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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第九章 電影の巨匠、雷火の街、竜の武人と相争う
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第五十四話





夜空は重く垂れ込める。


暗がりに埋もれるように散らばった星。ベーシックのデータにも登録のない星。ここが超光速文明圏シグナルエリアの外ということをしばらくぶりに思い出す。もっとも時間すら移動しているらしいから、超光速文明圏シグナルエリアはまだ成立していないのだろうか。


「見つけたんだよ」


船の上、空に浮かぶ大地ではベーシックが解体されていた。パーツ単位で並べても一万にも満たない。部品数の少なさはタフさの象徴でもある。


槌妖精ミルドワーフの一人が示すのは黒いチップだ。


「プログラム上にバックドアは見つからないから変だと思ったんだよ、配線の電磁波を拾ってたんだよ」

「全身にあったんだよ」

「あとで煙でいぶしとくんだよ」

「ダニじゃないんだから」


突っ込みつつチップを受け取る。片面がベタベタしており、何かの保護シールにしか見えない。しかし照明に透かすと配線が見える。


「ありがとう、これでマエストロからの覗き見を封じられた」

「どういたしましてなんだよ」


しかし見事にバラしたものだ。ドワーフたちがいかにベーシックを知り尽くしてるかが分かる。


「ナオ様、こちらでしたか」


シャッポがキャペリンと連れ立って来る。


「ナオやん、体調だいじょぶか? とんでもない出力で剣のまじない使うとったやろ?」

「大丈夫」


おそらく、と心の中で付け足す。

軍人である僕は体調を偽って申告したりしない。しかし体にまだ熱が残っている。空を切り裂くようだったあの一撃、腕をじっと見れば、ぱちりと火花が走るような感覚がある。


「せやけど覗き見かあ、趣味の悪いやっちゃなあ」

「そうだな……」


隊長機が部下の機体をモニターする、作戦行動下なら理解しなくもないが、まさか数十年単位で見ていたとは。


ん……いや、僕たちはあの惑星での作戦行動中に転移に巻き込まれたんだから、まだ一応は作戦中。

ぱしん、と自分の頬を打つ。さすがにその思考はズレていると分かる。


マエストロについて何かしら肯定的な予断など持たないほうがいい。あれはまさに邪悪。僕たち小隊の人生を玩具にしてたのしんでいた。


おそらくブルーム少尉も。


石板の街で脳だけの怪物になってしまった彼も、マエストロの犠牲者だった。観察対象であり、玩具に過ぎなかった。

彼は物事がよく分からない状態にされて、それでも石板を掘り続け、そしてマエストロは、じっとそれを撮影し続けたのか。


恐ろしい。


そんなことができる精神性が、異常さが人間の尺度を超えている。なぜあんな男が、僕たちの隊長……。


「ナーオやん」 


キャペリンが背中にのしかかる。彼女の体はまた一層温かい毛に覆われた気がする。冬毛だろうか。 


「えへへ、あの新兵器はどうやった? シャッポ姉ちゃんが考えて、ウチとドワーフたちで形にしたんやで」

「そうだったのか。ありがとう、助かったよ」

「せやろ、もっと褒めてえな」


KBハドロンレーザーをCエナジーに置換し、機体をエナジーで満たす装備か。


光線撹乱剤レーザーチャフが使い捨てとはいえ、事実上、ベーシックはCエナジーの枯渇という呪縛から開放されたのだ。


「これで作戦行動に幅が生まれる。盾もひとつ手に入れたし、戦果は十分だよ」


僕はあえて楽観的に言う。

結局のところ、北方辺境にいたのは味方などではなかった。むしろ最悪の敵だ。

だが、やつからの覗き見は遮断した。戦力も増えた。状況は上向いてると言えなくもない。


「竜都ヴルムノーブルに行こう」


僕は言う。

おそらく、膠着状態になっている竜皇とシールの睨み合いをマエストロがかき回すはずだ。この三つ巴、どれ一つとっても強大な敵だが、そこに僕らが噛みつき、四つ巴の戦いにもつれ込めば活路も開けるはず。


「だけど街を戦場にしたくない。おそらくマエストロが近づけば竜皇軍が打って出るだろう。どこが戦場になるにしても、僕たちはその戦いに干渉できる位置にいなければ」

「そうですな、目的はあくまで竜皇の打倒と、徴兵に取られているヒト族の開放です。竜都を戦火に巻き込むことだけは避けなければ」

「いよいよ決戦やな! みんな張り切ってるで!」


考えてみれば、この船にヒト族は僕だけだ。

それなのに獣人たちはみんな戦ってくれてる。もちろん竜皇を放置してはどうなるか分からない、という事情はあるが、僕はみんなの献身に頭が下がる思いだった。彼らはみなヒト族のために戦っているのだから。


「キャペリン、一時間後に会議を行います。みんなに呼びかけてください。まだマエストロの盗聴器が処理しきれてませんから、艦内放送は使わずに」

「わかったで、一時間後やな」


ぴょん、と一歩で3メートルあまりも進む走りで艦内に消えていく。相変わらず見事なストライドである。


「ナオ様、少しこちらへ」


と、シャッポに促され、僕は船首方向へ。


船の上に乗った大地であるから、まるで空に浮かぶ島のような眺めである。眼下には湖が見えており、星明かりを反射している。


盗聴チップを探しているドワーフたち、夜も畑の雑草を抜いている鬼人オーガたちの横をすりぬけて、船のきざはしまで向かう。


「どうしたんだ?」

「ナオ様には、お伝えしておくべきと思いました。Cエナジーのことです」


Cエナジー……。シャッポは何か掴んだのだろうか。

レーザーをCエナジーに変換する装備を作ったぐらいだ。おそらく、その原理の核心に近いところに……。


「ナオ様とシール、このお二人の違いは何だと思われますか」

「それは……」


シールと僕の違い。それは男女であるとか、体格とか生まれ育った環境とか、そういうことではないだろう。


祈りの力でCエナジーを補充できる、そんな答えでもあるまい。

一つ思い当たる、シールが明らかに並外れていた要素。


「知性だろうか」

「そうです」


ベーシックに内蔵されていたマニュアルを読み、機体を僕から奪った彼女。確かに信じがたいことだ。


だがそれが何なのだ。この話はどう転がっていくのだろう。


「Cエナジーとは空間に存在するエネルギー、それは認識されることで実在するのです。すなわち、脳によってし取られる力なのです」


脳に……。


「そのため、より優れた知性を持つヒト族が大きな力を引き出すと考えられます。この場合の知性とは知識の量や発想の柔軟さというより、いわばエンジンの出力そのもの、持って生まれた脳の出力の差です」

「脳が……。いや、だけど君は言っていたじゃないか。あの石板は一つの文明であると。Cエナジーはあの石板が使っていた力だと」

「あの石板は生命の細胞であり、脳として機能する知的な集積回路でもあるのです。こうは考えられないでしょうか。偉大なる巨人族ザウエルは、「紋様が力を持つ」という世界を「脳が力を操る」という世界に置き換えた・・・・・。そしてまじないの力として行使できるようにした」


何だって。

それは僕の想像を超えている。物理法則というより、世界観そのものをいじる超技術。


巨人族ザウエルにそれができたと言うのか……。


「それは……いや、議論はしない、それをするほどの材料も持ってないし」


僕は軍人だ。

だから、あくまで地に足をつけていこう。想像できないものを推測するのはやめよう。


「問題は、それがなぜ僕に使えないのか、だと思う。僕たちの仲間ではレオにしか使えない」

「この力は普段、まったく行使されない脳領域を使うものと思われます。おそらく、レオ様が視力を失ったこと、非常に濃いCエナジーに触れたこと、この二つの偶然によりチャンネルが開いたのでしょう」

「それを再現できるかな、僕が被験体になってもいい」


シャッポはかぶりを振る。


「五感の一部を奪うことで脳の活性化を図ると思われますが、あまりにも非道な行為です。同じことはできません。そしてナオ様には、おそらく素質が微小なのだと考えられます」

「そうだな……散々試したからな」

「素質が見つかったヒト族の子供はどうなるのか、竜都ヴルムノーブルに連れて行かれ、何かに利用されるのか、それともその場で処分されるのか、それも分かりません。しかしシールは生き残った。類まれなる才能を持ったまま村に留まったのです」


村の巫女。視力を奪われ、竜皇の権勢の象徴とされた人物。それにはもう一つの意味があったわけだ。


だが、シールは祈っていなかった。いつも祈る真似ばかりだったという。


「……あ」


――では。


ではシールが、Cエナジーの存在に気付いたのはいつ・・だ?


レオは言っていた。空気中に存在する光の濃淡、それを認識して集めるのが祈りの力だと。ではそれはシールにも認識できていたのか? 光を感じていたと。


シールはあの村で、村長の使うまじないが偽りであると気づいていた……。


シールはいつから僕を裏切っていたのか、あるいは見限っていたのか。


自分とはあまりにも違う人々と、どう接していこうとしていたのか。



――もう知ってしまったから。世界のことも、この機械のことも。私はもう無垢でいられない。戦士として世界に堕ちて・・・・・・きた・・のです



「そうか……」


彼女はまさしく、生まれついての戦士だったのか。

だから僕に戦ってほしくないと言ったのか。彼女から見て、僕はどれほど脆弱で、未熟で、無知蒙昧な人間に見えたことか……。


彼女にはいつも驚かされる。

初めて会った時も、ベーシックを奪われた時も、その後もずっと。


この惑星。竜たちの息づく星の主役は彼女であり、僕は傍観者に過ぎないのかも知れない。


だが、それでも……。


「ありがとうシャッポ、話してくれて」

「いえ、そう言っていただけて救われます」


僕はそれでも、彼女に近づかねばならない。

仲間たちと、あるいはこの星に散っていったベーシック乗りたちとともに。


「……?」


と、そこで騒々しさに気付く。


ドワーフたちが騒いでいる。獣人たちも集まっているが、賑やかというより、ざわめいている感じだ。


「どうしたんだろう」

「行ってみましょう」


駆け付けると、大勢に囲まれた中で球状の光が見える。空間投影型のサークルビジョンだ。どの方向から見ても同じ映像が見えるので、小隊間での作戦共有などに使われる。


「どうしたのですか」

「あ、シャッポ、映画見つけたんだよ」


映画?

この惑星に映画は無かったはず。船の設備にリラクシーヴィジョンがあって、それを映画と呼んでるドワーフもいたけど。


「すっごい迫力だなこれ、よく撮れてるよ」

「あれは竜の武人でございますな、おう、勇ましく戦っておられる」

「今後の参考になりますな、いやそれにしても大変な迫力で」


――これは!


映し出されるのはビルの街。岩をそれらしく成形しただけのものだが、細部が補完されて本物のビルと区別がつかなくなっている。並行処理型のグラフィカル補正だ。飛び散るガラス片や、壁面から剥がれていく雨樋、屋上から落ちてくる給水タンクなどが補完的に造形されている。


そこを跳び回る竜の武人。手に武具を持ち、水晶のような竜に立ち向かう。


視点は目まぐるしく切り替わる。ビルの屋上からの視点。地上から見上げる視点。竜の武人が斬りつけるのに合わせて、飛行体で追尾するような視点に切り替わる。


水晶の竜、光条竜ザウーラに正面から立ち向かい、頭部をものの見事に両断。獣人たちから歓声が上がる。


――これは、映画だ。


僕たちも映っている。竜の武人を投げ上げ、青い光条に巻き込ませる探求者アグノス。ビルの影に身を潜め、追ってきた衛竜ヴリトラの首を斬り飛ばす森の神ウィルビウス


「すごいんだよ、大活躍なんだよ」

「おお、敵からもデカブツが出てきやがったな」

「あれがリヴァイアサンですか、レーダーで観測してましたが大迫力ですねえ」


「君たち、このデータはどこにあったんだ」


僕はドワーフたちに聞く。


「アグノスのデータベースにあったんだよ」

「誰かに送られたみたいだけど、もう回線は隔離してるから大丈夫なんだよ」

「ポテチ持ってくるんだよ」


ではやはり、マエストロが。


映像の中、僕たちの機体と、竜の武人と、巨竜リヴァイアサンが闘争を続ける。


変化する視点が臨場感をもたらし、生々しい光と音が興奮をもたらす。


これは造り物じゃない。細部がグラフィカル補正されているが、まさしく本物の映像。


それなのに、なぜなんだ、この虚構性・・・は!


「ナオやん……」


キャペリンが僕の手を握る。彼女にも伝わっただろうか。この映像の意味が、常軌を逸した巨匠マエストロの思想が。


映像の中で、戦闘の凄惨さは華やかさに上書きされ、死に肉薄した戦慄は緊張感だとかスリルだとか、およそ薄っぺらい言葉に置換される。


この映画は、僕たちの戦いをけがしている。


だが上映をやめさせることができない。戦術的価値が高いことは揺るがないのだ。


奥歯をきしませる。足の親指に力を込める。この場から立ち去りたいのにそれもできない。


僕の眼前で命が散っていく。

竜の武人たちが、異形の怪物達が、娯楽として消費されていく。


マエストロ。

あの男はどういうつもりでこれを送りつけたんだ。


あの男の精神性は、この惑星ほしを呑もうとしている。


異邦人たるベーシック乗りたちの人生も、竜皇から星皇へと繋がる巨大な歴史すらも、消費し尽くそうと言うのか。


すべてを呑み込む巨竜のように……。


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