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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第二章 白毛長耳の商人、石工の鬼人、盾を巡りて鼎談す
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第七話


「商談……?」

「さようでございます」


僕とシールはベーシックを降りる。

シャッポと名乗ったウサギ……? のような生き物は川の向こう岸からぴょんと飛んで、いくつかの飛び石を渡ってこちら側へ。体より大きなリュックを背負ってるのに見事な跳躍だ。


そして近くに来て分かるが、彼女の身長は130にも届かない。かかとからつま先までが長く、かかとがやや上がってダチョウの足にも近い印象。全身が真っ白い毛で覆われている。巻きスカートとサンダルの輪郭が体毛に埋もれていた。


顔にもふわふわした毛が生えているが、その目や口元の造形は人間に近いと思えた。獣と人の本当に中間という印象だ。


「私ども草兎族ラビリオンは商売の申し子、それはすなわち造り手から買い手へと吹く風。商品と代価の循環が風を生むのでございます」

「その……ラビリオンというのは……」

「ナオ様、この方は獣人じゅうじんと呼ばれる種族です」

「獣人?」


シールもまた物珍しそうにしていた。長衣の裾を膝の間に収めつつ、そっと身をかがめる。


「たくさんの種族がいると聞いています、ですが、大陸北西のこの甲竜ベガントの森には滅多に訪れません」

「ご容赦ください。このあたりは野良竜の版図なのです。もう少し東に向かえば風が交わる町もございますが」

「君は……その、つまり、人間ではないのか?」

「おや?」


シャッポは不思議そうな顔になる。頭の上のロップイヤーがふるふると綿毛を震わすかに見えた。少し変な質問だっただろうか。


「もしや獣人を見たことがございませんか、それは失礼いたしました。我々は人のように多くはなく、種族によっては人との関わりを避けておりますが、私ども草兎族ラビリオンは津々浦々に商売の風を吹かせております。どうぞお見知りおきを」

「いや、ええと……」


そうじゃない、この星に、人間の他に知的生命体がいるということ、そのことに驚いたのだ。


そんな星は滅多にない、というより、星皇軍はそのような人間以外の文明には隔離政策を行っている。「彼ら」の住む星には旅行も調査も許可されず、彼らが惑星間航行の技術を持たないように衛星軌道から見張っている。それが互いに最善のあり方であるという星皇軍の方針だ。


これが原生生物保護法の基本方針、星皇軍の理知が産んだ理想的な銀河の保全方針だ。


しかしこの星では複数の知的種族が交わっている。彼らに接触することが軍規に触れないか不安になったが、それは顔に出さずに問いかける。


「その……ベーシックが使える武器を売るっていうの?」

「その通りでございます」


彼女の口調は礼儀正しく明朗で、経験に裏打ちされた強さを感じた。

そして彼女はかなり若いようにも思えた。才気のままに突っ走る若き女商人、そんな印象だ。


僕は彼女の背負ったリュックを見る。

たしかに体の割にはたいへん大きいけど、容積で言えばせいぜい200リットル。機械化マシーナリー随伴歩兵アテンダーの背負う6号ザックぐらいの大きさだ。リュックには丸めた寝袋やら大きめのスコップなんかが見えている。彼女自身のキャンプツールもあるのだろう。


「と、とてもベーシックが使える武器は持ってなさそう、だけど……」

「はっはっは、商売とは現物を持ち歩くとは限りません」


シャッポがリュックに手を伸ばす。綿毛に覆われた彼女だけど、なぜかその体をひねる動作に女性らしいラインが垣間見えた。

僕は少し気恥ずかしくなる。なぜだろう。


取り出したのは画板だ。首から紐で下げて斜めに固定し、鉛筆でがりがりとスケッチを始める。


「見たところ剣はお持ちのご様子、察するに欲しいものは飛び道具でございますね」

「ま、まあそうかな」


さらさら、と描いて見せるのはクロスボウの絵だ。足踏み装填式であり、弦や矢じりに何やら但し書きがしてある。翻訳ユニットがまだ文字を学習してないのでよくわからない。


「ジバクジラのひげ、ガラン羊歯シダの葉、鉄甲貝ズーミルをほぐした鋼線などで弦を作るクロスボウ。矢はショウカクザメの角を矢じりといたしましょう。矢を30本おつけしまして金貨300枚でいかがですか」

「いかがって……そんなクロスボウがどこに」

「南にある槌妖精ミルドワーフの工房で作らせましょう。期間は15日、いえ、運搬まで含めて10日以内をお約束します」


言いながらもシャッポは手を動かしている。次々に見せられるのは縄の先に分銅がついた武器。二本が連結して長くなる槍。投擲用の星型の金属板などもあった。値段もまちまちだ。


「工房もお選びいただけます。より良い品質を実現させる工房、受け取りまでが一番早い工房、お好きにお選びください」


ここまで来ると僕は感心していた。


なるほど、これが彼女の商売。

あらかじめ工作ができる工房と渡りをつけておき、顧客の注文を聞いてから発注をかけるのか。商売人というよりフリーの営業のようだ。初めて見るはずのベーシックに対して、これだけの商売を提案してみせるなんて。


……だけど。


「ごめん……いろいろ描いてもらったけど、実はお金がないんだ」

「ナオ様、少しでしたら私が持っていますが」

「そうなの? どのぐらい?」

「村の皆さんから預かった路銀です、全部で金貨3枚分はあります」


シールは胸をどんと叩いて言う。強すぎたのか少しむせた。


「……」


僕はシャッポのスケッチを見る。一番安いのは星型の金属板だが、それが5枚セットで金貨2枚。いくらかテキストを見たので少しだけ翻訳される。発注の関係で必ずセットで注文のこと、と書かれていた。


「……ちょっと無理かな。武器でそんなに大金を使ってしまうわけにいかないし……」

「お客人、でしたら物々交換はいかがでしょう。何か価値のある品をお持ちではありませんか」


にんまりと、熱を通したデンプンペーストのような笑い方をする。どうも彼女から放たれる商売っ気のようなものは、萎えるどころか強まる一方のような。


「何もないよ。僕は作戦行動中だからすべての持ち物は軍属なんだ。個人の持ち物と言えばナイフぐらい……」


取り出したナイフ。シャッポが素早くそれに顔を近づける。赤い眼はしかし動物らしくはない、顔のパーツは人間らしさを感じる。愛嬌のある丸くて大きな眼だ。


「ほうほう、これはかなりの逸品ですな。少しお借りしても?」

「いいけど」


シャッポはその刀身をまじまじと見たり、バランスを確かめたりリュックから指輪を取り出してナイフに当てたりしてる。なぜか、グリップに刻まれた星皇陛下の紋章を興味深げに見ていた。

そうして数分ほど観察して。


「……金貨900枚」

「え」

「いえ950枚お出ししましょう。お譲りいただけませんか」


……。


「ダメだ。出しといて申し訳ないけどそれは売りものじゃないんだ」


さすがは工房との橋渡しをこなす商人、テクト・セラミックの強度に気づいたのか。

だが売るわけに行かない。もちろん売るつもりもない。


「そうでしたか、失礼いたしました」


と、割とあっさり返してくれる。


「せっかく声をかけてくれたけど、残念ながら何も取引できそうにないね、またの機会に……」

「いえいえ、私はここへ来て、いよいよもって確実な商売の風を感じました」


……?

なぜだろう、シャッポはやたら嬉しそうだった。くるりと背を向け、今度は一回の跳躍でえいと川を飛び越える。川幅は7メートルを超えていた。


「商売とは人と人との出会いでございます。私のあとについてお越しください」


「……??」


シャッポは川に沿って走り出す。僕たちが必ずついてくると確信しているような勢いで。僕たちは顔を見合わせ、ともかくもベーシックに乗り込んだ。


そして走り出す。川の流れを遡上する方向に。


「シール、あのシャッポって信用していいのかな。詐欺師とかじゃないのかな」

「私には健全な方に見えましたが……」


それは僕も思った。

シャッポ。彼女からは悪意は感じない。何というかプロ意識のようなものを強く感じる。


しかし、彼女から感じる感情はそれだけではない。


それは言ってみれば喜の感情。

なにか面白いことを思いついた子供のような、笑いをこらえて何かをたくらむような気配が消えてない。


いつの間にか川に沿って道ができている。川は少し深さがあり、やや使い込まれた木舟なども放置されている。


「どなたか川を渡っているのでしょうか」

「いや……運搬用の船だと思う。浮力を利用して荷物を運んでいるんだ」


運ぶのは木材だろうか。り倒された木材がそこかしこに山積みになっている。


遠くに立ち上る煙も見えてきた。あれは何だろう。煮炊きの煙にしては大きいけど。


「巨人の乗り手さま、この先は鬼人オーガの集落にございます。彼らは大きなものを警戒しますので、降りたほうがよろしいかと」

「……わかった」


ベーシックが盗まれる可能性は考慮する必要はない。星皇軍の認識コードを持たなければ動かすどころか起動もできないのだ。


ベーシックを乗降モードに。シールが先に降りて、僕も降りる。ベーシックは自己射出しやすい開けた場所に待機させた。


「シール、鬼人オーガというのは?」

「私の村は獣人や亜人種の方々と交流がなくて……。ただとても大きくて逞しく、血気盛んな方々だと聞いています。部族の掟を何よりも大事にするとか……」


僕らはシャッポの案内で進む。

森の中には道ができていた。茶褐色の木片を砂利のように敷き詰めた道だ。ひとつを拾い上げてみればプラスチックのように滑らかな質感。おそらく煙で燻して微生物を殺し、何らかの樹脂で固めて腐らなくした木材だ。なかなかの技術力だと思う。


「何か聞こえます」

「そう?」


シールの声から数分遅れて、僕にも聞こえてきた。太鼓の音だ。


周囲にはすでに建物も見えてる。三角に丸太を組んだテントであり、一つ一つが高さ10メートルはある豪快な造りだ。


なのに人がいない。その理由がだんだん分かってきた。祭りの最中なのだ。


かなり開けた場所が見つかる。中央には猪の丸焼きが3頭。焼けた木炭と小石を大量に山積みにした、いわゆる熾火おきびの上に無造作に乗せられている。


そこにいたのは身長2メートル半ほどの筋骨隆々の男たち。緑色の肌を持ち、赤や黒の顔料で線を引いて体を飾っている。槍や斧を振り回して踊っている者もいる。女性もやはり大きく、円筒形の太鼓をリズムよく叩いている。


「でかいな……ベーシックが普及する前は遺伝子調整を受けた戦闘兵がいたと学んだけど、それに近い大きさ……」


広場の全景が見えてきた。

参加してるのは100人ほど。シールの村よりかなり規模の大きな村だ。男女比でやや女性が多く見える。


そして熾火の奥、木彫りのトーテムが周囲を囲む石の台座があり、その上に。


「あれは……!」

「我らは盾を得た!」


ひときわ大きな鬼人オーガが、同じく特大サイズの斧を振り上げる。


「伝承にありき巨人の盾は確かにあった! 偉大なる祖先の教え! 部族に口伝されし七代前のさらに七代前より続く物語はすべて正しかったのだ! 今日は我がゴードランの名にとって至上の喜び、次なる七代の栄えを約束された祝いの日である!」


鬼人オーガたちが一斉に声を上げる。その内部から力が吹き出すかのようで、声は大地を震わすかのようだ。


だけど僕は知っている。あの仰々しく立てられた高さ4メートルの盾。大きさや形状、星型の紋章にもはっきり覚えがある。


高重力下で加工された複合装甲。それは1メートル先で炸裂する高速度爆薬ハイマターからも生存を担保する星皇軍の技術の結晶。


正式名称は抗高速度アンチ・衝撃干渉ハイマター複合盾シールド


通称を対爆盾アンチボム。星皇軍の特殊装備だ。


「いかがですか、あの見事な盾」


シャッポは草むらに身を潜め、僕たちを振り返ってかるく目を細める。


「商売の風が吹いている、そう感じませんか?」



もしかしてこのウサギ、頭がおかしいのかな……。


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