第五十一話
「一騎打ちはしない」
外部スピーカーで告げる、アイガイオンは露骨に肩をすくめたのが分かった。
「ふん、名を持ったかと思えば、武人としての心構えも」
「お前たちは信用できない」
やつのいる屋上部分に降り立つ。
「一騎打ちが完遂されるとは微塵も思えない。アイガイオン、お前が倒されそうになれば乱入が入るに決まっている」
「ふん! 武人たるものがそのような」
「お前たちに選択肢など渡さない」
どこまで行っても僕は軍人なのか。そう有りたいと願っているのか。
戦場を冷淡に、俯瞰して捉えたいと思っているのか。
「お前たちは僕を集団で襲うか、襲わないかの決定権を持つことになる、それは公平とは言えない」
「何だと? どうしろと言うのだ」
「全員で来い」
ざわりと、壁面に張り付いている衛竜たちが反応する。
「貴様……!」
「僕は軍人だ、これが軍人の礼儀だ、互いの世界観を押し付け合うことこそ闘争。最大戦力でかかってこい」
かつてスモーカーとの戦いでも起きたこと、闘争とは世界観の主導権を握るためのもの。勝ったほうが摂理を上書きする権利を持つ。
「どうした、踏み込めないのか、腰が抜けたか?」
「よく言ったものだ!」
アイガイオンが、他の衛竜たちが動き出す。
脚部の爆発的な伸長、薬圧サスペンションによって上方に飛び、イオンスラスターを最大にふかす。
「待てい!」
血気盛んな一人が追随する。ビルの側面を蹴ってイナズマのような跳躍、やつらの機動性もあなどれない。
「待て! ルドリール!」
そいつが僕に追いつく瞬間、ベーシックを反転。無重量状態になっているそいつの腕を掴み、真上に放り投げる。
狙いは完璧、やつの体はビル群の上をわずかに超える。
「なっ……!?」
そして青い閃光。ルドリールと呼ばれた竜が雪のひとひらのように消える。
「ついてこい!」
機動性はこちらが上、スラスターからイオンのジェットが吹き出し、ベーシックをビル街の奥へと突っ込ませる。
「おのれ!」
衛竜たちも追ってくる。体高8メートルはある割には身軽だ、岩から岩ヘと跳躍して追いすがる。
奴らのスペックを分析、重量はおよそ4トン。ベーシックよりも重いのか。手にした獲物は偃月刀に棍棒に槍など、どれも300キロ程度か。
おそらく視力はかなりのもの、体幹も安定しているのだろう。鋭い爪を持つ足で的確に足場をとらえ、腿の筋肉でその身を宙に躍らせる。
「待て、迂闊に追うな!」
「隊長! やつはまだこの熱圏に入ったばかりです! 罠を張られる前に追うべきです!」
それは正しい。
僕一人ならな。
僕を追う人型の竜。軽鎧で肩と胸部などを守るは、いわば竜の獣人。
それが十字路に飛び出した瞬間に銀閃がひらめく。やつの首が飛ぶ。その身は遥か下方へ墜落していく。
「ナオ、うまく誘い込んだね」
いや、ココの位置は把握できてなかった、彼女がうまく回り込んだのだ。
「エウゼミルがやられた!」
「密集陣形を組め! 全方位に対応せよ!」
衛竜は残り4体、それがひし形の隊列を組んで高速で跳躍する。
「シャッポ、熱圏の中央を全方位モニターに表示できるか」
「はい、いま行います」
そして出現する、モニター上だけで存在する赤い柱、あの方角か。
三次元マッピングが周辺の地図を作成している。それによれば熱圏の中央、やたらと開けた空間がある、あそこか。
飛翔、近づくほどに周囲に青いものが増える。水晶のような透明な構造物だ。それが細長く成形された岩をびっしりと覆っている。
「……?」
そして飛び出す。熱圏の中心、結界の最奥。
そこにいたのは青い球体。
四方八方のビルにガラスの橋のようなものを伸ばし、自身を空中で支えている。大きさは50メートルほどの球体だ。
その球体の下には衛竜たちが倒れている。武器や鎧を砕かれ、体を大きくえぐられている者もいる。
「あれは……? あれが光条竜なのか? それとも「太母」……?」
球体は透明であり、中心に雲丹のような星型の構造体がある。一個の細胞のようでもあり、レーザーの励起体のようにも見える、正体不明だ。
その球体の内部で何かが生まれている。三角形の薄片が組み合わさり、パズルのように細長い首を形成、さらに頭部を形成し、角や牙を形成し、竜の頭部が生まれ、そいつが音もなく球体を突き破って出てくる。
「なっ……」
「狙撃せよ!」
指示を飛ばしたのはアイガイオン。どこかに潜んでいた衛竜が動く。
ぐおん、とすさまじい音。大型の槍のような矢が生まれかける竜の頭部に突き刺さり、ガラス細工のように爆散させる。
だが本体と思しき球体には何の影響もないのか。次々と新しい首を生成し、球体の内側から伸ばしてくる。
よく見れば上方には首だけの竜が浮いている。ビル街の上を旋回しているのだ。熱圏の外を狙撃していたのはあいつか。
「シャッポ、あれも竜なのか、あれに似たものを見たことはないか」
「いえ、あれは生物の常識からかけ離れています。球体の中は完全な空洞に見えますが、その中で生まれています」
下方には砕かれたガラス片のようなものが散乱しており、それが不可思議な力で吸い上げられている。薄片は球体の中に戻り、また首だけの竜の一部となる。
「ですが、あれに似た現象ならば見たことがあります」
「何だって」
「思い出してください、シュヴァリスト理想図書館です」
理想図書館……あそこにいたのは確か、石板の怪物。
「……まさか!」
カメラを最大望遠に。下方に散らばった薄片を捉え、その形状を三次元分析する。
そして見つけた、表面に刻まれた文様を。
「あれは! 石板の怪物と同じ!」
「生えている首、あれが光条竜だ」
アイガイオンが言う、彼の部下たちは球体を取り囲み、生えてくる頭に矢を浴びせ、ときに飛び掛かって武器で砕いている。球体を直接攻撃している者もいるが、かなり頑丈なのか、傷をつけられない。
「その身はすべて水晶であり、身に受けた光を一点に集めて撃ち出す怪物だ。その体には一滴の血も流れておらず、我らが知る生物とは全く異なるものであると」
「……あの竜を生み出した竜使いとは、いったい……」
「必要な情報は与えた、我らの邪魔はするな」
そしてアイガイオンは僕を放置して、竜の首と戦う仲間たちに合流する。
「いったい……あの竜は何なんだ、無生物のようにも見えるけど……」
「ずいぶんと察しが悪いな」
――!
これは、外部音声ではない、ベーシックの回線に割り込んできた。
「誰だ!」
「上官の声を忘れたのか? 部下たちには気を配っていたつもりだがな」
「お前は……マエストロ!」
僕の直接の上官。この星に転移させられる前、僕たちの部隊を指揮していた人物。
だが再開の喜びなど湧くはずもない、このタイミングで現れるとは。
「まさか……あの竜はお前が」
「その通り、私が創った竜だ。竜都ヴルムノーブルの工房でな」
マエストロは竜都にいたのか。そして竜皇軍のおそらくは中枢に近いところまで達していたと……。
「お前は……」
感情が大きすぎて喉につかえる。お前はシュヴァリスト理想図書館にいたのか。ブルームを撮影していたのはお前か。竜皇軍で何を見てきたんだ。なぜ僕の救難信号を無視していた。お前は今どこに……。
球体の中、竜の首がこちらを見る。
「ぐっ!」
首が青い球体から出てきて、口腔から閃光を放つ瞬間に回避する。閃光はビルの側面をわずかに融かして天へ抜ける。
「ナオ! ビルってやつを背にしな! こいつらはビルを撃てない!」
ウィルビウスが叫ぶ。なるほど、ここでビルを撃てば自分に倒れかかって来る可能性がある、だから撃てないのか。
「マエストロ! これだけの竜を作ってお前は何を企んでる! 竜皇に取って代わる気なのか!」
「竜皇か、あれは強すぎるのだよ」
マエストロはどこから通信に割り込んでるんだ。これは超光速通信ではないから近くにいるはずだが、ベーシックのレーダーでは通信波を探せない……。
「時の彼方より来たれる星渡る竜、煌星竜。あれは強すぎて悪役にも相応しくない。部隊の全機体を動員するには時間のずれが大きすぎた。あのお嬢さんには期待できそうだが、やや荷が重すぎる。しかも甘さを捨てきれていないからな。竜都ヴルムノーブルを戦場にする覚悟は無いようだ」
「何を言っているんだ……?」
「知っているか? 隊長機は他のすべての小隊機とリンクしている。お前の見てきたことはすべて私も見ている。お前が西方辺境で野良の竜を倒したことも。ベア少尉がこの星で土に還り、お前がその機体を受け継いだこともな」
……!!
ではこいつは、この星で僕らのことを。
いや、しかし、それではこいつは、何十年、あるいは何百年も。
「肉体の老化が気になるか? この星では大した意味を持たんだろう。ブラッド少尉のように不死に近づいた例もある」
「な、なぜだ、なぜただ見ていた。僕たち小隊機はいずれも無惨な屍を残していた。焼け焦げていたり、沼地に浸かっていたり、半身が失われているものもあった。モニターしていたなら、なぜ助けなかった」
竜の首は生まれ続けている。衛竜たちは生まれるそばからそれを斬ろうとするが、百戦百勝とはいかない。暴れる竜の首に噛み砕かれる者もいる。
何よりこいつは無尽蔵に生まれ続ける。矢は尽き、槍は折れつつある。ベーシックの持つ石の剣も、ココの持つ長柄の斧も首を飛ばすが、これではきりがない。
「屍が無惨であることは大した意味を持たんだろう。肝心なのは生き様だ。どいつもこいつも魅力的だったぞ。とある村を竜の群れから守った男もいた。この兵器はこの惑星に相応しくないと、自ら機体を破壊した男もいた。尺としては短いが、まあなかなか感動的な短編映画だったな」
「お前は何を考えている! お前がこの星でやっていることは何だ! 一貫性のある動機があるのか!」
「肉体など、ドラマを生み出す小道具に過ぎん」
「ナオ様、見つけました」
シャッポからの通信、全方位にモニターに割って入る。
「建造物への電波の干渉から探しました。通信はあの球体の中から発せられています」
中だって……。
そういえば、何か見える。
水晶のくずが集まったように見える、半透明の星型球体。その中心部に、白い機体が……。
「私は魅力ある人間たちの生き様が見たかった。だから青旗連合との戦争に志願したのだよ。それなりに迫力ある画は録れたが、ドラマとしては今ひとつだった。それもそのはずだ、ある意味では敵など存在しなかったのだからな。我々は自己進化のために戦っていたに過ぎん」
「敵など存在しない……?」
「私に声がかかったことは天啓だったのだよ。お前たちは選ばれたのだ。ただ一度きり再現できた星渡る力の担い手として、竜の王を倒す勇者として、私の画題となるドラマの役者として、そして」
球体が、動く。
巨大な球体をさらに水晶片が覆っていく。無から湧いて出るかのように大量に、無数に、絡みついて形を成していく。
「この最強の竜の、星渡る物語の見届け人として、だ」
途轍もない異様。
雲が集まって形を成すように、数十億もの水晶片がやつに集まっていく。
竜の首、光条竜はそれに巻き付いて砲台となり、熱圏はやつを中心に固定される。
成長を続ける。周囲のビルがなぎ倒され、さらに上へと浮かび上がる。全長は300メートル以上。
熱圏はさらに広がり、衛竜たちは半ば茫然とそれを見上げる。
あの姿は。
先端に衝角を持ち、複数の砲門を持ち、旧時代の戦艦のような形状、あれはまさか。
「……ユピテル級巡洋艦!」
「分かるかナオ少尉、お前が巨人のまじないと呼ぶ力だ。極めればこれだけのものを創れる」
マエストロ、やつはこの星でどれだけのものを見てきたんだ。どれだけの力を身につけた。竜の力も、巨人のまじないも身に着けたのか。
一つだけはっきりしていることは、こいつはもはや上官ではない。
その精神はもはや人間のものとも思えない。倒すべき敵だ。
そのたくらみが僕の理解を超えているとしても、僕はこいつを討たねばならないのだと――。




