第四十七話
「ナオ少尉、もっと笑え」
巨匠が言う。
金色の髪と皮肉げな口元、目の上が張り出しているために厳つい印象がある。腕にはどこかの博物館から接収したという腕時計が、足元には編上靴ではなく革靴が。
そして彼は、世にも珍しいフィルム式ビデオカメラを構えていた。
「隊長、おかしくもないのに笑えない」
「なら感情を示せ、それが戦地に向かう兵士の顔か? 死の天使を仰ぎ見る悲愴、愛国心にたぎる瞳、そういうものを表現しろ」
マエストロの言うことはいつも意味不明だ。
「どれもできないなら笑え、口角を上げるだけだ、作り笑いこそ人間の技だ。知的生命が初めて行った演技はきっと笑いに違いない」
「隊長、録画機器の携行は軍規に触れるはずだ」
僕たちはベーシックを降りて敵基地を探索していた。青旗連合の無人機は殲滅しており、動態反応もないが、どこかに敵勢力の兵士がいないとも限らない。そんな例はこれまで一度もないが。
僕たちは二人組で行動、このときは隊長であるマエストロと行動していた。僕は顔をそむけ、インカムに呼びかける。
「ブラッド、そっちはどうだ」
――何もない、無人機どもの生産施設があるだけだ、いつもと同じだ。
退屈そうな報告が返る。
僕たちの作戦行動はいつも同じ。惑星や小岩塊を制圧している無人機たちを排除し、その基地を爆破する。
爆破の前には敵基地の探索を行うが、青旗連合の組織的な行動を示す資料は何もない。無人機の生産施設があるのみだ。
「ナオ少尉、もっとがっかりした顔をしろ、あるいは徒労に終わった作戦行動に悪態をつけ」
「隊長の言うこととは思えない」
マエストロはカメラを構えたまま肩をすくめる。僕は奥歯を噛みしめてから言う。
「それに、武装を持たないのは危険だ」
「兵士は火器を持てないからな。どうせ工作用アックスとか超音波シャベルとかだろ、重くてかなわん」
「……だからって、作戦行動中だ」
「作戦ねえ」
マエストロは基地の内部にカメラを向ける。船の設備を使って自作しているというセルロイドフィルムが巻き取られ、光学的に内部映像を焼き付けていく。はっきりと言えば船内設備の私的利用で作ったフィルムだ。
だが誰も咎めない。生産兵である僕は上官への弾劾権を持たないし、傭兵たちはどうでもいいと放っている。
同じ生産兵であるレオなどはむしろ喜んで撮影に応じていた。だが不可思議なもので、僕のように嫌がる相手にカメラを向けることが多い。
「ナオ、お前はこの戦争が本物だと思うかい?」
「? 言ってる意味が分からない」
「だってそうだろ、機械としか戦ってない。生きた人間はどこにいる。敵の本拠地はどこなんだ。これが、誰かが仕組んだ壮大な映画の撮影じゃないと言い切れるか?」
「馬鹿げている」
この戦争が映画? すぐに思いつくだけでも10以上の反論が浮かぶ。
「絶対にないとは言い切れないだろう?」
「可能性は比較において議論されねばならない。青旗連合に人間の姿が見えないことも、敵の本拠地が見つからないことも、映画の撮影である、ということより遥かに蓋然性のある説明が可能だ、だから馬鹿げていると言った」
「ナオ少尉、お前はなかなか魅力的だな」
ぎょっとしてマエストロを見る。何だ今の発言は、僕との同性間交渉でも持ちかける気か。
「お前は主人公になれるかな? お前に訪れる運命の中で、へこたれず達観もせず、主人公としての熱を保てるか? それが予想を大きく超える天変地異であっても」
「何が起きようと関係ない、兵士としての本分を果たすだけだ」
その言葉に、なぜかマエストロは大いに満足したようだった。カメラがズームアップする音が聞こえる。
僕はうるさそうにカメラを睨みつけ、それきり、マエストロを無視して探索を続けた。
※
船内は日に日に充実の度を増している。
だがどうも軍用の船という感じがしない。廊下のあちこちには巨大な鉢植えが置かれて緑が枝葉を伸ばし、会議室の椅子はツタで編まれたものや組み木のものに変わる。
格納庫や射撃練習場などができたが、より活発になっているのは商業だ。あちこちにポスターが貼り出されている。草兎族たちの雑貨の店と、ドワーフたちの工作の店が船の一角に立ち並ぶ。木工細工の需要が高いらしい。それぞれの種族にそれぞれ使いやすい家具が必要なのだとか。
屋上の菜園はテニスコートほどのものが16面。渓谷の基地だった頃からさらに広がっている。果樹も増えてきた。
貯水用プールはいくつかの種族の住居だが、空いてるスペースで魚の養殖も始まった。5歳児ぐらいある巨大な魚が泳ぎ、同時に貝類やカキのような生物も育成される。
「ナオ、新しいジュース飲みにくるんだよ」
「新しいプリンもあるんだよ」
ドワーフたちはみな顔見知りのように話しかけてくれる。彼らは仕入れのためにパラシュートで地上に降りたかと思うと、飛べる獣人の足にしがみついて戻ってくる。同じ個体かどうかは誰も気にしてない。
これだけ人が増えると治安維持も必要になってきた。船内での泥棒騒ぎや喧嘩などが無いわけではない。獅子頭や、いくつかの武力に長けた獣人が警察機構を組織していた。
「シェルタッド湿原の遺跡は空振りでしたね」
ブリーフィングルームにて、僕と何人かの獣人たちが会議をする。司会はやはりシャッポだ。
「第2偵察隊が戻られたそうですが、首尾はどうです?」
「カラス羽根の方々だな。リオーレの森はかなり荒らされてたらしい。巨大な竜が遺跡を破壊しながら探しものをしていた形跡があるとか」
映像が表示される。石で組まれた階段のような遺跡だが、ほぼ破壊されていた。内部がむき出しになっている。
「この破壊は……甲竜ではありませんね、もっと背の高い竜、それもかなり手荒く……」
「衛竜か」
誰かがつぶやく。あの姿は獣人たちも目撃しているし、ベーシックの映像記録を全員で何度も検討している。その戦闘能力は皆の記憶に残っているだろう。
「ナオどの、いずれ衛竜とも衝突するでしょう、ベーシックで勝てますか」
「一対一の近接戦闘なら十分に勝てる。だけど奴らが何体いるか分からない。複数で不意をつかれると危うい」
なるべく冷静な評価としてそう言う。そもそも他にも危険な竜は多い。火蛇竜の炎だって、爆華伏竜の爆発だって十分な脅威だ。
「目的はやはり、巨人の武具かのう」
やや高齢の獣人が言う。
竜たちの王、竜皇は巨人の遺物を放置していたフシがある。巨人の実在を認めず、それがために巨人の遺物と思われるものも、巨人伝承にちなんで誰かが作った偽物だとしていた。
だが今は事情が違うのだろう。実際にその武器を扱える巨人が、つまりベーシックが現れたのだから。
「竜皇は……僕たちが集める前に武具を回収する気かな」
「もっと悪い可能性もあります」
シャッポが言う。
「衛竜たちにもあの武具が扱える、という可能性です」
「それは……しかし、別に巨人の武具でなくとも、大きな剣や鎧なら鉄で作ればいい話だ。確かにあの武具はテクト・セラミックでも傷つかないほど頑丈だけ、ど……」
……いや。違う。
「そうか……衛竜がCエナジーに、祈りの力に目覚める可能性が」
「ないとは言えません。もしそれが起きれば、最大級の脅威となるでしょう」
会議は繰り返されていて、そしていつも同じ結論に至る。
急がねばならない、と。
僕たちの予想したほど武具は集まらず、新たなベーシックも見つからない。
対して竜都で行われている「何か」がいつ完成するか分からないのだ。何かを作っているらしい、と噂されているが……。
「シャッポどの、しかしもはや候補地はほぼ回ったのではないですか?」
そして会議と、この船の方針も煮詰まりつつあった。
「そうですね、有力な伝承が残る土地はほぼ調べ終わりました。候補地はまだありますが、あまり有望とは言えません」
シュヴァリスト理想図書館での戦いから二ヶ月。
僕たちは船を使って世界中を飛び回り、遺跡であったり、大森林であったり、毒の沼地であったり巨鳥の集まる谷であったりを探索した。
そしていずれも空振り。巨人の武具も、新たなベーシックも見つからない。逆に野良の竜に襲われたのは10回以上だ。
理想図書館で集めた石板は千枚ほど倉庫に保管している。だけど鎧として機能しないどころか、動く気配もない。
シールはたまに竜都ヴルムノーブルの近くに出没し、竜使いたちと戦ったり、何かの破壊工作をしているらしい。竜都のニュースはあまり届かないので詳細は分からない。
シールは僕たちから2機のベーシックを奪っていった。その2機はどうしているのだろう。乗り手は見つかったのだろうか。
「竜都はますます守りを固めているようです」
ふとそんな言葉が意識に入る。いかん、会議に集中できてなかった。
「船にあった無人偵察機を飛ばしましたが、戻ってきません。竜に落とされたものと思われます。しかも、高度2000メートル以上で襲われました」
「それだけの高さを飛ぶなら火蛇竜ではないな。北方辺境から何か面倒な竜を持ち帰ったか」
つまり、竜使いたちも戦力を拡充させている。
竜皇は竜都で何をやっているのか。それにまったく踏み込めないもどかしさがある。いつかは攻め込まねばならないのに。
「北方といえば例の噂は」
「いや、あれはまだ確定情報では……」
獣人たちがささやくのを、シャッポが聞きとがめる。
「そちらの方、どのような情報でもかまいません。仰っていただけますか」
それはリスのような大きな尾を持つ獣人たちだった。二人は顔を見合わせてから言う。
「ほんの噂なんだが、北方辺境の一部が竜皇の支配から独立したらしい」
「何ですって?」
北方辺境は僕も行ったことがない。何でも峻厳なる山々がどこまでも続く山岳地帯であり、豪雪と極寒のために竜使い以外は踏み込まない。人の居住を拒む厳しい土地だという。
そこには火蛇竜をはじめ、北に行くほど強力な竜が棲んでいるとか。
「辺境の境界線から250キロ以上も北……山あいに要塞を作って立てこもってると聞いた」
「あの土地は竜の他にはネズミ一匹存在しない極地です。そこに拠点を作るなど……」
僕はキャペリンに耳打ちする。
「ねえキャペリン、生物がいないのになぜ竜が生きていけるの? 食べ物がないはずだけど」
「ようわかってへん。渡りの鳥を食べてるとか、竜は大地の気を吸ってるからとか言われとるけど、どれも怪しいと思うてる。竜使いやったら知ってそうやけど」
そういえばカナキバの時もそんな話を聞いた。竜は何も食べなくても生きていける。根本的に僕の知る生命の枠組みから外れた存在なのかも……。
「ナオ様、いかがしますか」
シャッポは僕に振ってくる。一兵卒の僕に決定権はないが、ベーシック乗りとしての意見が欲しいのか。
「ベーシックは零下140度でも活動できる。行ってみるなら異存はない」
「分かりました。普段は偵察をカラス羽根の方々にお願いしていますが、あの方々は北方辺境では活動できません。ナオ様には偵察の段階からお願いすることになると思います」
「分かった」
会議の話題は移っていく。
船内環境の整備、備品の充実、来るべき決戦の日に向けて個人用武装を船の設備で作れないか、などなど。
会議が終わったのは1時間後。僕とキャペリンは連れ立って退席する。
「北方に行くことになりそうやなあ。その要塞を作ったって人らも気になるけど、きっと竜使いたちとの戦いになるで」
「ああ、そうだね……」
さらなる激戦の予感。それが僕の中である決意を固めさせる。
つまりは、頃合いということだ。
僕は廊下の奥に見える背中へと足を早める。
「? ナオやんどうしたんや、急に急ぎ足になって」
彼は大柄な上に歩くのが早い、追いつくのにかなりの距離を要した。
「レオ」
「む、ナオか、なんだ、言うべきことがあるなら会議のときに言っておけ」
申し訳ない、覚悟を固められていなかったんだ。
この2ヶ月、色々な場所を旅して。様々な竜と戦ってきた。
そして分かってきたこともあり、決断したこともある。僕はそれをレオに告げねばならない。それが戦士として、組織の一兵卒としての僕の義務だから。
「レオ、君を見込んで提案がある」
「なんだ、早く言え」
「……ベーシックに、乗る気はないか?」




