表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第十章 蜘蛛の弓手、聖地の兇手、語られざるものへ祈る
61/78

第六十話



この森は樹高15メートルあまり、樹木はやたらと密集して思える。聖地に近く、木材を利用されていない手つかずの森だからか。


「敵襲だ! 臨戦態勢を取れ!」

「森に逃げ込んだぞ!」


衛竜ヴリトラたちも気づいて追ってくる。ノチェの脚部は先端が槍のように鋭く、樹木に突き刺さってぐいぐいと登り、枝から枝へと跳んでいく。


そして背後から熱波。風景の一部が急速に歪むように見えて、その部分が球状に炎を上げる。


「なにい!? 爆薬か!?」

「敵は火を使うぞ! 火の手に警戒しつつ追跡せよ!」


この燃焼現象、衛竜ヴリトラたちは知らないのか?


――ナオ様、私はずっと考えていたのです。


シャッポからの通信。星皇軍のインカムならば樹上を飛び回る中でもクリアに聞こえる。


「どうしたんだ?」


――アイガイオンの言葉です。最終降体を迎えれば20倍の強さが得られる。あまりにも漠然とした表現ではありませんか?


確かにそうだ。何の参考にもならない数値、いっそ稚拙とも言える。

アイガイオンがそれを信じている以上、指摘すべき問題とは思ってなかったが。


――もし、20倍という数字に確たる根拠があったとしたらどうでしょう? 20倍とは何をもってそのように言えるのか。


「それは……力が強くなるとか、反応速度が上がるとか、空を飛べるようになるとか」


しかし、そうだとしても20倍と言えるだろうか。

ベーシックの20倍の出力がある機動兵器とはどんなものだ? そんな出力に耐えられる構造材は鍛造シスレベルで評価不能だ。星皇軍でも作れるわけがない。 


考えるほどに奇妙だ。そこまで気にする言葉では無いようにも思えるが、気にし始めると底がない。


――もし、根拠があるとすれば、一つだけ可能性があるとは思いませんか。


「可能性……それは?」


――それは。


後方で爆炎。樹木が一斉に燃え出す。まるでバックドラフトのような眺め。火柱が森から突き出すように成長し、上昇気流によって周囲の大気がそこへ引き込まれる。


――統計、です。


「統計……?」

「ナオ!」


ノチェが叫ぶ。いつの間にか森を抜け、眼の前にはあのドームが見える。


後方には衛竜ヴリトラたちの気配。いつの間にか森をUターンしてきたのか。ノチェの移動速度もさることながら、敵を誘導する動きは神業か。


そして離れた場所にはベーシックの機体。射出ユニットを上空で切り離し、スラスターによる姿勢制御で降り立った状態だ。


「よし、乗り込……」


ドームに。


このドームに意識が引かれる。ぽっかりと暗黒の口を開けた構造物。


そこには沈黙と喧騒の二つがあった。音を立てぬままに何か壮絶なことが起きている気配が。


周囲に衛竜ヴリトラはいない。

中では最終降体が行われているはず。なぜ誰もいないんだ。敵が回り込んでくるとは思ってなかったのか。それとも指揮系統に混乱があるのか……。


「……この場でドームに火種を投げ込めば爆発を起こせる。しかし火起こしの道具がない。どうする、ダメ元で火打ち石を投げ込んでみるか」


――入ってきたらどうだ。


「!!」


この声は。まさか。


――この距離なら部隊長コードで割り込める。星皇軍の備品にはその手の裏口バックドアが山ほどあるのだよ。


「……ノチェ、先にベーシックに乗り込んでてくれ。逃げ回るだけなら半自動操作テクトルーチンでやれるはず」

逃斂とうれん!」


一緒に逃げようと言ってくれてるらしい。

だが聞けない。僕はノチェの背から降りて、ドームへ向けて駆け出す。


「! ナオ!」


ノチェは悲痛な叫びを上げるが追ってはこない。衛竜ヴリトラたちに発見される前にベーシックに乗り込むことは至上命題だからだ。


ドームに至ると揮発油の独特の匂いがする。靴底の火花だけでも爆発が起きかねないが、僕は一歩も引けない。意図的に声を張り上げる。


「マエストロ! どこにいる!」

「ここだ」


闇の奥に人影。

当たり前の事だが軍服ではない。竜使いの使う黒光りする鎧を着ている。兜は顔が完全に隠れる重厚なもので、暗がりの中ではその奥にあるものは見えない。


「マエストロ、お前がなぜ……」

「この武人はいい素材だった。そのフィナーレをしっかりと記録すべきだと思ってね」


マエストロは虚空を見上げる。そこには何もない。

だが感じる。何かの気配がある。言葉では言い表せない磁力か放射線のような、細かな鉄粉が肌を刺すような気配。


「こちらはドーム前」


マエストロが独り言のように言う。


「敵の姿は見えない、引き続き警戒を続ける。そちらは森の中を索敵されたし」


……! こいつ。


ビルも見えた文明レベルだ、竜皇軍が無線通信を使っていても驚かないが、マエストロはそれに割り込んでいる。こいつが竜皇軍の工房にいたこともあるが、やはり科学力の差が……。


「太母とは何か分かるか、ナオ少尉」


穏やかで緊張感に欠ける、良い答えを期待する教師のような言い方。僕は拳をぎゅっと握りつつ答える。


「知るはずがない」

「残念だ。答えは巨人のまじないを織り込んだ生物だよ」


まじないを……織り込む?


「竜皇も巨人のまじないを知っている。だが行使しようとはしなかった。まじないとは巨人の意思に近いもの。まじないの力を振るえば自己は巨人に近づくからだ。竜皇はあくまで個としての強さを望んだ」

「何の話をしている……」

「だから巨人の武具を辺境に封じた。だがまじない自体は研究していたのだ。巨人のまじないの因子を生物の中に織り込む。そして名前を奪う。そうなった存在はどうなると思う。命令だけを聞く木偶でくとなる。本能で光を捻じ曲げて身を隠し、本能であらゆる攻撃に対応する。炎などは自動的に抑え込むわけだ」


……。


「これを太母という。そして太母を生み出す過程が最終降体だ。太母となれる素材は多くはなかったが、竜皇軍の造兵の要であり、守護の盾であり、時には外敵を討ち滅ぼす剣となった」

「……待て、おかしいぞ、なぜそんなに詳しく知っている。お前は竜皇軍でどれほどのものを見てきた」


それに、今の話はどこか、アイガイオンの話と食い違っているような。


「……まさ、か」

「ようやく察したか、ナオ少尉」


――すべての戦士の中で私が選ばれたのだ。名誉あることだ。


アイガイオンはそう言っていた。僕は彼が最終降体を受ける最初の一人だと思っていた。事実、アイガイオンの認識はそうなのだろう。


だが、太母が人工的な存在なら。巨人のまじないを織り込んだ生物なら。太母になった・・・個体は過去にも存在したということ。


あるいはそれは、何十年、何百年も前から。


蜘蛛手ジグの人々に、その存在が信仰として根付くほどの昔から!


音が。


空間が震えたのだ。ドームの中にある気配が攻撃的な色を帯び、声とも震えともつかない音を放つ。


「そろそろ孵化するようだな。どうやら無事に生まれてこれるようだ。新たなる太母の誕生だよ」

「孵化……」

「羽化かもしれんな。何しろ太母の正確な姿は誰にも分からん。どれほどの大きさなのかも、個体によって違うのか同じなのかも分からんのだ」


新たなる太母……。


では、マエストロはそれをどうする気なのか?


やつにとっても太母は敵に違いない。ここで破壊するのか。それとも、太母を強奪する手段でもあるのか。


「奪ったりせんよ。太母の利用はできても移動は難しい。リヴァイアサンの場合はその体内で太母を生んだのだよ」


こちらの意図を見透かしている。だが、ならば何をしに。まさか本当にアイガイオンを見に来たのか。


「それとナオ少尉、爆発物教練の成績はあまり振るわなかったようだな。工業用の揮発油では燃焼は起こせても爆発となると威力に乏しい。ベーシックの空対地誘導弾に使われる高精錬ハイレシオ火薬パウダーとは比べ物にならん」


さらさらと、やつの小手から白い粉が落ちる。地面に積もり、空気との自己反応によって白い蒸気を上げる。


何を。


そしてやつは両腕を広げ、己の籠手と籠手を、勢いよく。

何をしたかは見られなかった。僕は背後を向いて駆け出し、一瞬後にがちんと金属の打ちあわされる音がして、次の瞬間には炎の風が僕を追い越すかに思えて、すさまじい爆圧が僕の体を木の葉のように吹き飛ばす。

僕は十数メートルも飛んで地面で大きくバウンド。滞空時間が凄まじく長く思える。横隔膜が上がりきって肺から空気が吐き出される。


「がっ……」


馬鹿な、自ら爆発を。籠手を打ち合わせる火花で。


――ナオ少尉、生きているようだな。


マエストロの声。なぜ生きているんだ。あいつは一体……。


――さすがは私の見込んだ主人公だ。主人公にはまず生命力が必要だ。銃弾の雨の中でも生き残り、瀕死の重傷でも普段と変わらず動けるほどの生命力が。


「だ、だま、れ……」


動け、止まっているわけにはいかない。

この爆発を見て衛竜ヴリトラたちが駆けつけるはず。動かねばならない。


奥歯を砕けるほどに噛みしめ立ち上がる。短い呼吸を繰り返す。頭部に力を込めて血流を集める。散らばりそうになる意識を繋ぎ止めようとする。


――ナオ様。


インカムから声が。シャッポの声だ。


「し、シャッポ、回線を切り替えてくれ。単独秘匿回線、コードは4秒刻みの128ビット長暗号、設定できるか」


数秒の沈黙。


――いま切り替えました。ドワーフたちが設定できるようです。


常に暗号コードが変わり続ける回線、これにもマエストロの聞き耳が潜んでないとは言えないが。オープン回線よりはマシと思うしかない。


僕はよろめきながら歩く。骨は折れてないが全身に鈍痛がある。くそ、作戦行動用の鎮痛剤アンチペインでもあれば。


そして森に駆け込めば、ありがたいことにベーシックがこちらに向かっていた。敵から逃げ回っていたのを、爆発を見て戻ってきてくれたか。

明らかに半自動操作テクトルーチンによる歩行だが立派な操縦だ。ベーシックは膝をついて乗降モードに。

僕は背中の武装を見る。よし、盾と剣を背負っている。この二つがあれば戦える。


「ノチェ、無事だったか」

散集さんしゅう!」


言葉は分からないが状況は分かる。衛竜ヴリトラたちは黒煙を上げるドームに集まってくるはずだ。


そして来た。大木の向こうから竜の武人。


僕は手元でCエナジーをブロック化する。一度に使用するのは2%のみ。まだ全身にダメージが残っているが、気合で意識の奥に追いやる。


あらゆるヴァグラン・竜を断つ光をエル・ソルズレイ!」


剣が輝く。袈裟懸けにひらめく軌跡の向こうで竜の武人が両断される。その姿は瞬時に光に溶けて消滅。同時に数十本の大木が雪崩をうって倒れる。


「巨人が出たぞ!」

「ひるむな! 武器を持て! 剣が光を帯びたならば太刀筋を避けよ!」


やつらも対ベーシックについて検討しているらしい。僕だって複数の衛竜ヴリトラとまともには戦わない。イオンスラスターをふかして森の深い方向に飛ぶ。

3次元データスキャン、樹木を避ける動きは半自動で。


光活こうかつ?」

「大丈夫だ、レオがたっぷり充電してくれたらしい。出力を抑えてまじないを打てば長く戦える」


ノチェの言葉は分からないが意思の疎通はできてきてる。ノチェは広がったコクピットの中で僕にしがみつき、足をコクピットの壁に伸ばして体を支える。


「マニュアルにて設定。高熱源反応を最大警戒、赤外線ドップラーレーダーを展開、どんな熱も見逃すな」


そして来た。後方から熱源。電磁波兵器でも浴びるかのように、森の一角が一気に熱を高める。


炎の災厄はゼルド・アシュ……いや、回避だ!」


サスペンション跳躍にて後方に飛ぶ。その眼前ですべての木が一斉に燃え上がる。一分ですべてを灰にするほどの勢いで。


見れば衛竜ヴリトラまでもが炎に呑まれている。超高熱と同時に脱酸素。おそらく何が起こったかもわからぬうちに意識を失い、炭化しただろう。


「くっ……規模が大きすぎる。盾のまじないで燃焼を抑えても、それでは太母を倒すことにならない……」


どうする。衛竜ヴリトラたちは倒せても、姿の見えない太母をどうすれば……。


「ナオ様、ベーシックをそちらに送ります」


全方位モニターに割り込むシャッポの姿、僕はインカムをべりべりと剥がして聞き返す。


「何だって? もしかしてココの森の神ウィルビウスか?」

「いいえ、ノチェを降ろしてください。彼女の専用機体です」

「専用……機?」


そんな馬鹿な。僕たちが手に入れていた機体は探求者アグノス森の神ウィルビウスのみ。他にも大破状態のものが二機あったが、それはシールに奪われたはず。


「まさか新しく発掘されてたのか? それとも地下深くに失われたブラッド機とか……」

「いいえ」


ノチェがマニュアルでハッチを開き、まだ移動を続けているベーシックからするりと降りる。彼女は体が大きいのに、実に身が軽い。その動きは猫のしなやかさだ。


「これは鎚妖精ミルドワーフたちの最高傑作。ベーシックに内蔵されたマニュアルと、ドワーフたち独自の技術が合わさり生み出された、完全なる新造機体です」


なっ……!


そんな馬鹿な、この星の文明レベルで新造機体なんて。


上空に影が。


枝葉に紛れて見えにくいが、間違いない、射出ユニットから切り離された白い機体が、無垢なる巨人が。


「シャッポ、その機体の名は」

「はい、その名は……」


ついにこの惑星はベーシックを生み出すに至ったのか。ブラッドの言う新しい人間を。

僕たちのような時渡る者に頼らない、彼らの力で運命を切り開くための巨人を……。



「ベーシック・フルングニル」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ