【第34話:マインとジュディ】
ソリスの家は人里を遠く離れた辺境の山中にある。
見上げる巨大な岩山の中腹に、半円状にえぐられた平らな土地に建っていた。
実はこの土地を含め建物まで、全て精密に組まれ丁寧に描かれる魔法陣を使う儀式魔法で作られていた。
それはアミュアを呼び込んだ召喚魔術と同系統。
ソリス以外には単独で行使不可能な巨大術式だった。
「起きて下さいソリス、お腹がすいています」
建物の一番奥にあるソリスの寝室で、ゆさゆさと薄がけを揺するアミュア。
さらりと長い銀髪が揺れる。
むくりと起き上がるソリス。
ここ最近は遅くまで検証考察する事が多く、睡眠不足だ。
どんなに魔法で身体を作り変えようと、睡眠の欲求には打ち勝てていないのだ。
まだ眠そうな目でアミュアを見ながら、ため息と共に諌めた。
「アミュアよ、目上の者には敬意を払わねばならぬぞ。名前には『さん』や『さま』をつけるのだ」
「起きて下さいソリスさん」
変わらずゆさゆさするアミュア。
「いや起きているぞ?」
ソリスは眉を下げ、わずかに絶望をにじませ答えた。
午前中は大抵魔法の修練をするアミュア。
時々指導の声はかけるが、基本的にソリスは木陰から動かない。
アミュアが詠唱し、宙に浮きながら魔法を放つ。
アイスジャベリンだ。
わりと一般的な中級魔法だが、これほどの速度と精度は熟練者でもなかなか望めない。
それに比して拙い変換効率。
今の4連射で普通の魔術師なら倒れてもおかしくない魔力を放出した。
(そもそも中級魔法程度で体重を超える浮力はつかぬはずだが)
魔法を行使する時は、魔力を使いたい属性に変換しながら体の外に出す。
それを編み魔法として行使するのだが、魔力を外に出す過程で術者が宙に浮き上がるのだ。
(まあアミュアは軽いからな。にしてもまだまだだ)
修練と観察。
そうしてアミュアとソリスの不思議な師弟関係が続いているのだ。
すっと影が横切り、上空を何かが越えていった。
ソリスは事前に察していたので、視線を向けただけだ。
(早かったな、無理をさせたか?)
青空をくるりと横切り一度通り過ぎた影が、正面からバッサバッサと羽ばたき高度を落としてくる。
アミュアは理解の限界を超えたのか、ぽかんと口を開け見ていた。
そこに降り立ったのは白い羽毛が眩しい鷹の姿。
だが薄黄色いクチバシを持つ、その首と翼から後ろはこれも白毛だがライオンの姿だ。
着地するとゆっくり長い尾を一度ふり、その場に伏せた。
馬より大きな魔物、『グリフォン』である。
白いグリフォンには鞍が置かれ、人が乗っていたのだ。
ゴーグルと髪をおおっていたフードをずらし、ソリスの方に歩いていく。
栗色の柔らかそうな髪が現れた。
革防具に包まれマントで隠れているが、女性とすぐわかるボディライン。
アミュアの目は大人しく伏せの姿勢をとるグリフォンに釘付けだ。
「すまんな無理を言ったか?マイン」
「お久しぶりです賢者さま」
ソリスのそばまで来て会釈する。
落ち着いた声だが若い、30才には届かないだろう。
「大丈夫です。ジュディの運動にもなりました」
ソリスの座っていた椅子のそばの日陰に、背負っていたカバンから荷物を出して置いた。
ジュディは白いメスグリフォンの名前だ。
うっすら微笑み、ソリスへ伝える。
「連絡いただいた荷物です。あの子はお弟子さんですか?ずいぶんと可愛らしい」
グリフォンとの間に緊張感ある間合いを維持しつつ、右回りににじり寄る少女を見て聞いた。
ふっとそのアミュアの行動を見て顔を緩め答えるソリス。
「まあ、そのようなものだ。あの子には食事が必要なのでな」
「あぁ、なるほど。生鮮食品が多いのはそういう事でしたか」
二人がしばらく話し込んでいると、グリフォンには結局触れなかったアミュアが諦めて歩いてきた。
「こんにちはアミュアちゃん。マインよ、ふもとの村に住んでいるの」
ペコリと頭を下げ答えるアミュア。
「こんにちはマインさん、あの鳥はとても綺麗ですね」
無表情の裏側に隠しきれていない興味があふれていた。
にっこり笑いながらマインが教えてくれる。
「あの子はジュディ、女の子なのよ。普段はとてもおとなしいから、優しくなでてあげてね」
ついにこらえきれずぱぁっと笑顔を見せ、くるりとジュディへ向かうアミュア。
見送る二人にも自然と笑みが浮かんだ。
しばらく見ていると、ちょこちょこ距離を詰めなんとか首のあたりを、恐る恐る撫で始めたアミュアが見えた。
しばし穏やかに近況など伝えていたマインの目が曇る。
ソリスも気付くが表情は変えない。
不自然に間をおきマインが話す。
「祖母はもう長くないと思います」
すっと目だけ下げソリスが答える。
「そうか、あの子がそんな齢とはな。共に旅をしたのは何時だったか…」
声も落とし静かに目を閉じた。
マインの祖母は、ソリスが若い頃共に試練に挑んだ仲だ。
当時はアミュアよりも少し上程度の年齢だったはずとソリスは思い出した。
もう何年会っていないだろうか。
研究だけを生きがいに世界との繋がりを煩わしく思っていたソリスは、大事な友と疎遠になっていたことに気付く。ひどい自分勝手を通していたと。
今でもその縁で、こうして娘や孫をよこしてくれるというのに。
アミュアがやっとジュディの首に手を回し抱きついた頃、消え入るようにソリスは続けた。
「分かった、今夜会いに行くと伝えてくれるか?」
マインはただ静かに頷いたのだった。
嬉しそうに目を細めるジュディに、ぎゅっと笑顔で抱きつくアミュアを見ながら。




