第四十四話
シュヴァレスト理想図書館。石板の街にて、僕たち調査隊は額を突き合わせて議論を続ける。
「ベーシックで降りるべきではないか。爆薬で上層を吹き飛ばせば降りられる」
「危険だ、レオどのがどんな状態か分からんのだぞ。石板が崩れたならどうなるか」
「また調査隊を出すか、今度は注意しながら」
「何かがいるとして、その大きさも数も分からんのだ、もう少し上から調べてからのほうが」
彼らの懐疑には怯えも混ざっている。
レオの通信途絶からの沈黙、屈強な獅子頭の戦士が三人いてもそうなったのだ、尻込みするのも当然だろう。
「ナオやん、ベーシックであの穴を通るのは無理かなあ」
「無理だ。ベーシックの素体は軽量で装甲が薄いから、特殊な姿勢で閉所を通れる移動方法もある。それでも直径2.6メートルの円芯空間が必要だ。あの穴を計測してもそこまで広くない」
「ナオどの、上空の船に強力な武器は無いのですか。個人が携行できるようなものが」
「ない。僕たちは個人兵装を持たない」
それは星皇軍の兵士に共通している。僕たちは星皇陛下から下賜されたナイフが一本あるだけで、個人用の火器は持っていないし、船にも積んでいない。傭兵が個人的に持っているものはあるが、乗船の際にはコンテナに入れてロックをかけられる。
この惑星に飛ばされたのは作戦行動中だったから、傭兵の私的な武器は船に残ってないだろう。
『ナオ様』
通信機からシャッポの声。集まっている他の調査隊のインカムにも届いたようだ。
「シャッポか、どうしたんだ」
『個人用の火器は用意できました。カラス羽根の方に運んでいただきます』
なんだって?
そして黒い羽根を持つ獣人が降りてくる。その手には一丁のライフルが。
「……ん、これは、装甲補修用の溶接銃じゃないか、武器じゃないよ」
手近な石板に放射してみる。先端からオレンジの光線が放射され、石板に当たって激しい炎を上げる。
「あ、けっこう出力があるな……」
『ドワーフに改造していただきました。収束性能を調整して有効射程を10メートル程度にしています。お役に立ちますでしょうか』
戦艦に空気漏れが発生した際、浸潤プレートに低温溶融合金を貼り付けてこの銃で炙るわけだ。到達温度は確か1300度ほど。まあ生物相手なら十分に有効だろう。
「ありがとうシャッポ、役に立ちそうだよ」
「ナオやん、それ持って降りるつもりなんか?」
そうするしかない。
僕は戦士だ、ベーシックが降りられないからと言って人任せにはできない。
「みんな、もし地上に竜が出たら船に連絡を、すぐにココのウィルビウスが降りてくるはずだ」
「しゃあないなあ。ほんならウチも行くで、調査には草兎族が必要やろ」
ココが背中に抱き着く。本当は連れて行きたくないが、この溶接銃は両手がふさがってしまう。明かりの確保も含め、暗所での単独行動は危険すぎる。
「分かった、何かあったらすぐに逃げるんだよ」
「心配性やなあ、ナオやんより逃げ足は速いはずやで」
そして僕たちは縦穴を降り、石板の都へ。
まず小型のライトで慎重に周囲を照らす。レオたちの姿はない。どこかでがらがらと崩れる石板の音。レオたちが戦ったためか、割れた石板も散乱している。
「石板しかあらへんなあ、というか広っ……なんちゅう広さや」
確かに、降りてみると分かるがここはまさに石板の都市。
同じサイズ、同じ文様の石板が無数に積まれ、それがビルや山の見立てに見えてくる。
石材だから厳密に言えば模様の違いはあるし、欠けてたり割れてたりするものもあるが、同じものがこれだけ大量にあるというのは少しの不気味さを覚える。
「キャペリン、明かりは最小限に。何かが潜んでいる可能性が高い。そいつに狙われたら」
「大丈夫なんだよ」
声は腰の高さから聞こえた。何人かの槌妖精がとてとてと走り、手近な石板の山に登って器具を設置する。
それは一言で言えば紐付きの風船である。内部のガスが電気的な刺激を受けて発光する。すぐにこうこうたる光が生まれた。
夜間作業用のトーチバルーンだ。明るさは6000ルーメン。柔らかながらも強い光が周囲を照らし出す。
一つの持続時間は11時間。しかも膨らませる前は一つ15グラムしかないのだ。兵士が利用することはあまりないが、工作班などには重宝されている。
「そんなもの見つけてたのか」
「これは工房で作ったやつなんだよ。ガスは船の機械で作れるから簡単に組めるんだよ」
「アルゴンのアルゴリズムがネオンのニューロンなんだよ」
「ハゲた人が光るのと同じ理屈なんだよ」
「違うと思う」
ドワーフたちは先行して高台の上を飛び回り、30メートルほどの間隔でトーチバルーンを設置していく。そして空間の全容が分かってくる。
「奥に下っていってるな……」
全体として石畳のようになってる地面だが、よく見ると時々段差があって、奥へ行くに連れて下っている。
レオたちはいない。彼らが遭遇したと思しき「何か」も現れない。明かりを見て警戒したのだろうか。
「暗いところにいる生物なら明かりが苦手かもな……。なるべくバルーンを増やしながら行こう。どうせ最小限の明かりでも向こうには察知されるだろうし」
「せやね」
レオたちがやられるほどの生物ならやはり竜だろうか。それも高位の竜。戦うにしてもなるべく洞窟を荒らしたくない、鎧の回収が……。
「そうか、鎧を探しに来たんだったな、この石板は関係ないのかな」
石板に触れてみるが、何も起きない。
シールのベーシックはこれに似た石板を無数に連結させたものを鎧のように着ていた。しかしどうやって操るのだろう。
「おかしいでナオ、広すぎる」
キャペリンが言う。
すでに入り口から300メートルあまり。地下世界はヘビのような細長い形状で、下りながら奥へ奥へと続いている。
「広すぎる?」
「この石板の数や。ざっと計算してるけど、もう100万枚を超えとる。これを一人で作ったやなんて信じられへん」
すでに昼間のような明るさである。見渡せば石板の総量はとてつもない数だ。よく見れば洞窟の壁までも石板である。
確かにおかしい。人間の人生なんて80万時間あるかどうか。この石板の街を人力で作るには自動化された工作機械か、数百人単位のマンパワーが必要だろう。
しかし削り方の特徴などから、一人が作ったものと聞いているが……。
「ナオ、何か落ちてるんだよ」
ドワーフの一人が言い、高台から下を指差す。
そこに行ってみると、黒いカートリッジが落ちていた。記録用のレコーダー。いや、ベーシックの記録端末だ。
「なんやそれ?」
「ベーシックの内部はこれが常に記録を取ってる。音声に映像に操作ログ、他にもバイタルとか色々ね。プライバシーは保護されてるから通常は提出義務はないけど、戦闘時に大破した機体からはこれが回収されるんだ」
「ふーん、旅日記の自動版みたいなもんやね」
キャペリンはさすがに察しがいい。僕はそのブラックボックスの再生を試みる。
瞬間、手近な空間に人物が投射される。パイロットスーツを着た初老の男だ。全体として熊のようにごつい体格と豊かな口ひげ、年齢は初老というところだが、髪はまだ真っ黒なままだ。
やはりブルームだ、間違いない。
「うわ、人が出てきたで」
「立体映像だ。この空間の最後の場面を記録してるんだ」
しかしなぜブラックボックスを持ち出したんだろう。もしかして個人的なレコーダーとして使ったのか。
「あー、今日で何日目かな……。すまねえ、独り言でも言ってないと頭が真っ白になりそうでな」
彼は石板を削っている。星皇軍に下賜されているテクト・セラミックのナイフだ。そしてうわ言のような言葉を話している。
「ナオ、他にもいろいろ見つけたんだよ」
「え?」
ドワーフたちは三人、いや五人かな? 彼らが何人いるのかは分かりにくい。
それが入れ替わりでやってきて、索敵用の映像記録装置だとか、携帯端末を改造した録音装置だとかを持ってくる。
「色々あるな、ブルームは工兵だったからな……。うわ、これはパラフィンをプラスチック板に貼ったアナログレコードか? こんなものまで……」
やはりブルームは何かを伝えようとしている。それも念入りに、何度もだ。だがおそらく彼は、まともに思考ができない状態になっている。
そこまでしてなにを伝えたかったのだろう。
立体映像はずっと喋り続けている。
「この場所で石板を彫り続けている。石切り場から運んだ石は何トンになっただろうな。まあ関係ねえ。ここで彫り続ける限り永遠が失われることはない」
「気をつけてくれ、永遠を司る竜が俺たちを狙っている。迷い込んだ者から死を奪う。石板を彫り続ける。それが力になる。気をつけてくれ、永遠が……」
「この石板は永遠の象徴、永遠の肉のかけら。俺はなぜここにいるんだろうな。望んだはずなのになぜか焦っている。これを見ている誰か、俺のことを覚えているか、俺はこんな男だったか、思い出せない、永遠とは……」
……。
何か妙だ。
言っていることは支離滅裂だが、ブルームはずっと同じ場所で、数時間かけて石板を削っている。
64倍速。128倍速。やはり動かない。ブルームに何の生理現象も起きない。彼は眠りもしなければ食事も摂らず、ひげが伸びる様子もない。
「ブルームに何が起きている……?」
「ナオ、これや」
キャペリンが言う。彼女が持っているのは監視カメラにバッテリーを接続したものだ。無泳動型の全固体電池だから時間経過では劣化しない。
「これが一番古いみたいや。つまりブルームっちゅう人がおかしくなる前のもんやと思う」
「……見てみよう」
映像確認用の液晶がついていたので、それで見る。
それは光の中、小さな畑と井戸を備えた小屋だ。
これは外にあるものだ。カメラは畑と井戸をなめるように映す。どうやら誰かが手持ちカメラの要領で撮影しているようだ。
「映像記録。この俺、ブルームはシュヴァリスト理想図書館と呼ばれる遺跡に来た。この小屋を借りつつ遺跡を調べるつもりだ」
「遺跡調査なんざ趣味じゃないが、この星では古代遺跡ってもんに関心が薄いらしいからな、今のうちに調べておくに越したことはないだろう」
「さてこの石板、いったい誰がいつ作ったんだろうな。見たところナイフのようなもので彫られてるが」
……。
いったん映像を消す。
「ナオ、もうええんか?」
「記録は重要な気がするけど、膨大すぎる。今はレオたちを探すのが先決だ」
すべての情報を集める余裕はなく、すべての情報を精査する時間はない、兵士はそんなものだ。
だが、おぼろげながら推測できることはある。
「……ブルームは遺跡を調べるうちに地下に降り、「永遠を司る龍」に触れた」
「うん、そんなこと言うとったね」
「永遠とはつまり不死だろうか。想像するに、ブルームはこの石板を彫り続ける限り死なない体になった」
「え……」
とっぴな想像だ。真実を言い当てるにしては大雑把すぎるが、確かにブルームの体に老いが見えなかった。あの作戦行動の前。最後に見た初老の年格好のままだった。
キャペリンが、鼻の頭に指を当てて言う。
「んー、こういうことやないか? 石板は巨人の鎧に関係している。鎧は癒やしのまじないに関係している。あの癒やしは自己治癒っちゅうより時間を巻き戻すみたいやった。つまり、癒やしのまじないを受けてる間はトシを取らない」
「うん、正解に近い気がする。この星に順応する前は、とても出てこなかった想像だけど」
「永遠を司る竜……名前を仮に久遠竜とでもしよか。それは定期的に癒やしのまじないを与える代わりに石板を彫らせている、っちゅうわけやね」
「久遠竜か……。この石板がやつの細胞だ、ってブルームは言ってたけど……」
鼓膜が押される。
そう感じたのは洞窟に響く轟音だ。大気を揺らし、無数の石板をカタカタと怯えさせる。
そして視界の端に変化が起きる。洞窟の入口近くの明かりが消えたのだ。
「何や!?」
ごおん、どおん、けたたましい音が洞窟を揺らし、入り口に近いものから順に明かりが消えていく。
「何かが近づいてくる! かなりでかいぞ!」
「そんな! 何もおれへんかったで!?」
そして石板を踏み砕き、唸り声を上げて迫る影は。巨大な四足獣。
その体のすべてが、石板で覆われた獣。
「まさか、こいつが」
永遠を司る竜!
僕とキャペリンは左右に分かれて走り出し、一瞬後、僕らのいた地点を数千枚の石板が踏みつけた。




