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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第二章 白毛長耳の商人、石工の鬼人、盾を巡りて鼎談す
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第九話


シールを収容し、ベーシックの腰部から角型ノズルが露出する。

最初は薬圧サスペンションによる跳躍、その勢いのままに横縞を描くシャッターが開き、高速度のイオンが噴気されてベーシックに加速を与える。


「あの爆発は何だ……こないだの火を吹く竜なのか?」

「何か怒号が聞こえます。金属がぶつかり合うような音も」


シールに言われてモニターを望遠してみれば、オーガの村に男たちがいる。みな巨大な剣や槍を持っていた。

シールの聴覚はベーシックの感音センサーよりも鋭いとすら思える。彼女がどのように音を感知してるのか気になるが、今は村の様子が気になった。


村の中央、祭りの行われていた広場に族長のドドがいる。他に数人の村人も。


それに相対するのは、一言で言えばクワガタに似た竜。爬虫類のような緑の体表と、のりで貼ったようなのっぺりとした鱗、平たい体と放射状に地面をつかむ六本の足がどこか異様だ。そして頭部にハサミのようなものを持っている。


虫ではない、だがトカゲとも違う。

座学で見知ったどの生物とも異質、そこに認知の混乱がある。


「なんだあの竜は……シール、知ってる?」

「分かりません……西方辺境の竜ではありません」


竜使いもいる。胴部の上に椅子を固定し、その上に座している。


画像を拡大、それは積み上げた雑巾のように見える人物。厚手の布を何重にも着込んでいるのだ。奇妙なことにはそれはてらてらと濡れて見えた。粘液のようなものを大量に含んだ布だ。


「くく、鬼人オーガの族長よ、抵抗するとは愚かしいのう。その盾を渡せば良いだけのこと」

「くどい! いかに竜皇の使者と言えどこれだけは渡せぬ!」


ドドは対爆盾アンチボムを構えている。高さ4メートルの盾はドドの体格であっても大きすぎて、盾というより暴徒鎮圧部隊のバリケードのように見える。


……あの竜使いは盾を狙っている? なぜだ?


村の男たちが斬りかかる。鉄を打ち伸ばした剣は見た目にもわかるが刃物とは言えない、オーガたちの腕力にまかせた鈍器に近い。


それが竜を打たんとする刹那、六本の足でさっと跳躍して後方に。

飛び去ったあとに何か残っている。緑色の霧のようなもの。オーガの若者たちが顔をかばいつつ飛び退く。


……先ほどの爆発。まさか、あの霧は。


竜のハサミが打ち合わされる。極小の時間で見ればその擦り合わせ面から火花が散り、緑の粒子と接触。酸素と混合された燃焼物質が燃え、反応が瞬時に連鎖して音速を超える風圧を生み、押しのけられた空気は重なり合って衝撃波となり、大音響とともに周囲のすべてを吹き飛ばす。


数百メートルに迫っていたベーシックにも感じる爆圧、吹き飛ばされるオーガの戦士たち。


「あれは! 粉塵爆発、いや燃料気化爆弾に近いものか、生物がそれを使うだと……!」


よく見れば広場の周囲にはオーガたちが倒れている。発掘現場から見えた最初の爆発で、その大半が吹き飛ばされていたのか。


「ドド! 下がって!」


ベーシックで族長の前に着地。竜使いは僕の機体を見てわずかに動きを止めるが、迂闊には動かない、かなりの老練さを感じる。


「貴様は何者じゃ? 伝承にありき巨人族ザウエルなどとほざくわけではなかろうな」

「何でもいい。なぜこの村を襲う。どんな権利があってこんな真似を」

「人間よ! これは我が氏族の問題! 手を出すな!」


ベーシックの腕を掴み、前に出てくるドド。体のあちこちに火傷と流血が見える。当然だ、対爆盾アンチボムは正面からの爆風しか防げない。空間それ自体が爆発する燃料気化爆弾には為す術もない。


「ドド、無茶するな、いくら盾があっても生身であれに耐えられるわけが……」

「竜使いよ! なぜ巨人の遺物などを求める! 竜皇は巨人伝承それ自体を否定していたはず! 北方のまがつ竜、爆華伏竜ブラムヴォルまで持ち出して何のつもりだ!」


潰れた饅頭のように布を着込んだ竜使い、そんな異様な姿ながら、ドドの言葉に渋面を作る気配が分かった。


「巨人の遺物を求めることは巨人の実在を認めることに他ならぬ! 違うか!」

「ふん、違うのう。お前たちが巨人崇拝などにうつつを抜かし、竜皇様への報恩がおろそかになっておるためよ。この世から竜を除いておるのは巨人ではない、竜皇様よ」


巨人崇拝を禁じる、そのために盾を奪うというのか? 村を攻撃してまで……。


「最後の警告じゃ。その盾を渡せ、されば皆殺しだけは寛恕してやろうぞ」

「聞けぬ! 我らゴードランの百代の誇り――」


聞けぬ、の時点で竜使いは動いていた。


爆華伏竜ブラムヴォルと呼ばれた竜が緑色の霧を吐く。ドドがひし形の盾を地面に突き立て、ベーシックは剣を抜いて体の前に構えんとして。


爆発。

ベーシックの全身を包むような爆圧。高熱と全方位の衝撃が機体をきしませる。


「う、ぐ……なんて威力。ベーシックの浸潤プレートが歪んでしまう……」


関節部と駆動部、排気ノズルへのダメージメッセージ。

そして緊急補修、トラブルのある回路を迂回させ、動作可能な状態に持っていく、だが何度もできることではない。


「くくく、さすがはオーガどもの族長、三度も耐えるとはのう」


ドドはまだ立っている。だがその顔と言わず体と言わず火に襲われ、全身から黒煙を上げるかに思える。人間の体力ならショック死しているダメージだ。


「もうよいわ。無理に渡せとは言わぬ。その無駄な巨躯を肉塊に変えてから回収すれば良いこと」

「ふざけるな!」


僕は剣を抜く。石の巨剣を振りかぶり、竜使いへ向けて疾走。


「むっ……」

「やあああっ!」


振り下ろす一瞬、緑色のもや・・が。そして足の一本が地面を打つのが見え。


閃光。赤黒い光がモニター内を埋め、剣が空を切る。


「なっ!?」


一瞬、あの竜の巨体を見失った。数十メートルも飛んで村の端にいる。 小爆発で目眩ましを作って逃げたか。 


「くそっ!」


薬圧サスペンションによる跳躍。全身を回転させながら竜に迫る。


斬撃、だが斬ったと思った瞬間、剣の着弾点が爆発するかに思える。土砂を跳ね飛ばし地面に大穴を空け、竜は大きく移動している。


「まさか……! 爆発を利用して飛ぶのか!?」

「くっくっく、若造よのう。大層な玩具おもちゃを操るようじゃが、剣技はまるで素人、話にならぬ」


竜使いも相当な爆風を浴びたはずだが平然としている。あの衣服、濡れて見えるのは対爆ジェルのようなものか。背中から竜に素早く指示を出し、剣を避けるとは。


(……だめだ。切り札の巨人のまじない、竜を斬り裂く光、相手に当たらなければ意味がない)


あれは一撃でシールの気力を使い果たしてしまう、短い間に何度も打てるような技じゃない。

どうやって当てる。どうすればこいつを……。


「ナオ様」

「シール、じっとしてて。コックピットは慣性レジストが働いてるけど、それでもかなり揺れるはず。頭を打たないように」

「いえ、ナオ様、何か聞こえるんです」


何か……?

伏兵でもいるのだろうか。僕は感音センサーが異常音を捉えていないか見る。特に何もない。


「あっちです。爆発のたびに……何か、音が跳ね返るような」


音が……? 耳を済ましても、オーガたちの苦しそうな声ぐらいしか。


そこではっと気づく。そうだ、この村にはオーガたちが倒れてる。ここを戦場にはできない。


「ドド、その盾を貸してくれ、やつを引き離す」

「ぐ……」


ドドはほとんど口もきけない状態なのが明らかだった。僕は盾を掴むが、腕から離れない。筋肉が剛直してるのかと思うほどの抵抗が。


「ドド! 頼む!」

「……らぬ」

「え?」

「離しては……ならぬ。盾を、握った、者は……」


……。


「盾は人、守り手こそが盾、最後ま、で、盾を持ち、続けるのだ……それが戦士として、の、誇り……」


それは、あるいは深刻なダメージを負ったためのうわ言かも知れない。

だけど僕の中の何かと響き合う気がした。盾は盾だけで存在するのではない、守るという使い手の意志と一つなのだと……。


「分かった、最後まで持っていてくれ」


僕はベーシックを動かし、カメラアイで決然と竜使いを睨みつける。


「そこの竜使い、お前はこの剣も求めてるんじゃないのか?」

「む……?」


竜使いは石の剣をまじまじと見て。

そして布の隙間から見える皺だらけの顔が、驚愕に歪むのを見た。


「それは……!」

「ついてこい! こっちだ!」


薬圧サスペンション跳躍。一気に数十メートル上空へ。

足元で竜が吠えるのが分かる。六つの足を動かして立木をなぎ倒しながら進む。


「ナオ様、あっちです」


シールが指差す、それは発掘作業が行われていたあたり。シャッポたちは避難したのか姿は見えず、大きく開けた場所になっている。

僕は竜使いの気配に集中していたためか、なぜシールが指をさしたのか、シールが何を言っていたかも意識してなかった。


「どうする……イオンスラスターで飛び続ければあいつは攻撃できない。単純な投石が有効かも……。しかし、そうなればあいつは地上の人間を攻撃するだろうし……」

轟吐ブロケオ!」


竜が何かを吐き出す。緑色の球体のようなものが打ち上がる。空気に触れて表面が白く染まり、黄リンが自然発火するように燃え上がり、膜が破れ、内容物が破裂してそれらに着火されて炎が一気に拡大し――。


「!?」


光と熱。時間の喪失。

半身が吹き飛ぶような衝撃。至近距離で起きた爆発がベーシックを吹き飛ばす。


緊急警報がモニターを埋める。スラスターが推進力を失い、数秒後にベーシックが墜落。


いや、ぎりぎり着地した。オートパイロットが姿勢を制御し、サスペンションの効いた足から着地したのだ。だが機体表面に粘液が付着し、それが燃え残っている。


「ぐっ……くそ、自然発火する粘液で爆発物を包むだと。信じられない、あれが体液だっていうのか」

「ナオ様! もう少しだけ左に!」


シールの声、僕は三半規管の混乱から判断力を失っていた。言われるがままに動く。


「もう一度じゃ! 轟吐ブロケオ!」


竜が爆発性の粘液を吐く。シールが僕の手に手を添える。避けてと聞こえたような錯覚。無意識のままにレバーを倒す。


後方で爆発。ベーシックが前に倒れかける。断熱されているコックピットにまで熱が届く。


「ナオ様、あれを!」


シール……?


意識がようやく頭蓋骨に戻ってくる。そういえば彼女は、さっきから何か叫んでいた気が。


「!」


そして見る。爆発を受け、大きくえぐり返された地面に見えるひし形のシルエット。


灰色一色の構造体。土の中から露出した盾が。


「あれは……」

「拾ってください!」


ベーシックがそれを拾う。大きさから予想するより遥かに軽い、付着していた土がこぼれていく。


これは、まさか巨人の遺物ギガントレリクス


大きさは4メートルほど、対爆盾アンチボムとかなり近い。

体高8.5メートルのベーシックが持てば、中型盾ミドルシールドに片手で扱う長剣というスタイルになる。


「ぬう……巨人の盾がもう一つじゃと……?」


竜使いは距離を取り、新たな武装を分析するかに見える。


そしてやはり老練、僕が新しい盾に順応する時間を与えまいとした。竜が大量の霧を吐き、ベーシックを含めて周囲を取り囲む。


「くっ……」


薬圧サスペンション跳躍で、いや駄目だ、駆動時の火花で誘爆する。


どうすればいい、伏せるか、あるいは盾を構えて前に。


「ナオ様、まじないの言葉を」

「シール、でもこれは盾で防げる攻撃じゃ」

「大丈夫。伝承にはこう伝わっています。巨人のまじないはあらゆる炎の厄災をかき消すと」


かき消す……。


そうだ、あの時。


火蛇竜サラマンドラの火球をベーシックの左手が受け止め、そのまま握り潰してみせた。


なぜあんなことができる? あれはおそらく燃焼性の油脂の固まり、防げたとしても握りつぶせはしない。


あの効果を、拡大させたらどうなる。


この盾がそれを可能にするなら。


れい!!」


ハサミが打ち合わされる。周囲に立ち込める煙、おそらく山を一つ消し去るほどの量。極限の時間の中で、爆炎がゆっくり拡大されていくかに見えて。


そして僕の言葉が――。


炎の厄災ゼルド・は盾の前に散るアシュ・ヴァーニス!!」


盾が輝く。その光が波動となって広がる。


世界が開ける。


青い空と緑の大地。あきれるほどに澄んだ空気。冷たい風を肌に受けるような錯覚。


「なに!?」


竜使いの驚愕。使役する竜すらも動揺して左右を見ている。


そうか、巨人のまじない。あれは炎に耐える効果ではない。


効果範囲内の、あらゆる燃焼現象を打ち消す。


人智を超えた力、これが巨人の――。


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― 新着の感想 ―
[一言] 連載版嬉しいです。うーん、巨人のまじないって何なんでしょうね・・・
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