【第20話:大事なおはなし】
ある日のルメリナハンターオフィス。
マルタスは珍しく書類仕事のため、自分用に充てられている所長室にいた。
入口の標示は名前以外乱暴に、黒く塗りつぶされている。
所長呼びを嫌うマルタスの主張である。
いつも副所長に丸投げの書類が、未決済で溜まって来ていたのだ。
真面目な副所長に泣きつかれ、時々ハンコを押す業務?も遂行していた。
コンコンコン
軽く丁寧なノックは新人の女子事務員だろう。
気配で分かっていたマルタスはすぐ答える。
「はいっていいぞー」
「失礼します」
一礼して入室するのは、この事務所の最新人たる彼女だった。
新人は大抵マルタス付きとして仕事を覚えていくのだ。
「マルタスさんにお客さまです。アイギスさまとお名乗りですが?」
手を止め顔をあげるマルタスには、珍しい表情が浮かんでいた。懐かしさと、親しみを込めた視線。
間を置かず返答する。
「ここに通してくれ」
この部屋にはなかなか立派なソファセットがある。本皮製のふかふかのやつだ。焦げ茶の飴色に艶めくローテーブルがどっしり据えられている。
無言で一礼して去る事務員を目で見送り、つぶやくマルタス。
「10年ぶりか?懐かしい名前だ」
静かに立ち上がりながら目を細め、ブラインド越しに外を見るマルタスであった。
「シルフェリアの事、聞かせてくれ。急ぐ。」
開口一番のセリフである。
要点だけを淡々と訊ねた男は、シルフェリア(元シルヴァ傭兵団)の専任斥候兵である。
鼻筋が通り、容姿は整っている。黒髪に浅黒い肌、遥か東方異国の人間だと一目で見て取れた。
「あいかわらず無愛想だな。久しぶりくらい言えんのかアイギス」
すこしあきれながら、ソファにどっかり座ったマルタスが答える。
「たのむ。急いでいる。」
引き続き要点だけですませるアイギス。
やれやれみたいに首をふり、説明に入るマルタス。
すっと表情を消し、真面目な調子になる。
「その様子だと、だいたい状況わかってるようだな。」
マルタスも、そんな前置きで淡々と説明した。
ーーー
途中で一度所員がお茶を提供し、下がった。
簡潔に情報を話し終えると、会話を閉めに入るマルタス。
「最後に。お前の知り合いかはわからんが」
マルタスはアイギスの目を見て話し出す。
「今この街にハンターとして働く少女がいる。シルフェリア出身のようだぞ?ユアと言うが?」
カタっと一瞬だけ全身に力が入るアイギス。抑えきれず前に出つつ尋ねる。
「どこにいる?それは恩人の…エルナさんの娘だ」
アイギスの脳裏には亡きユアの父、ラドヴィスの遺言が蘇る。
ーーーアイギス。エルナを頼む。そして生まれてくる子供に…一言だけ……
「大昔に、あの人達のお陰で俺は生まれ直せた。生かされたんだ。二人の恩に報いたい。」
ここにきて初めての長文を話し、表情を変えるアイギス。
苦しそうにゆがめた顔を、痛ましそうにみるマルタス。
「今は依頼も受けてないはずだ、街にいるか宿だろう」
そういった後、軽くユアの状況や常宿を伝えた。
彼が来てから10分と経たず、立ち上がる。
しっかりとお辞儀をするアイギス。
「恩にきるマルタス。落ち着いたらまた寄る。」
それだけを告げて颯爽と立ち去った。
腕を組んだままソファに座るマルタスには、心配げな眼差し。
「あいつもまだまだ若いんだな」
ぽつりと零した。
「あっいたいー♪おもいにぃー♪」
ハミングがいつの間にか歌声になるアミュア。
小さなベルが鳴るような可愛らしい声に、すれ違う住人も思わず笑顔が浮かぶ。
「アミュア上手になったね~教え甲斐があるよ!」
「ふんふん~♬」
アミュアは、すぐ横でうんうんうなずくユアに鼻歌でこたえた。
「ふふふふ、帰ったらさっそく着て見せてね!新しい下着」
にやにやするユアに、すっと表情を消しアミュアが答える。
「一人で装備訓練するからへいきです」
まるで防具のように表現し、ユアの視聴を断るアミュア。
「なんでよ!あたしだって見たいし!アミュアの下着。あたしのも見せるから!」
「そうゆう問題ではないです。この装備はヒトクされるべきです」
ちょっと耳があかくなるアミュアをみて満足したのか、からかうのを止めるユア。
「ちぇ~だからお店でやたらと、つけ方聞いてたのか」
最近成長目覚ましいアミュアは、そろそろ女性用下着が必要になってきたのだ。
「今夜はお赤飯ですよ!」
「お赤飯ってなんですか?」
コロコロと二人の会話は途切れず歩いていくのであった。
宿に戻ると、ユアに下の食堂に居るよう強く言いつけ。
念のため店員お姉さんにもユアの監視を任せると、アミュアは部屋に戻った。
「ふんふん~♪」
いまだ歌の続きをハミングし、かつてないご機嫌である。
ガサゴソガサゴソと買い求めてきた下着を紙袋から丁寧に出す。
紙袋の散らばり方に、隠し切れない期待感が見える。
鏡の前に行きすっかり装着準備を整えたアミュア。
ぱっと装備を開始する。
すかすかー
「なん…だと…」
装備と地肌の間にわずかな(わずかだろうか)隙間を見出したアミュア。
その耳に親切な女性店員の声が蘇る。
ーーーすぐおおきくなるからね!あなたくらいの年齢は。少し大きいなくらいでいいのよ!
じっと首を曲げ下を見るアミュアは少し涙目。
「す…すぐだって言ってました」
じっと首が痛くなるまで下を見ていたアミュア。
はっとなりキョロキョロと見まわす。
ふぅと息を吐き、ユアがいなくて良かったと微笑んだのであった。
すぐ後ろのドアに隠れて、上下にならんだユアと女性店員の顔には気づかなかったのだ。
さいわいに。
日々寒くなり、ルメリナの街路樹も葉を落としだす。
少しづつ季節は冬の準備を始めるのだった。




