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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第十二章 彷徨の巨人、堕天の巨人、星の深淵にて邂逅す
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第七十話



「デル・レイオ大渓谷……」


甲板の方から、騒然とした気配が濁流のように流れてくる。僕とキャペリンは急ぎそちらへ向かった。


「なぜだ! 竜都の炎上を前にしてなぜ引き返す!」

「デル・レイオにはもう何もないはずだ!」

「まさか怖気づいたか! ウサギらしく穴ぐらに隠れるとでも言うのか!」


獣人たちは武器を振り上げて騒いでいる。静止する草兎族ラビリオンを今にもなぎ倒し、シャッポのいる司令室に殺到しそうだ。


「みんな、落ち着くんだ、シャッポにも何か考えが……」

「ナオ、あかん!」


腰にしがみつかれる。ぶおんと風斬りの音がして、だんびらが鼻先をかすめた。武器を振るった牛の獣人は僕を見てもいない。


だめだ、彼らはかなり頭に血が上っている。こんな状況で冷静になれと言うほうが無理がある。


レオは……。


群衆を回り込んで艦首方向へ。レオは騒いでいる集団に背を向け、じっと竜都を睨んでいる。


景色が回転を始める。船が回頭しているのだ。


「シャッポ、やはりデル・レイオに行くのか、まさか本当に傍観に徹するつもり……」

「ウサギどもめ」


レオが前方を見据えたまま言う。


「レオ、みんなを止めてくれ、このままでは暴動になる」

「ヒト族のナオ、お前たちはウサギについていろ」

「え……」

「憎らしいことだ。ウサギどもは何もかも分かったようにふるまう。知恵だけではない。その後肢の力強さ、無数の穴を張り巡らす周到さ、いつも我らの爪と牙をすりぬける」

「何を言っているんだ?」

「皆の者!」


突如、爆圧のような雄叫び。レオのたてがみがぞわりと浮き上がる。


「100名だ! 100名だけ追従せよ! もはやウサギどもの下知などに従えぬ! 我らは竜都へと降下し、今こそ竜皇の悪政に鉄槌を下す!」


レオの叫びは大波となって返る。一人一人がヒトなど問題にならない肺活量で叫んでいる。何万もの軍勢が勝どきを上げるかのようだ。


「まず討つべきは竜使いどもだ! 敵の見えぬうちは逃げてくるヒト族と鬼人オーガの救助にあたれ! ゆくぞ!」


レオは足を踏み出す。飛び上がるでもなく走るでもなく、階段を下りるようにするりと舳先から消える。


「我らがおさに続け!」

「俺たちも行くぞ! 獅子頭サジャなどに遅れを取るな!」


周囲を重機が走り抜けていく。あるいは大型のパワーローダーの群れか。数百キロに達する大柄の獣人たちは次から次と飛び降りていく。


「くっ……これでは部隊が割れてしまう。呼び戻さないと……」

「もう無理やナオやん! 大きな人らは船が着陸してないと収容でけへん。それに船が速度を上げ始めてる」


確かに、船に微風が吹いている。重力発生装置グラビターナーによって固定された空気が乱れているのだ。


獣人たちは足を止める。もう竜都の外輪部を離れてしまった。飛び降りる機を逸した獣人たちは歯噛みしながら地面を叩く。


「キャペリン、部隊が割れてしまったんだぞ、これを放置していたらレジスタンスが」

「いや……うちも何となく分かってきた。これ、たぶんお姉ちゃんは……」


キャペリンは何かを察した声音になり、僕もふと冷静になる。さっきのレオの声と同じだったからだ。


「獣人たちが飛び降りるのは想定内……?」


いや、さらに一歩進んで、それを計算に入れての行動だった? シャッポならば、獣人たち全員をなだめすかしてデル・レイオ渓谷まで行くことは不可能ではないはず。さっきのアナウンスは不自然なほど淡白だった……。


「……シャッポに確認する」


理由があるというなら聞き出したい。たとえシャッポが司令官でもだ。

そして僕のこういう行動も、織り込み済みなんだろ、シャッポ!





シャッポは司令室にて大勢のドワーフに囲まれていた。一人一人に指示を出し、指示を受けたドワーフは急いで部屋を出ていく。


「ナオ様……いまお呼びしようと思っていたところです。キャペリンもそこに座りなさい」

「シャッポ、なぜだ、なぜデル・レイオなんだ」

「あたしも聞きたいね」

「同意」


ココとノチェもいる。2人はシャッポに詰め寄るようなタイプではない。おそらくシャッポが呼んでいたのか。


「ナオ様、いつか申し上げました。土を掘るより書物を掘れ、我ら草兎族ラビリオンに伝わる格言です」


司令室には何個もの箱があり、中は書物が詰まっている。ウサギたちがあちこちの町や村から集めたものだ。


「確かに聞いた、それが何なんだ」

「これを」


壁に投影されるのは竜都の映像。大量の煙に包まれている。光学望遠は最大まで高められ、細部が補正されていくが、竜都の中心はやはり煙の中だ。


「スペクトル分析を行いました。この煙の中には赤外線は多くはない。激しい燃焼物は少ないのです」

「そうなのか? だからと言って……」

「そして火事の原因が分からない。「竜狩りの巨人」やリヴァイアサンの姿は見えず、竜使いたちの姿も見えない」

「確かに奇妙だ、だからこそ、竜都に乗り込んで確認を……」

「私はこう考えました。煙は地下から出ている」


地下……。それはまあ、以前の偵察の際に近代的な建物も見ている。地下施設ぐらいあるだろうが……。


模式図が示される。竜都と仮定する都市。そこから真っ直ぐに伸びる縦穴。

だが、何だこれは、異常なほど深い。都市部の建物を高さ100メートルとしても軽く数倍、いや、数十倍か、それ以上……。


「侵入したのはおそらく「竜狩りの巨人」シールです。地面すれすれを低速にて飛び竜都中枢へ、そこで入口を見つけたか、あるいは地面を破壊して地下へ突入した。途中にあるあらゆる施設を破壊しながら」

「ちょっと待て! こんな大規模な地下施設があるなんて聞いていない!」

「可能性は示唆されていました。この星は」


模式図の縮尺がどんどん大きくなる。

都市の凹凸は大地の輪郭に埋もれ、縦穴は細い線となって真下へと伸び、星全体を円で表現される頃には、中央にぽっかりと大穴が。


「大地に空洞を抱えている」

「……! シャッポ、それはありえない。地殻の圧力がどれほど巨大か分かっているのか」


もし惑星にそんな縦穴があり、中央に空洞があるならどうなるか。瞬時に地殻圧力によって圧壊するか、もし穴が維持されたとしても、惑星の重力によって大量の空気がその空洞に流れ込む。

空気の密度は極限まで高まり、鋼鉄よりも硬くなる。地表の空気はその99%以上を穴に奪われ、小惑星のような荒廃した大地に……。


「重力は操作できる力です。ナオ様の世界ならば科学で、一部の竜は超常の力で」

「……」

「ナオ様、もっと巨大なものに目を向けてください。我々はなぜここにいるのか。このように多種多様な獣人が、なぜ淘汰もされずに共存しているのか」

「それは……」

「竜はどこから来たのか。巨人たちは。生き物のように振る舞う石板は。不可思議な力の数々は」


それは、集められたもの。


宇宙という規模よりももっと巨大な概念。無数の世界から集められたものたち。この宇宙に新しい物理法則をもたらす来訪者。


「この星は生きている」


ざわめき、それは部屋の外からだ。大勢が廊下に集まっているらしい。


「あるいはそれが星の神。数多くの世界から強きものを集め、交わらんとする神なのです」

「と、突飛な話が過ぎる……どこに、そんな証拠が」


あまりにも常識を超えた話。


だが。その奇妙な話が僕の記憶に呼応する。


思い出した、かつて僕は、デル・レイオ大渓谷の底でそれを見た。


巨大な岩塊に撃ち抜かれ、地の底からさらに大穴が空いたのを見た。何千、何万メートルもの底に伸びる闇の縦穴。岩塊の雪崩に呑まれて消えたブラッド機……。


「我々のわずかな知見と、あらゆる場所に残された書物。そこから地下の大空洞を示唆する記述はいくつか・・・・ありました」

「いくつか、だって……? そんな根拠でレジスタンスを」

「惑星の中央まで伸びる穴なら、深さは1万キロ以上。そのような場所に到達した生物などいるはずもありません。すべては推測。しかも乱暴で強引な推測です。しかし」


シャッポは、僕を透かしてさらに後方へ、集まっているらしい何十人もの仲間たちに向けて言う。


「出し抜くにはこれしかない。竜狩りの巨人は、おそらく待ち構えている竜使いの軍勢と戦っているはず。竜狩りの巨人と接触することは愚行です。あれは友好的ではない。仮に敵対すれば、我々は必ず竜狩りの巨人に敗れる」

「なっ……」

「なぜならば、竜狩りの巨人が我々の横槍を考えないはずがありません。行動を起こしたのは、我らを討てる自信があるからです」


シール……巨人の武具で武装してると言っても一機のベーシック、彼女にそこまでの……。


……いや、やめよう。


彼女の天才性はもう十分に分かっている。それに戦士はクレバーに考えねばならない。目的は彼女に勝つことではなく、竜皇を討つことだ。


「話は分かったよ」


ココが言う、彼女は少し不満げである。シールが僕たちよりも強いと断言されたからだろう。


「だけど星の中心ねえ、本当にそんなものあるのかい? 鬼人オーガにもそんな話は伝わってないよ」

「確率は、おそらく3割ほど」


シャッポは、その低い数字を述べても物怖じしない。


分かってる。時には弱いカードに全額を張らねば勝てない時もある。賭け好きなブルームがそう言っていた。


「竜皇は、星の神をけがしている……」


つぶやいたのは僕だ。かつてのシールの言葉。それが抽象的ではなく、地続きな言葉と感じられる。


「つまり、星の中心にあるのが神の御座」

「可能性はあります」


か細い、針の穴を通すような確率。

だが、もし当たっていたなら、確かにシールを出し抜ける可能性はある。


「シャッポ司令、まもなく到着なんだよ」

「全速だから速いんだよ」


惑星環境下の速さではない。一度大気圏外まで出たな。


「各パイロットはベーシックに搭乗。ナオ様は石の剣と盾を装備のこと」

「……わかった」


まだわだかまりは抜けない。

竜都が煙に包まれている中でやる作戦ではない。もっと真っ当で堅実な判断がいくらでもあるはずだ。


それでも、この作戦しかないのか。


それほどに遅れを取っているのか、僕たちは……。





ベーシックは甲板の舳先に立つ。


フルングニルは換装作業を終えていた。白く塗られた機体は一見するとベーシックに見えるが、その足は4本あり、放射状に地面に根を張っている。

抱えるのは大口径のKBハドロンレーザー。小惑星破壊用のものだ。


「ノチェ、無理をしないで。もし野良の竜や竜使いがいたら、まず僕たちが戦う」

後詰ごづめ


フルングニルが首を振る。降りない? なぜ?


「フルングニルはここでバックアップなのかい?」


ココの乗るウィルビウスは鎧が新しくなっている。紙と木で作られた鎧は流麗な曲線を描き、分厚く、それでいて関節の可動範囲を邪魔していない。手に持つ武器は長柄の薙刀、波打った刃が特徴的である。


全方位モニターにシャッポが割り込む。


「まずアグノスとウィルビウスが降下。肩部より光線撹乱剤レーザーチャフを散布。すべての障害を実力で排除しながら降下を」


すべての、障害を……。


「……分かった」

「ナオやーん!」


キャペリンも割り込んでくる。ウインドウの背後には多数のドワーフもいる。


「必ず戻ってくるんやで! ケガでもしたら承知せえへんからな!」

「大丈夫だ、必ず生きて帰る。目的も果たす」


気持ちを入れ替えろ。


もう作戦は動き出している。今さら兵士の惰弱さなど役に立たない。判断の成否を疑う段階でもない。


僕に残る、軍人としての愚直さの部分が今はありがたい。せめて、星の中枢に至るまでは余計なことを考えたくない。


「お二人とも、準備はよろしいですか」

「大丈夫だ」

「こっちもいけるよ」


岩と砂漠と、深い深い渓谷だけの土地。デル・レイオ大渓谷。


眼下には巨大な穴がある。穴の直径は70メートルほどか。生理的な恐怖を喚起する漆黒の穴。ものを落とせば永遠に失われ、叫び声は地上まで上がってこない、そこに住まうものとは――。


「総員、甲板より退避、艦内にいるものは耐ショック姿勢、作戦開始まで10秒、9、8」


対ショック姿勢、という指示の意味を考える必要はなかった。船は後部が勢いよく持ち上がり、あっという間に垂直の姿勢となったのだ。


重力発生装置グラビターナーがあるとはいえ、惑星の重力と複合して複雑な上下感覚になるはずだ。艦内は大変な騒ぎだろう。


「6、5、4……」


「……船も来る気か。僕らに穴を塞ぐすべてを破壊しろと」

「シャッポってこんなに無茶する奴だったかい? 前の耳長みみおさみたいだねえ」


ココの言葉にさすがに苦笑が漏れる。


そして僕とココは、横倒しになった重力の中でクラウチングの体勢に。


「ゼロ」


飛び出す。


目指すは地の底、星の中枢。


そしてさっそく現れた巨大な岩盤。穴が崩れたときに積もったと思しき岩。僕は石の剣を抜く。



あらゆるヴァグラン・竜を断つ光をエル・ソルズレイ!」

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