【第32話:ゆっくりと観察する男】
「……魔法が、使えないだと?」
ソリスの家の前。召喚された洞窟も見える芝生が広がる広場。
二人は向かい合って立っている。
身長差が大きいのでソリスが少し屈むように話していた。
アミュアの魔法行使能力を測ろうと、屋外の試験場にきたのだ。
そこでの二人の最初のやりとり。
「魔法を撃ってみろ」「魔法はつかえません」の会話からたっぷり時間を置いたソリスのセリフであった。
「アミュア…お前の中にある魔力は、一国を代表する魔導師のそれに匹敵するのだぞ」
アミュアは一度自分の名前がでたので、その後の”お前”は見逃すことにした。
(魔力はあっても、使えない?召喚魔術の影響?)
静かな表情からはアミュアの内面の思いは読み取れず、ソリスは続けた。
「……何があれば、そうなるのだ。理解が、追いつかぬ」
それから一日をかけて、アミュアに魔法をインストール、いや指導したソリスであった。
「よし、ではあの的に魔法を放ってみるのだ」
ソリスが指さす先には、多面反応装甲術内蔵型重層魔法結界の施された、上級魔法の直撃にも耐えうるソリス専用の特別改造的があった。
見た目は普通の的である。
「わかりました」
そう呟いた直後、恐ろしいほどの魔力がアミュアから立ち上りふわりと宙に浮かぶ。
それは賢者と呼ばれるソリスのそれに匹敵する漏洩密度であった。
腕一本上げない直立の姿勢のまま、詠唱もなく魔法が発動される。
直後アミュアの頭上に一本のアイスジャベリンが生み出され。
ズドン
一瞬の後的に突き立った。
目を見開くソリスの髪が遅れて揺れる。
風が後から届いたのだ。
それはソリスの全力の一撃にせまる出力・速度であった。
多面反応結界が砕け散り威力を逃がしたのにも関わらず、何層も重ねられた防御結界すら破り的に刺さっていた。
「ありえん…たかが中級魔法だぞ…しかも私が教えたのはアイスニードル。初級魔法のはず」
パタリ
「ん??」
気配を感じ取り顔を向けると、そこには直立の姿勢のまま後ろにたおれたアミュアの姿。
「…まさか…全魔力を込めたとでも…」
慌てて助け起こしに行きながらも、ソリスの頭の中では今起きた異常事態への考察が始まっていた。
きこきこきこ
ソリスの家の前、かなり大きめの芝生に一抱えほどの金属の円筒が動いている。
高さはアミュアの手のひら程で上から見ると完全な円を描く物体だ。
しゃがんで不思議そうにみているアミュア、にソリスが説明する。
「それは芝を刈るアイアンゴーレムだ、広い芝生を整える能力を持っている。名前はルンだ」
きこきこと音をだしながらゆっくり右から左へ向かう黄色と茶色のゴーレムを首で追うアミュア。
「るんだ、るんだ」と小さくつぶやいている。
ちょっとたのしそうな雰囲気があるが、表情はまったく動かなかった。
名前に誤解がある事に気付くソリスだが、面倒なので気にしないことにした。
「ひとりでこの芝生をせいびするのはたいへんそうです」
ふとソリスを振り仰ぎ意見するアミュア。
「まあ見ているがよい、そろそろだ」
にやりとまるでその質問を待っていたかのように答えるソリス。
アミュアが見ている限りかなり長い時間作業をしていたゴーレムはある時向きを変えソリスの家の方に向かった。
とことこと少し後ろをついていくアミュア。
家にたどり着くと玄関の横にあるくぼみにピタっとはまり停まった。
よく見ると同じような施設があと二つあり、今度は真ん中の紫の機体が動きはじめる。
アミュアの目に理解の光。
反対の施設には赤い機体がはまっていた。
弐号機だろう。
「なるほど」
さらにちょっと楽しそうな雰囲気を濃厚にし、初号、いや紫の機体をてとてと追いかけ始めるアミュアであった。
それを少し離れた木陰にある椅子に掛け、眺めながらソリスの考察はすすんでいた。
(自分の魔力を行使しているようには見えなかった)
(まるでただそこにある物を取るように己の魔力を全て出す。そんなことが可能だろうか)
芝生の端まで追いかけたアミュアはひざ丈の白いワンピースのスカートを少し持ち上げ、足を広げた。ここを通るはず、といった期待がにじみ出ている。
しかしどんな技術なのかゴーレムはアミュアを大きく避けて後ろに回り込む。
振り向いたアミュアはついに堪え切れなかったのか、プクっとほほを膨らませた。
(あの自然な動きや、多少発色は悪いがたしかにある感情)
顎に拳をそえ、さらに深く思考に沈むソリス。
(作られたものではない自然さと、作られたもののような不自然さ)
その後も魔力が一向に回復しきらないアミュアを芝生で遊ばせながら、観察を続けるソリスであった。
「おま、アミュアは腹が空かないのか?」
一瞬でアミュアが言い返す雰囲気を察知し素早く言い直すソリスは、自分が普通の人間と違うサイクルで生きていることをふと思い出しアミュアに尋ねた。
アミュアは自分のお腹に両手をあて少し考える。
「とても空いているようです」
短く他人事のように答えるアミュア。
少し暗くなったので家に戻った二人だった。
アミュアの魔力は半分も戻っていないようだ。
賢者として長い時を経た彼は、魔法的強化・置換によりほぼ食事を摂らずとも生活できた。
たしか前に生体サンプル用に準備した栄養ペレットがあったはず、とゴソゴソ探し始めた。
「あったあったこれは大抵の生物が吸収可能な栄養ペレット。味にもこだわる高級品だ食べるがいい」
ソリスはふぅっとホコリを払い、木製の箱をアミュアにわたした。
なんとかまっしぐらと書かれた箱を。
受け取った箱をもち最初に許可されたテーブルに座るアミュア。
ぱかっと蓋を開けるとそこには、ほんの指先ほどに乾かし固められた物体。
色は茶色や緑や黄色とカラフルで、少し芳ばしい匂いがする。
ひとつ摘まみ口に入れる。赤茶色のそれであった。
カリカリと咀嚼し無表情に飲み込む。
意外においしかったのか、次々両手でひとつずつ口に運んでいた。
カリカリコリコリというアミュアの咀嚼音だけが部屋に流れていた。
(ふむ、食欲は通常通りだが自己判断で栄養を取ろうとはしない)
「これからは腹が空いたら言いなさい、えさィャ食事を準備してやる」
アミュアは口の中がいっぱいだったので、頷いて返事をした。
伝わらないといけないと思い、大きく何度も頷きながら咀嚼した。
カリカリコリコリ
ソリスは静かに観察と考察を重ねていった。
このアミュアという少女の。




