第六十六話
シャッポの忙しさというのは、単に仕事が多いとか、頼りにされがちというのとも違う。
いわばシャッポとは現在の組織の雛形であり、すべての要素を集約するような存在。
会議と物資調達、仲間内の調整ごと、シャッポの様子を見ればレジスタンスの状態が分かるし、シャッポが優先させていることに他のみんなも取り組みだす。
それでいて組織を専有してる印象はないのだから不思議なものだ。
「甲竜の特殊個体ですか」
シャッポを探すと機関区画にいた。ドワーフたちがコンソールに張り付いてるが、それは船の心臓とも言える重水素自由重力エンジンの端末だ。
出力は3%も出ていない。惑星の重力下で出力を上げると、星の重力波と干渉して地殻に影響があるのだ。だから作戦行動時は作戦艦は惑星のラグランジュポイントよりも上にいて、ベーシックだけで降下することが多かった。
「西方辺境の森にいるらしい。ココはもう自分のベーシックに乗り込んでる。許可が降り次第向かいたいとか」
いつものココに比べると性急な行動だ。やはり西方辺境がらみだからか。
「大型の個体でも毒餌は有効です。我々は水地族の協力を得て強力な神経毒も開発しています。昔は数キロもの毒餌を食べさせる必要がありましたが、今では数十グラムで十分です。効果もだいぶ早まりました。西方や南方の開拓村にそれをお配りしています」
そんな活動もしてたのか。
「ココ様もそれを知っているはずなのですが」
「……やはり不安なのかな。毒餌が改良されてるからって、特殊個体が山のように大きいなら効きが遅いかもしれない。うまく毒餌を食べるとも限らないし」
「討伐に行くことは許可して差し上げたいのですが、西方辺境だと竜都の反対側になりますね」
いま僕たちの船は竜都の東方にいる。西方辺境の境目となるキルレ山脈、その麓のコウカシスの街、山の中腹にあるウェストエンド伯の城……。
そのような言葉は一種の魅力を秘めていた。もう2年半も前、言葉の一つ一つが懐かしいような、恐ろしいような。
「行くならば竜都を大きく回り込むコースになります。ベーシックの最大戦速なら西方辺境との往復に四時間。かなり難しいかと」
むろん、大気圏下でベーシックの最大戦速を出すわけにいかない。Cエナジーの消費もかなり激しくなるし、衝撃波の爆音は数キロ先にも届くだろう。実際ははるかに速度を落とさねばならない。
「他の勢力から干渉を受けないためには、往復で40分以内に帰ってきていただかねば」
「そうだな……この艦船を移動させて竜都の西側に行くか。これも1日以上かかるだろうけど」
「10分で行けるんだよ」
と、ドワーフの一人。
「何だって?」
「これ使うんだよ」
端末に立体映像が投影される。噴進弾頭のような大型のロケットである。
「何かのデータ? メインエンジンの操作コンソールはスタンドアローンのはずだぞ、いつのまに回線を繋いだんだ」
「繋いでないんだよ、いま手打ちしたんだよ」
この短時間で3Dモデルを?
まあ今さらドワーフたちのやることに驚いてられない。話を先に進めよう。
「これは……先日の戦いでベーシックを届けたシステムか」
「そうなんだよ、さらに改良してるから、これなら大気圏外までベーシックを飛ばせるんだよ」
それは、いわゆる高高度弾道兵器か。
なぜ大気圏内での質量弾は射程距離が伸びないのか、それは空気の抵抗があるからだ。ロケットなどが推進剤で飛ぶ場合も、常に大変な空気抵抗がかかり続けている。
そのため、一度大気圏外まで打ち上げ、空気の希薄な高さを飛ぶことで飛距離を飛躍的に伸ばすことができる。これが高高度弾道兵器だ。
……なんだか、とんでもない大昔の話をしているような気もするが、人類がまだ一つの惑星に留まっていた時代には主力兵器の一つだったらしい。星皇軍ではまず研究もされない兵器だ。
「行って帰ってこれるのか?」
「大丈夫なんだよ。船の設備でロケット燃料も生産してるんだよ」
「星皇軍の一号規格より高純度なんだよ」
「エネルギー密度は251MJ/kgなんだよ、やばすぎて鼻血ふくんだよ」
「やばすぎるもの作るなよ」
とはいえドワーフたちの技術力は信頼してるし、エネルギー密度が高いから危険と言うなら、ベーシックのCエナジーはそれより密度が大きいはずだ。
シャッポは表示されるデータを見ながら顎に手を当てる。
「ふむ……念のため十分な安全確認と、万が一ロケットが爆発してもベーシックが耐えられるだけの装甲を用意できますか?」
「船の装甲板を剥がして、ロケットとベーシックの間に挟むんだよ」
「……ナオ様、どう思いますか」
「いけると思う」
大気圏外から目的地に突入する兵器。竜都での戦いでも使えるかもしれない、この機会に試すべきか。
「甲竜の特殊個体はかなり大きいらしいが、巨人のまじないがあれば関係ない。一瞬で屠れるはずだ。この作戦は今後なにかに応用できるかも知れない、やる意義はある」
「分かりました……再度の安全確認と装甲の増設、二時間で終わらせます。ナオ様はココ様と一緒に上部甲板で待機を」
※
「ナオー、はいお弁当」
キャペリンがやってきて包みを手渡す。平たい円筒が3つほど積み重なった弁当箱だ。
「キャペリン、遊びに行くんじゃないぞ。それにお弁当って、慣性レジストがあっても機体はかなり揺れるはずだし」
「だいじょぶや、金具でガッチリ固定できるタイプの弁当箱やから」
「そういうことじゃなくて」
「ナオ」
ノチェまでやってくる。ベーシックの膝を多脚でわしわしと登って、植物の葉で巻かれた何かを渡す。
「御餅」
「あのね二人とも、この作戦は40分で帰ってくる予定だから」
「祷立」
「? キャペリン、今のは?」
「あー、目的の達成を願って作られたものはそれを持ってるだけで効果があるよって言うてるわ」
あいかわらず蜘蛛手の言語は深遠だ。
「まあまあ、こういうのは縁起物やから、お守りやから持ってき持ってき、もしかするとロケットがいかれて墜落してサバイバル生活になるかも知れんし」
縁起物を渡しつつ縁起でもない発言。
「わかったよ、でも本当にすぐ帰るよ、船を長く留守にできないし」
ノチェの機体、ベーシック・フルングニルはまだ調整中である。発展途上の機体だから何度も手が加えられてるらしい。
長距離砲を撃つ狙撃機体だから船の守りには使えるが、なるべく活躍しないに越したことはない。
「ナオ、まだかい」
全方位モニターに現れるココ。やはり焦っているのだろうか。そんなに心配なのか。
「うーん。二時間でやるって言ってたんだけどな。まだベーシックにロケットを装着してないし、装甲板も増設してない……」
装着はアタッチメントを使った増設になるのだろうか。それとも溶接かな。ベーシックの浸潤プレートに溶接を行うには大出力のプラズマガンが必要で……。
「ナオ様、ココ様、準備が整いました」
全方位モニターに現れるウサギの顔。シャッポだ。
「何だって?」
「お二人はイオンスラスターにより高度1200まで上昇、モニターにガイドを表示させますので、西方に真っすぐ飛んでください」
ごう、とスラスターをふかす音。まわりの砂や小石を飛ばしながらココのウィルビウスが飛び上がる。
「! 二人とも降りて!」
キャペリンとノチェが機体を飛び降り、十分に距離を取ったあたりで僕も飛ぶ。最初の数メートルは薬圧サスペンションで、ベクトルを維持しつつイオンスラスターにより加速を得る。眩光竜の迷彩圏を抜けて蒼穹の世界へ。
飛んだのはいいけど、ここからどうするんだ?
そう思った瞬間、背後から高速で迫る物体。アラートは出ない、味方識別信号を出している。
それは中心にガスボンベを収めたハンググライダーのような構造物。背後から迫り、ベーシックと速度を揃え、微小なスラスター噴射により接近する。
まさか、空中でのランデブーアタッチメントか。ベーシックでも理論上は可能らしいが、実戦投入されたことはないはず。
ハンググライダーの羽のようなものは鉄骨で編まれている、それがマントのようにベーシックを包み、ユニットディンプルに接続していく。
そして接続が終わった瞬間、外部指示により慣性レジストが最大に、そしてロケットが爆炎を噴く。
風景が流れていく。慣性レジストが効いてなければ肉体が即座に潰れるほどの加速。高度を一気に上げて、音速を超える瞬間に空気の希薄な高さまで至る。
機体の揺れが収まるが加速はまだ続いている。空は暗くなり星の丸みを認識する。
「ナオ様、問題はありませんか」
「完璧だ……。すごいな、アタッチメントの接続はどう微調整したんだ?」
ドワーフの映ったウインドウがいくつか割り込んでくる。
「ディンプルに勝手にハマるボルト作ったんだよ」
「必ずつまづいちゃう穴みたいなものなんだよ」
「タコが魚に抱きつく要領なんだよ」
例えは全然わからないけど要するに細かい工夫の賜物らしい。
「ココ、そっちはどうだ」
「ああ問題ないよ、便利なもんだね」
僕は接続されたユニットを確認する。加速と方向舵はこちらでも操作できるようだが、今は船からの電波で動いているようだ。
確かに便利だ、このシステムなら目標上空でベーシックを切り離し、帰りにまたピックアップすることも可能なわけか。
これなら機動兵器の運用能力がぐっと向上する。竜都に奇襲をかけることも……。
赤い光が。
星が赤に包みこまれている。太陽が地平線の果てに隠れつつあるのだ。
茜色に焼ける雲は煮えたぎる溶岩のよう。雲は大気のダイナミズムを思わせる複雑な渦を描いている。
星の地平線にて青空の下に赤い層が入り込んでいる。陽光が星に斜めに差し込むとき、最初にレイリー散乱により青い光が強調され、大気の分厚い層を抜ける時に青が吸収され赤い光だけが残る。だから上が青、下が赤という層になるのだ。
美しい。
任務で数多くの惑星を訪ねたが、ここまで美しい星はなかった。
そしてこの宇宙を懐かしくも思う。不思議な感覚だ。僕の心は大地にもあるし宇宙にもある。どちらも僕の故郷であり、どちらにもいないような……。
「ナオ、剣は用意できてるね」
ココの通信で我に返る。忘我の時間は数秒だろうか。戦闘中なら致命的な時間だった、と気合いを入れ直す。
「ああ大丈夫だ、いつでも抜ける」
今回は盾は持ってきていない。剣だけを背負っている。テクト・セラミックの硬度を超える剣は急加速にもビクともしない。
「なるべく首を狙っておくれ」
「ああ、かなり巨大なんだったな、だけどまじないを使って打てば大きさは関係ないぞ。リヴァイアサンみたいに全長300メートルある竜でも一撃で……」
「そうじゃなくて」
言葉が止まる。双方のコックピットにアラートが鳴ったためだ。
「なんだ……? 急接近反応?」
「ナオ! 後ろから何か来るよ!」
そんな馬鹿な、ここは高度30キロメートルだぞ。
全方位モニターに外部環境を表示させる。大気圧は60hpa、気温はマイナス55度、地上の15分の1という気圧で生存できる生物なんて。
迫る、影が。
「くっ!」
イオンスラスターを噴射。スライドするように動く脇を光が抜ける。
そして見た。竜の鉤爪。
「あいつは……!」
黄金に輝く翼膜。水晶のように透明な爪。そして胴部にある鰓のような機関から虹色の噴気を出している。
それは空飛ぶ蜥蜴、竜か。
「まさか! 星煌竜!」
やつは雷のようにジグザグに動く。幾何学的な軌道を描いて旋回、再度接近。僕はイオンスラスターをふかして下方に回避。やつの爪が鉄のマントをかすめる。
「ナオ、あれはまさか竜皇かい」
「いや……違う」
あの時の竜には確かに誰かが乗っていた。あの人物こそが竜皇。
では、こいつは竜使いの支配を受けていない野良の星煌竜か。成層圏に生息する生物、そんなものが……。
いや、確か、この竜についてシールが何かを……。
「ナオ様、その竜はこちらでも補足できました。その環境では戦えません、回避に専念を」
シャッポが提案するが、それは無理だ。ブースターが下降に入るまであと三分、おそらく煌星竜はかるく10回はアタックをかけてくる、かわしきれない。
それに、この竜。
「ここで戦う」
「! ナオ様!」
「千載一遇のチャンスだ、ここであの竜の特性を掴む!」
何もかも常識を超えている、伝説の竜。
だが、かつては巨人族ザウエルに敗れたはずだ。ならばベーシックが戦えない道理はない。
茜に燃える灼熱の空と、暗く冷たい虚無の宇宙。
その狭間にて、竜がさらに速度を上げた。




