第五話
「なっ!?」
火球だ。超高温を示す火球が迫る。逃れようとする瞬間、全方位モニターに民家が。
かわす。脇を行き過ぎる灼熱。脚部サスペンションを最大にして民家を飛び越える動き。
そのときに流れる警戒警報。無意識の操作でチェーンガンを離断。ガンベルトに装填されていた25ミリ成形炸薬弾が誘爆する。
衝撃と熱量。各部の駆動系が緊急除熱を行う。背後を見れば森の一部が猛火に包まれている。おそらくは着弾地点から5メートル隔てた生木すら燃えだす熱量。
「ば……馬鹿な。今の火球は2500度を超えて」
「ナオ様!」
はっと気づく瞬間、全方位モニターに踊る影。竜の長大な尾が見えた瞬間。モニターにノイズが走って凄まじいGが全身にかかる。
村を囲む柵をなぎ倒し、立木を根本からえぐり返して吹き飛ばされる。意識が消し飛びそうになる。
だあん、とトラック数台分の土砂を撒き散らして背中に強い衝撃。ダメージメッセージがモニターを埋め尽くす。
「う……ぐ、そんなことが、2.4トンあるこのベーシックを……」
視界に赤が見える。流血だ、どこかで頭を打ったか。
膝の上に倒れていたシールを見る、息を荒くしているものの無事だった。僕は駆動系を再起動させてベーシックを立たせようとする。
「ぐ……しかしどうする、チェーンガンはもうない。他に使える武装もない。格闘でやつに勝てるか……」
そのとき、視界にひらめく影。
あの剣だ。巨人がもたらしたという石の剣。こんなところまで飛ばされたか。
「……」
いいだろう、何でもやってやる。
ベーシックがその剣を掴み、台座から引き抜く。台座の石が削れて石粉がこぼれる。
形状を詳細分析、側面はかなり鋭角だが、刃がついてるとはとても言えない。
竜が迫る。僕はベーシックを立ち上がらせる。果たして、こんな長大な武器をベーシックで扱ったパイロットがいただろうか。
霊感にも似た感覚で機体を動かす。両足で地面を踏みしめ、剣を下段腰だめに構える。下から斜めに跳ね上がる軌道。迫らんとしていた竜の鼻先をはじく。
「むっ……巨人の剣か、くだらぬ、ただの石造りの剣で竜と戦うか」
悔しいがやつの言うとおり、だが人間の乗ってる竜だ、さすがに距離を取った。
とことんまでやってやる。首が斬れなくとも、この剣が砕けるまで……。
その時、全包囲モニターの視界が数メートル下がる。
ベーシックが膝をついたのだ。次いでモニターが何段階も暗くなる。
「! どうしたベーシック!」
とっさに剣を杖として耐える。各部の駆動系もエマージェンシーを上げている。
そして気づく。それは戦いの最初からずっと表示されていた警報。燃料減少。
「……Cエナジーが、0.00%」
……。
万事休す、か。
竜はまだ剣を警戒しているのか、近づいてはこない。だが向こうには攻撃手段があるのだ。
竜の喉がふたたび膨らもうとしている。内部に熱をたくわえる気配。もはや赤外線センサーも機能していないが。
「ナオ様……」
「ごめんよシール。君を助けたかったが、もうベーシックは動けない。すべての力を使い果たしてしまった」
無念だ。
何事も成せないまま、こんな星の海の果てで。
「……ナオ様、私は心の底から祈ったことがなかったのです」
「え……?」
「儀式の際も、いつも祈る真似ばかりでした。でも最後の最後は、あなたのために祈らせてください」
「……そうか。ありがとう、シール」
やるだけはやった。
戦いの果て、愛した女性と死ねるなら、それはそれで……。
「……何だ?」
気付く、急に音が止んだ。エマージェンシーコールの大半が鳴り止んでいるのだ。燃料減少の主警報までも。
「Cエナジー充填率、3.5%……!?」
全方位モニターは回復している。火とともに竜が吼える。迫りくる灼熱の滅び。
「回避!」
ベーシックが動く。自分で自分を飛ばすような薬圧サスペンション跳躍。村から離れる方向に跳ぶ。
「うまくよけたか、次は外さん」
これは。
シールは目を閉じ、一心に祈っている。彼女が関係しているのか? なぜこんなことが。
(……巨人族、ザウエルの伝説)
巨人は祈りに応じて来た。
そして竜を滅する武器と、不思議な術の数々を残した……。
「! 野良の竜を倒した日だ! あの日の会話ログを表示!」
三度、巨竜は火を吹かんとしている。
撃ち出す。これまでで最大、最速の一撃。僕は外部スピーカーを起動させ、叫ぶ。
「炎の厄災は盾の前に散る!」
瞬間、ベーシックの腕を包み込む光。竜の火球を受け止め、一息に握り潰す。
「なんだと!?」
竜使いは驚愕。そして隙を逃さずベーシックが走る、これ以上一手たりとも行動させない!
「あらゆる竜を断つ光を!」
光が。
石の巨剣を包み込む光。それは闇の世界に生まれた裂け目にも似て、彼方から無限の光が溢れ出るような輝き。
振りかぶる。竜が動くより早く、驚愕に目を見開く竜使い。
一閃。
竜使いの影を絶ち、火蛇竜の巨体を煙のように斬り裂いて。
そしてオーロラのような光の波が西の彼方、東の彼方へと突っ走る、世界そのものを斬り裂くかのように――。
※
「ど、どうか……命だけは」
村長、カンヴァスは平身低頭、体を丸めて怯えている。僕はどんと土を踏みつけて言う。
「あの竜使いはこの村に来なかった」
「ひ、ひい……」
「あの石の剣は崩れてきたので、砕いて捨てた。誰かが来たらそう報告しろ。全身全霊で偽り続けるんだ」
村の広場にて村長を囲む女性たち。村長が僕を殺そうとしたことを知った彼女たちは、しかしまだ素朴さを残していた。苛烈な怒りは持たず、ただやるせない視線を村長に向ける。
「村の女性たちにも、お前の味方は一人もいない、そう心得ろ……」
「は、はい、何とぞ……」
竜使いを倒してから二日。
僕はベーシックを使い、起きかけていた山火事を消し止め、破壊された村を直し、ベーシックや火蛇竜がここにいた痕跡を消した。
完璧とは言えないが、まあ、あの竜使いを誰かが探すとして、その人物のやる気次第だろう。
そして僕とシールは空を飛ぶ。眼下で村の女性たちが手を振るのを見て、向こうから見えないとは分かりつつも手を振り返す。
竜皇を止めなければ、またどこかで不幸が繰り返される。
ベーシックで戦える相手かは分からない、だけど行動しなければ。軍人として、戦士として。
「シール、まずはあの竜使いの本拠地に行く。村の男たちもそこにいるなら解放するよ」
「はい、ご案内できると思います」
やはり姿勢制御用のイオンスラスターでは速度が出ない。機体を支えるために出力の多くを割かねばならないからだ。
「それと……ごめん。君が乗ってないとCエナジーが補充できないみたいで」
「いいんです。お役に立てて嬉しく思います」
他に場所がないとはいえ、ずっと膝の上というのは色々な意味で良くない……。コンソールを整理して彼女の座る場所を作らねば、なるべく早急に。
なぜシールの祈りがCエナジーとなるのか。
巨人の残した術はどのような原理なのか。
巨人の遺物は他にもあるのか。
そして竜使いたちの王、竜皇とは……。
考えることは多く、探すものは多そうだ。大変な旅になりそうだけど、シールがいれば……。
「見てください! 竜です!」
シールが指差す。その先には空を飛ぶ竜の群れ。エイのような姿をした赤に緑に青に紫まで、色彩豊かな群れが飛んでいた。
「すごいな……あれは何ていう竜?」
「え……さ、さあ、たぶん、幸運の兆しの虹竜か、雲を食べる彩雲竜、それとも回遊竜でしょうか……」
「そうか……長いこと目が見えなかったからな、竜を見た経験はあまりないのか」
僕はシールを見て、明るく笑ってみせる。
「じゃあ僕と同じだ」
「……あ、そうですね! 同じです!」
旅が始まる。
戦いの旅か、探求の旅か。
それとも、まだ見ぬ竜に出会う旅か……。