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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第十二章 彷徨の巨人、堕天の巨人、星の深淵にて邂逅す
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第六十九話




兵士としての純粋さを求める僕がいる。


何も知らない自分に苦悩する僕がいる。


だが、見ようとしても見えず、目を塞ごうとしても塞げない。


僕は目をつむる。赤子のように、土中にある種のように。


僕は目を見開く。赤子のように、土中にある種のように。






緊急のブリーフィング。そして僕の機体、ベーシック・アグノスが偵察を行う。


高度2800。雲に隠れつつ光学観測。


やはり異常事態だ。中央は分厚い煙に閉ざされて火の手は見えないが、街道を使って多数のヒト族が逃げ出している。竜や鬼人オーガたちもいる。


ドワーフたちから通信が入る。


「ナオ、眩光竜シャナンダの迷彩効果出てないんだよ」

「やっぱり無理だったんだよ」


眩光竜シャナンダや太母の使う、光を捻じ曲げることでの迷彩効果、何度か試しているが、ベーシックに乗せても使わないようだ。


眩光竜シャナンダは安全な巣を見つけると、そこを外敵から隠すために迷彩を使う。ベーシックは揺れるし、高速移動するので巣には適さないようだ。


「ナオ様、竜都の様子はどうですか」

「シャッポ、中央部が炎上している。煙が多すぎて、センサーを稼働させてもよく見えないな」


太母や他の竜使いたちの気配はない。竜都から逃げ出してくる人々が観測されるが、竜皇軍の追手もいない。


「やはりシールか、マエストロが竜都に攻め込んだんだ。こちらも向かうべきだ」


僕たちの艦船ふねがずっと狙っていた機会だ、この機を逃す手はない。

だがシャッポは表情を硬くしている。長い耳は緊張を示すように揺れ、眉間にぐっと力を込める。


「ノチェ様の機体、フルングニルの換装と出撃準備に1時間かかります。時間を下さい、急ぎ判断いたします」

「僕とココだけでも先に……」


言いかけて止める。シャッポには何か気になる点があるのだろう。僕はイオンスラスターをふかし、帰投した。


甲板には獣人たちが集まっている。獅子頭サジャを中心に武に優れる大柄の獣人たちだ。みな研ぎ澄まされた武器を持ち、背中にはザックを背負っている。


「ウサギたち! ぐずぐずしてると機を失うぞ! 我ら獅子頭サジャだけでも先に出るべきだ!」


背負っているのはパラシュートだろう。この艦船で竜都上空まで行き、一気に降下しようというのだ。


草兎族ラビリオンの若者たちがその前に立ち、はやる彼らを抑えている。


「お待ち下さい、もうじき耳長みみおさが結論を……」

「竜都が炎上しているのだぞ! 今はともかくも攻め込むべきだ!」

「この期に及んで静観などありえぬ! 逃げているヒト族も助けねばならん!」


静観、その判断はありうるだろうか。


四つの勢力が睨み合っていた現状。互いに潰し合ってくれるならそれでいい。シールは敵とも言いがたい……。


いや、その考え方は危険だ。

彼女は僕たちから二機のベーシックを奪った。僕の機体も奪おうとした。少なくとも彼女を信頼することなどできないし、なりゆきを委ねるわけにも行かない。むろん、マエストロに委ねるなど論外だ。


獣人たちはだんだん声を荒げている。


「なぜ待つのか言え! この状況で何を判断すると言うのだ!」

「耳長は言っておりました。予想していた流れと異なっていると。戦闘らしい戦闘が起こらぬまま、いきなり竜都が炎上というのは不自然であると」


確かにそうかも知れない。竜都には多数の竜使いがいただろうし、衛竜ヴリトラや太母もいた。


マエストロのリヴァイアサン。KBハドロンレーザーを操る巨竜。あの火力で一気に殲滅したのか? しかし、竜都がリヴァイアサンの接近に気づかないなどありえるだろうか。


艦船ふねはゆっくりと竜都へ近づいている。すでに同心円状の都市圏の外輪部に差し掛かっている。今までならこの距離まで偵察を出せば、飛べる竜が姿を現したはずだ。


「我らだけでも先に降りるか」

「我らの足なら竜都の中枢まで走れる……」


「待て!」


一喝する。それは黄金のたてがみを持つ戦士、レオだ。ひときわ大振りな剣を背負い、甲板のきざはしに立っている。


「まだ早い! 降下するのは竜都の中枢に至ってからだ! そして忘れるな! ウサギどもが何を言おうと、最後に判断するのは我々だ!」


おお、と獣人たちが武器を振り上げる。船は微速前進を続けている。


「ベーシック、現在時刻を」


機体表面にこの惑星の時刻が表示される。星皇軍の標準時ではない。ドワーフたちが改造したのだ。


あと45分。現在の船の速度なら、45分でほぼ中央に至るだろう。


シャッポの判断を待つと言っても、事実上は作戦行動を起こしてるのと大差はない。獣人たちがかろうじて行動を抑えてるのはそのためだ。


「45分か……」


僕はベーシックを降り、艦内へ向かう。


「あ、ナオやん、どしたんや?」


途中で出会ったキャペリンが並走する。


「気になることがあって……ずっと探してるんだけど見つからないんだ。もう少しだけでも探したくて」


至るのは船室の一つ。兵士用の個室だ。中は物置きになっている。


「この部屋を使っていた隊員の私物が残ってないかと」

「ここって女部屋やないか」


ワイナリーの部屋だ。彼女は小隊で唯一の女傭兵。通常、女は一人だけで小隊任務に加わることはないそうだが、この時の作戦には参加していた。マエストロが連れてきたらしい。


「ここにはなんも無かったで。ちょっと待ってな」


キャペリンがメモ帳をる。


「やっぱりなんもない、衣服とか食器が少しあっただけや」

「本とかメモのたぐいは?」

「それもないで、隊員さんの私物はすべてリスト化しとる。メモの一枚、シャツのタグまで全部や」


ドワーフたちはそこから技術を取り出すらしい。

ワイナリーは一冊の本も持ってなかった、か……。


「なんや気になるんか?」

「作戦に直接関わることじゃないが、彼女の言葉が気になってる。思い出せずに苦しんでる」

「……だ、大事な告白みたいな?」


僕はきょとんとした目になる。


「え、何の話?」

「あああ、な、なんでもない!」


何故か両腕をぶんぶん振るキャペリン。急にどうしたんだ。


「そうか、残ってないか、そうだよな、本来は個人でメモを取ることも軍規違反だから……」


せ物をお探しですか」


声が足元から響いた。


視線を下に向ければ、廊下に寝そべる茶色の毛布のような。


「うわ、何だこれ」

「「これ」ではありません」


伏せたトランプをめくるように立ち上がる。それは平べったい体型と、濡れた岩のような皮膚を持つ獣人。水地族シバクラだ。外見は巨大なサンショウウオである。


「失せ物をお探しですか」


繰り返す、僕に呼びかけてるのだと気づいた。


「失せ物と言うか……思い出せないことがあって」

「おお、おお、丁度ようございました。この薬をどうぞ」


グローブのような手で渡されるのは黒い紙片。干した海藻のような、焼け焦げたキノコのカサのような。大きさは親指で隠れるほど。


「これは……?」

「古き日のあざと呼ばれる薬でございます。飲んだ御方が思い出したいことをたちどころに思い出せるのです」

「はあ……」


記憶とは脳の深淵である。

それがどのような形で記録され、また想起されるのかは解明しきれていない。「思い出す」というのは神秘的なまでの事象なのだ。まして記憶を戻す薬だなんて、星皇軍ですら開発していない。


「いかがです」

「折角だけど……作戦が近づいてるんだ、いま妙なもの食べるわけには」

「この世で最も尊ぶべき芸当というものがあります、それさえ満たせば人生に何も恐れるものはない、どのような危難にも立ち向かえる、そんな芸当です」


水地族シバクラは予言でも下すかのように朗々と言う。


「必要なときに、必要なことを思い出すこと、それは人生を切り開く鍵とは思いませんか」

「……」

「思い出したいことがあるのでしょう? しかも、作戦の迫るこのような場面で。その記憶の価値は、薬が多少、怪しげという程度で諦められることなのですか?」

「そんなことはない」


僕は薬を飲む。少し意地になったのは確かだ。

まさか毒ではないだろう。乾燥しているようだし、妙な菌がいないと思いたいが。


まずいことに効果は即座に訪れた。眼球が奧に引っ込むような筋肉の引きつり。鼻の頭にツンと痛みが走り、体が前方に加速していくような感覚が。


まずい、毒だ。そう判断して吐こうとしたが、その前に膝から崩れ落ちて石の上に座る。星皇軍の携帯型カンテラの灯りが意識される。


「世界に刻み込まれる物理法則としての呪文。それが私の研究テーマ」

「兵士が何を研究するんだ」


僕は聞き返す。目の前には赤い髪の女傭兵、ワイナリーの姿が。僕たちはカンテラを前に並び、軍用レーションを調理している。


「兵士が学問をやるのはおかしい?」

「それは学問じゃない、ただの迷信だ」

「迷信は哲学。科学的事実に先んじて存在する概念。あるいは人の理解を超えた科学を説明するための言葉よ」


4号レーションの中身は野菜と肉をチップ状に成形加工したもの。それを温熱装置で炒める。ワイナリーの言葉は半分無視している。


「悪魔ってのはね、地の底から来るのよ。地の底に炎の海と塩の大地があって、悪魔の世界がある」

「それが哲学なのか? ただの妄想じゃないか」

「違うってば、これは星皇軍の話」


星皇軍? その言葉でちらりと視線を向けるが、意識は耳を閉ざそうとしている。何となく、聞くべきでない反体制的な響きがある。


「科学と人の欲望の行き着く果て。悪魔が願うこと。想像することが真実に近づく。それもまた哲学」


この女は、もしかして星皇軍批判をしてるのだろうか。炒めたレーションを缶に戻しながら考えるが、今は作戦行動中だ。いさかいを作りたくなかった。


「あまり不規則発言をするな」

「生産兵さんは気にならない? 星皇陛下は何をしようとしているのか。その権勢の行き着く果ては何を可能にするのか」

「軽々しく陛下の話なんか……」

青旗連合ブルーフラッグの無人機はなぜすべてワンオフなのか。その技術は星皇軍から盗まれたものと言われてる。でも星皇軍にはそんな技術は見当たらない、星皇陛下はあまりにも多くのものを独占している可能性がある。組織ではなく一個人が、よ。それを使って何をしようとしているのか、あるいは現在進行系で何かをしているなら、それは私たちの現在のあり方に関係しているのかしら。つまり、私たちが無人機と戦うことも……」


僕は彼女の分のレーションを手渡し、自分の機体に戻る。


「ベーシック内で待機する。ワイナリー少尉も休息につけ」

「くそ、お硬いわね」


悪態をつかれる。どうも彼女なりにかなりへりくだって話してたらしい。根は荒っぽい傭兵だ。


「生産兵さん、よく考えなさい、奇妙なことはそこらじゅうに……」


乗降モードのベーシックに乗り込み、ハッチを閉め、外部音声をオフにする。


全方位モニターの中で、まだワイナリーは喋り続けていた。僕に何かを訴えていた。


変わったやつだ。僕は最大限に好意的に、そのように解釈した。


はっと意識が戻る。


僕は座り込んでいない。通路の壁に腰をつけてただけだ。そのことを理解する。


「今のは……」

「うまくいったようですな」


水地族シバクラの彼が満足げに頷く。まさか、今のが記憶の想起なのか。主観で見る映画のようにありありと……。


「すごい感覚だった……。あ、ありがとう、役に立ったよ」

「いえいえ、それが薬師くすしである私どもの役目ですから」

「よければ、今の薬がいくつか欲しいんだが」

「残念ですが、ありません」


え、と聞き返す僕の前で、サンショウウオのような彼は意気消沈する。


「あれを作るための岩苔いわごけは、曽祖父の代にすべて取りつくしてしまいました。他の自生地も見つかっておりません。いま渡したものが最後の一枚なのです」

「そんな……そんな貴重なものを」

「思い出したいことがある方を見かけた。手元には薬がある。それが最大の好機というものです。これ以上ないほどふさわしい場面でしたよ」


最後の一枚……。もう思い出すことはできないのか。

だが、幸運にも振り返ることができた。僕が捨て置いてきた数多くの場面、そのカードの一枚を取り戻せたんだ。それは喜ぶべきだろう。


「本当にありがとう……最大限の感謝を述べるよ」

「いえいえ、当然のことです」

「ナオやん、昔のこと思い出してたんか?」


キャペリンはというと、なぜか目を平たくして仏頂面である。


「ああ、そうだ」

「……女のことやろ」

「そうだ、ワイナリーという女兵士で」


どん。


足を踏まれた、なんでだろう?



――総員、アナウンスに注目。



「!」


この声はシャッポだ。全艦放送で呼びかけている。


「シャッポ、ついに決断か、僕もベーシックに戻らないと」

「お姉ちゃん、なんか声が強張ってる……」


僕がきびすを返し、戦士としてのスイッチを入れようとした瞬間。アナウンスは意外な言葉を告げた。


――この艦は移動いたします。竜都に攻め込むことはありません。


「な……」


――目的地は、かつて我々の拠点のあった場所。



――デル・レイオ大渓谷。


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