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【第28話:光の円環】

ミーナには物心ついたころからずっと「元気な日」が少なかった。

歩けるようになった頃には、もう家の外には出られなくなっていた。

ベッドと、部屋の中が世界のすべてだった。

両親は悲しみ、名のある医師や魔法技師を何人も訪ねてくれた。

ミーナは、痛いことも怖いことも、泣かずに耐えた。

それが、せめて家族にできることだと思っていたから。


「わたし、なんのために生まれてきたんでしょう……」

目が覚める度にうかんだ言葉。

遮られたカーテンの向こうにある朝に、何度問いかけたか分からない。

かつて姉にそう訊ねたときは、初めて本気で怒られた言葉。

声にだしたのは久しぶりだった。


今日は少し調子がよく、ミーナは体を起こしていた。

日の光はまだつらくて、もうずっと外には出ていない。

先日から医師も来なくなり、薬も数が減った。

姉に心配をかけているのも分かっていた。

だからこそ、生きることの意味が分からなくなっていた。


――そう、思っていたはずだったのに。


ミーナの両手が顔を覆う。

茶色のサイドテーブルには、小さな白い花冠が置かれていた。

銀色の美しい少女が、優しい声といっしょにくれたもの。

少しだけ萎れているけど、まだきれいなかたちを保っていた。


ミーナの目に、熱い涙があふれた。


「諦めたくない……わたし、まだ……生きたい。アミュアさんや、姉さまみたいに……知らない世界を見てみたい」


花冠は、小さな世界の中に差し込んだ、扉の鍵のように思えた。

知らない風景、知らない音、触れたことのない空気。

知りたくないなんて、思ったことはなかった。




 カーニャの家は基本的に静寂が支配している。

ミーナを労わって、強い光も大きな音も近づけなかった。

少し離れた廊下にいても、静かな嗚咽が響いてきていた。

 すっと瞳に決断の光を宿してユア。

「カーニャ試してみよう」

 昨夜話し合っていたラウマの力を試しに3人で来たのだ。

アミュアもカーニャもうなずく。

「影獣以外に使うのは初めてだけど。ラウマさまの力だもん、きっと良くなるよ」

 謎の自信を掲げてにっこりするユアであった。

そのままカーニャがノックして入室を求めた。

「ミーナおはよう、アミュアちゃんとユアがまた来てくれたわ。入ってもいいかしら?」

 わずかな沈黙の時間をはさんで、答えが来る。

「おはようございます皆さま。少しだけお待ちください」

 思っていたよりしっかりとした声が返ってきた。

 しばし待つ3人であった。




「大丈夫。怖い事は何もないから。ラウマさまの祝福をわけてあげるだけ」

 いつものにっこりでミーナに告げるユア、すでに両手をつないでいる。

ユアにはこの左手の使い方が、まるで本能のように分かっているのだ。

結果についてもある程度予測できていた。

ただ自信は強がりであった。

 あの初めて使った山中のように、軽く目を閉じ集中すればよかった。

握りあったユアの掌からあたたかな光があふれる。

光がミーナの体にしみこんでいく。


 グオオオオォォォ!

その瞬間、ミーナから猛烈な勢いで暗闇があふれ出す。

それは瞬く間に部屋を覆い、視界を奪った。

「な!何事!」

 叫び駆け寄ろうとしたカーニャが、何かにはじかれる。


 ズン!…ドサ

 暗闇の中カーニャが倒れた気配がする。

その直後陰々と、そこいら中の影から声がする。


『驚いた…ペルクールの雷だけじゃなくラウマの力も宿しているとは』


 黒い影に覆われた室内に、さらに黒いもやが集まっていく。


『その娘の中は居心地がよかったのだがな』


 もやは少しづつ形を成していった。

 大きな人型だ。


『ふむ不十分だが動き回るだけの力は貯めることができた』


 集まる影が濃くなるほど、室内は明かりが戻っていく。

その腕はまがまがしく、気絶したユアを抱きあげていた。


『まだこの娘も力が弱いな、今のうちに食っておきたいが』


 ベットの上で気を失っているミーナ。

そして自分の横で倒れているカーニャをみたアミュア。

ユアに顔を近づける、その恐ろしい人型の獣に強い嫌悪を感じた。


「ユアからはなれて!けがらわしい!」

 アミュアから、かつてないほど強い言葉が出た。

声と同時に体の奥から力が湧いてきて、恐ろしいとは感じなかった。

同時にアミュアの左手から金色の光があふれ出し闇を払った。


『ぐああああぁあぁぁぁぁ!』


黒い人型がユアを手放し、目のあたりを覆いさがる。 

魔法ではなく、ユアの左手と同じ光だ。

なにか大きな力とつながった感覚だけがアミュアにあった。

アミュアにはその使い方がわかる。

手を触れる必要すらないと。

いまやタジタジと下がっていくその黒い人影に、左手を向けた。


 その瞬間凄まじい痛みがアミュアの体をつらぬく。

あまりの痛みに声も出ず、ただ体中が痙攣した。

(あああああああああああああああああ)

 声にならない叫びが上がるが、痛みを和らげることはなかった。

脳が心が焼かれる痛み。

永遠に続く責め苦がふっと弱まる気配。

「くあぁぁぁぁ!」

 やっと声がだせたアミュア。

 左手にあたたかい熱。

 痛みがちょうど半分くらいになった。

なんとか目を開けたアミュアの視界にユアの笑顔が浮かんでいる。

「大丈夫?アミュアずいぶん無茶しちゃったね」

 涼し気に言うユアだがつないだ左手からは今も痛みが流れ込み、アミュアの手と同じように光るユアの左手にも同じ痛みが伝わっていることが分かった。

「…っつう!」

自分はまだ声も出せないのに、ユアはがまんづよいな?

と場違いに冷静な思考も浮かんでいた。


『や…やめてくれ…俺様が消えてしまう』


一転、弱弱しくなった影の声が足元から聞こえた。


 二人は相手の目だけを見つめ互いの左手と右手をつないでいた。

それぞれの左手から相手の体に光がしみ込んでいく。

ちょうど輪になるように。

そこに二人を中心とした大きな金色の光輪が浮かんでいた。

もう影の声など聞こえない。

ただ互いの鼓動すら感じあえる共感だけがあった。

ついに痛みが消えていく。

 光が納まってきて、二人で天井近くの空中に浮いているのに気付いた。

ゆっくりと高度を下げながら、意識もしっかりしてきたアミュアが尋ねる。

「ユアが助けてくれたの?」

「よくわかんないよ、なんか大きな力に繋がっていた気がする」

「ラウマさまなのかな?」

「どうかな?でもラウマさまだったらいいな」

「??」

「ふふっ、だってあの光は二人を祝福してくれたきっと」

「?????」

「ラウマさま怒ってないってことだもん!」

 元気に話すユアとともにやっと絨毯の上に落ちた。

痛みがあるほどの速度ではなかったが、いつものようにユアがアミュアを庇う。

なんだかそうして抱きしめられていると安心できるなと、アミュアは思っていた。

あとできれば、頬が赤くなっていなければいいなとも。

いつもの誤字脱字表記修正です。お話は変わりません。お騒がせして申し訳ありませんでした。

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