【第13話:二人のいのり】
アミュアの魔力を追跡し、カーニャもまたユアの家にたどり着いていた。
部屋の隅に隠し部屋らしき空間。
手の込んだ仕掛け、おそらくシルヴァ傭兵団の要人の家だろう。
カーニャは階下から漏れ聞こえるユアの泣き声で、状況をある程度察した。
「やはりここはシルヴァ傭兵団の隠里。ユアはその生き残りね。家族か親しい人の痕跡でも見つけた?」
外への警戒をゆるめずに、階下の気配も探っていたカーニャ。
沈黙を止め、いつもの独白モード。
「となれば、敵?として何を想定した。何がここを襲った…」
「痕跡はそれほど多くない、大規模な襲撃ではなかった?」
「シルヴァ傭兵団最後の足跡は南西部辺境と聞く。ミルディス公国近辺?」
「他の傭兵団の線もある。綺麗なものは、そうでないものに邪魔にされるもの」
「…それにしては、死体もないのはやはりおかしい」
「そして金品も取られていない様子……ただの略奪ではない?」
「…」
最後は階下の気配が動いたので、推理を中断し部屋を離れた。
少しだけ痛ましそうな視線を奥に流し、開いていたドアを抜け外に出た。
しばらくして、家から支え合うように出てくるユアとアミュア。
眼はまだ赤いが少し微笑み合い、感情の整理はついたようだ。
腕を組み家のドアに背を向けていたカーニャが話しかける。
「もういいのかしら?急ぐ旅ではなくってよ」
いつもの口調に戻っているが、振り返った顔には少し労りと柔らかさがある。
微笑をスッと抑え真面目な顔になる。
「ユア、貴方がここの出身だと聞いていて、想像力が足りませんでしたわ。お詫びします。」
驚いたことに軽く頭を下げ、詫びを述べるカーニャ。
ちょっとびっくりしたアミュアと、ほほえみを浮かべるユア。
少し照れくさそうにアミュアの手を離し、前に出たユアが答える。
「ありがとうカーニャ。少しだけ時間が取れるなら。みんなを弔いたいの」
また少しだけ警戒心を解いたカーニャが答える。
「連れ去られたって事は無いのかしら?」
すっと表情を消し、うつむくユア。
「さっき中も見たろうけど、ここはあたしの家。地下の隠し通路を通って、襲撃の夜に逃がされたの」
先ほど地下で泣き止む頃には、カーニャの気配に気づいていたユアが言う。
「おそらく盗賊だとおかあさんは言ってた。騒ぎがあったのだけ覚えてる」
顔をあげるユア。
「それがこの村での最後の記憶」
区切りながら告げるユアの顔には、力が戻ってきている。
「村には掟があって、奪われるなら戦えと言われてきた。子供でも常に戦闘訓練は欠かさなかった」
周囲を見渡しながら告げるユア。
「さっきあちこちで確認できた隠し武器は、半分以上のこっていた。おそらく使っていないのだと思う」
ユアが唇を噛み締め言葉を切った。
すぐに表情を和らげ言う。
「おかあさんは絶対最後まで戦った。村の人が一人もいなくなるまで」
話し終えたユアが、近づいてきたアミュアの頭にぽんっと手を置く。
「心配ないよアミュア。もう元気だよ」
少し不安げに見上げてくるアミュア。
にっこり笑いかけるユア。
ふわっと笑うアミュア。
そんな二人を微笑ましく見ながらも、カーニャの頭は全力で推理している。
(襲撃はあった。でも想定していたそれとは違った。相手が?状況が?裏切り?)
推理が上手くかみ合わないカーニャがユアに尋ねる。
「ユアあなた、シルヴァ傭兵団って知ってます?」
僅かな変化も見逃さぬよう、ユアから目を離さず探りをいれるカーニャ。
きょとんとしているユアを見て、演技ではないと断定。さらに質問。
「あなたの家は代表者とか村長さんだったのかしら?」
きょとんのままのユア。
また腕を組み考え込むカーニャ。
(まいった…これ本当にしらないヤツだ。子供には隠していたの?)
ユアのそばを離れないアミュアが、ユアに尋ねる。
「どうしてお墓をつくるの?死んだとはかぎらないのでは?」
やさしい気持ちで言ってくれていると確信しているユアは、アミュアにどんどん力をもらっている。
アミュアの目を見ながら話す。
「あたしのおかあさんも、村のみんなも私よりずっと強いの。生きていたなら武器を残すはずない…」
振り向いてくるカーニャに目線を合わせ、続けるユア。
「降伏は絶対しないのが誇りだと、ずっと教わってきた」
じっと見つめ返していたカーニャは、ふっと微笑を洩らし答えをだした。
「これ以上は今は解りませんわね、あなたのお好きになさい。わたくしは少し村の外を調べてまいります」
そう告げて背を向けたカーニャは心の中で付け足す。
(たしか16才と言ってたわね)
(私より2つも下)
(降伏はしないと言ったあの表情、すでに戦士の目だった)
(まだたったあれだけの年齢で…そしてあの優しい目。ちぐはぐだ)
(なにか情報がたりないのねきっと)
村の門を抜けながら思考を切り上げ、周囲に目をむけていくカーニャだった。
村の中央の櫓。その周囲には少し盛り土され小さな丘のようになっている。
今そこには村中から集めてきた隠し武器。剣に槍、ちょっとなんだかわからないものまで沢山あった。
ユアが集めてきたものだ。
各家の玄関内側や植え込みの中など、知らなければ見逃す程度の場所に置かれていた。
一つずつ丁寧に丘に刺していくユア。
そこに両手いっぱいに花を摘んできたアミュアが戻る。
「この種類しか咲いていないようです」
すっかり元の雰囲気に戻れたアミュア。
小さな白い花をいくつも付けた茎。
「ありがと、じゃあ一本づつかな。そこに飾ってあげてアミュア」
「わかりました、武器はそれで全部でしたか?」
「まだ隠してあるかもだけど、もう充分弔えると思う」
ユアの笑顔には力がないが、それが当たり前なのだと、今のアミュアには解った。
最後の花1本を細身の直剣に手向ける。
ユアの家から持ち出してきた、母の剣だ。
ユアの短剣と対になるシンプルながらも美しい剣だ。
それは少しユアのものより長く、ただ親子のように似た姿だった。
跪くユアを後ろから見ながら、自然とアミュアも頭が下がるのだった。
(ユアのおかあさま。たよりないわたしですが、けしてユアの手は離しません)
(…どうか安らかに)
やわらかな風と、少しだけ傾いてきた午後の光が、濃い緑を透かし、ふたりをまだらにゆらゆらと染めていた。




