勇者(仮)修行の始まり
昼過ぎ。俺はある家の門の前に立ち、深く息を吸い込んだ。
「……やっぱ行くのか?」
隣で正晴が眠たそうに目をこすりながら尋ねてくる。たぶん昼寝でもしてたんだろう。
「ああ。俺、あの巨大サメにまともに勝てたわけじゃなかったからさ……雷も剣も、全部まだ足りてないって思ったんだ。――いや、剣は足りてるかも」
「まあ、そう言うと思ってたけどさ。でも、修行って家で自主練すればいいじゃん。誰もいなくなったら、俺寂しいし」
「……何が寂しいだよ。っていうか分かってないな。俺の師匠に、ちゃんとつけてもらうんだ」
「へぇー? そうなのか」
正晴は少し驚いた顔をしたあと、ふっと笑う。
「ま、俺もついてってやるよ」
「どうせお前、家に一人でいたくないだけだろ」
──実際、今うちには誰もいない。
俺は修行。
栞は、懸賞でテーマパークのチケットが当たったらしく、「みんな行きたいって言っても無理よ。一人分しかないから」なんて言って出かけていった。チケットが何枚もあるから「それ何?」って聞いたら、「これは1週間滞在分のチケット。全部私のよ」って。
ののかちゃんとあきとは、両親のお墓参りに行くらしい。お墓がかなり遠い場所にあるらしく、1週間ちょっと帰ってこないって話だった。
つまり、家には正晴だけがポツンと残るってわけだ。
「そ、そんなわけないだろ! 朝日が弱いから、俺が修行つけてやろうと思って……! でも俺、修行はしないけどな!」
「……はいはい。そういうことにしてやるよ、正晴」
そんなやりとりを交えながら、俺たちは合鍵で門を開け、奥へ進んだ。
途中、隣の牧場のような場所を通り抜けると、昼過ぎの空気にしてはひんやりとしていて、街の喧騒からも遠く、とても静かだった。
やがて、木造の頑丈な建物が見えてくる。
「この家、なんか緊張感あるよな……」
「分かる。なんかこう……迫力っていうか、圧っていうか……」
「それに、ここめっちゃ広いし、ギルドもすぐ近くだよな」
「まあ、ギルドが貸してる土地だからな。後藤さん、緊急出動あるかもしれないし、すぐ駆けつけられるようにって話らしいよ」
正晴がぼやくのも無理はない。
ここは、“国家戦力”とまで称された男――後藤さんの家だ。
鉄の扉の前で深呼吸し、ノックをする。
「後藤さーん、俺です。朝日です。……稽古、お願いしに来ました」
返事はなかった。
が、数秒後——
バンッ!!!
近くの障子が勢いよく開けられた。
「よく来たな朝日! さぁ酒に付き合え!! 誰も付き合ってくれなくて、ひとり寂しく飲んでたんだ!!」
現れたのは、屈強な体に無数の傷。
髪を後ろで束ねた、“イケおじ”冒険者・後藤さん。
完全に酔っ払いだ。
「……あ、すみません。来るとこ間違えました。失礼しまーす」
俺がドアを閉めようとすると──
「ちょっと待て! 分かった、修行だろ!? つけてやる! だから帰るな、な? な?」
「わ、分かりました! 分かりましたから近づかないでください!」
酔っ払いを押しのけながら、俺たちは後藤さんの家に入り、リビングへ向かった。
「いやな、俺には分かってたんだよ。お前がそろそろ来るって。俺も昔、クエスト終わったあとにがっつり修行したからな。だから、お前ももうそろそろ来ると思ってたんだ。準備はもうできてる。今日から1週間、お前には“雷魔法”について教えてやる」
横で正晴が小さくつぶやく。
「なぁ、この人大丈夫? やばい奴にしか見えないんだけど……あと1週間って、予定だと5日じゃなかった?」
「……あ〜うん、たぶん大丈夫。大丈夫だよ。ほら、2日くらい増えても誤差じゃん?」
「いや、その誤差の扱いがやべぇんだよ……不安だわ……」




