第五十三話
雲海を分ける青の断崖。
雲間に現れた青空はまたたく間に黒雲で埋め尽くされる。上空の気流の激しさを物語る眺めか。
眼下には砕ける竜のきらめき。
無数の薄片となった竜たちが一時的にも秩序を失い、白い滝のような眺めとなって落ちていく。
これがまじないの真の力なのか、数百メートル規模の艦船を一撃で。
「ほう、面白い手品を編み出したな」
そして見つける、一部が輪切りにされた球体の中心。ベーシックの機体。
両腕に銀の輪、指揮官章だ。間違いなくマエストロの隊長機。
盾を。
盾を背負っている。対爆盾に似た形状、ひし形の石の盾。やはり持っていたか。
「マエストロ! これで終わりだ!」
「どうかな」
全方位モニターがそれを捉える。切断された無数の竜が。水晶の薄片のようになった体がまた浮上してきている。
「何だと、まだ再生を……」
リヴァイアサンの形成をマエストロが行ってるとしても、再生にもCエナジーを使うはず、やつのキャパシティはシール並だと言うのか。
いや、だがこの場でマエストロを討てば。
全スラスターを励起させ。加速を。
どん。と。
複数のスラスターが爆発を起こす。左腕関節部も。脚部の複数のスラスターも。
「なっ……」
「当然のことだろう」
マエストロの隊長機が腕を構える。あれは25ミリチェーンガン。マズルフラッシュで機体を白く染めながら連射する。
両腕で防がんとする。浸潤プレートに被弾。複数のダメージウインドウが浮かぶ。
「石の剣のまじないはあまりに強力すぎる。そして一度ですべてのCエナジーを使い果たしてしまう。そんな大出力で打てばベーシックの駆体が持たんのだよ」
違う、Cエナジーは常に半分を隔離しておくように設定していた。
だが、さっきの一撃はそれが機能していなかった。
おそらく、全身からCエナジーを吸収していたからだ。
ベーシック全体が一個の回路のように機能して、すべてのCエナジーを吸い上げられた。わずかでも時間を置いておけば……。
マエストロの連射は執拗に僕を追う。だが、そこで下方から割り込む影が。
「待ちな、鬼人族のココが相手になるよ」
躍り上がるのは緑の鎧、長柄の先に刃のついた薙刀。ウィルビウスだ。
「うむ、レオ機に乗っていた現生生物か、君も興味深いバイプレーヤーだよ」
マエストロの乱射。だがココの反応が早い。手先で照準を合わせる瞬間を見切り、空中でイナズマのような軌道を描く。あろうことか直撃弾は刃で斜めにそらす。
鎧は……鎧はまるで巨木の樹皮のようだ。25ミリ成形炸薬弾を受け止めて埋没させ、破壊力を殺している。鎧は剥がれていくが本体へのダメージに至らない。
そして敵機へと肉薄、ウィルビウスの薙刀がマエストロ機を襲い、防御せんとした右腕にぶち当たる。
「なかなかに動く」
マエストロもスラスターをふかす。後退しつつ斬撃と銃撃を交差させ、至近距離から25ミリを撃ち込まんとする。ココは電光石火の反応で回避、身をかわす動作を回転につなげて鉾を打ち込む。
こちらも機能を回復させなくては。機能損傷したスラスターへの導通路をカット、姿勢制御プログラムを最適化。
熱源反応が。
とっさに前に動く。下方から青の柱。超高熱のハドロンレーザーが真上に突き抜ける。
「くそ、光条竜が再生してきている」
どうする、光線撹乱剤はもうない。それに今はもう、あの出力で剣のまじないは撃てない。
「ナオ、こっち手伝いな!」
「ココ、だが光線を吐く竜たちが」
「突破口は切り開く、あたしを信じな」
一瞬の逡巡。僕は動く。残ったスラスターを動員させてマエストロ機へと。
切っ先が円を描く。加速度を乗せた不壊物体の一撃。石の盾がすべるように動いて刀身をはじく。
「ぐっ……」
「甘いなナオ少尉、ベーシックの拡張性をまるで分かっていない」
何だと……。ベーシックの性能は学んでいる、僕が何を分かっていないと。
「ベーシックとはすべてを受け入れる器。人間の模倣ではなく、肉体の形を超克するための新しい器なのだよ。それはつまり、こういうことを意味する」
何かが。
ビル群からだ。どこかに隠していたのか、推力付きの自翔コンテナが飛んでくる。
そしてコンテナが開放され、二本の腕が。
「何……!」
腕パーツは自己のスラスターで飛翔し、マエストロ機の脇腹に吸い込まれる。そのそれぞれに刀剣を握っている。衛竜たちが装備していたような鉄の剣だ。
「まさか……!」
また翔んでくるものがある。盾だ。もう一つの石の盾。まだ持っていたのか。そしてマエストロ機の空いた腕がそれを掴む。
今のやつは左右の腕に鉄の剣を、脇腹から生えたもう一組の腕に石の盾を持つ。攻撃的な昆虫のような姿になる。
「ナオ少尉、ベーシックは軽すぎると感じたことはないか」
言葉とともに斬撃が襲う。異なる角度でクロスする一撃、僕とココは身を引いてかわす。
「体高8メートルで2.4トンというのはいかにも軽い、まるで蝉の抜け殻のようだ。それはベーシックの拡張性ゆえだな。増加装甲、各種兵装、対重機用地雷など、フル装備で6トンほどに達する」
「それがどうした!」
「拡張性があるとは、ようは性能を制限されているということだ。一般兵の機体はマニピュレータの増設を受け付けない。メモリーの拡張スロットも塞がれている。ジェネレータの容量もだよ。隊長機のそれは一般兵の100倍はある」
「なっ……」
Cエナジーのジェネレータが100倍だと。そんな馬鹿な、それだけのCエナジーを何に使うと言うんだ。補給無しで100年も戦い続けろと言うのか。
……いや、違う。
「巨人族、ザウエルはそれほどの力を持っていた……」
「その通りだナオ少尉。ベーシックは巨人たちを模倣して作られた。かつて存在した多次元干渉存在。思惟の力にて無限の力を引き出す無垢なる巨人たち。その姿を超えるべく生み出されたのがこの機体」
僕とココの斬撃、やつの二つの盾が止める。重い、機体重量の差か、僕たちは盾によって弾き飛ばされる。
「ベーシック・マハーカーラ」
つぶやく。それがマエストロ機の名か。
やつの鉄の剣が光る。それが迫るとき、全身が総毛立つような感覚。こちらの石の剣で受け止める。
「それは、剣のまじない……!」
「石の剣を使えば規模は広がるが、Cエナジーを大量に絞り出される。白兵戦ならば通常兵装に対して使うべきだな」
やつの双剣が踊る。石の剣以外で受ければ浸潤プレートであろうと削り取られる。僕とココは防戦に回る。
「お前は何が目的なんだ! マエストロ!」
まじないを前にしても僕らは腕を止められない。ココは鉾のリーチを生かしてアウトレンジから斬り込み、僕はマエストロの背後に回らんとする。
「竜皇を倒して! この星の王にでもなるつもりか!」
「ナオ、やつから離れんじゃないよ!」
ココが言う。確かにやつとの密着は解除できない。下方にはすでに数十もの竜の首がいるのだ。
僕たちがマハーカーラから離れたならば、即座にレーザーの一斉砲火が襲うだろう。
「それとも義憤のつもりか! 竜皇を悪とみなして討伐する気なのか!」
打ち合う数合、やつの操作精度は半端ではない。こちらの剣を正確に弾いている。
いや、これは半自動操作なのか。だが何という精度だ。隊長機のシステムは演算性能も高いのか。
「目的か」
そして打ち合いの中で、響くマエストロの声が。
「考えていない」
「何……!?」
「青き旗の賢者たちには目的があったようだ。時の扉を開き、星皇のたくらみを断つという目的だな。だが私は素晴らしい画が撮れればそれでいい。竜皇が相応な悪役ならば私が主役を演じても良かったが、あれはどうも引きこもりが過ぎるようだ。だから私が悪役を演じているのだよ。いや、怪獣とでも言うべきか」
「お、お前、いったい何を言っているんだ」
「理解できないか? それならこう言い換えてやろう」
がん、と剣を打ち鳴らす音。マハーカーラの持つ鉄の剣が重厚な音を響かせる。
「私はいわば災害だよ。お前たちに感動的な英雄譚か、あるいはパニック映画の犠牲者を演じてもらうための舞台装置に過ぎん。お前たちが止めなければこの星のすべてを破壊する。人々が足掻くさまを撮影し、愉しみ、感涙にむせびたいのだよ。この退屈すぎる人生の中で見出した唯一の光明、それが虚構だ。世界の命運を左右するような物語は、壮大な虚構は、積極的介入が無ければ生まれない、そうは思わないか」
「お前……!」
――振り切っている。
なぜこんなやつが僕たちの隊長なんだ。
青旗の賢者たち。竜皇と星皇、おぼろげに見えてはいるが、なぜそんな物語にマエストロが介入したんだ。
人の身で災害になる、それは人間らしい倫理観をすべて捨て去るという意味ではないのか。マエストロ!
「そこだ!」
ウィルビウスが何かを投擲。水筒ほどの大きさのものだ。それがマハーカーラに到達すると同時に斬りつける。
水筒のようなものが、防がんとして突き出した盾の内側に。
爆発。
モニターを埋める爆炎。衝撃と火勢。
爆薬か、だが浸潤プレートの装甲に通常の爆薬は通じないが。
「今だ! ナオ、全力で離脱!」
何だって……。
「イオンスラスターをふかせ!」
ウィルビウスが背中からぶち当たりながら僕を押す。その手には、石の盾が。
虹色のイオンの風。マハーカーラに向けてすべてのスラスターをふかして急加速している。
! そうか!
探求者もスラスターをふかす。七色のイオンの風を噴き出す姿は流星のよう。雪原の雪を蹴立てて遠ざかる。
青の光条。KBハドロンレーザーが僕たちを撃つが、ひし形の盾がそれを四散させる。
やはり不壊物体、表面温度すら変化しない。
これがココの狙いか、レーザーに耐えて離脱するには、マエストロから石の盾を奪うしか無いと。
「ふむ、やられたな、単に爆薬を使っただけではない、関節技のような要領で盾を奪ったか……」
光学望遠。マハーカーラの操るリヴァイアサンは完全な再生を遂げつつある。
なんという再生速度だ。完全にぶった斬ってもあれならば、マハーカーラを破壊する以外では止められそうにない。
ベーシック2機ぶんの推力には追いつけないのか、それとも追う気がないのか。リヴァイアサンはゆっくりと旋回しようとしていた。また北方辺境のどこかに身を潜めるのか。
そのあたりで視界は完全に雪に閉ざされ、光学観測も限界を迎える。
「ココ、助かったよ」
「どうだかね、事態は最悪ってやつじゃないのかい」
確かにそうだ。
マエストロは僕たちの味方にはなりそうにない。
竜使いたちと潰し合っていたようだが、おそらく竜都ヴルムノーブルにいる竜使いの数はこんなものではない。
そして衛竜たち、あの強力な竜を一個中隊ほども揃えていた。竜皇もますます力を増しつつあるのだ。
果たして僕たちは戦い抜けるのか。
この星の最後の勝利者となるのは誰なのか……。




