第六十四話
ユピテル級巡洋艦はまた待機に入った。
超望遠にて竜都を見張りつつ、各自が備えを行う。僕たち以外の勢力が戦闘に入れば、それに介入する構えだ。
ドワーフたちは戦力の拡充に入った……と聞いているが、見かけるのは食堂で大食い対決をしてたり、生け簀の魚で釣りをしてたり、家具に彫刻を彫ったりしてる個体ばかりである。
フルングニルは調整のためにドックに入っており、そこはドワーフ以外は立入禁止にされた。完成まで見せたくないらしい。
巨人の武具の捜索、レジスタンスに参加してない獣人種への呼びかけ、竜都からの脱走者の捜索なども続いている。草兎族と夜烏族が中心になっているようだが、あまり成果は上がってない。
僕はと言えば、考える時間が増えた。
ココと模擬戦を行い、たまに竜の解体を手伝ったり、壊れた家具を直したりする日々の中で、昔のことを思う。
「……レオは何と言っていたかな」
レオだけではない。ブラッド、ブルーム、ワイナリー、他の小隊メンバー、そしてマエストロとの会話を思い出そうとする。思い出せたら書き残せるように、いつもメモを持つようにした。
彼らとどんな会話を交わしたか。
星皇軍について何と言っていたか。
青旗連合については。
だが過去の記憶はぼやけていて、作戦行動だとか、銃火器のメンテナンスの仕方とか、どうでもいいことしか思い出せない。
星皇軍と竜皇はどこか関連している気がするのに、僕の生きてきた記憶を活かせないのがもどかしい。
騒動はそんな日々の中で生まれた。
「記念撮影?」
とっぴな言葉である。知らせに来たドワーフは両腕を突き上げて興奮気味だ。
「そうなんだよ、みんなで写真撮るんだよ」
「そんな場合じゃ……みんな忙しいし」
僕の部屋には5人ほどドワーフが入ってきてる。別に来客があったわけではない。寝るとき以外は常に数人いるのだ。
「忙しいから撮るんだよ」
「思い出のメモリーなんだよ」
「二度と戻らない青春なんだよ」
「恋愛は失恋を楽しむゲームなんだよ」
「最後のきみ何言ってんの?」
それはともかく、記念写真など撮っている暇は……。
「……」
僕は少し動きを止める。自分の中の当たり前と書かれた箱にそっと蓋をして、もう一度その是非を考える。
「……そうだな、写真ぐらいなら」
僕の過去は軍人という色に塗りつぶされている。日々のささやかなことに目を向けなかったツケで苦しんでいる。
ならば、今からでも目を向けるべきか。
「ありがとうなんだよ」
「いい思いつきだったんだよ」
「じゃあナオ、みんな集めてきてほしいんだよ」
「えっ」
※
「記念写真ですか、ぜひ撮りましょう」
シャッポは書類の山に囲まれながら了承する。
「……いいのか? 忙しいんじゃ」
「記念写真を撮るぐらいの余裕はあります。さて、そうなればすべての獣人が集まる場所が必要ですね、甲板になるとは思いますが、検討しましょう」
数人の草兎族が集まってきて、ロップイヤーを寄せ合いながら話し合いに入る。
「ええと、じゃあ僕は他の獣人にも声をかけないと、いっそのこと全体アナウンスで呼びかけるか」
「艦内をだいぶ改造しているので、アナウンスが届かなくなってる部屋があるそうです。アナウンスは打ちますが、すべての種族に声をかけてからにしましょう」
「すべての、というと……」
※
水槽の中に人影がある。サンショウウオのような平べったい体の獣人。水地族だ。
「おーい、起きてきてくれー、話があるんだー」
呼びかけるが反応がない、ボコボコと気泡が立つのみ。
近くに集まってたドワーフたちに問う。
「寝てるのかな」
「返事してるんだよ?」
「えっ」
ドワーフの一人が水槽を観察して、手近な壁に木炭で印をつける。
「いま薬湯に入ったとこだから、数日は出たくないって言ってるんだよ」
水地族の男は吸盤のように水槽の底に張り付き、僕たちに半目を向けてボコボコ泡を放つ。
「記念撮影に参加してほしいんだが」
「水槽に入ったままで良ければ、って言ってるんだよ」
「へえ……泡で信号を打ってるわけか、なかなか高度な通信手段を持ってるな」
「ううん、ジェスチャーなんだよ」
「……どこが動いたの?」
男は床にへばりついたままである。
僕は水槽の全体像を見る。アクリル製で縦横4メートル。深さ3メートル。半分まで水を入れたとすると単純計算で水の重さは2.4トン。水槽の重さを入れると3トン近くになる。
「ベーシックでも運べないよなあ……じゃあ数日後になるけど、薬湯とやらが終わってからにするか」
ドワーフがかりかりと記号を刻む。
「三日の薬湯のあとは四日ほど泥あびするって言ってるんだよ」
「この人レジスタンスだよね?」
さすがに一週間も待ってられない、どうすればいいんだろう。
「……ココたちに相談してみるか」
※
「水槽を運ぶのかい? まあ男手を集めて何とかしてみるよ」
ココは僕との模擬戦がないときは畑を手伝っている。今はいちおう臨戦待機なのだが、鬼人たちは野良着になって畑仕事に精を出していた。
「大丈夫かな。3トン近くあるぞ」
「そのぐらいなら5、6人いれば十分さ。あたしも手伝うよ、あ」
ココは何かを思い出した顔になる。
「まずいねえ、その写真って父さんも見るだろうね」
ココの父親というと、ドドか。西方辺境の開拓村にいるはずだが。
「どうだろう? 草兎族は各地の村ともやり取りしてるし、鬼人は竜皇から徴兵を受けてて、問題との関わりが深いからな。見ることもあるかも」
「あたしね、レジスタンスで結婚して子供8人いるって手紙に書いたんだよ」
「何してんの!?」
ココは頭を抱える。
「写真を撮るなら子供が写ってないと不自然だろう? 鬼人は一族で何かをする時は全員でやるのがしきたりだから」
「ふ、不自然と言われても……どうしたらいいんだろう?」
僕は周りを見る。ドワーフたちは今夜の夕食がどうの、観葉植物がどうのと話している。
「ドワーフたちを緑に塗ろうか……?」
「そんなことでごまかせないよ。赤ん坊もいないとおかしいし」
赤ん坊……し、しかし、レジスタンスの船にそんなものいるはずが。
と、裾を引っ張ってくるドワーフが一人。
「ん、どうしたの?」
「赤ちゃんいるんだよ」
「あの人たち大所帯だから、何人かいるんだよ」
大所帯……。レジスタンスの中でドワーフについで人数がいるのは……。
「獅子頭……?」
※
「記念撮影か! ならば戦化粧をしなくてはな!」
獅子頭の族長でありレジスタンスのリーダー、レオは大きな声で答える。どうでもいいことだが、シャッポが司令官でありレオがリーダーである。レオは前線に立ちたいらしく、指揮系統にはあまり加わろうとしない。
「ええとね、なるべく全員で、子供は赤ん坊も含めて参加で」
「いいだろう! 皆に声をかけておこう!」
獅子頭たちのいる区画には常に掛け声が響いている。戦闘訓練に明け暮れてるのだ。トボの木の木剣を振りかざし、樹脂製の人形に斬り掛かっていく戦士たち。獅子頭は船内に100人ほどいて、後部の3ブロックを自分たちの村にしている。
他にも力自慢の種族がいくらかいて、組み手をやったり、槍を研いだりしていた。彼らはいつでも戦場に出ていけるようだ。
ぐいぐい、と裾を引っ張ってくるドワーフ。僕が身を低くすると、小声で囁いてくる。
「いいんだよ? ココが獅子頭と結婚してることになっちゃうんだよ」
「君が提案したことじゃなかった……?」
そのドワーフはきょとんとしている。ドワーフたちは個体の見分けがつきにくいが、最初に提案したドワーフはどこに行ったのだろう。どこかでお茶でも楽しんでいそうだ。
「まあしょうがないよ。ココは「それでいいよ」って軽く言ってたし」
ココは族長の娘だったと思うが、それが獅子頭と結婚するのは、獣人のことをよく知らない僕でも大事件だと感じる。鬼人はあまり物事を深く考えないところがある。
「それに全員が父親似ってことになるんだよ」
「それはまあ確率的になくもないし」
「何をブツブツ言ってる?」
レオはふんと鼻を鳴らし、家の柱ほどもある大剣を肩に担ぐ。
「さあ、用が済んだならもう戻れ……あ」
びくっ、と僕とドワーフたちが硬直する。
「ど、どうかした?」
「今日は風が吹いていない」
「? まあ、そうだね」
というより、この船の甲板に風は吹かない。重力発生装置で大気を固定しているからだ。
酸素循環も必要なので外気と入れ替わってないわけではないが、吹いてもそよ風程度である。
「俺のタテガミが靡いてないと、写真映りが悪くなる」
知らないよ!
喉まで出かかった言葉を呑み込んで、何とか返答を探す。
「ええと……その、横から扇風機でも当てようか?」
「そんなみっともない映り方ができるか!」
「知らないよ!」
今度は喉から出た。
「獅子頭にとってタテガミの動きは重要なのだ! 臨戦態勢にある今、だらしなく垂れたタテガミで映るわけにはいかん!」
「う、うーん。撮影の時だけ重力発生装置を切って通常航行に……」
だが、それは竜皇軍から発見される可能性がわずかに上昇することを意味する。さすがに作戦上のリスクを増やすわけにいかない。
「タテガミがなびいたらいいんだよ?」
ドワーフたちが問いかける。
「うむ、せめて俺だけでもいい。雄大に猛々しく、力強くなびかねばいかん」
「じゃあ簡単なんだよ」
ドワーフはそう言うが、どう解決する気なのだろう?
「そうか! では任せたぞ!」
とりあえずレオは納得したようなので、鬼人たちを見習って深く考えないことにした。
※
「ナオの隣はウチや! あんたは後ろでええやろ!」
「独寡」
「独り占めはよくないって言ってるんだよ」
足元でドワーフたちが通訳してくれる。
キャペリンとノチェは最後まで言い争っていた。二人して僕を挟み込んで、ぐいぐいと相手を押しやろうとする。キャペリンの体毛に覆われた腕と、ノチェの長い腕が僕の周りで檻を形成。
「あの、二人とも、僕の隣がいいなら両脇に立てばいいから」
「黙っとってくれ! これは女の戦いや!」
「女戈」
「女の意地だって言ってるんだよ」
「そ、そう……」
船の甲板。集まったのはざっと500人あまり。やや高いところから俯瞰で撮影するらしい。
正直この規模だと一人一人なんて点である。あとで種族ごとにまた撮るらしいが、最初に全体の集合写真を撮ることになった。
端の方から草兎族、夜烏族、中央に獅子頭と戦闘要員たち。
蜘蛛手はほんの数人なので左前のあたりに座っている。あとは翼のある獣人たちが後方に、最後尾には巨大な水槽に入った水地族が。
ココは獅子頭の赤ん坊を抱いてニコニコしている。いいんだろうか本当に。なんかとんでもない騒動の火種に息を吹きかけてる気がしてならない。
「それじゃー撮るんだよー」
ベーシックの肩の上。カメラを構えたドワーフが言う。なんと薬品で印画紙に映像を焼き付けるカメラである。マエストロが似たようなものを持っていたが、星皇軍ではマーケットにも出回らない骨董品だ。
撮影の際にはかなりの光量が必要なので、マグネシウムを焚いて光を得るらしい。閃光手榴弾と同じとは凄まじい話だ。
「マエストロが言ってたけど……ああいうカメラって数分間じっとしてないといけないんじゃない?」
「大丈夫なんだよ、特製のハイスピードフィルムなんだよ」
「1/800のシャッタースピードに対応なんだよ」
「ちなみにF値は4なんだよ」
「全然わかんない」
まあ一瞬で撮れるわけだ。
僕は周囲を見回す。
「ねえ、ところでレオは? 獅子頭の人たちは来てるけど」
大勢いたとしてもレオは目立つ。それに獅子頭の中でもさらに一番前に出たがるはずだ。だが見当たらない。
「もうじき来るんだよ」
「?」
「はーい、じゃあカウントするんだよー」
ベーシックの上にいるドワーフが言う。黒い布をすっぽりかぶって、マグネシウムを乗せた棒をひょっこりと出す。
「カウント……?」
「ごー」
「よーん」
なぜか周りのドワーフたちも唱和しだした。
まるで遠足のような光景だけど、それなりに微笑ましい。なかなか良い思い出になるかも知れない。
「さーん」
「キャペリン、ノチェ、そろそろ争いはやめて、平和に映ろう」
「ち、しゃあないな、今度決着つけたるわ」
「妥協」
「にーい」
空の彼方に現れる影。
僕は笑顔を作って目だけ向ける。
それは夜烏族だ。レオを抱えて飛んでいる。
かなりの高速で、甲板に差し掛かると土の上を滑るように飛んで。
「いーち」
放り投げる。
マグネシウムが焚かれる。
レオのタテガミはなびいている。
「ぜろ!」
何もかも完璧なタイミングで、無事にシャッターは降りたのだった。




