エピローグ
上空を飛んでみるとよく分かる。樹海という言葉の意味。
ユピテル級巡洋艦の出力は安定している。何度かの改装を経て今の姿は両側にフロートをつけたカヌーのよう。左右に円盤型の果樹園と牧場を増設しているのだ。
「シャッポ、そろそろ目的地だ、降下する」
「はい、お気をつけて」
降下するのは二機、僕のアグノスとノチェのフルングニルだ。
南方辺境よりさらに数千キロの南方。沼のように雲のように濃密な樹海の只中に、突如としてテーブル型の物体が出現する。
「本当にあるんだな……高さ400メートル。直径4キロの大木なんてもの
が」
正確に言えば、その切り株である。
成木であった頃は星のすべてを吸い上げ、空のすべてを覆うほどの威容だったのだろうか。およそ常識を超えた大木である。
その切り株の上にはさらに大木が育っている。どれもこれもビルのように大きく、土台となる株は岩のように硬い。ベーシックが降り立ってもびくともしない。
「これもヒラニア・ガルバによって招き寄せられた超生命体……ってことか」
何者がこの大木を伐り倒したのか? それはおそらく巨人族ザウエルではないか、というのがシャッポの見解だ。
この木はたった一本で星を喰らい尽くすほどの生命力を持っていた。ザウエルはその木を切断し、何らかの方法で生命活動を止めたと思われる。
「ナオ、スキャンするよ」
ノチェが言う。最近の彼女は5単語ぐらいまで連続で話してくれるようになった。蜘蛛手全体でも少しずつ長い言葉を話そうとしているらしい。
探しているのは巨人の遺物である。僕たちの重要な活動の一つだ。
アグノスも木の内部をスキャンしてみる。そして驚いた。樹体の中にビルが丸ごと埋まっている。
ビルだけではない。橋や電柱のようなもの。コンクリートの固まり。飛行機のようなもの。銃器や鎧まで。数百メートルの厚さの切り株に埋まっているのだ。
「ナオやーん」
そこへもう一機のベーシックが降りてくる。スラスターを使わずに全身のサスペンションを用いて着地。猫のように音がしない。
その機体には足の関節が2つある。脚部強化型ベーシック。キャペリンの乗るシンモラだ。
「キャペリン、何が出てくるか分からないから、まだ上で待機しててくれ」
「いややそんなん、いっつも二人でイチャイチャしてからに」
イチャイチャ……? いつも……?
「キャペリンは白骨都市じゃないの」
フルングニルがずしずしと歩いて、アグノスとシンモラの間に入る。
「あっちはレオやんに追い出されてん。えぐい竜が多いみたいで、戦闘になったら危険や言われて」
竜か……まあ、レオの操るキュクロプスなら問題ないか。
「あとココから連絡あったで。そろそろ現場復帰したい言うてたわ」
「3人目が生まれたばかりだろ……? もうレジスタンスなんか無いんだから無理しなくていいのに」
僕たちは切り株の調査を続けるが、株の内部にあるものが多すぎる。どうやら日数がかかりそうなので、株の上にキャンプを設営した。
やがて夜になる。3体のベーシックに囲まれ、焚き火の煙がまっすぐに上がっていく。
「中央はどんな感じ?」
「あんまり良うないなあ。竜使いはほとんど見なくなったけど、水やら土地やらの奪い合いが起きてるわ」
マエストロとの戦いから3年。
世界から竜皇が消えても、混乱は延々と続いていた。
各地に散った竜使い、衛竜、太母。そして獣人同士の争い、あるいは同じ種族内での紛争。
特にヒト族は混乱が大きい。中央平原には各地からヒト族が集まっており、人口増加によって村落間での諍いが増えている。
その中にあって、僕たちはどう行動すべきか。獣人たちを交えて話し合いを続けているが、有効な方針は見えてこない。
ただ一つだけ、共通した見解がある。巨人の武具を捨てることだ。
中央平原、その東西南北に広がる辺境地域、そのさらに外側の人跡未踏の地。僕たちは捜索の手を伸ばし、巨人の武具を集めてはシールのリサナウトが宇宙の果てに捨てる。そんな仕事を続けていた。ここ半年ほどは、事情があって捨てに行けてないが。
焚き火が爆ぜる。ほとんど石化しているとはいえ、木の上で火を焚くのは奇妙な感覚だ。
成果は出ている。まじないの威力は目に見えて落ちており、3年前に比べれば5分の1もない。そのため竜使いの残党や、野良の竜と戦うのは難しくなっている。僕たちはベーシックの数を増やして対応している。
「そういえばシャッポのほうは進展あるの?」
「全然や、手がかりすら見つからへん」
シャッポの目的は、姿を消した先代の耳長を探すこと。
もはやシャッポが耳長であることに誰も異存はないが、シャッポは先代から正式に任命を受けたいと言っていた。
だがあるいは、彼女は耳長などやりたくないのではないか。自由な風になって、世界のあらゆる場所を旅したいのではないか、そう思える瞬間もある。
「うちも自分の計画を進めんとあかんねん。なあナオやん、今度の休暇に付き合ってえな」
「ああ、あれだっけ。本を集めて図書館を作るとか」
「ちょっと違う。みんなに本を書いてもらって作るんや」
獣人の中にはあまり本に親しまない種族もいる。水地族などもそうだ。キャペリンはそういう種族の知識を本にまとめてもらうように働きかけてるらしい。
固有の知識や技術だけでなく、種族の歴史、道徳やものの考え方。伝わっている物語や小話。そういうものを本にしてほしいという。
「駄目、ナオは私と約束ある」
ノチェの長い腕が僕を抱く。
「え、何かあったっけ」
「前に約束した。フルングニルの武器を取りに行く」
そういえばそんな話もした。ベーシックの狙撃用兵器、77ミリ電磁カノン砲だ。
どこに取りに行くか、それは衛星軌道である。
僕たちの小隊の狙撃兵だった人物がいる。機体は発掘されたが、データログによると彼は転移直後からしばらく衛星軌道を周回しており、その際にデブリと接触しカノン砲を落としてしまった。今は周回軌道上のどこかにあると思われる。
それを探しに行くのだが、これは簡単ではない。カノン砲は星皇軍の秘匿兵器。レーダー迷彩処理がされており、機械の目で見つけられない。
光学観測で探すしかないが、その範囲は上下におよそ100キロ、面積はこの星よりも大きい特大の三次元領域。そこから探すとなると大変なことだ。
確かに、いつか回収に行かないとな、ぐらいは言ったけど。
「約束」
「うん……まあ、この任務が終わったら、検討ってことで」
二列四段の目で迫られると逆らえない。キャペリンは目を三角にしてロップイヤーをぱたぱた動かす。
「ほんまノチェに甘いんやから、女ったらしやなあ」
そう……なのかな? そうなの……? もう自分に自信がない……。
「他の兵器も、回収」
「そうだね……星皇軍の兵器はこの星には強力すぎる。竜都で開発されていたものも爆破処理したし……」
戦争よりも戦後処理の方がずっと長い。本来なら軍人である僕の仕事である。ノチェが率先して行っていることに頭が下がる。
「みんな目標ができてきたな……」
「せやで。レオやんは獅子頭を統一する言うてるし、鬼人たちは辺境の開拓に忙しいし、ドワーフたちは地殻を安定させる大仕事に夢中になっとるわ」
ドワーフたちはずいぶん少なくなった。
それというのも地の底、シールが新しく持ってきた星の核。その核と外殻部分を接続し、安定させる作業に忙しいのだ。
「安定させる代わりに内側の星に住まわせてくれ言うてる。誰かが許可を出せることでもないってシャッポ姉ちゃん言ってたけど」
ドワーフたちは、本来は地表に住む種族ではないらしい。
彼らにとっては地下こそが楽園。地下数百キロという深みにも彼らはいた。彼らの総数は膨大であり、僕たちの船に乗っていたのはほんの一部なのだ。
やがて彼らのすべてが地下の惑星に住み、文化的に隔絶していくのかも知れない。少し寂しいが、それも仕方ないことかと思う。
「皆さん、お揃いですか」
スーツのインカムから声がした。僕ははっとなって腰を浮かせる。
「シール!」
「いま降りていきます」
夜空から降りる白い機体。シールのリサナウトだ。もう巨人の武具は装備していないが、なぜか女性らしいフォルムに見える。すべて同じ規格のはずなのになぜそう見えるのだろう。姿勢のせいだろうか。
降り立つシールは髪を短く切っており、ドワーフたちが開発したパイロットスーツを着ている。体の線がくっきりと出るだけに、闇夜に降り立つと水の精霊のようだ。
「シール、一体どこへ行ってたんだ、通信も切って……」
「申し訳ありませんナオ様、すべてが済んだらお話いたします」
シールはここ半年ばかり様子がおかしい。
僕たちの組織を手伝っていたのに、ある日ふと姿を消して、意外な場所で目撃されるという事を繰り返している。どうも何かと戦ってるらしいが、何も教えてくれない。
「ナオ、あかんでこの女は、まーたナオをだまくらかして面倒ごとを押し付ける気や」
「ナオ、騙されやすい、心配」
ノチェとキャペリンが左右から腕を掴む。何なの? 僕って心配される感じなの?
「あら心外ですね。私がナオ様に面倒をかけたことなんてありましたか」
この3年だけで5回ぐらいある気がするけど、個別の事件については議論の余地があり、いつも僕が自発的に動いてるだけと言えなくもない。
一つ一つについて争うと勝てる自信がないので黙っていた。
「シール、いったい何と戦ってるんだ。僕たちで協力できることなら」
「言葉では伝えにくいものです」
シールは上空を振り仰ぐ。
「この世界には、ごく稀に天の座からこぼれ落ちるものが生まれます。大いなる法則であるはずのものが実体を持つのです。ヒラニア・ガルバがそうであり、巨人族ザウエルもそうでした。時空の彼方より来たれる星皇はその逆に、人の身でありながら天に至ろうとした存在でした」
「……」
「私は、そういったものが生まれないようにしたいのです。世界の法則を強固なものとし、天と地の行き来を塞ぎたい」
「そんなこと可能なのか?」
「はい、私はその天と地を行き来する歪みを「ストルヴニル」と名付けました」
「ストルヴニル……?」
「天から堕ちるという事象、それもまた神なのです。それを斬ることができれば堕天は起きなくなります」
まさか、そんなことが……。
「ほらまた煙に巻かれとる。結局何をやっとるか言ってないのと同じやないか」
「そうですね、そうかも」
シールは柔和に笑う。手で口元を隠した笑顔には真意が見えない。
「ナオ、私が守る」
ノチェが長い腕で僕を抱きしめる。気遣ってくれるのはありがたいけど、心配されるのは悲しい。
「それにナオやんはやることがあんねん。せやろナオやん」
「え、うん、まあ」
「あら、そうなのですか?」
シールは少し意外そうな、それでいて喜ぶような顔をする。
「ぜひお聞きしたいです。ナオ様のやりたいこととは何ですか?」
「……ええと、まずキャペリンとノチェを手伝って……」
僕のやりたいこと、何だろう。
かつては天にいた。
何も知らない軍人として、厳しくも安寧なる人生を過ごしていた。
今は違う。僕は天から堕ちてきて、石の剣を得て竜を討った。
たくさんの仲間に出会って、かつての小隊メンバーの足跡に触れて、竜皇と星皇という深淵なる時間の輪を知って。
……そして。
そして僕は、まだ知りたいと思っている。
「この身に降りかかる、すべてを受け入れる」
出会った人々も、経験した戦いも、その全てを心に刻んでいく。
「それが僕のやりたいこと、そう生きるべきと決めたことだ」
「良い目標ですね。とても……とても良い目標だと思います」
シールは笑う。彼女にはさんざん苦労させられたけど、その笑顔は美しいと思った。
「ほらまた! ナオやん誘惑されかけてんで!」
「ナオ、八方美人、良くない」
左右から抱きしめられる。なんなんだろうこの状況。僕の周りは騒々しくなる一方だ。
「あの、ところでシール。話せないのはもういいけど、なぜここに来たの? 何か用でも」
「ええ、実は少し追われてまして、ご助力いただけないかなと」
……は?
「追われてるって、誰に」
「ちょっと回遊竜さんの群れを怒らせてしまったんです。もうすぐここに来るかなと」
それはエイに似た竜であり、赤に青に緑と個体によって全く違う体色を持つ。
群れで飛ぶ姿は美しいが、その本性はイナゴのように凶悪だ。いったん暴走状態になると数万頭の群れが集まり、あらゆるものを喰らい尽くす。
「あ、見えてきましたね」
闇夜にかかる虹。
それは極彩色の竜の群体。この樹海を丸ごと食い尽くせるほどの群れだ。
「シール……」
「すいませんナオ様、回遊竜も駆除対象ですから、仕事と思って手伝ってください」
そして女性陣はベーシックに乗り込み。僕は淹れたばかりのコーヒーを胃に流し込んだ。
この身に振りかかる、すべてを受け入れる。
それはシールも含まれるのかな、と考えると、多少ではない頭痛がした。
(完)
これにて完結となります。
並行で他の作品を書きながらの連載だったために時間がかかりましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
ひとまずの大きな脅威は去ったものの、世界の混乱、主人公の周囲の混乱はまだまだ続きそうですね。彼らの未来が明るくなることを信じましょう。
ロボットものを書くのはなかなか大変でしたが、雰囲気やバトルは好きな作品でした。大きなものが戦う姿はまたどこかで書きたいと思っています。
ではまた、別の作品でお会いできることを祈っています。
2024年 6月26日 MUMU
 




