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【第27話:青い月夜の告白】

 カーニャの実家は正面入り口の反対側に、大きめの裏庭がある。

季節の草花や、花や果実のつく木が美しく配置されている。

その中央に、屋外用の白い金属製の茶会テーブルがあった。

4脚のこじんまりしたテーブルセットだ。

 そこに一人夜着で座るカーニャの元へ、ユアが訪れた。

やはり白い寝巻に薄い黄色のガウンを羽織った姿だ。

ユアにきづいたカーニャが顔を向け、立ち上がろうとする。

すぐ横まできて肩を軽く押しカーニャを座らせるユア。

あの村での経験は二人の距離をとても近いものにしていた。

「すわってて、カーニャ。少しだけ話ししたいの」

なんだか力が入らずされるままに座ったカーニャは顔を俯かせる。

晴れた夜空に浮かぶ半月の明るい光は、斜めに差し込みカーニャの顔も半分だけ照らしている。

言葉のないカーニャの横の椅子に座り、静かに話し出すユア。

両肘をテーブルに突き、両手で頬を支えている。

「いつかの夜にもこうして話したね、温泉にはいった後」

ちょっといたずらっ子みたいな態度のユアに、カーニャからは返事はない。

二人の視線は未だ交わらない。

「今日も少しだけあたしの秘密をきいてくれる?内緒にしてね」

はっと顔を上げるカーニャ。

かつて二人の間を埋めたユアの覚悟を、今一度見たのだ。

「もちろん。」

カーニャもあの日と同じように、覚悟に覚悟で持って答える。

表情はまだ硬いが、あの夜と同じ短いしっかりとした答え。

にっこりと笑いユアが話し始める。

「あたしにはもう一つの秘密があるの。アミュアもすべては知らない秘密」

最初から驚愕を隠せないカーニャ。

ユアとアミュアの間に秘密など、とてもあるように見えない。

そうしてユアはアミュアとのラウマとの出会いをカーニャに伝えた。

アミュアにも話せずにいた、痛みや半分この奇跡の事まで。

痛みを超えたときそこに居たのが、記憶を失くしたラウマなのか、新しく生まれたアミュアなのか判らなかった事。

そして今日一番の秘密というように声を潜めてつづけた。

「あたし…怖いんだと思う。アミュアに知られるのが」

「どうして?あの子がそんなの気にするわけないと思うけど」

言い淀むユアに即答で返すカーニャ。

いつもの調子を大分取り戻してきている。

じっとユアの言葉を待つ。

「知ってしまったら、アミュアとの今の関係が無くなってしまうような気がして」

いつになく弱弱しいユアの態度に、事の深刻さを理解するカーニャ。

ぽつぽつとユアが続ける。

「きっと力を返したらアミュアはアミュアじゃなくなってしまう」

小さな痛ましい告白。

まるでそれを聞かれたら、本当にそうなってしまうと怯えるようにユアは漏らした。

「あの日ラウマ様との約束を守らず、お力を返さなかったから罰があたったのかなぁ…」

 ずっと悩んでいたことだ。

かつてのカーニャとの話の中でも、兄とも慕うアイギスにも告げられなかった言葉。

「今のアミュアが好きなのあたし…」

 ユアの話していることが、真実なのはわかったカーニャだが、その悩みには答えることが出来ない。

ーーー依存?とも違う保護欲?ちがうわね…

カーニャの中でも推理には答えが出ない。

「ラウマ様がアミュアになったのではないのかしら?」

すうっと顔を上げ首を振るユア。

「それも判らないの…だから怖い」

ちょっと悩みに感情が引かれているユア。

「ただラウマさまが力を取り戻して記憶も戻る。それだけかもしれない。でも…」

震えながら詰まらせた言葉をつづける。

「アミュアが消えてしまったらと思うと話せなくなっちゃって」

ふるふると震えるユアはまるで小さな子供のようだ。

ユアが落ち着くまでには、まだ少し時間がかかりそうだった。

恐らくこれは誰にも言えず、神に祈ることさえできず、長い間抱え続けた喪失の恐れだ。

喪失の恐怖。その怖さは今のカーニャにこそ、最も理解できる資質があるであろう。

カーニャは自分のその悩みすら忘れ、ユアに労わった眼差しを送り続けた。




アミュアはふと眼ざめベットに身を起こした。

いつも寝つきの良いアミュアにしては珍しい事だ。

大きなベットに一人眠っていたことを思い出し、白い窓枠の大きな出窓を見た。

半分の月が静かに浮かび、室内を青く染めている。

どうして目が覚めたんだろうか自分でもわからず、しばらくそのままでいた。

そうしてじっと窓を見ていると昼間の事が思い浮かんだ。

(ユアは何かなやんでいる)

(きっとわたしには言えないこと)

眼を伏せすこし悲しそうに眉を下げるアミュア。

(あんなに沢山の悲しみと痛みを抱え続けていたユア)

脳裏に蘇るのは暗い地下通路に泣き崩れたユア。

辛そうに泣くユア以上に、苦しいと思えた己が胸の痛み。

(やっととどいて言葉にしてもらえたと思ったのに)

(ユアの中にはもっと沢山のなにかがある)

(きっと辛いなにかだ)

外見の幼さに見合わず、成熟した感性をもつアミュアはユアの辛さが想像できてしまう。

そのわずかな表情の変化、ちょっとの声色の違いにも敏感に情報を得ていた。

(わたしにそれを祈ることが許されるのかわかりませんが)

静かに目を閉じたアミュアは、月光の中ひとり静かに手を合わせた。

(どうかユアをお救いくださいラウマさま)

こうして最も互いを必要とする者同士が、すれ違い相手を思い合っているのだった。




 月の位置が変わり、テーブルに夜の影を落とす頃、やっとユアは口を開く。

「ごめん、大事なこと別にもっとあったね。」

ふいに顔を上げたユアは声のトーンまで明るくなる。

「悩みを聞いてくれたお礼じゃないけど」

ちょっと照れくさそうにしてから、すっかりいつもの笑顔に戻ったユアがカーニャの手を取る。

「ミーナちゃんにこのラウマ様の力を試してみたい。治せるのかは判らないけど」

 自分もユアの悩みを考察しすぎて、忘れていたことを告げられ驚くカーニャ。

言葉の意味を理解できず、しばし考えてからはっとユアを見る。

「本当に?ありがとう…たとえ何も起きなくても。それを話して…使うと言ってくれたあなたに感謝を」

今度は化粧を落としていたので、顔をきにせずすうっと涙をあふれさせるカーニャ。

肩を震わせ俯きながら嗚咽を堪えている。

静かにゆっくりと立ち上がったユアがカーニャの横に行く。

ふんわりと頭を抱きしめる。

お互いの抱える痛みがよくわかる二人が、そっと支え合う。

最後にユアがささやいた。

「辛かったねよく頑張ったよ、おねえさんだね」

しずかにやさしく。

ただ何の悪意もなくささやかれたその言葉は、どんな慰めよりもカーニャを癒したのだった。

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