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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第八章 数多の獣人、孤高の賭博師、精神の果てを追い求む
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第四十五話



「なんだ……こいつは!?」


万を超える石板で構成された四足獣。遠目に見ればゆっくりとした動きに見えるが、踏みつける足は自由落下の速度。何十枚もの石板を踏み割りながら歩く。その一歩はビルの落下に相当する威力。


「ナオやん! だいじょぶか!?」

「大丈夫だ! それより明かりが消されてる、光のある方に逃げろ!」


体高はおよそ10メートル、全長は20メートル近くある怪物。石板に覆われた足を高々と上げ、一瞬のタメの後に打ち下ろす。


そしてやつは光を狙っている。トーチバルーンを設置した石板の塔を頭部で殴りつけ、崩れる塔をさらに踏みつける。


「くそっ!」


溶接銃ウェルドガンを撃つ。銃口の励起結晶レーザーコアから放たれるオレンジの火線。巨獣の胴体にぶち当たって火柱をあげる。


洞窟を震わせるような咆哮。無数の石板が擦れあう音。耳をえぐられるような強烈なノイズ。僕は音に押されるように後退し、巨獣が追い立てる。


「くそ、あの熱量に耐えるのか!」

「ナオやん危ない!」


闇の中から伸びる光、巨獣の後ろ足に当たる。距離があるために光が拡散し、火柱を上げるには至らない。


巨獣は背後からの攻撃に首を巡らすかに思えた。思えた、というのはそいつには目もなく、顔があるのかどうかも分からないからだ。僕は巨獣の視線から逃れて物陰に飛び込む。


『ナオ様、逃げてください、その銃ではあの怪物と戦えません』


シャッポの声だ。彼女はインカムを通してこちらを見ている。撤退の指示は当然だろう。

だがやつが暴れたせいで地形が変わっている。まともに走ってやつとすれ違えるか。


「……無理だ。ここで戦うしかない」

『ナオ様、しかし』

「あいつは溶接銃ウェルドガンで叫び声を上げた。効いてはいるんだ、おそらくあいつの内部に本体がある」


そうだ、冷静になれ。


まず、あれは巨大な獣が石板を纏っているわけではない。そんな獣は影も形もなかった。


そしてシールの操るベーシック・リサナウトだ。

あれは石板を繋ぎ合わせたような鎧を着ていた。巨人の鎧とはひと繋がりの衣服ではなく、石板を操って鎧のように体を覆うことなのだと。


まさに、あの獣だ。


そしておそらくあいつこそが、この地下世界の王。


老いも滅びもない石の怪物。永遠を司る竜。


久遠竜リグレシオ


「シャッポ、あの怪物を久遠竜リグレシオと呼称する。船の背景放射干渉アクト・バックヤードスキャナーだ。それを使えばスキャンできる。システムを呼び出せるか」

『やってみます、ドワーフの方々、そのシステムを探してください』


おそらく、あの獣の中には本体がある、その姿さえ分かれば……。


その時、重機動車のタイヤが破裂するような音圧。爆発にも似た咆哮。


あの巨獣のものではない。しかし体の芯をすくませるような力強さ。


「受けてみよ!」


がぎいん、と強烈な火花が上がり、石板のいくつかが弾け飛ぶ。


「レオ!?」


まさしく彼だ。巨大なだんびらを振るって竜の足元にいる。

久遠竜リグレシオは斬りつけられた痛みがあるのかどうか、足を持ち上げてレオを踏み潰さんとする。レオはさらに一撃を斬りつけ、その反動で身をかわす。


「レオ! 無事だったか!」

「近づくなナオ! ベーシックのないお前の戦える相手ではない!」


あ、相手ではないって、まさかレオが戦う気なのか。あの竜は質量でレオの数千倍はあるんだぞ。


見ればレオの頭部には流血の跡が見える。たてがみの右半分が真っ赤に染まっているのだ。腕の出血を止めたのか、肘のあたりに包帯も巻いている。


草兎族ラビリオンの娘!」


闇の中に向かって声を張る。


「な、なんやウチかいな、どうしたんや!?」

「仲間の二人を向こうに寝かせている! 救助を頼む!」

「わ、分かったで」


獅子頭サジャの仲間も無事だったか。レオは手傷を負って闇の中に身を隠していたわけだ。


びいん、と金属板が振動する音。レオのだんびらが何度も巨獣にぶち当たる。


確かに巨獣の鈍重さではレオを捉えきれない。石板にして数枚とはいえ巨獣に手傷を負わせてるのも確かだ。


だが――。


暗がりの中に球体が生まれる。それは互いに接触せず、球状空間を飛び回る数十枚の石板。強烈な運動エネルギーを宿したままレオの方に突っ込む。


「危ない!」


オレンジの火線。熱波が巨獣を捉え、空を飛んでいた石板がまとまりを失いその場に落ちる。


「レオ、僕が気をそらす、だから慎重に戦って」

「手を出すな! あの石板を飛ばす攻撃をヒト族が喰らえば即死だぞ!」


なっ……。


そうか、レオの流血。

僕たちが降りる前、あの攻撃を何度も喰らいながら戦っていたのか。

だが35キロの石塊だぞ、いくら獅子頭サジャの戦士でも……。


どごおん、と数十の音が重なり合う音。


「! レオ!!」


しまった、石板の球体。闇の中から飛んできたものは目視できなかった。


「まだまだあ!」


だがあろうことか、レオは即座に立ち上がってだんびらを振るう。


なんというタフネス。だが遠目にも分かる、頭部からの出血は拡大している。歯を食いしばって立っているのだ。


「レオ……」


『ナオ様』


シャッポからの通信だ、僕は耳に手を当てる。


「シャッポ、どうした」

『あの竜、久遠竜リグレシオと思われる巨大な影をスキャンしました。内部に小さな……ほんの手桶ほどの大きさしかないものが見えます』


手桶……。


僕は、あの魔獣の中にベーシックがいる可能性を考えていた。

だが考えてみればベーシックのように大きなものなら、ドワーフたちが明かりをともした時に見つかっているのが自然だ。


手桶サイズの生き物、それが久遠竜リグレシオの本体か。


だが、その小ささでは船のX線レーザーで狙えない。溶接銃ウェルドガンで熱を浸透させるにしても時間がかかりすぎる。


どうする、どうすればいい。


「……待てよ、そうだ、明かりだ」


あの巨獣は身を隠していたレオを攻撃できなかった。明かりを頼りに探す必要があったからだ。


やつは完全な闇の中では活動できない。最低限の明かりは必要なはず。入り口付近の明かりを消したのは、僕たちを逃がすまいとしてのことか。


残っているトーチバルーンは2つ、巨獣の近くに一つある。あれを溶接銃ウェルドガンで狙撃すれば。


トリガーを絞る。オレンジの火線はやや拡散しながらも直進し、ビニールの風船を貫く。そして地下の一角に闇が降りる。


「ナオ、何をする!」

「一旦退却だ! 僕は君たちを救出に来たんだ! やつは無視して上に逃げよう!」

「む……仕方ない、か」


巨獣の咆哮。めったやたらに周囲を踏み荒らし、石板を飛ばしているのが分かる。


だがこの空間は広い、巨獣との間に遮蔽物を置きながら進めばまず当たるまい。トーチバルーンは遠くに一つだけ残っており、だいぶ目が慣れてきた今なら移動は可能だ。


そして僕は、奥側へ・・・


巨獣が入口側へ動く気配がする。音だけでもその輪郭を感じ取れる。そのでかい尻に向けて溶接銃ウェルドガンの一撃。


「! 今のナオやんか!? そっちは出口と反対や!」

「こっちで巨獣の気を引く! 心配いらない! 君たちが逃げてから僕も離脱する!」


さらに2撃、3撃。

オレンジの火線が弾ける一瞬、その体が見える。無数の石板が連なる様は鱗というより焼けただれた皮膚のようだ。不規則で不格好。洗練されていたベーシック・リサナウトの鎧とは似ても似つかない。


「あの力は何なんだ……? 石板は治癒のまじないに関係しているんじゃないのか? あれは念動力キネクトとかに近いものに見えるが……」



――あれは知性。



「!」


今の声は? どこから?



――かつて時空の最果て。ある図形パターンを共有することで分子の不確定挙動に干渉し。自己を自由に動かす意志が存在した。その星で唯一の個体。生命とは言えないが、知性は存在した。



何らかの録音デバイスだろうか。石板の山に埋まっているのか、声が複雑に反響して届く。蓋のされた井戸から響くような不気味な声だ。



――それは無機物であるがゆえに老いはないが、劣化は訪れる。傷つくこと、風化することは彼にとっての罪だった。



理性的で、何もかも分かっているような口ぶり、なぜそんなことを知ったのだろう。



――数えきれない歳月の果てにその知性は術を産んだ。時空回帰。それは図形パターンであり、すべての石板に刻まれている。



何の話をしているんだ。その星で唯一無二の知性……?



――蛮神がその知性を呼び寄せ、巨人たちは図形の力を音声パターンとして励起させ、世界の定義の中に組み込んだ。物理法則すら書き換える力、巨人のまじない。



そうか、シールの言っていたこと。

無限の時空、無限の世界から強者つわものを集める怪物。


強靭で強大な怪物たちを競い合わせ、最も優れたものとつがいになろうとした男神だんしん……。


「この星は、多くの存在を呼び集めてつくられている……?」



――どうやら、彼は。



声はまだ続いている。僕は意識が引きつけられる。



――ブルームは。


――賭けに、勝ったようだな。



……?


飛来音、が。


「!」


とっさに飛び退く僕の体を、いくつもの石板が撃ち抜く。筋繊維を断ち、骨にヒビを入れる質量の暴威。


「がっ……!」


くそ! 油断した! やつが火線の方向に石板を撃ち込んできたのだ。僕は常に動き回らねばならなかったのに。


巨獣を見る、やつは球体を生成している。


それは数十枚、あるいは百枚近い石板が球状空間を飛び回る姿。けして互いにぶつからず、かつ高速に飛び交う気配。


やつは手応えを感じたのだろう。僕の声がしたあたりに特大の一撃を打ち込む気か。


何とか、物陰に行かねば。だ、だが、足が……。


だが、あの凄まじい数。もし衝突すれば、ビルを遮蔽物にしていてもひとたまりもない。


その球体が、こちらに。


「くそっ……!」


僕は目をつぶり、せめて体を丸める。


破壊、破壊、破壊。


世界の破滅のような音。石板の豪雨。あらゆるものを破砕する質量の重奏。


「……!」


五感が消し飛びそうになる。恐怖に心が破裂しそうに……。


「なっ……」 


僕は驚愕する。石板が当たらなかったからではない。僕をかばっている人物に気づいたからだ。


「レオ……!」

「無事か、ヒト族のナオ」


巨獣の方角に胸を張る彼。彼の前には石くれが積もっている。まさか、今の攻撃をまともに受けたのか。正面から。


「れ、レオ……なんて無茶、を」

「ナオ、やつはどこだ」


レオは暗闇の中で身構えている。トーチバルーンは遠くにまだ一つ残っており、巨獣の姿はぼんやりと浮かび上がっている。


その姿を認識できないという、ことは。


「やつの方向を教えろ、このだんびらで今度こそ打ち砕く」


レオはだんびらを構える。鍔から先がほぼ消失している剣を。


そして巨獣は三度、あの球体を。


「う……」

「ナオ、あの光は何だ」


レオは何かを呟いている。どうする、僕ももはや動けない。溶接銃ウェルドガンも、もはや完全に破壊されていて。


「ナオ! あの光は何だ! お前たちの武器か!」

「え……」


何も見えない。遠くのトーチバルーンが照らし出すのはすべてがモノクロの世界。生命のない石だけの世界。


「あれは何だ……乱れ飛んでいる。体に張り付いてくる。む、そうか、こうやれば体の中に取り込める……」


妄想だろうか、レオはうわ言のような言葉を繰り返す。


巨獣はレオの耐久力を認めたようだ。こ今度はさらに大きく、数を増した球体を形成している。


「ナオ、そうか、分かったぞ」

「レオ、僕を置いて逃げてくれ、あれに何度も耐えられるわけが」

「聞け! これが祈りの力だ! 意識することで我がたてがみの中に取り込める光の粒だ!」

「レオ……?」


レオはだんびらを大上段に構える。もはや刀身もなく、その体は満身創痍。だが力強く、堂々たる構え。


そして巨獣の放つ、破滅の玉が。入り乱れて飛ぶ石板が。



あらゆるヴァグラン・竜を断つ光をエル・ソルズレイ!!」



瞬間。レオの腕から伸びる光の剣。


振り降ろす刹那にオーロラのような光の壁となり。


無数の石板を斬り裂き、巨獣の影を斬り裂き。


そして暗闇の世界を斬り裂き。天蓋すらも斬り裂いて。


すべてが終わったとき、世界には光が満ちていた。



石板の街は天井を失い、太陽の下にその姿を晒していた――。


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― 新着の感想 ―
[一言] ライオンさんの唐突な悟りに、典型的な覚醒した主人公を見る登場人物の気持ちを味わうことになるとは。確かにはたから見ているとこれは心配になる。
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