第六十一話
フルングニル。
それはこの惑星の言語で言えば「砥石」だ。固く、角がついた石のこと。
だが、新造機体を頼りとするわけにはいかないだろう。僕は森の中を逃げつつ衛竜たちの生体反応を探る。
「やつらも機敏に動いてるが、イオンスラスターのほうが速い、回り込める」
一体の前に飛び出す。会敵した竜の武人は腰に佩いていた剣を逆手に抜き放つ。
だが遅い。ベーシックの加速を乗せた石の剣が胴をぶった斬る。スラスター制御により浮遊状態で回転、血しぶきを背中で受けつつ鋭角的な移動。熱源センサーが捉えていた一体に強襲。
そいつは短い斧の二刀流、僕に気づいて反転すると同時に双斧を繰り出す。石の盾でそれを受け、力を斜め後方にいなす。やつの胴体が崩れかかるところへ剣の柄で顎をかちあげ、蹴り飛ばし、倒れるところへ垂直に剣を下ろす。
アドレナリンが全身を巡る。血の熱さで肌が溶けそうだ。僕は呼吸を抑えつつ思考。
「やつらの反応が早い……練度が上がってるな。おそらく北方辺境の時よりも」
動体レーダーに反応。右舷に掲げた盾が矢を受け止める。家の柱ほどもある矢だ。食らえば甲竜ですら風穴が空くだろう。
「弓兵……この森の中で僕を見つけたか」
視界は効かないはず、どうやって僕を見つけた。
「矢の軌道を分析……仰角4.7度……? そうか、近くか!」
そして発見。温度センサーから身を隠すために沼のような場所に潜み、横に構えた弓と頭だけを露出させた弓兵。僕が近くに来るのを待ち伏せていたのか。
次の矢がつがえられる。距離およそ80。盾を構えてスラスターをふかす。やつは動かない。見つかったと理解したはずなのに微動だにしない。矢をつがえたままだ。だが狙いは見えたぞ!
「あらゆる竜を断つ光を!」
矢が放たれる。それに寸分たがわず重なる光の太刀筋。矢を蒸発させながら竜の武人を斬り裂き、沼を蒸発させながら極光の壁が前後に突っ走る。
「……カウンターを狙ってたな。剣を振りかぶりながら石の盾は使えない、矢が通る瞬間があるはずだと」
凄まじい判断力と覚悟。あの矢で浸潤プレートを貫通できたかは疑問だが、衛竜たちの戦いの本能は驚愕すべきか。
「まじないを使ってなければ危なかったか……? だが……」
まじないを使わされた、そう捉えるべきか。
今のはかなりの出力で撃った。Cエナジーをブロック化してるといっても背中にのしかかるような疲労がある。
竜の武人たちが集まっている。センサーには複数の輝点。その外側では炎の蛇が森をのたうつような大火。
「凄まじい火勢……やつらはこの火から逃げられるのか? いや、それよりも、僕を袋のネズミにするつもりなのか……?」
熱源センサーが真っ白になって何もわからない。赤外線も同様だ、仕方ない、目視での索敵に……。
殺気。
レバーを思い切り倒す、なぜそうしたのかの理解が一瞬後に訪れる。全方位モニターに強烈な光源を見たからだ。
見えたのは火球。右へ動いたベーシックの肩をかすめて反対側へ。
「火吹き竜……! そうか、衛竜は複数の竜を束ねたもの、火蛇竜を含む個体もいるのか」
どうする、目視でそう何度もかわせないだろう。剣のまじないを最大にして広範囲攻撃を……。
「ナオ!」
全方位モニターに割り込む影。二列四段の眼が。
「ノチェ、今どこに」
「偈伏!」
伏せる。その頭上を青い光が。
燃え盛る大木を貫き、霧散させ、鎧を着込んだ竜の武人を光の中にかき消す。
「KBハドロンレーザーか!」
ベーシックの望遠がその姿を捉える。
それは四脚のベーシック。全身は浸潤プレートではない、機械部分がむき出しになっている。
腰部に大型のエンジンをバッグのように据え付け、長大な腕で保持するのはハドロンレーザーの砲身。しかも歩兵運用のものではない、巡洋艦の砲身をそのまま使っている。
「あれは、まさかユピテル級巡洋艦が装備してた砲なのか」
「はいはーい、解説はキャペリンにお任せやで」
モニターに割り込むキャペリン。ベーシック・フルングニルは薬莢を排出。あれはハドロンレーザーを励起させるためのフッ化重水素ユニットか。
「巡洋艦についてたKBハドロンレーザーはもともと船のエンジンから出力を得てたんや。そいつを取り外してユニットを新規に設計。フルングニルのエンジンに連動させてるで。歩兵用の兵器としては十分な威力が出てるわ」
簡単に言ってるけどそんな改造は聞いたこともない。巡洋艦の砲を携行兵器に改造だって? バイクを洗濯機に改造するほうがまだ現実味があるぞ。
「フルングニルのパーツの多くは鉄で、これも新規設計や。駆動系のコンピューターは船からいろいろ拝借したけどな、プログラムはドワーフたちが組んだんやで」
「大変だったんだよ」
「一から手打ちしたんだよ」
わらわらと、キャペリンのモニターにドワーフたちが見切れる。ジャンプして映ろうとしてるらしい。
「凄すぎる……ロボットの駆動を制御するようなプログラムを組むなんて」
「星皇軍のやつは使えなかったんだよ」
「バグが多くてパッチ当てまくりだったんだよ」
「そ、そう……」
フルングニルは炎の外側、森の外にいる。4本の足で蜘蛛のように動き、長大な腕で狙撃。炭化しつつある木の隙間を撃って衛竜の一体を仕留める。
「あまり動けないんだよ」
「脚部の耐久性がまだまだなんだよ」
さすがに本家のベーシックなみとはいかないか。
鉄骨で組まれた足はよく見ればコードもむき出しで、オイルもぼたぼたと垂れている。かなり急ごしらえという印象だ。しかも射出ユニットで数キロの距離を飛んできたばかり、か。
「ノチェ、無茶しないでくれ。そこから狙える範囲だけ援護してくれればいい」
「了解」
二撃、三撃、ハドロンレーザーの青い光が敵を射抜き、あるいは動きを止めたところへ光の剣を叩き込む。
「よし、これなら……」
ごう、と。
目の端に炎が。短刀を投げんとしていた衛竜の一体が燃え上がったのだ。
「何だ……?」
同時に、周囲にいた十体あまりもの武人が、一斉に燃える。倒れ伏していた竜までも。
「……! 太母!」
風景が歪む、本能的にスラスターを吹かす直後、元いた場所が燃え上がる。
「……! くそ、見えない!」
この火の手のためだ。全ての風景が歪み、熱源センサーも役に立たない。太母は複数いるはずだが、何体いるのかも分からない。
「センサーを補正、可視光だけでなく全波長を、磁気センサー、アクティブソナーならばどうだ」
どれも役に立たない。渦巻く熱風と衛竜たちの死骸がセンサーを混乱させている。
だが、なめるな、炎を制するまじないがある!
「炎の厄災は盾の前に散る!」
盾が輝く、最大で放つ耐火のまじない。脱酸素剤をぶっかけたように周囲の火が一気にかき消される。燃焼現象それ自体を打ち消すまじない。
灼熱の光景が炭化した森に、時間を飛ばしたような眺めの中で、わずかに風景が歪む場所が。
「ノチェ! 僕の前方140!」
コンマ4秒のラグでそれは来た。歪みを撃ち抜く青い光条。
光が、歪む。
「!」
光条は歪みを通り過ぎて、はるか遠方で地面を爆散させる。
「レーザーを、歪めた……!」
一瞬だが見えた。光がレンズ状に膨れる光景。太母の周囲で光が捻じ曲げられたのだ。
「なんや今の!? レーザーがひん曲がったで!」
「キャペリン、太母は光を歪めるんだ。それを使って自分を透明に見せている」
そして、火が。
周囲にいくつもの歪みが発生し、炭化しかけていた木が再び燃え上がる。もうもうたる上昇気流が黒煙を押し上げる。
「……統計。シャッポの言っていたこと、なるほど」
太母が衛竜の20倍の強さとは、すなわち統計的な戦果のことか。
敵を排除することにおいて、衛竜とは比べ物にならない、と。
「だが、誰もそんな軍功は知らない」
僕は外部スピーカーを起動させ、吐き捨てるように言う。対応を検討するまでの時間稼ぎでしかないが。
「哀れだぞ貴様ら。そこまでの怪物になって、いったい今までどれほど戦ってきた。敵はレジスタンスだけじゃないな? 僕たちの知らない戦いが、戦力がいくつもあったな? 独立をたくらむ地方領主、僕のように巨人を操る漂流者、今までもこんな戦いを繰り返してきたんだな? この星にどれほど血なまぐさい戦いの歴史があったか察せられるぞ、怪物ども」
竜皇の命じるままに生まれ、本能のままに戦い。そのことを誰も知らない、それが太母。
「憐れむ ことは なかろう」
声が響く。山に響くこだまのように、ぼわぼわと広範囲が震えるような声。
「……お前、言葉を」
「記憶 すべて 捨てた 今は 何よりも 心地良い」
「お前は……アイガイオンか!? お前なのか!?」
「名前 など 戦士には 不要」
淡々とした、わずかに喜の感情のにじむ声。果たしてそれはアイガイオンの言葉か。
それとも過去に太母となった誰かのものか。
分からない、太母にはもはや「個」の概念すら無いのか。
――そのことを疑問に思わないのか。やはり可愛らしいなナオ少尉は。
「……?」
なんだ、なぜこんな時にマエストロの言葉を思い出す。
いや、そうじゃない。
これは唐突な出来事ではない。ずっと以前から延々と繰り返されている。
なぜこの戦いは、この惑星は、僕に昔のことを思い出させる。
ブラッドも、レオも、他の小隊のメンバーたちとの会話も、なぜ何度となく思い出されるのだ。
スラスターをふかす。火勢はかなりのもので、ベーシックといえど安易には踏み込めない、狭まってきている炎のリングを意識する。
「太母! お前は竜皇に利用されてるだけだ! 分からないのか!」
「すべての 男は 陛下に ひざまづくべし」
――そりゃあ、男じゃないと駄目だろう。
男……。
それが何か関係しているのか。
シールの村に村長以外の男がいなかったこと。
竜使いが、竜都の働き手が男だけであること。
生産兵に男しかいないこと。
青い光条。僕を避ける射線で続けざまに撃たれる。
だが当たらない。目標を外すか、あるいは光がねじ曲がる。
「ナオ様、イオンスラスターで飛翔して退却してください」
「だめだ、こいつを……いや、こいつらを放置できない。こちらを攻撃しようとしてる今はチャンスなんだ」
「ナオ様! 太母が何体いるかも分からないのです。もしや、竜都ヴルムノーブルに何十体といるのかも」
「何十体……」
そうか。
今わかった。
竜都では監視の目がゆるい。働き手は逃げようと思えばいつでも逃げられると思っている。
だがそれは叶わない、不可視の見張り手が渉猟しているからだ。
逃げようとした男たちは広大なヴルムノーブルの中で必ず見つかる。
そして見つかれば、薬によって名前を奪われ、衛竜たちの素材となるのだ。
竜皇、いったい何人を犠牲にした。どれだけの男を衛竜に変え、さらに太母に変えたのだ。
アイガイオン、あれほど忠義の厚かった武人までも、ためらいもなく素材に……。
「……ナオ様、戦うならば太母の使う歪みについて、対応策を提案します」
「何かアイデアが?」
「はい、あの歪みの中にいて、太母の本体はどうやって外界を見ているか、という疑問です。熱や音を感じている風でもない」
確かにそうだ。今も周囲の森は燃えている。この環境の中で熱感知や音響探査は効率が悪い。
「おそらく瞬間的に歪みを解除しているのです。本体はごく小さいか、やはりクラゲのように透明度が高いのか、解除した瞬間に気づかれることはなかった」
「解除した瞬間を狙うのか、だがどうやって解除させる」
「おそらく実体に当たった時は解除しているはずです。投石か、あるいは剣のまじないで地面を爆散させ、大量の礫片をばら撒くという戦法はどうでしょうか」
理屈は通っている。僕が石を飛ばし、それに合わせてフルングニルに狙撃してもらう、やるしかない。
「ノチェ、作戦は聞いたな、そちらも構えを……」
がん。
そんな音が響く。
僕の目が左へ流れる。いま、森の中に何かが。
「ベーシック! 5秒前の映像ログを!」
ウインドウに浮かび上がるもの。
それは鳥の翼を持つ竜。透き通った水晶細工のような翼と、白く輝く鱗、工芸品のように美しい竜。
大きさは3メートルほど……まさか、今のが太母?
そして、なぜ姿を。
拡大、スローから解像度を上げる。竜の背中に矢が見える。鱗を貫通するには威力が足りないようだが、太母は胴部をひねって背後を見、何も見えないのを悟るとまた消える、それが1秒以下の出来事。
「矢での狙撃……今のは、まさか」
「ノチェ」
全方位モニターから声がする。誰かがノチェに話しかけているのだ。音声解析により自動的に拡声され、僕とも共有される。
「狙芯」
その人物は。案内役だった蜘蛛手。
ノチェは砲身を構え、蜘蛛手の男は弓を構える。
放たれる矢を追いかけるように、ハドロンレーザーの青い光条が――。




