【プロローグ】
ちょっと重たいスタートですが。次からは楽しさに全力でいきますよ!毎週末に投稿予定です、よろしくお願いいたします。
※作者の完結済み中編「ただ二人が二人でいれるとき」の同じ世界観をもった、別の物語です。
こちらは長編になる予定です。定期投稿頑張りたいとおもいます!
むかしむかし、とても やさしい かみさまが いました。
その なは、ラウマ。
ラウマは、ひとの となりに しずかによりそい、
そっと、こころの なにかを わけあうことが できました。
だから みんなは、ラウマのそばに いくと、すこし らくに なったのです。
ーーーーー
世界の音が、すべて沈んだようだった。
深い森の奥、泉のほとり。
人の気配など絶えたその岸辺。
今、泉の前にひとりの少女がたどりついた。
泥にまみれ、あかぎれ傷ついた手を泉に伸ばす。
その頬に浮かぶのは涙ではなかった。ただ、静かな──諦め。
「……ここまで……だったのかな……」
言葉にならない声。
肩を震わせ、しばらく動けずにいた。
ユア。16才。
彼女の名を、今この場所で知る者はいない。
名を呼ぶ者も、迎える者も、もうどこにも。
生まれ育った村は、数日前に盗賊団の襲撃にあった。
何人が生き延びたかは分からない。
ただ、最後の瞬間──母の背に押し出され、裏道をひとり逃げた。
それだけは、覚えている。
逃げ出した少女は何を失い、何を抱えたどり着いたのか。
その抜け落ちた表情からは読み解けない。
(…おかあさん)
村からここまでなんど不安に押しつぶされただろう。
母親、友達、パン屋のおじさん、お隣の意地悪な男の子、仲の良かった牛
そして・・ちょっと憧れていたハンターのおじさん。
失ってしまったのだろう、全て。
年齢以上に大人ぶったユアは、おねえさん気質だった。
知り合った全ての人を、心配してしまう優しさも持っていた。
だからこそ、村からここまでの道程は彼女を削り続けた。
そして気が付けば、ここにいた。
誰に導かれるでもなく、森の道を抜け、この泉へ。
何時からあったのか、ほとりの森に隠されるように数段の階段。
階段の奥には、白かったであろう、くすんだ石製の祠があった。
見上げた古びた祠と、その奥に佇む像がユアを迎えた。
祠の奥には、一柱の像。
それは人の姿をしていた。等身大の神像。
けれど、どこか静謐な気配をまとう、美しい彫像。
瞳は閉じられ、まるで眠るようにたっている。
長い髪が肩を覆い、両手の細い指は胸の前に差し出されていた。
微かにほほえむその顔は、ただ静かに、誰かを待っているようで。
「……ここ……あったかい……」
階段をのぼり、祠に入ったユアはつぶやく。
誰に向けるでもないその言葉に、祠の奥で何かが小さく揺れた。
風でもない、獣でもない、けれど──
気配があった。
祠の像、その足もと。像と背中合わせになる影。
闇よりもしずか、光よりも儚く、なにかがうずくまっている。
それは、ヒトのようで、ヒトでなく。
まるで記憶の残滓のように、かすかにゆれる輪郭を持つ少女。
ひざを抱え、顔を伏せ、なにも語らない。
痛みを抱いたまま、ただそこにいる。
(……あれは……)
ユアは恐る恐る近づく。
濡れた靴音が、石畳にやさしく響く。
目の前まで来て、少女はようやく顔を上げた。
金色の髪。淡い菫色の瞳。けれどその目は、どこも見ていない。
少女からガラスの鈴のような、澄んだ声が鳴った。
『……助けて……とても痛いの』
視線はさまよい、焦点を結ばない。青白い顔に、ユアは見覚えがあった。
すぐ横に佇む神像。優しそうなその泉の女神にそっくりだった。
ただ震えている姿には像と同じ神格は感じられない。
うっすらと静謐な、神像の影法師。
「どうしたの?大丈夫?」
ユアは自分の悲惨な姿を忘れ、自然にいたわる声が出る。
その人影はそれほどに傷ついて弱弱しく見えた。
声にならない声が、ユアの心をゆらす。
ユアは、そっと片手を差し出した。
それは、いつも誰かが自分にしてくれたこと。
そしてもう、誰もしてくれないと、諦めていたこと。
彼女の儚さを見て、ただしたいと浮かんだことをする。
「……だいじょうぶ。もう、ひとりじゃないよ」
少女はすがるような眼で、ユアを見つめた。
指先がふれた次の瞬間、世界が震えた。
泉の水面がふるえ、風が戻ってきた。
ーーーそして、あたりには透明な光が満ちていた。