第八話
「何言ってるんだ、どこに商売の気配があるんだよ」
僕の指摘に、しかしシャッポは人差し指を振るジェスチャー。
「オーガの皆様はこの西方辺境から中央にかけて勢力を持っております。石工に炭焼きに建築と、大陸の文化に欠かせぬ働き手です。そしてゴードランといえば名の知れた種族、かなりのお足をお持ちかと」
「……それで?」
「あの盾がつい最近発見されたことは噂になっておりました。見たところ、あの盾の紋章はあなた様のナイフにあったものと同じ」
「そうだよ。だけどそれがどう商売になるんだ」
「そこを何とかするのが商売人というものです。金貨があって宝もある、そこには商売の風が生まれようというもの」
……。
それって要するに、揉め事に首を突っ込んでひと商売しようって話じゃないのか。なんか事故現場で名刺を配ってる弁護士みたいだなあ。
「あなた様はあの盾が」
「ナオでいいよ、ナオ=マーズだ」
「ナオ様はあの盾が必要なのでしょう?」
「必要というか……この村に置いてはおけない。あれは軍の所有物だし、この土地の人々に預けていいものじゃない」
それに戦力としても魅力的だ。あの火蛇竜の火球、対爆盾なら造作なく防げる気がする、そうすればシールの「祈り」も節約できるわけだし……。
「って、あれ? シールは?」
「はて、そういえば姿が」
「あのう、それはナオ様のものではないでしょうか」
!?
いつの間にか、シールが藪から出てオーガたちの輪に入っている。盾を指さして堂々たる主張。
「ナオ様のナイフと同じ紋章です。それに見たところ石ではありません。巨人族ザウエルの残した遺産というのは全体が灰色で……」
「お前は何者か!」
族長らしき人物の怒号。声が風圧となってシールの銀髪をなびかせる。
「ちょっとシール!」
「ははは、私としたことが出し抜かれてしまいました。あのお方もなかなかに風を呼ぶ才能がある」
僕たちは藪を飛び出して。
槍を持って踊ってたオーガたちが、その槍をいっせいに構えた。
※
「ううむ」
鬼人たちの住居は一見テントのように見えるが、それは三角に組まれた木材に茂った枝葉をかぶせたものだ。
雨風を完全には防げないはずだが、彼らはそれを気にしてないように見える。
そして族長の家はかなり大きい。40メートル以上の木材を組んで作られており、中はちょっとした体育館ほどもある。木材一本は2トンはありそうだ。
「つまり、あの盾はお前のものだと言うのか」
「ええと、まあ、そうだな」
僕とシールが並んで座り、オーガの族長とシャッポがそれぞれ離れて座って三角形の形になる。こういう三者会談を鼎談と言うのだったかな。
「あれは僕の軍に下賜されてる装備だ。ほら、このナイフと同じ紋章だ」
族長の名はドド。ドド・ゴードランというらしい。
相対すると本当に大きい。背が高いというだけじゃなくその腕は大理石の柱のようで、胸板は砲火演習目標のゴムブロックのようだ。顔の輪郭は角ばっていて、下顎から大きな牙が生えている
「お前にあの盾が使えるとは思えん」
「僕は機動兵器を使える。あなた方の理解で言うならからくり仕掛けの巨人だ、それなら使いこなせる」
「ふむ……」
族長のドドはあぐらをかいて頬杖をつき、その骨ばった拳でだんと地面を打ち付ける。彼らの住居は地面が床なのだ。
「仮にあの盾がお前のものでも、もはや我らゴードランの手にある。渡すわけにはいかん」
「そんな、それじゃ泥棒」
「黙れ! あの盾が集落の近くで見つかったことは巨人の思し召しというもの。盾は自らの意志で我らを選んだのだ!」
「あの、少しいいですか」
場が緊迫しかける中、やや脱力した声を上げるのはシール。
「人間の娘よ、何だ」
「こちらの村でも巨人族の遺物について伝承があったのでしょうか? 私達の村には剣が受け継がれていました」
「そうだとも。七のさらに七代前の祖先は巨人族から盾を受け継いだ。だがある時、大きな地揺れがあって盾は埋まってしまったと聞く。その頃から野良竜が増え、仲間たちは東の、もっと住みよい場所に定住したが、百人ほどはずっとこの土地に残ることにした。盾を探し続けていたのだ」
七のさらに七代……彼らの世代サイクルがどのぐらいか知らないが、気の遠くなるような話だ。
そしてようやく見つけた盾が違うものだと聞いて、素直に納得できないのは分かるが……。
「どうすれば返してくれるんだ」
「条件などない、あの盾は我々のものだ。そもそもお前がどこぞの軍人であるというなら、奪われた具足を話し合いで取り返そうなど戦士たる行いではない」
……決闘でもしろというのか。
それも考慮すべきかもしれない。こちらにはベーシックがある。あれを使えば勝てるとは思うが、しかし規格外の大男とはいえ、生身の相手をベーシックで攻撃するなんて……。
「なるほど、話はよく分かりました」
ぽん、と柔らかい音を立てて手を打つシャッポ。肉球があるのだろうか。
「ゴードランの族長どの、私はひとつ提案いたします。それでこの場の全員が大きな利益を得るはず」
「草兎族の娘よ、こんな辺境でウサギを見るのは珍しいが、お前に何ができると言うのだ」
シャッポはにんまりと笑い、自信たっぷりに提案する。
「かつて埋もれた石の盾、私ならそれを見つけられます。いま飾られてる盾も見事なものですが、伝承そのままの盾があるに越したことはないでしょう?」
「何……!?」
「ただし条件がございます。発掘隊として屈強な若者を10人、さらに金貨500枚の投資、そして発見の暁には、今ある盾をこちらの殿方に引き渡す、という条件でいかがでしょう」
「金貨500枚だと、出せなくはないが何に使う」
「使うのではありません。すでに使ったのです。我ら草兎族は商売のために有形無形の投資をしております。ここに二つの盾をめぐる商売が結実しつつある。風がこの地に至るためにはお足が必要だったのです」
「ふうむ……」
族長ドドはしばらく考える。それは目の前の獣人を値踏みするような、提案そのものよりも人物を見定めようとする視線だった。
「盾が出なかったら金貨は返してもらう」
「けっこうです。では早速支払いを」
※
「あんなこと言って大丈夫なのかな……」
僕はベーシックを呼び寄せていた。自己射出は関節部への負担があるので、自立歩行で村のそばまで呼んだのだ。
集まっているのは村の若者たち。ベーシックを見るとみな驚愕の眼差しを見せたが、言葉や態度に出したりはしない。そういう技術としての冷静さが戦士だなと感じる。
人員は女性の方が多い。村には若い男が貴重なのだそうだ。
「男の働き手が集まらなかった、だが女でも人間よりは働ける」
「やっぱり、竜皇の徴兵が?」
「そうだ、ここ数年で急に厳しくなった。今年は若い男を30人差し出せと……。今は悪しき竜を討伐する軍務に就いてるはずだ」
女性のオーガはややぶっきらぼうに、憤りを乗せた声で語る。恋人と離れ離れにでもなったのだろうか。
それはともかく、僕は全方位モニター越しに周囲を見る。
「さて……この一帯のどこかに、か……」
中心となるのは標高500メートルほどの小高い山である。樹木は大きく草は丈高い。山裾は南側になだらかに広がっている。
「あの山が……かつて地崩れを起こしたんだね」
「そうだ。南側の一帯は土砂に沈んだ。そのどこかに巨人の盾が埋まっていると聞いている」
確かに、露天掘りで巨大な穴が掘られている。何箇所もあってそこに雨水が溜まり、戦場跡に見られるような砲弾池の眺めだ。
かなりの場所が掘り返されているが、地崩れの範囲全体と比較すると半分ぐらいか。オーガたちが怪力なのは一目瞭然だが、それでも探し尽くせない広さなのだ。
「……あの盾は、いま飾られてるやつはどうやって見つかったの」
「少し前、遠くの方から雷鳴のような音が届いた。その近くを村人たちで探すと、あの盾が落ちていた」
……それなら、あの対爆盾が探してるものと違うことは分かりそうなものだ。
しかし巨人の盾の伝承が残る村、直径4メートルの盾、多少の不合理があっても、その2つを結びつけてしまうのは無理からぬ反応かも知れない。
「……シャッポ、掘る場所のあてはあるのか?」
視線を向けると、シャッポは古い書物をたくさん広げていた。紐で閉じた本とか巻物、手紙のようなものや古地図もある。
「何してるんだ?」
「我ら草兎族の格言にこのようなものがあります。土を掘るより書物を掘れ、と」
「……?」
「西方辺境は大陸の文化から切り離された土地ですが、それでも多くの旅人や研究者、詩人や行商人などが訪れております。これは数百年前、まだオーガの方々の村があった時代の記録です」
「何だって……」
「ふむふむ……あの山の形状が……崩れる前の姿は」
そんな文書が存在するのか。そしてシャッポはそれを持ってこの辺境に来たというのか?
ひとつ言えることは、彼女はかなり早い段階からこの展開を予想していた。あるいは彼女の本当の商売とは盾の発掘だったのではないか?
「あちらの方角……」
白い毛に覆われた指が一点を示す。
「遠くキルレ山脈を真西に見て、セウマタの三日月湖から歩いて500を数える距離。古いスケッチや地図を総合すると、そのあたりに村があったと思われます」
「よし行こう」
オーガたちの気は早い。巨大なスコップを担ぎ、十人が森の中を駆けていく。
さてそこからしばらく、土と埃にまみれた発掘作業となった。
オーガたちがつるはしで土を砕き、スコップで車輪付きのカゴに土を詰め、少し離れた場所に捨てる。ときには立木を掘り返したり岩を砕いたり、6時間ほどでベーシックが丸ごと入るぐらいの穴ができた。工作兵なら300単位時間を超える作業量だ。
そして大木が出てきた。枝が落とされており布飾りなどもついている。彼らの村にあった家と似ている。
「間違いありませんな。ここにオーガの村があったようです」
「すごい、何年掘り続けても村は見つからなかったのに」
オーガたちは疲労という言葉を知らないのか、もう日も傾きつつあるのに道具を振るい続ける。
「調査の通りでした。この調子なら10日以内には見つかるでしょうな」
「10日……」
……それでは時間がかかりすぎる。
Cエナジーの補充をシールの祈りに頼ってる関係上、真っ直ぐに目的地に向かえる旅ではない。
だけど僕たちは竜使いの一人を倒している。そのことが竜皇に露見すれば何が起きるか分からないのだ。ここで10日は待てない。
「ナオ様」
ベーシックの近くで祈りを捧げていたシールが、ふと声を上げる。
「どうしたの」
「この巨人の力で盾を探せないでしょうか」
探す……?
「……あ、そうか、ベーシックのレーダーが使えるかも」
索敵モードにして各種レーダーを操作。巨人の盾が剣と同じ素材なら、あらゆるスキャニングを通さないはず。僕はX線、超音波、電磁波レーダーを周囲に向けるが。
「……だめだ、ほとんど見えない」
ベーシックのレーダーは埋蔵物を探すようにできていない。それに地中に埋まっているオーガの住居。道具類や武器のようなものがレーダーを乱反射させてる。
「せめて専用の分析プログラムでもあればいいんだけど……超光速文明圏ならすぐにダウンロードできるのに……」
「そうですか……」
シールは残念そうなというより、どこか不思議そうな顔を見せる。この機体に神秘性を見ている彼女は、きっと探しものぐらい出来て当然と思っているんだろう。胸が痛い。
「巨人の持ち物なら、すんなりと探せそうな気がしたのですが……」
「無茶言わないでくれ……。しょうがない、エナジーを消費してしまうけどベーシックも穴掘りを手伝って……」
警告音。
「?」
数秒遅れて地響きの音。全方位モニターの中で振り向けば森から黒煙が上がっている。
望遠。オーガたちの村が燃えている。周囲の森では大木がなぎ倒され。
何か、巨大なものが。
「シール、乗って!」
まさか、竜使い。
なぜオーガたちの村を――。