第五十五話
収穫期が訪れていた。
安定した熱と水気により畑は豊かな実りをもたらし、家畜もまるまると太っている。
甲竜の加工技術も高まっている。中和剤につけて毒を無害化し、ミリ波レーザーで肉の繊維を断ち切って食用にする。食卓にはいつも十分な肉と野菜、そして菓子類などが供された。
船内での商業活動も活発化し、各種商店では身の回りのものがすべて作られ、書籍や新聞などを売るものも現れる。世界中に散らばった草兎族たちのネットワークで物資をやり取りし、入れ替わり立ち替わりやってくる槌妖精達が消費活動にいそしむ。
「ほらナオ、もういっぺん」
「わかった」
船内において、格納庫を改造した訓練施設も作られた。ベーシック二体が斬り合っても音が響かない遮音構造である。
ココの腕は高まるばかり。半自動操作も使ってないのに、近接戦闘では歯が立たなくなってきた。だが彼女はスラスターでの空中機動を苦手としているらしく、飛行訓練では僕にやや分がある。
「ココ、ところでその鎧はまだ使うのか。増加装甲はないけど、ドワーフたちなら金属製の鎧ぐらい用意できると思うけど」
「紙と木だからいいのさ。しっくりくるのが大事だよ」
凝った装飾の緑の鎧、機動兵器というより古代の武人のようだ。
鬼人は戦いにこだわりと言うか、独自の美意識を持っている。だから優美なカーブを描く木の鎧を好むのだろうか? 僕はベーシックの無骨なフォルムは機能美だと思っているが。
「ナオ様、少しよろしいですか」
全方位モニターにウィンドウが割り込んでくる。シャッポだ。司令官の立襟が板についてきた。
「作戦会議を行います、ブリーフィングルームへ来られてください」
「わかった、ココは……」
「あたしは甲板に出て見張りでもしとくよ」
ココはどうも会議に出たがらない。彼女はレジスタンスの幹部ではあるが、自分を部族の代表とは思ってないらしい。確かに部族の代表は彼女の父であり、まだ西方辺境にいるはずだけど。
ベーシックを降りて移動。
ブリーフィングルームには何人かの獣人たち、そしていつものように十数人のドワーフがいた。何かしらの義務感なのか、それとも野次馬なのか。
「望遠観測にて、竜都ヴルムノーブルの様子を捉えました」
大型モニターに表示されるのは。煙を吐く街。
大型の製鉄所がいくつも並び、くろぐろとした石炭の煙を吐いている。甲竜の引く荷車が大木を山積みにしてやってきて、煉瓦造りの大きな建物からは旋盤の音や金槌の音が聞こえるかのようだ。
「ヴルムノーブルは何重もの同心円状の造りをしております。その外縁部、直径約25キロの輪ではこのように製鉄の街が作られ、中央に大量の鉄を供給しているようです」
そこまではおおよそ分かっている。ここから先は偵察隊も出せない。常に飛竜が徘徊しており、近づくものに容赦なく火炎や弓矢を浴びせるのだ。
レジスタンスでも一向に内情が掴めない。かつては眩光竜で迷彩をかけた飛行船を飛ばしたこともあるらしいが、帰ってこなかった。
宇宙から観測することも考えた。ベーシックのカメラでは衛星軌道からの観測はできないが、この船のそれなら。
だが無理なようだ。竜都の中央部分は常に分厚いスモッグがかかっている。それに重力発生装置で大気を固定しても、宇宙空間で甲板上の施設に影響がないとは言えない。
「断片的な情報では中央部の都市は直径約2キロ。人口はおよそ7000人。多くの竜使いに守られている、そのぐらいです」
地図には隅の方に輝点がある。僕たちの船だ。
僕たちはおよそ4週間前からここに布陣している。
狙いは巨匠の出現。あれが竜都に現れ、戦闘になったところで介入する。
その準備として本格的に偵察活動を行ってるわけだが、なかなかうまく行かない。
情報によればヒト族の、つまり男手を奪われた村による潜入作戦もずっと失敗しているらしい。火蛇竜の存在もさることながら、何かしら特殊な竜でもいるのだろうか。
それが今の現状、それで……。
今日の議題は何なのか、と僕が言い出しかけるとき、シャッポは苦悶を目の端に浮かべて言う。
「竜都への潜入が必要と考えます」
「……そうか」
やはり必要だろう。
竜使いたちは何人いるのか。竜都では徴兵されたヒト族に何を作らせてるのか。そして竜皇と、伝説の竜である煌星竜はどこにいるのか。
「外縁部の都市では鬼人などの働き手も徴発されております。しかし、それ以上となると」
「わかった」
潜入するならヒト族しかいない。
覚悟していた可能性の一つだ。ベーシックを動かせるのは僕が唯一無二というわけでもない。僕はヒト族……正確に言うなら、この惑星でヒト族と呼ばれる人々と同じ外見であることを活かすべきだ。
「僕が行く。内部を偵察して、必要な情報を掴む」
「ナオ様、これはあまりにも危険な偵察です。私としては、代替手段を模索したいと思っていますが……」
ふと視線を感じて、獣人たちの代表を見る。僕が視線を向けると彼らは目をそらした。
シャッポの心労が伺い知れる。きっとこの4週間あまり、獣人の代表たちと僕との間で板挟みになっていたのか。
「大丈夫、必ず成し遂げてみせる。偵察任務は昔からよくやっていたし」
「わかりました……では」
シャッポがウサギの赤い目を動かす、向けた先でドアが音もなくスライドする。
そこにいたのは獣人だ。二個四列に並んだ眼、人間の体に蜘蛛の下半身を持つ、おそらくは女性だと思われる人物。
「君は……」
「ノチェ」
蜘蛛手の女性はそう言う。もしかして名乗ったのだろうか。
「シャッポ、彼女も同行するのか? 蜘蛛手の人々はさすがに目立ちすぎると思うけど」
「そうではありません。ナオ様が蜘蛛手のふりをして入るのです」
「は……?」
モニターが明滅。表示されるのは地図に浮かぶ同心円。ダーツならばもう少しでシングルブルの位置にある赤い点。
「この場所に蜘蛛手の聖地があるそうです。毎年2名の祈り手のみが竜都に入ることを許され、祈りを捧げているのだとか」
「こんな位置に……」
中心の丸が竜都の中枢だとするなら、目視できるほどの距離だ。
「僕が蜘蛛手に化けられるか自信がないが……」
「信念」
と、ノチェがつぶやく。蜘蛛手の人々は相変わらず言葉が短い。シャッポが言葉を継ぐ。
「何とかなるとおっしゃっております」
「まあ、変装は何とかなるとして、今までも行って帰って来た蜘蛛手がいるんだろ? まずその人たちから様子を聞いたほうが」
「いいえ……帰ってきておりません」
「え……」
「片道」
ノチェが言う。言葉には悲しげな響きがある。短いながらに多くの感情を織り込むような、繊細な彫刻のような声だ。
「行きだけなのです。竜都は蜘蛛手の祈り手を2名、受け入れておりますが、帰すことは許しておりません。その覚悟で毎年、祈り手が送られているのです」
「何だって……」
なぜだ。
なぜ、そこまでひた隠しにする。
竜皇はまさにこの星の支配者だ。今は僕たちレジスタンスやシールがいるけれど、それまでは逆らうものなどいなかった。
そんな竜皇が、見られたくないものとは何だ?
獣人を含めたすべての種族を敵に回すようなものなのか、それとも秘匿したい技術でもあるのか。
「蜘蛛手がどうなっているのか誰にも分からないのです。もしや祈り手を受け入れるというのは方便で、実際は即座に殺されている、そんな可能性まで考慮せねばなりません」
「危険過ぎる……僕は兵士として、捨て駒になることも覚悟しているが、どんな扱いを受けるか分からないなんて……」
「もちろん、我々も用意しております」
そこからは全員で移動。モニターではなく直接見せたいようだ。
到着したのは第二格納庫。ここはベーシックたちの待機場所ではなく、新しい道具や装備などを開発しているという。白衣を着たドワーフたちが腰から下の高さでひしめいてる。
「ナオ来たんだよ」
「見るんだよ、たまげるんだよ」
「目玉が飛び出てまた戻ってきて脳に食い込むんだよ」
「怖すぎる」
そんなことはともかく、そこにあったのはイオンスラスターのような角柱状の構造物。
だがかなり大きい。全長がベーシックの倍ほどもあり、太さもかなりのものだ。
「これは……?」
「ベーシック射出用ジェットなんだよ」
「超電荷イオンスクラムドライバーなんだよ」
「エマージェントフライバイシステムなんだよ」
「せめて名前は統一してくれ」
シャッポはその構造物を撫でて言う。
「ベーシックには2キロ以内ならば薬圧サスペンション跳躍により駆け付けるシステムがあります。これはそれを補助するものです。我々はおよそ80キロ遠方にて待機し、緊急時にはこのシステムでベーシックを届けます。離脱に活用してください――それ以外の用途にも」
シャッポは言葉を濁す。もし破壊すべき竜皇軍の兵器や、不意をつけそうな竜たち、そんなものが見つかったなら破壊工作をも選択肢に入る、そういうことだろう。
もちろん目的は偵察だから無茶はしないが、このシステムがあれば良い保険になりそうだ。
「それ以外にも護身用の装備を用意しております。しかし……」
シャッポの顔には、ずっと濃い影が貼り付いている。
「どれほど準備しても万全とはなりません。ナオ様がわずかでも不安を覚えるなら、中止にしても構わないのです」
「……」
それは本心だと思う。シャッポはいつも僕のことを案じてくれてる。他の獣人と公平に、という意味で。
だけど。
「今年も、蜘蛛手の祈り手が竜都に向かうんだろ」
「……」
「もし非道なことが行われてるなら止めねばならない。もともと、レジスタンスは竜都に囚われてる人たちを助けるのが目的だ。それが蜘蛛手であっても変わらない」
「ナオ様、あなたに深い敬意を……」
「勇敢」
ぐい、と腕を取られる。ノチェの腕は人間に近い質感だが、肘の関節が三つあり、細くて長い。僕の腕に朝顔のつるのように巻き付く。
下半身の蜘蛛の体では足がわきわきと動いていた。少し喜んでる印象がある。ドワーフたちはその爪にマニキュアを塗っていた。なぜだろう。
「ノチェ、君の方こそ命がけの偵察だよ。大丈夫なのかい」
「護衛」
ひしと身を寄せる。何だろう、僕という護衛がいるから大丈夫と言いたいのかな、それともノチェが僕を守るという意味かな。
「はいはーい、そこまでやでー」
足元からウサギの耳が現れる。側頭部に垂れたロップイヤーの耳。キャペリンが割り込んで僕たちを引き剥がす。
「ノチェやん、しがみついたらナオが迷惑やろ」
「宝賛」
よく分からない単語をつぶやく。
「何だって?」
「ちやほやされるのは男の勲章やろ、みたいな意味や。なんやナオやんまで、鼻の下伸ばして」
伸び……てたかな? 伸びてたの? え、伸びてた?
ともあれミーティングでは良好な関係を築けたようだ。そう肯定的に考えよう。
蜘蛛手は言葉が端的なことだし、なるべくたくさん会話しておくのも大事か。
「ええと、ノチェ、あらためて聞くけど君は何歳なの? 種族の代表と見ていいのかな」
「伏身」
「まだ大人になる直前のトシって言うてるわ。蜘蛛手の人らは成人するとほとんど縄張りから出てけえへんねん。森に住んでるんやけどな、ノチェみたいに外に出るのはかなりの変わりもんなんやで」
「好奇」
好奇心が旺盛なのか。そうやって見ると若くて溌剌とした印象も受ける。
そして信仰心もあるのだろう。彼女の言葉はどことなく哲学的で敬虔な印象があるから。
「じゃあノチェ、よろしく。そういえば君たちが祈りを捧げに行くのって、君たちの神様なのかな。それとも祖先の霊とか大地の精とか……」
ノチェは少し顔から力を抜くかに見えた。八つの目のせいで僕たちとは顔立ちがだいぶ異なるが、はにかんだのだろうか。
彼女は格納庫の天井を見上げ、とても大きなものに呼びかけるように、こう呟いた。
「太母」




