第四十九話
サーモグラフがだんだん鮮明になってくる。やはり球状の暖気の固まり、用語としては正しくないかも知れないが、便宜上あれを熱圏と呼んでもいいだろう。
「シャッポ、聞いたことはないかな、巨大な熱圏を形成する能力を持った竜とか」
「私の記憶してる限りはありません。北方辺境は情報が非常に少ないのですが、それでも一部の寒冷に強い獣人などが行き来しているのですが……」
……ん? いないのか。
ではあの現象は何なんだろう、もちろんまだ知られていない竜がいて、そいつの仕業という可能性はあるけど……。
と、船がやや高度を落とす。
「何がいるか分かりません、ここからは高度を落として進みましょう」
「そうだな」
行軍を再開する。吹雪は非常に激しく、強風による地吹雪と相まって白煙が地形を覆い隠している。船は海底を進むヒラメのように、岩肌をなめる軌道。ソナーの性能だけではない、操舵手もなかなかセンスがあるようだ。
「艦長、竜が落っこちてるんだよ」
一時間ほど進んだ時、ドワーフの通信が入る。
「竜が?」
僕の声に反応してというわけでもないが、全方位モニターに画像が浮かぶ。それは山腹に埋もれるように倒れている竜。かなり大型の火蛇竜だ。距離はおよそ4キロ先。
いや、それだけではない。
次々と見つかる。平たいシルエットの爆華伏竜、岩塊と一体化している岩粘竜、あの猿のような姿は……まさか悪食竜か、北方にもいたとは。
しかし、みな死んでいる。
死因は明らかだ。体が大きく欠けている。体内で爆弾でも炸裂したような有り様だ。
「ナオ様、どうやらあの熱圏から30キロの距離に近づくと攻撃を受けるようです」
地形図が表示される。竜の死骸はやや曲線を描く線上に散らばっており、それら全てからほぼ等距離にあるのが熱圏である。
「まさか……30キロだぞ。質量弾ではあの破壊は難しい。どんな攻撃を加えたって言うんだ」
「ナオ様、ココ様、いちど船内へ戻ってください」
シャッポが言う。僕とココはともかく指示に従った。
全方位モニターに表示されていた竜たちの死体。あれは北方辺境の極寒の中で、これから何千年も腐らずに残り続けるのか。歳月の果て、その破壊の由を知る者がいなくなっても。
※
「結論から申しましょう、KBハドロンレーザーです」
会議室にて、シャッポの第一声に僕は面食らう。
「なぜシャッポがその名前を……」
「船のデータベースから学びました。これをご覧ください」
それは雪山の斜面に横たわっていた火蛇竜の死体。血と体液は積もった雪の下に流れたのか、胴体の一部が大きく欠けた姿は生々しさが失せており、ガラス細工のようだ。
「ドワーフたちが計算しました。再現映像を表示します」
会議室のモニターに竜が表示される。三次元モデルで構成された竜。
それが青い光の一撃を受け、一部分が爆発するように吹き飛ぶ。超高熱のハドロンレーザーを受けたために瞬時に膨張し、破裂したのだ。
会議室には何人ものドワーフが並んでる。なぜかみんな丸メガネをかけていた。
「剛性計算がいまいちなんだよ」
「減衰率のデータ反映させたいんだよ」
ドワーフたちの学習能力は大したものだ、船のシステムを学習してるのは知っていたが、こんな再現映像まで……。
映像が切り替わる、まるまると太ったブタのCGが出てきた。
「これは同じレーザーをブタさんに当ててみた様子なんだよ」
「きれいに蒸発したんだよ」
「無意味なるブタの死」
まあ映像だから別にいいけど、そんなことはともかく、つまり火蛇竜の頑丈さから逆算して、あれほどの破壊力を生むのはKBハドロンレーザーしかないということか。
「船のデータに忠実な性能です。荒天の中で減衰し、重力によってレーザーの収束に揺らぎが出ても十分な威力が出ています。おそらく最大出力で射っているようです」
KBハドロンレーザーは無人機に用いる兵装だが、最大出力では対艦兵器にもなる。もっとも青旗連合の艦船というのは見たことがないので、最大出力で射った者はほとんどいないはずだ。
戦艦を落とせるレーザー砲だ。分厚い大気の壁などものともしないと言うことか。
キャペリンがふと首を傾げる。
「ん? せやけど30キロて、そんな範囲でレーザー打ちまくったら何千匹も竜を殺すことになれへんか?」
「いえ、どうやら竜使いの乗った竜だけが襲われていますね」
シャッポが言うが、画像は表示されない。おそらく竜使いたちの痕跡は見つけているだろうが、正視に堪えないということか。
「ふうむ、竜使いたちはあの熱圏を攻めているのだな」
「我々も行くべきか」
種族の代表たちが発言する。
「いや待て、竜使いと謎の熱圏が争っているなら、我々は静観するべきではないか」
「そうだ、どちらが勝ったとしても消耗するだろう。そこに我々が乱入しよう」
重鎮たちの発言は、僕のような軍人には真っ当にも聞こえる。
だが、それを良しとしない獣人もいる。獅子頭もそうだ。
「それは武人のやることではない! それに熱圏が味方となりうる存在だったらどうする! 我らはまず熱圏にいるのが何者か知るべきだ!」
レオのその意見も、また正しいと思える。
第三勢力と手を結ぶ。星皇軍には無かった発想だ。それを受け入れられた自分に少し驚く。
「レオどのの意見もわかる。シャッポどの、この船であの熱圏まで行けるか」
「我々の船は眩光竜の力で姿を隠していますが、もし熱圏に近づけばどうなるか……」
あのレーザーを避けて熱圏に近づくにはどうすればいいか。
僕がベーシック乗りだからという訳では無いが、やはり一つしか無い。
「地形に隠れつつ地上から行こう、それしかない」
「……ナオ様はそう言われると思っていましたが……ドワーフの皆さん」
「はいなんだよ」
モニターに現れる、それは周辺の地形図だ。稜線が複雑に入り組んでおり、その中に一本のルートが引かれる。
「なるべく熱圏からの死角となるルートを構築しました。深い積雪と猛吹雪を考慮しても、ベーシックなら一時間で行けるでしょう」
「わかった、行こう」
迷わず言う。このぐらいの行軍は経験がないわけでもない。ハドロンレーザーは警戒するが、青旗連合の無人機はいない。恐れることはない。
「ナオ様、これは完全に死角だけのルートではありません。どうしても何度か熱圏の前に身を晒すことになります」
「対応策は練ってくれてるんだろう?」
自明なことだ。無謀なルートだと考えてるならシャッポが提案するはずがない。
「なあナオやん、そのハドロン何ちゃらがあるってことは、ベーシックもいるんか?」
「おそらくそうだと思うが……」
あまり期待はできない。いるとすれば僕の救難信号を無視していた事になる。
この北の果てで自分だけの楽園でも作っているのか、あるいは竜に機体を乗っ取られたか。かつてのブラッド機のように。
「あたしも行くよ」
ココが発言する。
「今回、船は遠くで待機してりゃいい、あたしも前線に乗り込もう」
「……分かった、じゃあ二機で乗り込むか」
「じゃあウチも!」
「ダメだ、今回は危険過ぎる、キャペリンは船にいてくれ」
「あう」
果たして何が待っているのか。
それは僕たちの味方となりうる存在なのか、それとも絶対に相容れない敵か。
あるいは、理解すら及ばぬ怪物なのか……。
※
雪山を歩く。
二足歩行ロボットには何とも不似合いな動きだ。積雪は深いところで1メートル、人間ならばくるぶしぐらいの深さだろうか。足を高く上げてずんずんと歩く。
ベーシックの駆動性能は寒冷地でも落ちはしないが、それでもマイナス30度を下回ってくるとCエナジーを暖気に回す必要が出てくる。イオンスラスターをふかして低空飛行する手もあるが、なるべくCエナジーは節約したかった。
機体重量が若干重い、ベーシックは増弾倉やアタッチメント用の格納スペースが豊富なので、そこにドワーフ達がいろいろと詰め込んでいたが、そのせいだろうか。
「また竜の死体があるねえ」
先頭は3キロごとに交代している。先を歩いていたココの機体、ウィルビウスがわずかに祈るような所作をする。
「一撃でやられてる。竜使いとは言えむごいもんだねえ」
「かなり大勢やられてるな……竜使いの総数はどのぐらいなんだろう」
「さあねえ、大半は竜都ヴルムノーブルにいるって話だけど」
辺境で、いくらかの竜使いを倒してきた。
シールは竜都の周辺でゲリラ戦を行っている。
だがそれは、竜皇軍のごく一部に過ぎないのだろうか。ベーシックが局地戦で勝利を収めようとも、それは戦略的な変化に繋がらないのだろうか。
いや、そんなことに不満を持ってどうする。僕は戦士でありベーシック乗りだ。戦術局面をまず第一に考えなければ、戦略はシャッポや、獣人の代表達が考えてくれる。己の領分を踏み越えてはいけない……。
気がそぞろになっている。僕はもくもくと足を進める。
外気温は徐々に下がっている。今はマイナス45度か。3号レーションで釘が打てる頃かな。
「ナオ様。そろそろ山の影を出ます。合図を出しますので、ポイントB-2に全速力で飛び込んでください」
山の影から山の影へ、熱圏に姿を晒すのは17秒ほどだろうか。
そして来た、ベーシックのセンサーに光学励起反応。
「今です!」
僕とココが飛び出す。瞬間、雪原に突き刺さる閃光、雪の表面が爆発したように噴き上がる。その姿は天に昇る竜か、あるいは空へと落ちる滝か。
今のは船から発射されたX線レーザーだ。一メートル以下の岩塊を蒸発させる威力がある。僕たちはイオンスラスターをふかして飛ぶ。
そして熱圏からも来た。雪原に突き刺さる青い閃光。雪を吹き飛ばし大地を融解させる。もうもうたる水蒸気でこちらを捉えられていないのか、僕たちを大きく外れて射たれている。
だがこの威力。さすがに肝を冷やす。
「ポイントB3からB4へ、援護を続けます」
あと一キロ、なんだかだんだん照射角度が高くなっている。おそらくレーザーの射手は高い位置にいるのか、打ち下ろしでは狙いにくいのだろうか。
「ナオ、なにか変だよ」
「ココ、どうした、僕のセンサーには何も見えないが」
「周辺で動き出した奴らがいる。おそらく熱圏からのレーザーがこちらに向いてる間に乗り込む気だ」
何だって?
動体ドップラーレーダーを展開、吹雪のせいかうまく捉えられない。サーモセンサーは高熱の水蒸気で真っ白に染まっている。
「おそろしく静かだ、それでいて速い。地形に身を隠しながら動いてるみたいだけど、毎朝通ってる道みたいに淀みなく走ってる」
「ココ、何故そんな事がわかるんだ? そちらの機体は最新の量子レーダーでも積んでるのか?」
「うん? いや気配だよ、それよりこっちの行軍をトレースしてるやつもいる、後ろに気をつけな」
気配……ブラッドがそんなことを言ってたこともあったけど、正直なところ僕には理解しがたい。気配というのがわずかな空気の動きや音、匂いなどを感知したうえでの勘の働きだとすれば、ベーシックのコックピットでそんなものが感じ取れるはずが……。
だが、いるとすればいったい何者だ。全方位モニターには何も見えない。
この猛吹雪の中で僕たちの動きに同調し、あまつさえイオンスラスターで飛翔しているベーシックについてくるのか。
考えてる暇はない。肉眼でもうっすらと見えてきた。吹雪のない暖かい空気の塊、ある意味では別世界とも言える暖気の塊が。僕とココは一気にそれに飛び込む。
「攻撃が止みました。ですが、すぐ身を隠してください」
僕とココは左右に分かれ、それぞれ岩陰に身を潜める。
「これは……!」
そこにあったのは、巨大な立方体。
目にも美しいビル群が、銀無垢の摩天楼が広がっていた――。




