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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第八章 数多の獣人、孤高の賭博師、精神の果てを追い求む
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第四十二話





場所を移してレオと話をする。


ここは中層のラウンジ。兵士や搭乗員のための食堂スペースであり、マルチクッカーが並んでいる。

いくつかはすでに稼働していた。ドワーフたちが肉入りのシチューだとか葉物野菜のサラダを受け取っている。


「肉のシチューにダシが効いてないんだよ」

「野菜でダシを取るんだよ」

「野菜スープも味が薄いんだよ」

「お肉でダシを取るんだよ」


まだ試行錯誤が続いてるらしい。


「持たざる英雄というのは獅子頭サジャに伝わっている伝承だ」


レオの目の前には平皿があり、ビー玉のようなものが入っている。オブラートのような高分子膜で包んだ水だ。無重力環境でも摂取できる水分であり、飲みやすいとのことで獣人たちに好評らしい。


「およそ数百年前、我が獅子頭サジャがいくつかの部族に分かれて戦乱に明け暮れていた頃、一人の獅子頭サジャが現れた。その者は誰よりも強く、大きな武器を扱う大英雄であったが、戦いの虚しさを悟って山にこもった」

「山に……そんな獅子頭サジャもいるんだな」

「何年か経って、その獅子頭サジャがふたたび人里に現れた。かつての英雄にはその首に価値があったため、彼を見つけた獅子頭サジャの男たちは有無を言わさず襲い掛かった」

「乱暴やなあ」

「戦乱の時代の話だ。だがその英雄は、襲い来る荒くれ者どもを無手にて討ち伏せた。その右腕は剣となり、その左腕は盾であった。やがて英雄はすべての部族を討ち果たし、戦乱の時代を終わらせる英雄となった。英雄は祈りの所作の他に何も持たず、最後まで寸鉄すら帯びることはなかったという」


それは……確かに出来すぎた話だ。獅子頭サジャが当時何人いたのか知らないが、戦略局面を一人で変えるのは軍人の常識から外れている。


「おそらく何人かの英雄や王の話が混ざっており、さらに大きく膨らませている。だから与太話だというのだ」


レオの言うとおり、数百年前の伝承だから元の形を伝えてないかも知れない。

だけど僕たちの調査は1から10までそんな感じだ。気になる記述が散らばってることには注目したい。その右腕は剣であり左腕は盾。祈りの所作の他に何も持たず……。


「似たような話やったらクマの人らにもあったで、右腕ひとつで岩を両断したっちゅう豪傑の話や」


キャペリンがメモをっている。


「ほらここ、狒々ひひの人らにもあった気がするな。きっとそういう昔話の類型が……」


そこでキャペリンはふと表情を固くして、手持ちのメモをいくつか並べる。いったいどこに持っているのか、日めくりカレンダーのような大きめのメモ帳がいくつも出てきた。


「いや、おかしい。狒々ヒヒの人らは獅子頭サジャと接点がない。それに素手で砕いた・・・やなくて斬った・・・ってとこが共通してる。おっきな自然石が自然に割れて、それは怪物や英雄が割ったと言い伝えられることはあるけど、古代の城壁とか船にも真っ二つになってるもんが見つかってる。石の剣で? いや、あの剣を使えるサイズの獣人はおれへんし……」


大量のメモに大急ぎで何かを書き足していく。付箋のように小さな紙を挟み込むこともある。彼女のメモは生き物であり、情報という食料を得て成長していく。


「……ナオ、これはもしかして、巨人のまじないとちゃうか?」

「! そうか、竜を断つ光のまじない!」


連想が浮かんでくる。今まで雑然と散らばっていた情報の森に、一すじの道が生まれる。


「巨人のまじないだと? ウサギの娘よ、持たざる英雄がベーシックに乗っていたとでも言うのか」

「そうやあらへん、生きてる生物が生身でまじないを使った可能性や」


そうだ、それならば説明できる。


シールは祈りの力でCエナジーを充填できる。


それはとりもなおさず、シール自身がCエナジーを生み出してるのではないのか? そしてまじないの力を行使した……。


巨人の遺産ギガントレリクスとは巨人のまじないを拡大させる武具だ。武具が無ければ規模は縮小されるが、まじない自体は使える。

盾のまじない。「炎の厄災ゼルド・は盾の前に散るアシュ・ヴァーニス」は素手の状態ならば手の周辺だけ炎を打ち消すが。盾を使って拡大すれば周辺のあらゆる燃焼現象を打ち消すまじないに変わる。

では剣のまじないを、剣を使わずに・・・・・・行使したなら?


「ううむ、持たざる英雄が、まじないを使っていた可能性か……」


レオは少し考えてから、立ち上がって手刀を振りおろす。


あらゆるヴァグラン・竜を断つ光をエル・ソルズレイ


がん。


あ、テーブルのカドにもろに。


「…………は、ふ」


悶絶してる。大丈夫かな。


「よっしゃ、ナオもやっとくか?」

「いや、うん、やるけど、紙とか発泡スチロールとかそういうのでね……」





その後もいくつかの種族を訪ね、食事をして休憩を取り、巨人についての資料を紐解くのを手伝い、ココと剣の訓練をする。その間に何度かまじないを唱えて腕を振る。


当然のようにというか、僕の手は光りはしなかった。


だがまあいい、仮定の域ではあるが方針は掴めた。


生物が生身でまじないを使える可能性、それを追求していく。


「そのような伝承でしたらいくつか残っています」


シャッポを訪ねる。彼女は司令官として、今は船内の整備に力を入れていた。人数はさほどでもないが種族が多様なので、食事に排泄、運動に娯楽にといろいろ専用の設備が必要らしい。


司令室というのは数台のコンソールを備え、全周モニターに囲まれた部屋。前半分ほどはカメラ映像を投影しており、外壁が透明になってるように見える。


眼下には分厚い雲。上は蒼穹。飛行は安定しているようだ。


「キャペリン、資料室にある451番の箱と473番の箱を調べなさい。そういう話を納めた本が入っていたはずです」

「姉ちゃんおおきに。助かるわ」


現在、地上から収集した資料はマイクロコンテナ800箱あまり、まさかシャッポはその内容を覚えているのだろうか。


「ナオ様、まじないについては興味深い話ですが、そろそろ目的地に近づいております」

「うん……作戦を優先しよう。生身でまじないを使う方法はいつ身につくかも分からないし、実現できるかも分からないから」


モニターの一部に地形図が表示される。目指すは荒野の中にある一点。


「なんだっけ、図書館に行くとか」

「はい、クウォレ低地の塩原えんげんの果て、シュヴァレスト理想図書館です。ドワーフの皆さん、お願いします」

「イメージ映像出すんだよ」

「有名な廃墟だけど遠いんだよ」


表示される。それは古い本のイラストを取り込んだものだ。シャッポは資料のデータベース化を進めているらしい。


白っぽい塩の大地に囲まれた中に、青灰色の石だまりがある。

それは文字の刻まれた石板である。ドミノのように、あるいは積み木のように散らばっている。石板が積もって丘となり、重ねられて柱となり、敷き詰められて道にもなっている。石板で構成された廃墟の街、そんな光景だ。


「これは……?」

「はい、誰がいつ作ったのかも定かではない廃墟の街です。石板はほぼすべて同じ紋様パターンが刻まれており、文字だと思われていますが内容は解読されておりません。魔よけの文句でも刻んでいるのか、それとも作った人物の署名か、そんなものだと考えられていました」


古代の文字が解読可能かどうかはテキストの量が重要だ。すべて同じパターンなのだとすれば、情報量としてはこの量でも一枚の石板と大差ないのか。


ごうん、と船体にブレーキがかかる感覚。目的地上空に差し掛かったのか。


「しかし彫ってある文字の特徴からして、これはおそらく一人の人間・・・・・すべてを刻んだものと考えられています。5キロほど離れた石切り場から石を切り出し、カナヅチとノミで文字を刻んだのです。その数、およそ16万枚」

「なっ……」


一人の人間が80歳まで生きたとすると、その生涯は29220日。石に文字が彫れる期間は25000日あるかどうかだろう。


16万枚……。いったいその人物は何を思い、どんな生涯を送ったのだろうか、この地で。


表示されるイラストには掘っ立て小屋のような家と、わずかな畑、そして井戸もある。最低限の自給自足をしながらそんな大事業を行っていたのか。


「せやけど姉ちゃん、この石板の山がいったい何やのん? 内容はどれも同じなんやろ」


キャペリンの疑問はもっともだ。シャッポは静かにうなづき、僕に視線を向ける。


「実は、巨人に関して石の剣や盾、兜などは伝承が残っているのですが、鎧に関しては残っていませんでした。巨人が鎧を着ていた、という話は残っているのですが」

「そうなのか」

「ナオ様、覚えておられますか、竜狩りの巨人が見せた癒しのまじないを」

「覚えてる……天変地異のような光景だったからね」


あの時、シールの装備していた鎧がパーツに分かれ、半径数百メートルの範囲に広がって……。


「あ、もしかして」

「そうです。巨人の鎧とは、戦士たちの着るようなひと繋がりの衣服ではない。無数の部品が必要に応じて連結するのではないか、と考えました」


機動装甲アクトアーマーのようなものだろうか。機動戦艦の表面を自立飛行する装甲板であり、敵艦の砲撃に対して最適な位置と角度を取ることで砲撃をはじく装甲だ。

鎧が数十枚、あるいは数百枚の浮遊体であり、必要に応じて鎧の形を取る……。なるほど、技術的には星皇軍でも作成可能、それなりに運用面での合理性もありそうだ。


何しろ千年前からの情報なので、創作に誤解に伝え間違いにと正確性は欠いている。だがシャッポは彼女なりの結論を出したらしい。


「シュヴァレスト理想図書館。ここには奇妙な噂が伝わっています。この遺跡に石の竜が現れるという噂です」

「石の竜……」


デル・レイオ渓谷の地下にも似たような噂があったが、今回の噂も何かの真実を伝えるのだろうか。


巨人の鎧、石板の遺跡、石の竜。


それぞれの繋がりは曖昧で、しかし何かしら共通項を感じる。調べてみる価値はある。


「まもなく降下地点なんだよ」

「兵員用のパラシュート準備できてるんだよ」


戦艦は下に降ろさず、このまま降下を行うらしい。


「ナオ様、調査班と戦士を合計20名降ろします。ナオ様は大型の竜が現れた時のために同行してください。ココ様は船の守りに残っていただきます」

「わかった」


実に慎重だ。まるで何年も前線で戦っている指揮官のように、あらゆる可能性に備えている。


「ほなウチも行くで、調査やったら任せてえな」


そして20分後、真昼の日差しの中をパラシュートが落ちていく。


大昔にはパラシュートでの降下は専門技能であり、何時間かの座学と練習が必要だったらしいが、星皇軍の装備には無縁の話だ。パラシュートは複数のセンサーが高度を読み取って自動でセールを展開。角形セールを微調整して目視した位置へと降下していく。ベーシックは先行して降り、塩原に降りる寸前でスラスターをふかして着地。


「ううむパラシュートか、理屈は分かるが大袈裟なことだ。翼を持つ連中に運んでもらえばいいだろうに」


レオがぼやいている。こちらの世界だと鳥の獣人を頼るのが普通なのかな。レオの体格を上げ下ろしするのは大変そうだけど。


「さてと……これがシュヴァレスト理想図書館か。本当に石板ばっかりだな」


大きさは縦横1メートルほど、厚みは7センチあまり。

ベーシックで持ってみると重量は35キロと出た。それなりに大きくて重い。


それが石畳のように敷き詰められて、あるいは縦に積み上げられ、あるいは無造作に山積みにされている。イラストで見た通りの光景だ。


「確かに文字が彫ってある……これ一枚彫るのに何時間かかるんだ? それをこの数……」


刻まれた文字を論理翻訳にかけてみる。平均して深さは8ミリ。線が繋がっているが3行で20文字ほどの文字だと推測される。明確な文章ではない、格言とかだろうか。


「ナオ、通信機のテストや、返事してくれ」

「ああ聞こえてる……なあキャペリン。これを彫った人間は、何を得ようとしたのかな」

「何やまだ入る前やで、ビビっとったらあかんで」


怯えてはいない。僕は戦士だから。


だけど戦士だから、理解できないものは警戒する。


どんな巨大な竜よりも、複雑なシステムよりも、この遺跡は警戒すべきものに思えた。


僕たちの常識など打ち砕くほどの、精神の果てが潜んでいるように思えて――。


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