忌日
「うわぁ、出たぁ!」
少年は悲鳴を上げた。
その声に心底驚いたのか、老人はしばらく少年を見つめてから。
「あ……、ああ、驚かせてすまない」
辛うじて声を出したのだった。
「ううぅ、お爺さんごめんなさい。ここ、めったに人が来ないものだから、てっきり僕……」
「てっきり幽霊にでも出くわしたのかと?」
「お爺さんは……違いますよね?」
「ははは。私はまだかろうじて生きてはいるよ」
「ごめんなさい! 幽霊なんているはずないのに」
「いいんだ。そんなこと、もう気にしなくてもいいんだよ」
少し気まずい空気の中で。
「そうだ僕、弟を探しているんです。お爺さん、この辺で僕の弟を見ませんでしたか?」
「キミの弟……」
「はい。あいつ僕が目を離すと危なかしくて」
「ああ……、その子ならさっき会ったよ。たぶん今頃は家に戻っているんじゃないかな」
「よかったぁ、安心しました」
「もう遅いから、キミも帰りなさい。キミのお父さんとお母さんもきっと心配しているから」
「そうか……、ああそうでした。僕はもう帰らないと……、じゃあお爺さん、さよ……な……ら……」
「待って! 本当は言いたいことがたくさんあるんだ!」
老人は、誰もいない虚空に叫んだ。
「溺れた私のことを助けてくれてありがとう、ごめんなさい、お兄ちゃん、ああ、お兄ちゃん、大好きだよ……」
老人は貯水池のほとりに花束を置くと、毎年この日にそうするように、手を合わせて亡き兄の冥福を祈るのだった。