【第26話:カーニャの痛み】
誤字と表記ミスだけ直しました。お騒がせしました。
「ふわあ!すごいなスリックデン!でっかい建物がいっぱいだ!」
キョロキョロ見まわし、口があきっぱなしのユア。
「なんだかあっちの方からはすごい魔力がかんじられます」
東の工業団地の高い煙突群から目を向け、西側の低い煙突に指をさすのはアミュア。
その二人に先立ち歩くのは、カーニャ。武装はせず柔らかそうなニット主体のカジュアルである。
少し薄手のすっきりした赤いコートを羽織っている。ハンター装備の二人とは明らかに雰囲気が違った。
「あっちには魔法鍛冶師の働く魔法街があるの。なかなか有名なんだから」
朗らかな笑顔で説明するカーニャだった。
スリックデンの街は構造自体がユニークで、例えば南から見れば右手の一番背の高い工業団地から、段々に低くなって斜面のように左手の魔法街に至る。
それは遠景の山脈と対をなして相似を描く。
人口物の塊たる街が自然のなかに違和感なく馴染んでいるのを見るだろう。
そしてその街の住人たちは、そんな小さな誇りを胸に街への愛着を育てているのだ。
昼前に着いた二人をホームで迎えたカーニャ。
今は二人を連れ魔道馬車置き場を目指している。
魔道馬車は馬車と書くが馬はつながず、客室自体が自走できる車両だ。
庶民向けには街の要所を結ぶ路面魔道汽車がときどき走っていく。
「すごいです街のなかにも汽車がいます」「本当だ!危なくないのかな?」
アミュアが前の交差点を横切った汽車に目を奪われる。ユアも視線を向けていた。
「ちゃんとルールとエリア分けがなされてるから、平気なのよ」
とはカーニャの説明。
こうしてスリックデンでも相変わらずの姦しさであった。
白塗りの壁と深緑に塗られた柱。
柱よりは少し鮮やかな緑釉薬の薄い瓦屋根。
統一された外観で上品な佇まいの、壮麗な館が出迎えた。
正面から見上げた中央は3階で、両翼の建物は2階建てだ。
正面の玄関前には使用人が数人、列をなし迎える。
「すごいカーニャの家でっかいね!お金持ちなの?」
手放しでほめるのはユア。
アミュアも半分口を開け辺りを見回している。
送り迎えの車も使用人が操り、乗り降りは手を引いてエスコートだ。
「これでも貴族の末席に連なりますのよ」
すんっとしたカーニャはまるでお嬢様のようでキラキラしてるなあとユアは思った。
ルメリアのハンターオフィスに飛び込んできた者と同一人物とはとても思えなかった。
そんなびっくりファーストインプレッションをもち、案内に続く二人であった。
「初めましてミーナです。こんな格好で失礼いたします」
大きな白い天蓋付きベットで半身を起こし会釈するのはカーニャの妹ミーナだ。
言葉を探すように一瞬ユアが口をつぐむ。
「……こんにちわ。お姉さんのお友達のユアです」
「おなじくアミュアです」
青白い肌につやを失った髪。
思っていた以上だった――その痛ましさに、ユアは息をのんだ。
アミュアも少し眉を下げ労りの表情だ。
カーテンを厚く引き、明るさを抑えられた室内に病人独特の匂いがする。
たとえまめに換気してもぬぐい切れない気配があった。
年のころはアミュアと同じくらいだろうか。12才と聞いていたが小柄な方だと思われた。
二人の斜め後ろに立つカーニャの表情も痛ましい。
すうっと足音さえ忍ばせアミュアが前にでる。
「これお病気だって聞いてたので、おみまいです」
アミュアが差し出したのは白い花がいくつもついた花冠。
アミュアのお気に入りの花冠。
ルメリナを出る前に、オフィスの裏庭の花壇から拝借して作ってきたのだ。
生花が長くは保たないのは、シルフェリアで経験済みだった。
すこし萎れてきたそれをそっと手に乗せてあげた。
ミーナは花冠を受け取ると、しばらくじっと見つめた。
指先が少し震えている。
「ありがとうございますアミュアさま。こんな素敵なもの初めてみましたわ」
ふわと年齢相応の笑みを浮かべるミーナであった。
もう少しお話しをとねだるミーナをカーニャが優しく諫め、一旦ミーナは休むこととなった。
別室の応接セットに座った3人の表情は暗い。
ユアはいつか見たラウマ様と変わらないほどの弱った姿に、心打たれていた。
アミュアもいつも以上の無表情。顔色もよくない。
どちらにともなく机に目を落としながらカーニャが説明した。
「お手紙したちょっと前に医者が来ていたの。もう長くは持たないだろうと言われたわ」
打ち捨てるように吐き出された言葉は、沈黙の部屋に重く沈んだ。
すっと顔を上げ目線にも力を戻しカーニャは続ける。
「病理的にも魔術的にも異常はないって。……呪術の類じゃないかって、医者には匙を投げられたの」
苦し気なカーニャは頭を一度下げ、ユアに言う。
「ごめんなさい、なんの縁もない妹の事をあなたに頼むのは筋違いだとはわかっている」
顔をあげたカーニャの両の瞳から涙がつぅ、と流れる。
「ルメリナから戻った時。なんだか…楽しい旅だったなんて思っていたの…家に戻ってミーナを見たとき、自分が許せなくなったの…何をしていたのだと」
涙で化粧が崩れていくのも忘れて、痛々しいほどに吐き出すカーニャの本音。
震える瞳でユアを見つめ、すがるように言葉を紡いだ。
「もう、あなたしか……頼れる人はいないの。あの奇跡を見せてくれた、あなたしか――」
何も答えられないユアをそっとみるアミュア。
しばらくの後に「ちょっとお化粧なおしてきます」と告げカーニャも部屋を出た。
ユアはなんだかいつものエネルギーがなく、ずっと考え込んでいる。
そしてそっとアミュアはユアを見守るのだった。
何も言わずに。




