第九話
シールを収容し、ベーシックの腰部から角型ノズルが露出する。
最初は薬圧サスペンションによる跳躍、その勢いのままに横縞を描くシャッターが開き、高速度のイオンが噴気されてベーシックに加速を与える。
「あの爆発は何だ……こないだの火を吹く竜なのか?」
「何か怒号が聞こえます。金属がぶつかり合うような音も」
シールに言われてモニターを望遠してみれば、オーガの村に男たちがいる。みな巨大な剣や槍を持っていた。
シールの聴覚はベーシックの感音センサーよりも鋭いとすら思える。彼女がどのように音を感知してるのか気になるが、今は村の様子が気になった。
村の中央、祭りの行われていた広場に族長のドドがいる。他に数人の村人も。
それに相対するのは、一言で言えばクワガタに似た竜。爬虫類のような緑の体表と、糊で貼ったようなのっぺりとした鱗、平たい体と放射状に地面をつかむ六本の足がどこか異様だ。そして頭部にハサミのようなものを持っている。
虫ではない、だがトカゲとも違う。
座学で見知ったどの生物とも異質、そこに認知の混乱がある。
「なんだあの竜は……シール、知ってる?」
「分かりません……西方辺境の竜ではありません」
竜使いもいる。胴部の上に椅子を固定し、その上に座している。
画像を拡大、それは積み上げた雑巾のように見える人物。厚手の布を何重にも着込んでいるのだ。奇妙なことにはそれはてらてらと濡れて見えた。粘液のようなものを大量に含んだ布だ。
「くく、鬼人の族長よ、抵抗するとは愚かしいのう。その盾を渡せば良いだけのこと」
「くどい! いかに竜皇の使者と言えどこれだけは渡せぬ!」
ドドは対爆盾を構えている。高さ4メートルの盾はドドの体格であっても大きすぎて、盾というより暴徒鎮圧部隊のバリケードのように見える。
……あの竜使いは盾を狙っている? なぜだ?
村の男たちが斬りかかる。鉄を打ち伸ばした剣は見た目にもわかるが刃物とは言えない、オーガたちの腕力にまかせた鈍器に近い。
それが竜を打たんとする刹那、六本の足でさっと跳躍して後方に。
飛び去ったあとに何か残っている。緑色の霧のようなもの。オーガの若者たちが顔をかばいつつ飛び退く。
……先ほどの爆発。まさか、あの霧は。
竜のハサミが打ち合わされる。極小の時間で見ればその擦り合わせ面から火花が散り、緑の粒子と接触。酸素と混合された燃焼物質が燃え、反応が瞬時に連鎖して音速を超える風圧を生み、押しのけられた空気は重なり合って衝撃波となり、大音響とともに周囲のすべてを吹き飛ばす。
数百メートルに迫っていたベーシックにも感じる爆圧、吹き飛ばされるオーガの戦士たち。
「あれは! 粉塵爆発、いや燃料気化爆弾に近いものか、生物がそれを使うだと……!」
よく見れば広場の周囲にはオーガたちが倒れている。発掘現場から見えた最初の爆発で、その大半が吹き飛ばされていたのか。
「ドド! 下がって!」
ベーシックで族長の前に着地。竜使いは僕の機体を見てわずかに動きを止めるが、迂闊には動かない、かなりの老練さを感じる。
「貴様は何者じゃ? 伝承にありき巨人族ザウエルなどとほざくわけではなかろうな」
「何でもいい。なぜこの村を襲う。どんな権利があってこんな真似を」
「人間よ! これは我が氏族の問題! 手を出すな!」
ベーシックの腕を掴み、前に出てくるドド。体のあちこちに火傷と流血が見える。当然だ、対爆盾は正面からの爆風しか防げない。空間それ自体が爆発する燃料気化爆弾には為す術もない。
「ドド、無茶するな、いくら盾があっても生身であれに耐えられるわけが……」
「竜使いよ! なぜ巨人の遺物などを求める! 竜皇は巨人伝承それ自体を否定していたはず! 北方の禍つ竜、爆華伏竜まで持ち出して何のつもりだ!」
潰れた饅頭のように布を着込んだ竜使い、そんな異様な姿ながら、ドドの言葉に渋面を作る気配が分かった。
「巨人の遺物を求めることは巨人の実在を認めることに他ならぬ! 違うか!」
「ふん、違うのう。お前たちが巨人崇拝などにうつつを抜かし、竜皇様への報恩がおろそかになっておるためよ。この世から竜を除いておるのは巨人ではない、竜皇様よ」
巨人崇拝を禁じる、そのために盾を奪うというのか? 村を攻撃してまで……。
「最後の警告じゃ。その盾を渡せ、されば皆殺しだけは寛恕してやろうぞ」
「聞けぬ! 我らゴードランの百代の誇り――」
聞けぬ、の時点で竜使いは動いていた。
爆華伏竜と呼ばれた竜が緑色の霧を吐く。ドドがひし形の盾を地面に突き立て、ベーシックは剣を抜いて体の前に構えんとして。
爆発。
ベーシックの全身を包むような爆圧。高熱と全方位の衝撃が機体をきしませる。
「う、ぐ……なんて威力。ベーシックの浸潤プレートが歪んでしまう……」
関節部と駆動部、排気ノズルへのダメージメッセージ。
そして緊急補修、トラブルのある回路を迂回させ、動作可能な状態に持っていく、だが何度もできることではない。
「くくく、さすがはオーガどもの族長、三度も耐えるとはのう」
ドドはまだ立っている。だがその顔と言わず体と言わず火に襲われ、全身から黒煙を上げるかに思える。人間の体力ならショック死しているダメージだ。
「もうよいわ。無理に渡せとは言わぬ。その無駄な巨躯を肉塊に変えてから回収すれば良いこと」
「ふざけるな!」
僕は剣を抜く。石の巨剣を振りかぶり、竜使いへ向けて疾走。
「むっ……」
「やあああっ!」
振り下ろす一瞬、緑色のもやが。そして足の一本が地面を打つのが見え。
閃光。赤黒い光がモニター内を埋め、剣が空を切る。
「なっ!?」
一瞬、あの竜の巨体を見失った。数十メートルも飛んで村の端にいる。 小爆発で目眩ましを作って逃げたか。
「くそっ!」
薬圧サスペンションによる跳躍。全身を回転させながら竜に迫る。
斬撃、だが斬ったと思った瞬間、剣の着弾点が爆発するかに思える。土砂を跳ね飛ばし地面に大穴を空け、竜は大きく移動している。
「まさか……! 爆発を利用して飛ぶのか!?」
「くっくっく、若造よのう。大層な玩具を操るようじゃが、剣技はまるで素人、話にならぬ」
竜使いも相当な爆風を浴びたはずだが平然としている。あの衣服、濡れて見えるのは対爆ジェルのようなものか。背中から竜に素早く指示を出し、剣を避けるとは。
(……だめだ。切り札の巨人のまじない、竜を斬り裂く光、相手に当たらなければ意味がない)
あれは一撃でシールの気力を使い果たしてしまう、短い間に何度も打てるような技じゃない。
どうやって当てる。どうすればこいつを……。
「ナオ様」
「シール、じっとしてて。コックピットは慣性レジストが働いてるけど、それでもかなり揺れるはず。頭を打たないように」
「いえ、ナオ様、何か聞こえるんです」
何か……?
伏兵でもいるのだろうか。僕は感音センサーが異常音を捉えていないか見る。特に何もない。
「あっちです。爆発のたびに……何か、音が跳ね返るような」
音が……? 耳を済ましても、オーガたちの苦しそうな声ぐらいしか。
そこではっと気づく。そうだ、この村にはオーガたちが倒れてる。ここを戦場にはできない。
「ドド、その盾を貸してくれ、やつを引き離す」
「ぐ……」
ドドはほとんど口もきけない状態なのが明らかだった。僕は盾を掴むが、腕から離れない。筋肉が剛直してるのかと思うほどの抵抗が。
「ドド! 頼む!」
「……らぬ」
「え?」
「離しては……ならぬ。盾を、握った、者は……」
……。
「盾は人、守り手こそが盾、最後ま、で、盾を持ち、続けるのだ……それが戦士として、の、誇り……」
それは、あるいは深刻なダメージを負ったためのうわ言かも知れない。
だけど僕の中の何かと響き合う気がした。盾は盾だけで存在するのではない、守るという使い手の意志と一つなのだと……。
「分かった、最後まで持っていてくれ」
僕はベーシックを動かし、カメラアイで決然と竜使いを睨みつける。
「そこの竜使い、お前はこの剣も求めてるんじゃないのか?」
「む……?」
竜使いは石の剣をまじまじと見て。
そして布の隙間から見える皺だらけの顔が、驚愕に歪むのを見た。
「それは……!」
「ついてこい! こっちだ!」
薬圧サスペンション跳躍。一気に数十メートル上空へ。
足元で竜が吠えるのが分かる。六つの足を動かして立木をなぎ倒しながら進む。
「ナオ様、あっちです」
シールが指差す、それは発掘作業が行われていたあたり。シャッポたちは避難したのか姿は見えず、大きく開けた場所になっている。
僕は竜使いの気配に集中していたためか、なぜシールが指をさしたのか、シールが何を言っていたかも意識してなかった。
「どうする……イオンスラスターで飛び続ければあいつは攻撃できない。単純な投石が有効かも……。しかし、そうなればあいつは地上の人間を攻撃するだろうし……」
「轟吐!」
竜が何かを吐き出す。緑色の球体のようなものが打ち上がる。空気に触れて表面が白く染まり、黄リンが自然発火するように燃え上がり、膜が破れ、内容物が破裂してそれらに着火されて炎が一気に拡大し――。
「!?」
光と熱。時間の喪失。
半身が吹き飛ぶような衝撃。至近距離で起きた爆発がベーシックを吹き飛ばす。
緊急警報がモニターを埋める。スラスターが推進力を失い、数秒後にベーシックが墜落。
いや、ぎりぎり着地した。オートパイロットが姿勢を制御し、サスペンションの効いた足から着地したのだ。だが機体表面に粘液が付着し、それが燃え残っている。
「ぐっ……くそ、自然発火する粘液で爆発物を包むだと。信じられない、あれが体液だっていうのか」
「ナオ様! もう少しだけ左に!」
シールの声、僕は三半規管の混乱から判断力を失っていた。言われるがままに動く。
「もう一度じゃ! 轟吐!」
竜が爆発性の粘液を吐く。シールが僕の手に手を添える。避けてと聞こえたような錯覚。無意識のままにレバーを倒す。
後方で爆発。ベーシックが前に倒れかける。断熱されているコックピットにまで熱が届く。
「ナオ様、あれを!」
シール……?
意識がようやく頭蓋骨に戻ってくる。そういえば彼女は、さっきから何か叫んでいた気が。
「!」
そして見る。爆発を受け、大きくえぐり返された地面に見えるひし形のシルエット。
灰色一色の構造体。土の中から露出した盾が。
「あれは……」
「拾ってください!」
ベーシックがそれを拾う。大きさから予想するより遥かに軽い、付着していた土がこぼれていく。
これは、まさか巨人の遺物。
大きさは4メートルほど、対爆盾とかなり近い。
体高8.5メートルのベーシックが持てば、中型盾に片手で扱う長剣というスタイルになる。
「ぬう……巨人の盾がもう一つじゃと……?」
竜使いは距離を取り、新たな武装を分析するかに見える。
そしてやはり老練、僕が新しい盾に順応する時間を与えまいとした。竜が大量の霧を吐き、ベーシックを含めて周囲を取り囲む。
「くっ……」
薬圧サスペンション跳躍で、いや駄目だ、駆動時の火花で誘爆する。
どうすればいい、伏せるか、あるいは盾を構えて前に。
「ナオ様、まじないの言葉を」
「シール、でもこれは盾で防げる攻撃じゃ」
「大丈夫。伝承にはこう伝わっています。巨人のまじないはあらゆる炎の厄災をかき消すと」
かき消す……。
そうだ、あの時。
火蛇竜の火球をベーシックの左手が受け止め、そのまま握り潰してみせた。
なぜあんなことができる? あれはおそらく燃焼性の油脂の固まり、防げたとしても握りつぶせはしない。
あの効果を、拡大させたらどうなる。
この盾がそれを可能にするなら。
「殺れい!!」
ハサミが打ち合わされる。周囲に立ち込める煙、おそらく山を一つ消し去るほどの量。極限の時間の中で、爆炎がゆっくり拡大されていくかに見えて。
そして僕の言葉が――。
「炎の厄災は盾の前に散る!!」
盾が輝く。その光が波動となって広がる。
世界が開ける。
青い空と緑の大地。あきれるほどに澄んだ空気。冷たい風を肌に受けるような錯覚。
「なに!?」
竜使いの驚愕。使役する竜すらも動揺して左右を見ている。
そうか、巨人のまじない。あれは炎に耐える効果ではない。
効果範囲内の、あらゆる燃焼現象を打ち消す。
人智を超えた力、これが巨人の――。