第三十七話
「滅されよ! 竜狩りの巨人よ!」
アイガイオンが迫る。一瞬で数百キロまで加速し、手首のひねりでさらに勢いが乗った円月刀。シールは盾でそれをいなす。
楕円の軌跡、反りを持った刀が大地を斬り裂きながら旋回、風斬りの音を引き連れて盾を何度も打ち据える。
盾を狙っていると思ったが、違う、シールが相手の視界を塞ぐように盾を構えているため、盾しか狙えないのだ。
しかも感覚的に予想されるよりも衝撃が小さい。弾き返すのではなく、縦の角度を変えて反射させるように防いでいる。
「小癪な、たかが石の武具で竜皇に歯向かうか」
「これが……石に見えるのですか」
きいい、と周囲を高音が満たしていく。各部のイオンスラスターが推力を高めていく音だ。可変ノズルを上方に向けて自分を押さえつけるような噴気。鉄塊のような質量をベーシックに与える。
「これは内部に不壊のまじないを織り込んだ超硬物質。内部において粒子は独立していない。電磁気の流体は全体に循環している。それがために物質の最小単位に等しい結合力を生んでいる」
「はっ! 怪しげな言葉を並べおって! 妖術師の詭弁など聞く耳持たぬ!」
今のは、まさか原子と電子に関する言及なのか。
石の武具の中では原子核が独立しておらず、電子が全体を回遊するように動くことで強固な結びつきを生んでいる……。つまり石の武具の強固さは物理学における最大の力、核力に匹敵する? シールはそんな知識までも。
極彩色のイオンの風。シールの機体から噴き出される噴気が風となって四方に散る。アイガイオンが押されて体勢を崩し、そしてシールの刀をすんでのところで受ける。
「ぐうっ!」
「衛竜……。強き竜を何十体も素材とした合成生物。ですが、まだ途上……」
剣と剣が絡み合うような一瞬。円月剣が跳ね飛ばされる。瞬間、最大の噴気が大地の表面を剥がし、猛烈な土煙が。
「おのれ! 来るか!」
シールが機体を沈める。僕だけは察知できた。我知らず身構える。
膝からの閃光。薬圧サスペンションによる自己射出がシールの機体を飛ばし、アイガイオンの脇を抜け。
「なっ」
「あらゆる竜を断つ光を!」
一斬り払うのでなく全身を回転させるような動き。背後にいたテティス、そして名乗っていなかったもう一体の衛竜とすれ違い、上半身を吹き飛ばす。オーロラのような光がこの基地を両断するかに思える。
なんという速度。あの打ち合いの中で背後にいた竜の影を捉えていたか。
「テティス! タルボス!」
「気が入っていなかった……戦場においてあるまじき態度ですよ……」
血潮に染まった剣を振り払う。これがシールなのか。かつての彼女とはあまりにも違う。2年でここまでの強さを……。
アイガイオンは。
異常なほど喉を膨らませ、そして音圧を。
「火吹きの竜よ! すべてを灼け!!」
吠える。それはベーシックに乗っていなければ頭蓋骨がきしむほどの声。建物のガラスを割って、既に倒れ伏した竜たちが悶える声を上げ。
そして指示は迅速に聞き届けられる。上空にひらめくいくつかの火球。高高度に山なりに打ち上げられた火球が基地に降り注ぐ。
粘性を伴った火球が地面に突き刺さり、破裂し、手近な建物が輻射熱で真っ赤に染まり火の手が上がる。
「……武人が無辜なる人々を巻き込むのですか」
「はっ! このような基地を作る者どもが無辜であるものか。お前たち! こやつを囲め!」
すると、基地の反対側、ココの方にいた三体の衛竜が集まってくる。跳ねるように移動し、正確にシールの四方を囲む。ココは機体にダメージを受けていたのか、すぐに駆けつけて来れない。
シールの機体が盾を、ひし形の石の盾を頭上に構え。
「シール! 待て!」
「炎の厄災は盾の前に散る」
光の波動。音のように風のように拡散し、猛炎が煙を散らすようにかき消える。
火が消えるだけではない、焼けた鉄の赤みも、熱すらも薄らぐ。分子の振動そのものを抑え込む巨人のまじない。盾でそれを広域化することができる。
だが、盾による広域化はCエナジーを食う。すでにシールは何度もまじないを。
「知っているぞ竜狩りの巨人よ! お前が使えるまじないには限りがある。竜を斬り裂く光が出せなくなれば、我に対する決定打はなくなる!」
「ふ……」
シールは今度ははっきりと笑ってみせる。アイガイオンに見せつけるように。
「かつて、ナオ様はこの光をCエナジーと呼びました」
外部スピーカーを用いて、昔話をするように語る。
「それは精神の力。より正確に言えば濃密なる情報の循環が世界に罅を生み、背景世界たる高次元からの力を取り込む事象。かつて竜皇は、意図的に五感を閉じることで力を引き出せる者を見つけようとした。このように」
光が。
モニター越しにも分かる。シールの機体を薄い光が取り巻いている。
そして僕の機体にまで影響がある。Cエナジーがすさまじい速度で補充されているのだ。
「ナオ様の世界はそれを内燃機関に利用し、かつての巨人は四つのまじないに変えた。すなわち剣、盾、鎧、兜。四つの武具を回路として励起される高次元事象。まじないが使えるのはこの星に武具があるからであり、手元にあればその広域化ができる。そして広域化には際限がない」
剣に光が集まる。
石の巨剣が白く燃え上がるような眺め。高音が連続的にほとばしり、足元で石が割れる。
その、切っ先が。
腰だめに構えるその先で、数十メートルも。天を突くかに思えるほどの長さに。
「なっ……!」
「あらゆる竜を……」
やめろ。
分かっているのか、その剣の巨大さ。
それを円の形に振れば、僕まで、いや、背後にいる避難者までが。
声を出そうとする一瞬。
衛竜の一体が、シールへと駆け出す。
刀を捨て、手足を振り乱すような走り方、シールは一瞬そいつを見て。
緑の霧が。その衛竜から。
この霧は。
「!!」
光圧。炸裂する猛火と爆風。基地の建造物の間を破砕の風が突っ走る。
衝撃と破壊。それは建造物の表皮を剥がし骨を砕く。中央の邸宅が半壊しており叫び声がいくつも上がる。
「自爆ですね……。騎士としての誇りというより、竜皇の支配力ゆえでしょうか」
超硬物資の鎧には脅威とならない。シールは煙をかきわけるようにさっと腕を動かす。
こちらも直撃を浴びたが、剣を構えたことで衝撃の一部を防げた、何とか無事だが……。
衛竜は消えている。おそらく崖下に落ちて逃げたのか。
逃走した、という実感すら持てないほど迅速な行動だ。捨て台詞も残さず、全員が意志を一つにするかのように一瞬で消えた。敵ながら見事な統率だと言わざるを得ないか。
「逃げられたようですね」
シールが言う。
僕は警戒する、彼女の声からは緊張のトゲが抜けていない。
そうだ、彼女はなぜここに来た?
僕たちを守るため? そうであって欲しいのは認める。
それを確認することに畏れがある。問いたださずにやり過ごせるわけもないのに……。
彼女の鎧が。
白いベーシックを覆う石の鎧。無数の石板を繋ぎ合わせるように見えるそれが。分離している。
肩口から腕、胸部と腹部、石板をすだれ状につなぎ合わせたように見えるスカート部分。それが一辺数十センチほどの石板に分解されている。そのすべては花が彫刻されており、彼女の周囲を巡る衛星のように、ゆっくりと回転している。
「何だ……鎧が、分解されて」
「花咲き乱れ罪過を癒やす」
この呪文は……。
言葉がまじないの力となる。すべての石板の間を繋ぐように火花が散り、あたかも何かの回路であるかのように発光し、赤熱し、力が循環する気配がある。
石板の群れが領土を拡大。僕の機体を通り過ぎ、半径数百メートルの範囲に広がる。そのすべてがスパークで連結され、半球形の空間を形成する。
変化はすぐに現れた。砕けた建物が修復されていく。
割れた大地も、折れた弓も、僕とココが機体に負ったダメージまでも。
これは……まじないの広域化。
そうか、炎を防ぐまじないは盾によって広域化できる。癒やしのまじないは鎧によって広域化できるのか。
おそらく剣もそうだ。竜を斬り裂くまじないは、石の巨剣によって強化、増幅されているのだ。
では、兜は……。
そう思考しかける前で、また石板が彼女に集まる。ブロック細工のように彼女の周りに整列し、スカート仕立ての鎧に変わる。
「シール……」
僕は慎重に、猛獣を撫でるような心境で問いかける。
「シール……なぜ来たんだ、僕たちを助けてくれたのか」
「いいえ」
乾いた声。彼女のその答えはごく自然なものに思われた。
だが分からない。助けに来たのでないならなぜ癒やしのまじないを使ったんだ。彼女はもはやCエナジーを無尽蔵に使えるように見えるが、それでも消耗が無いとは思えないが。
今、彼女は何を直したのか。
「ナオ様」
と、ふいに昔の、村の巫女だった頃の彼女の声が響く。
僕に訪れる一瞬の忘我、かつての彼女の面影を無意識が追いかける。
「シール……」
「ナオ様、竜皇とは私が戦います。あなたはベーシックなどに乗らず、一人の市民としての幸せを探してください」
「……」
その言葉は、あるいは本当に僕への慈悲ゆえの言葉かも知れない。
だけど僕の内面に、ふつふつと煮えたぎるような感情が浮かぶ。
なぜ君にそんな事を言われねばならない。
パイロットは僕の生き方だ。
軍人としての義務だってある。
そもそもベーシックを乗っ取って自分のものにしたのは君じゃないか。
だがつとめて冷静さを保つ、口から出てきたのはこんな言葉だ。
「だめだ。僕はレジスタンスと行動を共にしてるだけじゃない。もう彼らの一員だ。この星を救うために竜皇と戦う」
「いいえ、あなたでは勝てない」
突き放すような言葉、彼女の声はすでに温かみのひとひらさえも失せている。
「勝てない……? なぜ君にそんなことが言える」
「そのベーシックは何者にも成っていないから。ナオ様と同じです」
何……。
「ベーシックとは何でしょう。優れた機械、精巧な人形、誰かの自我を拡大させる道具、それはどれも正しくない。ベーシックは人間なのです。進化した人間。人の新しい肉体。この星の覇者となり、私達を競わせている大いなる意思。星の皇から生まれるはずだった新しい人間なのです」
「何を、何を言っているんだ……?」
「無限の時空、無限の世界から強者を集める怪物がいました。強靭で強大な怪物たちを競い合わせ、最も優れたものと番いになろうとした男神です。かつては巨人たちが勝利しましたが、巨人は神を拒んだために滅ぼされた。そして千年の果て、第二次の戦いは機械文明が勝ち、機械の世界が宇宙の道すじとなった」
彼女は何かを話し続けている。だが言葉がまるで理解できない。
難解であるとか未知の知識であるという以前に、その言葉には危うさがある。何か、それを理解することが僕にとって恐るべき意味を持つかのような。
「ですが、深刻なバグが生まれた。あろうことか未来から送り込まれた存在がいた。あなたの世代の数十年後の機体、それが煌星竜。それは巨人の力を取り込み、この星の神をけがし、星の玉座に座っている。青き旗の元に集いし賢者たちは、一度だけ同じ力を再現できた。そして呼び寄せられたのがあなたです、ナオ様」
「分からない……何を言っているんだ。僕が何だと」
「ですが、あなたは玉座に座る資格はない。座れるはずもない。あなたは王はもちろん、何者にも成ろうとしていないから」
兜が。
シールの機体、その身につけた兜がにぶく発光し、モスキート音のような高音が響く。
「その名をかざせぬものは伏せよ」
警告音。
全方位モニターが一瞬で真っ赤に染まる。数十のエマージェント・コードが浮かび、自己防衛システムが励起している。
「何だと……電算攻撃!? まさか! この星で!」
システムへの強制的なアクセス、データフローへの侵食、超高密度で繰り返される認証へのアタック。
とても短く、かつ複雑怪奇なコードが送り込まれている。
まさか、これも巨人のまじないであると……!




