第五十七話
※
「ブラッド」
僕は彼を呼ばわる。脂肪を削ぎ落としたシャープな体。角ばって見えるほど頑健な肉付き。彼は白兵戦の専門家だ。
その腕は大型バイクほどもある機械の塊を担いでいる。かるく200キロ以上ありそうだ。
「なんだい、生産兵の兄さん」
「何をしてるんだ。青旗連合の無人機に触れるのは軍規で禁止されてるだろう」
彼は無人機の残骸を運んでいた。無人機の姿や形は多様であり、鳥に似たもの、二足で歩くもの、地面を跳ねて移動するボールのようなものと様々だ。それを一箇所に集めている。
「なかなか興味深いよナオ少尉」
残骸の山に向き合っていたのはレオだ。綿のような金色の巻き毛と、あどけなさを残す赤い顔。好奇の目で無人機をいじっている。
「ほら、似たような姿でも内部がまるで違う、一つとして同じものがないんじゃないかな」
「レオ少尉、危険だぞ、ブービートラップでも仕掛けられてたら」
「爆発物や罠は調べてるさ、生産兵の旦那」
スモーカーもいた。彼は工兵であり、爆発物や電子工作の専門家。相変わらず煙草をふかしている。
たとえ爆発物がなくても、揮発した油なんかに引火するだろう、僕は半歩だけたじろぐ。
「とにかく軍規で禁止されてる。この惑星はもう制圧したから、すぐに爆破処理に移らねばならない」
「まあ役得ってもんですよ」
ブルームまでいるのか。
彼は無人機が装備した銃火器を丁寧に解体し、部品を取っている。何をしてるんだ?
「こういう鍛造レベルの高い砲身はマーケットで高く売れるんです」
「おい、それは星皇陛下に所有権があるはずだぞ」
「この惑星は純水爆で爆破処理するんでしょう? どうせプラズマになっちまうじゃないですか」
「だからって……」
というより、彼らは何をしてるのだろう。
部品を取っているブルームはともかく、レオなどは何を調べてるんだ?
「興味深いね」
そのレオが言う。心なしか声が抑えられている。
誰かに聞かれるのを恐れると言うより、発言の正確性に自信が無いかのような話しかただ。
「本当に不思議だ……パイプワークも違うし排熱方式も違う。なぜ同じような姿なのに内部が違うんだろう」
「人間だってそうだろう。似たような姿でも中味はだいぶ違う」
レオが僕を見る。赤子のようなつぶらな瞳。
ブラッドも、ブルームも、よく見ればワイナリーまでいる。ふいに全員の視線が僕へと集まる。
「な、何だ?」
「そうなのかも……いや、フラクタル? 論理的帰結? 収斂進化? 機械も僕たちと同じ道をたどるのか、それとも人間の真似をしているのか」
「レオ、何の話をしているんだ」
「ナオ少尉、君も手伝ってくれ。この星の無人機を調べておきたい。たくさん記録に残しておきたくて」
「駄目だ!」
埒が明かない。僕は声を荒げる。
「無人機に触れるのは軍規違反だ! これ以上やるなら巨匠に報告する!」
レオは数秒の困惑のあと、悲しげな顔で僕を見る。
なぜそんな顔をするんだ。不満があるならもっと怒りを示すべきじゃないのか。
「わかったよ、ナオ」
「……キャンプに戻るぞ。次の司令が入ってるらしい、かなり大きな作戦になるとか」
この一幕は何だったのか。
レオは何を調べていたのか。傭兵たちまで巻き込んで。軍規に触れてまで。
もはや確かめるすべはない。
その次の作戦において、僕たちは竜の棲む大地へと飛ばされたのだから。
※
竜都に入って三日目。
スモッグに踏み込んでみれば、それは神秘的な霧などではなく、もっと現実的にやるせない煤煙の塊だった。
道行く人々は防毒マスクのようなものを身に着けており、それでいて激しく咳き込んでる者もいる。よほど空気が悪いのか。
「シャッポ、聞こえるか」
いよいよ偵察活動の本番である。僕は絆創膏のように薄い骨振動型インカムを起動させる。
――はい、聞こえます。
「竜都のかなり奥まで入った、もうすぐ蜘蛛手の聖地だ。それとヴルムノーブルの中枢も見える」
それは高層建築物。
領主の城ですら三階建てがせいぜいのはず。スモッグにけぶる建物はかるく20階以上ありそうに見える。
「あんなに大きなビル群があるとは……」
道もだいぶ様変わりし、強化コンクリートに似た質感。街灯はガス灯から電気式に変わっている。明らかに竜都の中心に行くほど文明レベルが高い。
――やはりそうでしたか
「シャッポ、予測していたのか?」
――ひとつの可能性として、この星には複数のベーシックが堕ちています。その技術マニュアルが文明を大幅に加速させることもありえるでしょう。
確かにそうだ。ドワーフたちも技術マニュアルを読み漁っていろいろ作っているようだし。
あの街の文明レベルは星皇軍と同等なのだろうか。あるいは……。
「あの街の様子を調べたいな……特に見張りがついてるわけじゃないし、夜にでも街まで行くべきか」
――いえ、危険です、偵察は可能な範囲だけで結構です。
竜車を街道の脇に駐め、これまで見てきたことを報告する。インカムの向こうでは大勢が話し合う声も聞こえた。
――途中の工房では何を作っていたのでしょう?
「分からないが、金属加工や彫金の話をよく聞いた。製鉄に力を入れてるとも」
竜都の中央、あのビル群に建築資材でも提供していたのか? それとも戦車でも作っているのか? もはや何が出てきても驚きはしないが。
「若者」
声がする。見れば、一人の蜘蛛手が僕たちを見ていた。
「敬父」
聞いたことのない単語だ。ノチェはするりと荷車を降りると、脚を折りたたんで体を低くする。敬礼を行ったように見えた。
「ノチェ、そちらの方は」
「……」
話してくれない。こちらを静かに振り返るだけだ。
――はいはいナオやん。このキャペリンが解説したるで。
キャペリンの声が割り込んでくる。
――蜘蛛手の人らは同じことを二度言うのを嫌うんや。さっき敬父って言ってたやろ。あれは年上でまとめ役の男性のことや。そう呼びかけたことで、もうナオやんへの紹介も済んでるんや。
なんという端的なコミュニケーション。一言たりとも聞き逃せない緊張感がある。
というより、さすがに蜘蛛手の人から見れば僕が同族でないのは分かるだろう。僕も荷台を降りてついと手を挙げる。
「レジスタンスのナオだ。実は巡礼にまぎれて偵察に来させてもらった」
「弛黙」
――とっくに分かってるから黙れって言うてるわ。
……。
何だろう、種族の違いがあるにせよ、なんか失礼な扱いを受けてる気がする。
ともかく蜘蛛手の人たちは竜都の中で生きていた、それは喜ぶべきだろう。
僕たちは聖地へと向かう。そこからは竜車を降りて歩きになった。
ここから先は甲竜の立ち入りすら憚られるらしい。確かにあの巨体だし、建物の密集地を歩くのには向いてないか。
このあたりになると街道は蜘蛛の巣のように縦横無尽に伸びている。僕たちは南側から中央へと北上していたが、ここでやや西寄りの進路を取る。
その道中で思ったことは、ありていに言えば蜘蛛手の人らのめんどくささである。
――そんなこと知ってるはずないから聞くなって言うてるわ。
――ヒト族でも別にいいから礼拝はやってくれって言うてるわ。
――レジスタンスの邪魔はしないがノチェみたいな嫁入り前の娘が参加するのははしたない言うてなんやコイツ失礼やな。
話していて即座に分かったことがある。彼らは竜都のことにまったく興味がないのだ。
自分たちのコミュニティを維持することと、太母に祈りを捧げることしか考えていない。おそらく蜘蛛手の大半がそうだと感じる。ノチェが例外的に好奇心旺盛で快活なのか。
彼は自分の名前も教えてくれなかった。必要ないと言うのだ。その理由を言語化するのはキャペリンでも難しいようだが、あえて言うなら「名前を知られると用がある時に名指しで頼まれそうだから嫌だ」とでもなるらしい。
それはまあ、レジスタンスとしては無関係の市民に期待してはいけない気もするが、それにしたって、こう、空気を読んでほしいと言うか……。
「ナオ」
歩きつつ、ノチェが僕を呼ぶ。彼女が長い腕で指し示す先には、人型のシルエット。
「! あれは衛竜!」
身の丈6メートル余りの竜人。
武装している。鉄の鎧と金属の剣で身を固めているのだ。やはり竜都の守りについているのか。
「何だか……前に見たときより大きい気がするな。背が高くなったと言うより、全体的にがっしり肉がついたように見える」
鎧もどことなく洗練されている。北方辺境で見たときよりも曲線が多くなり、複数枚を鱗のように重ね合わせる。関節の動きを邪魔しない構造だろうか。わずかな期間で装備に改良を加えている。
――ナオ様、数はどの程度いますか。
「そうだな……見える範囲で三体、いや、向こうの方にまだ……」
僕たちは多脚で歩きつづけ、そして衛竜の数は増えていく。建物の向こうに、道のかなたに。時には川を歩いて渡っている個体も。
「多いぞ……ほんの数百メートル進む間に10体以上……」
このような竜が天然にいるとは聞いたことがない。レジスタンスでは人工的に作られた竜だろうと推測していたが、その生産能力は想像以上に高いのか? 北方辺境でかなりの数を失ったはずだが、竜皇にとっては何ほどのことでもないのかも……。
「煙櫃」
先導していた男性が言う。
――目的地についたみたいや。煙櫃ってのは煙のように目立つ建物、つまり集団が居住または利用してる建物って意味や。
なるほど、大きなドーム状の建物がある。
幅はざっと150メートル。高さも30メートル近くある立派なものだ。
だが奇妙なことには、建物周辺に特に衛竜が多い。
何十という数が道を行き交い、ドームに出入りする個体もいる。
「……なにか変だぞ。なぜ衛竜たちがこんなに……」
異変はもう一つある。気温だ。
ある線を超えた瞬間、急激に気温が高くなった。それまでは10度前後だったものが今は25度ほどもある。なるほど、ドームの周辺に竜たちがいるのはこの熱に浴しているのか。
「この力は……やはり太母か。北方辺境で見たものと同じ、熱圏を作り出す力」
先導していた男は歩くペースを落とさない。
僕もついていくしかない。さすがに数十の衛竜はぞっとしないが、今さら引き返すわけにもいくまい。
中は……中は何の装飾もない、土がむき出しの広々とした空間。
何も無い。だが熱だけがある。
肌にぴりぴりと感じるのは存在感だろうか? この空間には何か超越的なものが居て、僕の心がそれに畏れを抱いている。
太母はどこにいるのだろう、どんな姿を……。
「クモよ、巡礼か」
衛竜の一人が言う。
「是」
イエスと答えたようだ、衛竜は場の中央を見て言う。
「少し待て、新たな騎士が生まれる」
新たな……?
見れば、広大なドームの中央付近に竜がいる。
甲竜、火蛇竜、他には見たことのない小さな竜が何種か。そしてヒト族の男が一人。何やらぼおっとして座り込んでいる。
首が不安定に揺れて、口の端から垂涎している。様子が変だ。
いん、と、音が。
「……!」
巨人に押さえつけられるような感覚。
何だ今の音は、可聴域を大幅に超えているが、凄まじい音圧のために五感が畏怖するような音。脳の奥底まで突き刺さるような。
変化はすぐに起きた。竜たちの体が溶けている。鱗が泥のように崩れ、四肢は硬さを失い、互いに折り重なるように。
「何が……」
そして複数の男たちが集まってくる。白衣を着たヒト族の男たちだ。溶け崩れて重なった竜たちに触れ、注射をしたり刃物で切りつけたり。まさか、あんな工作のようなことで。
そして立ち上がる。まだ細部は溶けているが、二本足で自立する竜。衛竜が。
「お前の名はグリーノウだ、竜皇のために心身を捧げよ」
「はい」
地面を棒でひっかくような声。まだ体が固まりきっていない。おぞましさが背骨を這い上がる。
「向こうで教練を受けよ」
これが、衛竜の生まれるメカニズムだというのか。
あの声、脳の奥深くに届くような声、あれが太母の声。
「卍説」
蜘蛛手の男が言う。その響きは高圧的で、僕に何かを言い聞かせているように感じる。
――ん、万能の言葉とか、誰にでも響く真理の言葉みたいな意味やな。ナオやん、何が起きてるんや?
「あとで説明する……今は、声を出せない……」
「拝礼」
蜘蛛手の男が言う。
何なんだこいつは、いま何が起きたか見ていたはずだ。複数の生物が一つにまとめられて竜になった。
あれは……あれは個別の一つ一つで見れば「死」ではないのか。
そうか、竜のまじない。
名を持たぬものを操るまじない。「素材」になった男は茫然自失の状態だった。おそらく薬物か何かで自我を奪われていた。名を持たぬ状態にされたのか。
そして太母の言葉に操られた。細胞が溶け崩れて、他の生物と融合する、それが命令だと言うのか、そんなことが可能なのか。
「ナオ」
ノチェの腕が。
その長い腕が僕の腕に絡まる。そういえば短い間隔で僕の名を二度呼んだ、蜘蛛手には珍しいはずなのに。
彼女は今の現象をどう受け止めるのか。
太母が。
彼女らの信仰の対象が、竜皇の道具にされていることを……。




