【第22話:暖炉の夜にとどいた言葉】
表記ミスだけ修正しました。お騒がせしました。
黒い疾風が草原を駆け抜ける。時々近くに現れるモンスターも手が出ない速度である。
「すごいすごーい!すっごーーーい!」
風圧でショートカットの茶髪を、全部後ろにもっていかれながら笑顔のユアが叫ぶ。
「あわわわわわ」
ユアの腕の中で必死に黒い毛皮にしがみつくアミュアは、口を開くと風圧であわあわなって話せずにいる。
そのユアを支えるように抱え、手綱もにぎる長い腕はアイギスだ。
「口をあけると舌を噛むぞ。黙っていたほうがいい。」
アイギスの使役するクロヒョウの魔物『アビスパンサー』だ。
名を「夜霧」という。
体長は普通の豹の2倍ほど、大柄な馬くらいある。その速度たるや馬の倍以上。
力強い走りで野を駆ける。しかもまだまだ余裕を残している。
鞍上の人を落とさぬように、気遣う走りだ。
手綱は攻撃時に嚙みつけるよう、胸に固定するよう工夫されていた。
黒い革ひもは最低限しか動きを妨げない。
夜霧のお陰で、シルフェリアへの旅程は大分変る。
ほぼ最短距離を飛ぶように移動するのだ。
夕方には村に着くと言われて、驚く二人であった。
その走行スタイルから夜霧の鞍は騎手の前に荷物を積めるようにできている。
そこに今はユアが載せられて、さらにアミュアを抱えているのだ。
まさに驚愕の速度で、シルフェリアへと向かう3人であった。
お昼の準備を始めるユア。
荷物は以前来た時よりも少ないくらいだ。
本来の荷物置き場はユアが座っていたので、荷物はアイギスが背負う背嚢が主だ。
長期任務の多い斥候兵は特殊な背嚢を装備している。
二重魔道圧縮である。一度圧縮した物品をさらに特殊な技術でスペースを節約し収納できるのである。
その展開取り出しには多少手間がかかるが、多様な任務へ向けた装備として準備されていた。
その装備のいくつかを生かし、手際よく調理するユア。
何故か持ってきている、お気に入りの黄色のエプロンまでつけている。
「なるほど、ユアがいろいろ器用なのはアイギスさんの教え?」
自分用のコップを両手で持ち、入れてもらったココアをふーふーしながらアミュアが尋ねた。
「そうゆう事だな、サバイバル技術は俺の得意分野でもあるからな」
と返すのはアイギス。今日はベールは着けずに、肩までの長い髪が後ろに流されていた。
焚火にかかった棒状の五徳にぶら下げた鍋から、いい匂いが漂ってくる。赤茶色のスパイスが多めなシチューだ。乾パンを添えて食べるようだ。
るんるん調理したユアがお玉を持って手をふる。
「できあがりー♪」
今日もいつもの気持ちのいい笑顔であった。
アイギスの宣言通り、日没前にシルフェリアにたどり着いた3人。
「夜霧ありがとう、たのしかった」
最後には慣れてきて、楽しむ余裕さえできたアミュアが夜霧に餌をあげている。
生肉を特殊な薬液に漬けた専用の餌だ。小さいが魔力も込められており栄養満点。
よしよしと頭をなでるアミュア。
夜霧も嬉しそうに目を細めている。
左右に分けて積む小さい鞄も、夜霧から降ろした。
アイギスの背負ってきた荷物と合わせ、ユアの実家に運び込んだのだった。
すっかり身軽になりご飯ももらった夜霧は、一度全身をアイギスに擦り付けるとふいっと村の外へ消えていった。呼ばれるまでは近くの影に入っているのだという。アビスパンサーの能力だ。
3人に戻った彼らは、最初に中央の櫓へ向かった。
弔いのためだ。
村に着く前に近場の泉で摘んできた花を手向ける。
膝を付き深く首を垂れるアイギスの横で、ユアも片膝で祈っていた。
二人の後ろで黙祷しているアミュア。
ユアがエルナの墓標とした剣。
そこへ一頻り祈り終えたアイギスが、少し眼を細めたまま心で語りかけた。
ーーーエルナさん、最後にお供できずすみませんでした。ラドヴィスさんに続き、こんな日がくるとは。貴方達の深い慈しみのお気持ち、きっとユアに伝えて行きますね。どうかお二人で、安らかに…
心の中ではかなり雄弁なアイギスであった。
パキッと薪がはぜる。ゆらゆらと揺れる灯と暖かさは、食後の旅人をやさしく眠りへと誘う。
暖炉前のソファーに沈むアミュア。
ユアと二人共に包む短毛の茶色い毛布も手伝い、ユアの右肩に頭をのせすっかり夢中の人となっていた。
スヤスヤと規則的な寝息に、やわらかく笑みを向けるユア。
すぐ隣にテーブルセットから借りてきた木の椅子を置き、座っているアイギスに静かに話しかける。
アミュアを起こさぬよう注意しているのだ。
「結構疲れていたのかもね。私も少しねむい」
小さな声で話し目を伏せているユアはいつもよりむしろおねーさんに見える。
残念ながら本人には自覚がない。
「今夜はゆっくり寝たらいい。」
何時ものように言葉少ななアイギスの声も低く抑えられていた。
「ううん、まだ大丈夫。…聞かせて、おかあさんとおとうさんの事」
夜ご飯の頃から、何か言いたげな様子から察していたユアが水を向ける。
「そうだな。お前の父上から伝言を預かっている」
すっと目を伏せ続けた。
「遺言でもあった」
ユアの目もつむられた。
目をそらしたわけではなく、聞き漏らすまいと思ったのだ。
静かに調子を変えずアイギスは告げる。
「たった一言。健やかであれ、と」
未だ生まれぬ子へ向けた、死にゆく男の健やかなれとの思い。
どれだけの想いか。
どれほどの慈しみか。
パチッとまた火種がはじけた。
閉じられたユアの眼のふちに、音もなく小さな雫が結ばれた。
声は最後まで漏れなかったが、少し肩は震えていた。
しばらくは薪の音だけが静かに流れ、一時の後についにユアが口を開く。
アイギスはそれを待つように、じっと口をつぐんでいた。
「ありがとう」
ぽつっと漏れた言葉にいかばかりの思いがあったのか。
今は気持ちも落ち着いたのか、肩も動かない。
そうしてついに少女は両親に別れを告げたのだった。




