第六十八話
※
「この金属片は、例の石板と同じものです」
ブリーフィングルームにて、表示されるのは金属の薄片。大きさは40ミリ平方。薄さはなんと原子20個ぶんしかない。それが数兆という単位で集まってあの竜を構成していたのだ。
「一枚に数ペタという情報量を刻んだ電子回路のようなものです。結合し導電し、自己を陽子崩壊させてエネルギーを取り出すことすら可能。あらゆる挙動を可能にする万能の機械のようなものです」
ドワーフたちが調べているらしいが、この機械というか回路というか、刻まれた模様の複雑さは言語を絶するらしい。船の分析機では性能が足りず、その回路に刻まれた情報を読み取ることもできずにいる。
「例の石板と同じということは、星皇軍が巨人のまじないを?」
「テクノロジーとしては近いものです。ナオ様の軍がその力を手に入れていたのか、あるいは科学技術の極まった先で、巨人のまじないと同じ階梯に到達したのか」
星皇軍が、巨人のまじないと同じ力を得ていた。
……それは、今さら驚くことでもない。ベーシックがまじないを使えて、Cエナジーが消費されること、それが何よりの証拠ではないか。
シャッポが手を動かすと、何もない空間に惑星が浮かぶ。離れた所に僕たちの艦艇と同じものが複数。
「時系列を整理いたします。この星は数多くの世界から知的種族を、あるいは怪物たちを、果ては物理法則を集める渦のような存在でした。おそらくこの惑星にいた「神」の力でしょう。「神」はその中でもっとも優れた種族と交わることを目論んでいた」
「……」
「そこに巨人が降り立ち、悪しき竜たちを滅ぼした。そして一部の特別な力をまじないとして世界に刻んだ。これはおそらく巨人族ザウエルのテクノロジーです。巨人族は未知の物理法則をまじないに変え、世界に刻み込む技術を持っていたのです」
そのような説明は何度か聞いた気もするし、初めて聞くような気もする。その説明がなかなか自分の認識する世界のカタチにならない。それほどに条理を超えた巨人の力だ。
「たとえば癒やしの力、巨人の武具である「鎧」は紋様の書かれたプレートを操る力です。プレートは石板でもいいし、アルミ片や微小金属片でもいい。これは復元や修復、癒やしの力でもあります。しかし巨人はこの星の支配者であった「神」と呼ばれるものに滅ぼされ」
「……そのへんにしとこう」
僕は椅子から立ち上がる。シャッポは僕のそんな反応は予想のうちだったのか、ただ悲しげな目をするだけだ。
「ナオ様……」
「その推測だって当たってるとは限らない。それに大元はシールの言葉を受けたものだろ。もう少し確度が上がってからでないと混乱するばかりだ。検討はシャッポたちに任せるから、僕は戦うことに集中したい」
「分かりました……では引き続き、第一種待機を」
「分かった」
大人げない反応だった、通路を歩きながらそう反省する。
しかし何度聞いても、巨人のまじないの話は僕の理解を超えている。考えようとすると自分の考えてる世界よりも大きな枠組みに捉えられ、揉みほぐされそうな恐ろしさがある。
「軍人は理解不可能なものに拒否感を示すから……」
言い訳じみたそんな言葉も口をつく。良くない傾向だ。考えることから逃げないと決めたはずなのに。
僕は特に目的もなく歩く。歩くことで少しでも思考を整理したかった。まずは先ほどの煌星竜との戦闘データを見返そうかと考えて。
「…………」
ん?
「軍人は理解不可能なものに拒否感を示す」
それは僕の言葉ではない。星皇軍の軍人だった頃の僕は、そもそも世界に理解不可能なものがあると認識してなかった。
誰の言葉だったか。そうだ、あれはあいつと珍しく作戦行動を共にした時。あいつは訳の分からない話をえんえんと繰り返して。
――悪魔の概念よ。
――悪魔ってのは別の世界から来た存在と考えられない?
――それは物理法則すら異なる世界。そこに住む生き物は自由に火を出したり空を飛んだりできる。
――魔法使いと呼ばれる人々は、その力を呪文に変えて操ることができた。
――言葉なの。言葉こそ力。世界に刻み込まれる物理法則としての呪文。それが私の研究テーマ。
「ワイナリー……」
僕たちの小隊メンバーの一人。女傭兵。酒杯をあおぐ魔女と呼ばれた人物。
なぜあんな言葉を思い出す。あれはただの不規則発言、意味などあるはずが。
いや、違う。
意味はあるはずだ。
ワイナリーは何を研究していた? あれが架空の話だとしても、悪魔や魔法という言葉が僕に何かの示唆を与えていないか?
だが、悪魔とか魔法についての会話をしたのはあの一回だけ。おそらく彼女は僕に説明することを諦めてしまった。
彼女の文書でも日記でも船に残っているだろうか。あったならドワーフと草兎族たちが見つけていないはずはない……。
「……」
いつもそうだな、もう何度となく繰り返されたこと。
おそらく、すべてに気づいて、理解して、物語の主人公になりうる可能性は僕にもあった。
なりたかった訳じゃない。ただ誰かが選ばれ、その役目を担う、それが僕ではなかったということ。
小隊メンバーの言葉を聞き流し、マエストロの干渉をうとましく思い、この星に来てからもずっと目を閉じていた。つい先刻も、巨人や神という言葉に耐えられなかった。
生産兵であることは言い訳にできない。同じ生産兵であるレオはずっと何かを考えていた。何も考える義務などない傭兵たちも。
僕は、この戦いの終わりまでには変われるだろうか。
世界から目をそらさず、自分の頭で考えられるようになるだろうか。
なれないままにあっけなく命を閉じるかもしれない。兵士ならそれも仕方がないと思っている自分もいる。だけど……。
「さあさあ、量はたっぷりあるからね、順番に並びな!」
そんな声が聞こえてくる。
いつの間にか食堂の前までやってきていた。いつもドワーフたちで賑わっているが、今日は獣人たちも多い。
覗いてみれば、中央にいるのはココだ。行列の先頭でローストされた肉を切り分け、ドワーフたちに配っている。列には他の獣人たちも並んでいる。
「この列は何なの?」
話しかけたのは牛の頭部を持つ獣人、彼はそわそわした様子で答える。
「貴重品です、甲竜の頬肉ですよ。毒がなく柔らかい、竜の肉の中でも古くから愛されていたものです」
その後ろ、ライオンの頭部を持つ獅子頭の青年が深くうなずく。
「辺境では竜を倒した栄誉の証です。厳粛なる儀式によって竜の肉を切り分け、まず勇者が最初の一皿を食べる。その時に供されるのが頬肉なのです」
その儀式は見たことがある。獣人たちにもあるのか。どうやら普遍的な儀式らしい。
二人の青年はうなずきを交わしつつ言葉を並べる。
「一頭の甲竜から3キロも取れないのですが、今回はなんと30キロ以上取れたそうです」
「いやあ楽しみですねえ、実はわたし食べたことないんですよ。獅子頭はもうあまり竜狩りをしてないので」
「私もですよ。我々ウシは基本的に草食なのですが、今回はいてもたってもいられず……」
そこへ声が飛ぶ。
「ナオ! あんたも食べたいなら並びな!」
「いや、僕はいいよ、食べたことあるし」
列を回り込んでココの近くへ。
「もしかして竜の肉を狙ってたの? 大きく育った個体ならたっぷり肉が取れるはずだからって」
「? そう言わなかったかい?」
「1ミリも聞いてない」
というか西方辺境にいるオーガの氏族とか、開拓村が心配だったんじゃないのか、そう聞くとココはきょとんとする。
「知らないのかい? シャッポが新しい毒餌を開発してるんだが、これが大型個体にもよく効くんだよ。退治だけならあたしらの出る幕じゃない」
「つい最近聞いた」
列が押し寄せてくる。足元はもはやドワーフで作る川のようだ。たまらず退散する。
やれやれ、肉が目的だったとは。
まあ毒餌があるとはいえ竜は竜、ベーシックで即座に倒すことは間違ってはいない。開拓村が危険だった可能性も確かにあるわけだし。
竜の頬肉はかなり特別なものらしく、列は食堂を一周するほど長くなっている。みんな期待に目を輝かせているし、ココも楽しそうで……。
あれ、そういえば妙に楽しそうだ。普段は見せないほど快活に、歯を見せて笑っている。
ここ最近、なんだか寂しそうに見えたのは何だったんだ?
「ココの料理ひさびさなんだよ」
「オートクッカーができてから食べてなかったんだよ」
数人のドワーフが肉の皿を持って通り過ぎる。軽くローストして木の実のソースをかけたものだ。
そういえばココは、まだ甲竜の毒抜きが不完全だった時期にはよく料理をしていた。毒抜きされていない竜の可食部位は少ないが、それでも大量のドワーフのために毎日厨房に立っていた。
それだけじゃない。艦船ではみんな機械を使うが、西方辺境では洗濯も掃除も、服のつくろいもココが……。
「……母親?」
ココの自己認識、レジスタンスでの役割、この世界での立脚点。
……まあ、それも想像か。
僕も皿を持ち、列に並んだ。
では僕は何だろう。
星皇軍の軍人、レジスタンスの戦士、ドワーフたちの面倒を見ている一人、甲竜の解毒法の一つを見つけたことは誇っていいかも知れない。
でも、星の歴史を巡る物語の主役にはなれない。知らないことが多すぎる。
マエストロの言葉を借りれば脇役、僕はどんな役割を持っているのか……。
それから、きっちり24時間後。
竜都が炎に包まれた。




