしまった。
少し傾いてきた太陽がアミュアの影を伸ばしていった。




