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愛を信じた私を捨てた元夫と愛人が落ちぶれたので、幸せな伯爵夫人として優雅に生きます

作者: 猫又ノ猫助

リリアーナ・ヴァリエールは、生まれながらにして富と名声を手にした大商家の一人娘だった。その潤沢な資金力は、王都の貴族たちですら羨むほど。しかし、幼くして両親を病で亡くした彼女に残されたのは、広大な屋敷と巨万の富、そして埋めようのない深い孤独だった。彼女が本当に求めていたのは、煌びやかな宝石でも、豪華な衣装でもない。ただ、心から信頼できる、温かい家族の愛情だった。


そんなリリアーナの前に現れたのが、子爵家嫡男のアルフォンス・レナードだった。彼は甘い言葉でリリアーナに愛を囁き、その瞳には誠実さが宿っているように見えた。家族の愛情に飢えていたリリアーナは、彼の言葉を疑うことなく信じ、彼の熱烈な求婚を受け入れた。結婚式の日、純白のドレスを身につけたリリアーナは、アルフォンスの隣で生涯の幸せを確信していた。この結婚が、自身の破滅への序章であるとは、夢にも思わずに。


新婚生活は、初めこそ穏やかなものだった。しかし、日が経つにつれて、アルフォンスは本性を現し始めた。彼はリリアーナの資産を食い潰すかのように贅沢を好み、使用人たちには横柄な態度を取る。平民を見下し、その存在を嘲笑う彼の冷酷な一面に、リリアーナは徐々に心を痛めていった。それでも、彼女は「私が彼の心を癒やしてあげなければ」と、懸命に努めた。その努力が、いかに無駄なことだったかを知るには、まだ時間が必要だった。


ある日の午後、リリアーナが書斎で家計の帳簿を整理していると、扉が勢いよく開いた。そこに立っていたのは、アルフォンスと、見慣れない女と幼い男の子だった。女は男爵家の娘、セシリアと名乗った。その顔は、以前からアルフォンスの浮気相手として噂されていた人物と瓜二つだった。


「リリアーナ、貴様にはもう用はない。離婚だ」


アルフォンスの口から発せられた言葉は、あまりにも冷酷で、感情のこもっていないものだった。リリアーナは呆然とした。彼の隣で、セシリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、幼い息子は笑を浮かべながらアルフォンスの足元に立っていた。


「何を仰るのです、アルフォンス様? 私は、貴方様の妻では……」 


震える声で尋ねるリリアーナに、アルフォンスは苛立ちを露わにした。


「うるさい! 貴様は私の子を流産させただけでなく、子爵家の機密情報を外部に漏洩させ、更にはセシリアを毒殺しようとまで企んだ! あらゆる罪状が揃っている! これ以上、私の家に留まることは許されない!」


「そうですわアルフォンス様、この薄汚い女を早く私達の家から追い出して下さいまし」


でっち上げられた罪状の数々に、リリアーナは言葉を失った。流産は、彼に突き飛ばされたことが原因だった。機密情報など漏らしたこともない。そして、セシリアを毒殺しようとしたなど、天地がひっくり返ってもありえないことだ。しかし、アルフォンスの目は、もはやリリアーナを妻として見ていなかった。憎悪と侮蔑の感情だけが、そこに宿っていた。


ろくな取り調べもされることなく、リリアーナは全財産を奪われた。宝石も、衣装も、家具も、そして両親から受け継いだ広大な屋敷も、全てがアルフォンスとセシリアの手に渡った。文字通り、着の身着のままで、彼女は路頭に迷うことになった。かつては護衛の馬車に乗って通った王都の大通りを、今、リリアーナは一人、足元もおぼつかないまま歩いていた。


アルフォンスは、セシリアとその間に生まれた幼い息子を溺愛していた。リリアーナの存在など、最初からなかったかのように振る舞い、彼女の記憶を家族の中から完全に消し去ろうとしているかのようだった。絶望の淵に突き落とされたリリアーナの心は、深い闇に包まれた。しかし、その闇の奥底で、かすかな光が瞬いていた。それは、商家で培われた彼女の精神力と、卓越した才覚の証だった。



路地裏に身を隠し、冷たい夜風に凍えながら、リリアーナは自身の状況を整理していた。全てを失った。信頼していた夫には裏切られ、温かい家族の夢は砕け散った。しかし、それでも彼女の心には、諦めきれない何かが残っていた。両親が教えてくれた商いの精神、そして彼女自身が持つ確かな才能。


「このまま終わるわけにはいかない……!」


幼い頃から、リリアーナは裁縫が得意だった。針と糸を手にすると、どんな生地も彼女の手にかかれば、まるで魔法のように美しい形へと変わる。商家の一人娘として、彼女は経営の知識も身につけていた。商才は、父から受け継いだ唯一の遺産だった。


夜が明け、リリアーナは王都の片隅にある、ひっそりとした通りへと足を向けた。幸いにも、わずかな貯えだけは手元に残っていた。それを元手に、彼女は小さな店を借り、仕立て屋を始める決意をした。店は埃まみれで、窓ガラスも割れていたが、リリアーナは諦めなかった。


「リルアトリエ」と名付けたその店で、リリアーナは毎日、ひたすらに服を作り続けた。はじめは細々と営んでいた店だったが、彼女の作る服の美しさと質の高さは、徐々に評判を呼び始めた。繊細な刺繍、計算され尽くしたシルエット、そして何よりも、着る人の個性を引き出すデザイン。リリアーナの服は、瞬く間に王都の貴婦人たちの間で人気を博した。


「リルアトリエの服は、まるで魔法のようだわ!」


「あそこに行けば、どんな願いも叶えてくれるのよ!」


そんな噂が広まり、店には連日、客が押し寄せるようになった。リリアーナは寝る間も惜しんで働き、一人で全てをこなした。しかし、彼女の才覚は、一人の有力者の目に留まることになる。


ある日、一人の紳士が店を訪れた。彼はエドワード・アシュフォード、名門アシュフォード伯爵家の長男だった。エドワードは、リリアーナの作る服の美しさだけでなく、彼女の商才と、何よりも逆境に負けない強い精神力に惹かれた。彼はリリアーナにビジネスパートナーとしての提携を持ちかけた。


「リリアーナ様、貴女の才能は、この小さな店に留めておくべきではありません。私と共に、事業を拡大しませんか?」


最初は戸惑ったリリアーナだったが、エドワードの真摯な眼差しと、彼の持つ確かな経営手腕に触れ、彼と共に歩むことを決意する。エドワードの協力により、「リルアトリエ」は瞬く間に巨大な事業へと成長した。複数の店舗を構え、王都だけでなく、近隣の都市にまでその名を轟かせることになった。


事業の拡大と共に、リリアーナとエドワードの関係も深まっていった。エドワードはリリアーナをビジネスパートナーとしてだけでなく、一人の女性として尊重し、その才能を惜しみなく称賛した。リリアーナもまた、エドワードの優しさと、彼が自分を信じてくれる気持ちに、次第に心を許していった。彼は、これまでリリアーナが求めていた「家族の愛情」を、ゆっくりと、しかし確実に与えてくれたのだ。


そして、ある日のこと。エドワードはリリアーナに、プロポーズの言葉を告げた。


「リリアーナ様、私は貴女を心から愛しています。どうか、私の妻となってください」


リリアーナの目から、喜びの涙が溢れ落ちた。かつて裏切られ、絶望の淵に突き落とされた彼女は、今、真の愛と、共に人生を歩むべきパートナーを見つけたのだ。リリアーナはエドワードのプロポーズを受け入れ、二人は晴れて夫婦となった。


社交界の隅に追いやられたはずのリリアーナは、エドワード伯爵夫人として、華やかな社交の場に再び立つことになった。かつての孤独な大商家令嬢は、実力と才覚、そして新たな夫の揺るぎない支えを得て、堂々たる伯爵夫人として、輝かしい地位と名誉を確立していく。



数年の月日が流れた。

アルフォンスとセシリアの息子は、父親の甘やかしと母親の偏った教育によって、傲慢で無能な大人に育っていた。彼は何一つ努力せず、与えられたもの全てが当然であるかのように振る舞った。子爵家の財産は、彼の浪費癖と、アルフォンス自身の放蕩によって、見る見るうちに食い潰されていった。


「父上! もっと金を出せ! 私の友人が新しい賭博場を開いたのだ!」


「母上! 私の服はもう流行遅れだ! 新しいものを買え!」


息子の放蕩三昧に、アルフォンスはため息をつきながらも、彼の要求を拒むことはできなかった。セシリアは息子を甘やかすばかりで、正しい道を示すこともしなかった。子爵家の経営は悪化の一途を辿り、使用人たちは次々と辞めていった。かつての栄光は地に落ち、彼らは見る影もなく困窮し、社交界での信用も完全に失われていた。彼らの家は、かつての煌びやかさが嘘のように、埃まみれで荒れ果てていた。


一方、リリアーナは新たな夫であるエドワード伯爵と共に、豪華な屋敷で満ち足りた日々を過ごしていた。広大な庭園には季節の花々が咲き誇り、屋敷の中は常に笑い声と温かさに満ちていた。二人の間には、可愛らしい子供たちも生まれ、リリアーナは最高の幸せを噛み締めていた。彼女は慈善事業にも積極的に参加し、その地位と影響力を人々のために役立てていた。


ある日の午後、リリアーナはエドワードと連れ立って、王都を巡っていた。エドワードは、リリアーナが不当な形で財産を奪われた件を、水面下で調べていた。彼の広範な情報網と確かな手腕により、アルフォンスがでっち上げた罪状の裏付けが取れていった。


「リリアーナ、全てが明らかになった。貴女の無実を証明できる」


エドワードの言葉に、リリアーナは静かに頷いた。彼女は復讐のためではなく、ただ、真実が公になることを望んでいた。


やがて、王宮の法廷で、アルフォンスの不正が明るみに出された。エドワード伯爵が提示した証拠は、アルフォンスがリリアーナを陥れるために、いかに周到な嘘と策略を巡らせたかを明確に示していた。アルフォンスがセシリアと共謀していたこと、子爵家の借金返済のためにリリアーナの資産を狙ったこと、そして、でっち上げられた罪状がいかに根拠のないものだったかが、白日の下に晒された。


裁きは厳正だった。アルフォンスは子爵位を剥奪され、すべての財産を没収された。セシリアもまた、共犯者として厳しく罰せられた。アルフォンスがリリアーナから奪い取った全ての財産は、正当な持ち主であるリリアーナへと返還されることになった。ヴァリエール家の広大な屋敷も、彼女の元へ戻ってきた。


貧民街へと追いやられたアルフォンス、セシリアそしてその息子は、通りでみすぼらしい姿で立ち尽くしていた。彼らの頬はこけ、目には生気がなく、かつての傲慢な面影はどこにもなかった。かつてリリアーナを裏切り、侮辱した男とその愚かな息子は、彼女の煌びやかな成功と自身の惨めな現状を比較し、その場で膝を折って絶望に打ちひしがれた。彼らの目には、後悔と、そして嫉妬の色が浮かんでいた。


一方リリアーナは、エドワードとの間に出来た生まれたばかりの小さな手にそっと自分の手を重ねた。失ったものは全て取り戻した。そして、それ以上に大切な、真実の愛と、温かい家族の絆を手に入れたのだ。


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