3.殺される
扉をノックする。
扉が静かに開く。
「何?」凛が顔を出した。 瞬間、目が合った。
「あ、もう起きたんだ。早いね」
彼はもう蓮斗ではない。
わかっていながらも比べてしまう。
蓮斗はこんなふうに微笑んだことはなかった。
今までは確実に作り笑いだとわかっていたけれど、いや、これも作り笑いかもしれないけれど、こんなに本当のような笑みを、誰かから向けられたのは久しぶりだった。
「おはよう、R」
「もう教えてもらったんだね、コードネーム」ポーカーフェイスで、本当の表情は分からない。
「あのまま偽名で呼ばれたかったの?」白兎優美が尋ねる。
「いや、さっきの方がいいよ」
返し方に迷った。
白兎優美は、城山蓮斗の好みに合わせて設定されたキャラだからだ。
「ふーん」
当たり障りのない、完璧な返しだっただろう。
「そろそろご飯かな」Rは髪をかきあげた。
......すっかり忘れてた
きっとRは、私たちがご飯ができると知らせるためにここに来たことを知っていたのだろう。
「そういえば、私は何時間くらい眠っていたの?」
誰かしらが答えてくれるだろうから、この場にいる全員に向かって言う。
「ざっと7時間くらいかな」Aが答えてくれた。
......白兎優美にしては短かったな
彼女は健康と美容のために、1日最低9時間は寝ていたからな。
でも、裏組織の人間からしたら長い方だと思う。
寝られただけでありがたいと思った方がいいだろう。
しかも、私はもう白兎優美なんかじゃないし。
「ちょっと長かったんじゃない?」
......え?
「今何て......?」
「だから、裏組織の人間にしては長いな、って。」
喜ぶところじゃないだろうけど、嬉しかった。
このままRには、私は白兎優美でいなければいけないのかと思っていたから。
「ほら、ご飯行くよ」Rに手をひかれる。
......相変わらず足が速いな
毎回ついていけてるけど。
洋風の朝食、って感じ。
卵焼きとサラダとベーコン、か。
両手の指を交互に握るように手を合わせながら言った。
「いただきます」
一口。
......美味しい。これは昔食べた味......って、何を思いに耽っているんだ。
懐かしい味が口に残るのが不思議と嫌で、横に置いてあったアイスコーヒーで紛らわした。
するとNが話しかけてきた。
「どう? 口にあったかな?」
「うん、全然大丈夫。美味しいよ」本音だ。
「これはNが作ったの?」
「そうだよ」
コーヒーで紛らわしたはずだったのに、まだ口に広がる懐かしい味は何なのだろう。
「レシピはどこで手に入れたの?」
「レシピはね、Aが教えてくれたんだよ」
「Aが?」
少し違和感を覚えた。あんな性格のAが調理なんてするのだろうか。
まだ会ってから少ししか経っていないのに決めつけるのはよくないと承知してはいるが、どうも引っ掛かる。
「そんな目で見ないでよ」Aは笑いながら言う。
「まぁ、教えてもらってから一回も作ったことないけど。」
「教えてもらった......?」
「そう。親戚のお母さん。」Aは何かを思い出すように目を細めた。
「よく、おばちゃんって言っちゃって怒られてたなぁ」
......親戚、家族......
「どうしたの、Yちゃん?」Hが首を傾げている。
「何が?」
「親戚と家族がどうしたの? って。」
......しまった。声に出ていたか。
どうする。ここではぐらかしたら明らかに怪しいぞ。
「いや、私の両親元気かなーってね」私は微笑んでみせた。
「そっか」Hはなんだか寂しそうな表情を見せた。
大丈夫。私のことをそんな詳しく調べてる人物なんて誰も......
その時、Rと目が合った。
Rは笑った。
背筋が凍るような寒気がした。
......そうだ。コイツは私のことを調べあげていた筈だ。
でも、それは隠し部屋に入っていないと分からないことだ。だからここは、知らないフリをするしかない。
私は顔がひきつらないように努力した。
「さて、みんな食べ終わったことだし、本題に入ろう」Rが両肘をテーブルに置いて、指を絡めた。
「なぜY......凛然結恋を僕らの本拠地に連れて来たのか」
「ほ、本拠地......!?」
そんな場所に連れて来られていたのか。
どうりで部屋とか備品とかいろいろ揃っていた訳だ。
「そう、ここは本拠地」Aは腕を広げる。
「そんな場所に、部外者であるYちゃんをなんで連れて来たの?」Aは冷ややかな視線をRに送った。
「理由は簡単」Rは不気味に笑った。
「彼女が、組織Platinumのスパイだからさ。」
私とR以外の人間が硬直した。
「組織Platinumって今回の......」
「ちょ、そんな人今連れてきたら......」
意見を言いたそうにしているNとKをRが制す。
「質問は後。今はどうするかを......」
「取引しましょう」
「何......?」Rは顔を強ばらせた。
私はもう一度言った。
「取引しましょう」
「Y、君、自分が今意見を言える立場だと思っているの?」
「敬語で話しているでしょう」
「もしかしてそれが敬意だと思ってる?」Hが少し笑っている。ポーカーフェイスが苦手なのがよく分かった。
「仰る通りですが」
誰も何も言わない。
「私は死んでも構いません。ですが、組織Platinumとの取引は続行してください」
「命を差し出す気かい?」Rは慎重に尋ねてきた。
「組織の存続のためなら。」私は冷静に答えた。
「君、正気?」Yが驚きを隠せていなかった。
「いくら自分が所属している組織だからといって、そんな、命を投げ出すような......」
「私は、組織のためなら何だってします」
「何だって、ね......」Rは微笑んだ。
「成る程」声が聞こえた方を向くと、Nが納得の表情を浮かべていた。
「そういうことか」
「さすが、僕らがリーダー。話が分かるね」
......リーダー?
「さっきの言葉に間違いはないね?」Rが微笑んでいるように見えた。
「はい」
......殺される。今、ここで。
少し普通とは違う、この短かった人生。
楽しかったことと言えば、彼らに会えたことだ。
生まれ変わることができるなら、今度は普通の女性として生まれて、生活して、恋して......また、彼らと親友になりたい。
私はそっと目を瞑った。




