【第11話:天使の寝息、静かな夜】
ユアのランク表記ミスCではなくDでした。お騒がせしました。
ラウマの像がある泉の祠。
祠の前にあるちょっとした広場にキャンプが設営されている。
大きめの赤い縁の入ったキャンプと、シンプルでちいさな白いテントだ。
旅が始まり2泊目となる今夜は、食事も早々に打ち切り見張りだけ残し眠りについた3人だった。
その一つ赤い縁どりテントでは、カーニャがぶつぶつ独り言を言いながら、小さなティーセットとテーブルを前に座っていた。
どの家具も小型に折りたためる工夫があり、かさばらないようそれでいて高級感がある。
いずれ名工の仕事であろう。
「ふぅ、そもそもあのユアって子おかしすぎる。」
「…あの戦闘センスと度胸の良さ…D級ではないわ」
「それにあの短剣の柄にある紋章。どこかで見たような。」
「今から行くシルフェニアの出身だと、ご飯の時に言ってたわね」
ぶつぶつと語りながら紅茶をくちにする。
「…アミュアちゃんも、年齢にしてはすごい練られた動きするし。」
「魔力もそうとう多い」
カーニャは一人で旅をすることが多かった。
だれも相手にしないのではなく。カーニャが一人を好むのだ。
何度もドラゴン狩などの大型のパーティにも時に呼ばれるが、大抵断ってしまう。
単純に釣り合う相手が少ないのもあるが、いつも作っている仮面を脱ぎたいのが本音だ。
「それにあの連携…いくつもベテランのバディを見たことあるけど。」
「あそこまでの度胸は、ちょっといない」
すこし眉間に小皺を入れ、考え込む。
「信頼?補完?許容?……」
「どれもあるけど、それだけじゃない……」
一人でいることの多いカーニャは、普段の口調をやめぽつぽつと独り言。
考察するときのスタイルだった。
けしてだれも相手にしないからではなかった。
もう一つのテントには、見張りに出ているユアがいないので、アミュア一人だった。
白に近い水色の寝巻に同じ水色のナイトキャップ。かわいいリボンも必須である。ユアが選んだ物だ。
そこには健やかな寝息。
全ルメリナ男性が夢に描く天使がいた。
その儚げなすみれの瞳が開くのはいつなのか。
長いまつ毛はその宝石を隠したままであった。
パチっと火種がはぜる。
さすがに夜の間に魔石を消費するのは、惜しまれるので。
夜の火番は薪になる。
先ほどまで軽く燃えていた炎は収まり、ただ燠火だけが赤くにじんでいた。
火の番をしながら交代で見張りをしているユア達。
先ほどカーニャと交代し今はユア一人だ。
赤く半分の顔が闇に浮かんでいる。
膝を抱え座り、その上に腕とあごを載せている。
暗く見えるのは、明かりの不足だけではなかった。
(おかあさん…)
あの日以来、一夜たりとも思い出さぬ夜はなかった。
不思議と思い出すのは笑顔であった。
辛い声や顔は、ルメリナについてからは一度も思い出していない。
(いったい何が起こっているんだろう?)
今回の調査依頼は、ユアの故郷シルフェリアの異変調査となっている。
たまに取引のあるルメリナの商人から、為替の未決済という申し出から始まった。
いくつかの民間調査を経てハンターオフィスに入った依頼。
これは既に一度、ルメリナ在住説明セリフベテランハンターによって完了していた。
不穏な報告とともに。
(…死体が一つもないなんて)
調査に赴いたベテラン斥候のハンターは一当り確認報告だけしていた。
争った跡は多いが、死体が一つも残っていなかった事。
思っていたほど家財に被害がない事。
盗賊等の仕業とは思えない事。
との報告から、新型の魔物や新たな脅威を恐れ今回の調査依頼となった。
Aランクハンターを応援として呼んだのもこのためである。
(確かにあの夜、皆は盗賊だと叫んでいた・・・あたしは見てないけど…)
母親だけではなく、村の一人一人の顔がユアの脳裏に浮かんでは消える。
一人として失っていい者などいないと、ユアは心を痛めていた。
ユアのすぐそばにある小さなテントから、規則的な寝息が聞こえる。
(アミュア…)
そこに確かに自分の大切なものが一つある。
ざわざわとした不安な夜の中で。
気配だけで、ユアを少し笑顔にしてくれるのだった。
夜は更け静かに地平線に紫を生み、まもなく最初の光が雲間に届きそうであった。
祠の中のラウマは何も語らず、ただ静かに佇んでいた。
深い森が続く。
下草も払われず、小枝も落とされなかった森の道は、わずかの間に植物にのまれかけている。
人が通らなくなったのだ。
かすかな小道をたどり、やっと目的地に近付く3人。
「止まって、ここから村の結界にはいるよ。」
道に詳しいユアが先頭で進んできたが、後続を止める。
「ここからはあたしの後ろからずれないでね。それると罠もあるから」
物騒な宣言にアミュアが息をのむ。
「獣用の罠ぐらいなら、防具でふせぎますわ。どんな罠ですの?」
カーニャの問に正面からまじめな顔でユアが答える。
「もちろん敵を殺す罠だよ。革ブーツくらいは抜いてくるトラップだから、本当に気を付けて」
声を抑えサラリと説明して進むユア。
ちら、と顔を見合わせるカーニャとアミュア。
遅れそうになり、あわてて追いかける二人であった。
追いついてきた二人に、さらに小声で説明するユア。
「こんな森の奥だから、何かあっても誰も助けに来ない」
色々思い出したのか、またユアの顔色は沈んでいった。
「だからしっかり防衛するって、おかあさんが言ってた」
左右に油断なく視線を送るユアは少しづつ戦闘モードになっていく。
すぐに抜けるよう、短剣の落下防止カバーも外してある。
「トラップには毒も仕込んでるから、できるだけあたしの後ろを歩いてね」
ユアの緊張を受けて、二人の表情も少しづつ張りつめていった。
そして遂に、左右の森を押し広げるように丸太の塀が見えてくる。
塀の前には簡単な空堀も掘られ、奥には櫓も見える。
櫓には矢狭間が切られ、守りも厚い。
「こんなのもう…砦じゃない…」
口調を作るのも忘れ、カーニャはつぶやいた。




