【第31話:アミュアのたびだち】
ーーー時は少しさかのぼる。
やわらかな緑のトンネルを抜ける二人の少女。
つい先程名付けられ、アミュアとなった者と名付けたユアだ。
わずかに進む歩幅が違い、少し距離を置いて歩いていく。
小道を歩くその距離が、そのまま二人の心の距離を示しているかの様だった。
前をあるくユアがふと異変に気付く。
「あれ?」
振り返り、きょろきょろ見回す。
「あれ?!アミュア!」
少し後ろを歩いていたはずのアミュアがいない。
道は真っすぐでまだ祠の広場が奥に小さく見えていた。
左右はしっかりと茂った現生の森、ちょっと迷い込むような場所でもなかった。
(忘れ物でもあって戻ったのかな?)
一番納得できそうな理由を見つけ戻り始めるユアであった。
(なんだろう、さっきまで後ろに居たのに。なんだか胸がざわざわする――)
こうしてユアとアミュアは、出会った直後に別れることとなったのだった。
ラウマの祠からほど近い森の中。
森を進んでいたアミュアはふと呼ばれたような気がして森の奥を覗き込んだ。
キラリと何かが光り、ふらふらと吸い寄せられるように森に踏み込むアミュア。
瞳に光はなく、トランス状態のように見える。
ほんの少し進んだ先に小さな広場のような場所があり、その地面に銀色のロッドが刺さっていた。
光はそのロッドからだ。
誘われるように近づきアミュアは手を伸ばす。
その指先が触れた瞬間、しゅんと小さな音だけ残しアミュアが消えてしまった。
ロッドに吸い込まれたようにも見えたのだった。
ーーーーー
アミュアが目を覚ました時、足元には綺麗に成形された白い石材が目に入った。
その石材に緑色の光る線が複雑な文字や図形で、いくつもの円を成している。
なんだか綺麗だなと目を引いたのだ。
「なんだ、子供か…」
さらに周りを見ようと顔を上げたアミュアは、少し離れた所からかけられた声に顔を向ける。
床以外は荒々しく削られた黒い岩肌があり、そこに一人の老人が立っていた。
黒く長いローブが床まで届き、上半身に行くほど銀糸の細やかな装飾やところどころ小さな宝石も縫い込まれている。とても高級そうな装備であった。
白に近い銀髪が後ろでくくられ背に流れている。
額にはこれも銀の額冠。
右手には銀のスタッフ。
スタッフは何本もの複雑なカーブを描き、収束するように手元に伸び、男の身長ほどの長さだ。
その皺深い顔は、深い知性と気品が溢れていた。
コテンと首を曲げたアミュアも尋ねる。
「ここはどこですか?」
先ほどの出会いの場は男の住まいのそばに在る崖に穿たれた洞窟の中であった。
あまり気乗りしない様子で、説明を省き「ついてこい」とだけ残しすたすた家に向かった男。
状況が判らないので判っていそうなこの人物に聞こう。
それだけ思い、後ろをついていくアミュアだった。
家はこれも白い石でできており、柱は飾りの入った白い円柱が角々にある。装飾はシンプルながら精緻でとても手のかかった建物だとアミュアは思った。
男に続き空きっぱなしの扉を入っていく。
「そこにかけろ」
またしても言葉少なく命令調にはなす男。
指先が部屋の奥のテーブルを指している。立派なこげ茶色の木製だ。
テーブルセットに腰かけたアミュアはじっと男を観察していた。
もの問たげな視線から察したのか男が続ける。
「いまから説明する。」
男が言うにはどうやらアミュアは召喚されたようだ。
魂の薄い、魔力の多い者。
場合によっては人ではなくてもいいという条件の、精密な召喚を行ったのだという。
勿論召喚には抵抗することもできる余地も残したと。
そこに居たいという強い気持ちがあれば召喚できないのだという。
「お前、複雑な構成をしているな…」
「お前ではなくアミュアです」
静かな老人の低い声に、静かなアミュアの高い声が返す。
「…アミュアと言うのか?少し魔力が多すぎるな。どうしてその量と質を保持できる?」
じっとアミュアを見つめながら深く思考に沈む男。
アミュアはとりあえず名前を認めてもらえたので黙っていた。
「作られたもの、ホムンクルスか?兵器か?いや揺らがぬ魂の定着がある。」
ぶつぶつと独白しながら様々な出自を想像する男。
ふとアミュアに視線を当て尋ねる。
「お前、いったい誰に作られた?いや作られたものなのか?」
「お前ではなくアミュアです」
「…」
二度目のやり取りにさすがの冷静な男も眉が跳ね上がった。
ここで怒っては負けだと思ったかどうか、静かに訂正し質問しなおす。
「アミュアは誰かに作られた存在か?」
少し上の方に視線を向け考えるアミュア。
「よくわかりません」
そんなに多くはない頭の中の記憶を総動員し回答をだしたアミュアであった。
「…なるほど」
アミュアが座っているのとは別で暖炉の前に置かれた立派なカウチに座りながら、さらに深い思考へと男は進めていく。
「あなたは誰ですか?」
長い沈黙の間に、自分が名乗ったのに名乗り返さないのは失礼だなと思い尋ねるアミュア。
眼を見張りアミュアを見ている老人が、ふいに俯き声を漏らす。
「くっくっくっく。これはとんでもない拾い物かもしれんな」
意思をもつ人工物ではなく、人工物にもみえる人間なのだと判じたのだった。
自ら設問を問いかけることは、人工物にはできないのだ。
「わたしは名もなき賢者と呼ばれるものソリスと言う」
「ものそりす?」
「…いや…ソリスだ」
少し意思の疎通に問題が多いが、こうして二人の生活が始まったのだった。
ひそやかに。




