第三十五話
「第三次の偵察隊が戻ってきたで。もうデル・レイオ渓谷に入っとる。あと1時間ほどで来るはずや」
キャペリンが伝令係としてあちこちに伝えている。格納庫に待機していた僕とココはそれぞれの機体に乗り込んだ。
「ナオは避難者のいる建物だったね、あたしは食料庫か」
位置としては基地の東と西の端にあたる。
食料庫はこの基地のインフラに関わる施設が隣接しており、破壊されれば基地は機能を失う。重要な場所だ。
「ココ、通話はオープンにしておいてくれ、やり方は分かるね」
「たぶんね」
ベーシックは単独での作戦行動にも耐えうる機体。通信に工作、観測に分析とできることは多い。
すべての機能をココに伝えるにはとても時間が足りなかったが、仕方がない。もう敵は迫っている。
ココは不安ではないのだろうか。ベーシックのことを完璧に把握できていないことは分かってるはずなのに。
僕たちは格納庫を出て、それぞれの持ち場に向かう。
白亜の建物には物珍しそうにこちらを眺める人々も見える。興味はあるのに格納庫は覗けない。微妙なパワーバランスというか、しち面倒臭い事情があるのを感じる。
「なあココ、そういえば甲竜はどうやって谷を渡るんだ? この基地は断崖絶壁に囲まれてるのに」
「さあね、甲竜は大小いるから、小さいのを飛竜に運ばせるんじゃないか」
甲竜は大きいものは2トンを超えるが、小さいものなら成体で虎ぐらいのもいる。人間に飼われている個体は大きく育ちにくい。
竜の種族分布では甲竜が圧倒的に多く、また飼いならしやすい。竜使いでなくとも扱える大事な家畜だ。
対して竜使いたちの操る竜はどれも凶暴すぎる。従順に出来たとしても、火吹きの竜たちは集団での作戦に向かない。味方を巻き込みかねないからだ。
やはり戦略の要は甲竜ということだ。今回のような谷越えでは、いかに多くの甲竜を送り込めるかがカギなのだろう。
「だけど……向こうには火蛇竜もいるはずだ。それが真っ先にやってきて空爆、という手段が一番簡単なはず」
「それはないよ」
半ば独り言のようになっていた僕の言葉を、ココが否定する。
「なぜだ?」
「竜使いたちが先陣を切るなんてありえない」
「……」
竜使い……思えば不思議な人々だ。あの凶悪な火吹きの竜を自在に操る。それは甲竜を家畜化するのとはまた違うのだろうか。
「竜使いは……どんな竜でも操れるんだろうか。例えば伝説にある煌星竜でも」
「竜皇が乗ってたってやつだね。そもそも実在すると思ってなかったよ。まあ竜皇と名乗るぐらいだから何とかなるんじゃないか」
……そうだろうか。
音速を超えて翔ぶ竜。僕が今まで見てきたどんな竜をも超えている。まさに隔絶の存在。
そんなものを人が支配できるのか?
それともタマゴから育てれば人になつくとか、そんな話なのだろうか。何だかそれも違うような。
「……そもそも、基地の場所が割れてるなら竜皇が直接来ればいい。煌星竜なら一瞬でカタがつくはず」
やや自嘲気味に言う。しかし口に出してみるとその奇妙さが際立つ。
「……そうだよな。ずっと不思議だった。なぜ竜皇は、ずっと竜都ヴルムノーブルに引きこもってるんだろう?」
「さあね、病気じゃないのかい」
ココはどうでも良さそうに答える。考えていないわけではなく、考える意味がないことをすっぱりと切り捨てられる人なのだ。
……竜皇が引きこもったのは二年前から。
シールがベーシックを操り、世界のあちこちで竜退治をするようになってからだ。何か関係があるのだろうか。
たとえば、竜皇がいない時に竜都に攻め込まれると困る……?
(だめだな……分からない)
これ以上は推測に推測を重ねるだけになってしまう。僕も意識を戦いに振り向けようとする。
(……でも)
彼らなら分かるのだろうか。
長い耳を持つ獣人。あるべき時にあるべき物を運ぶ風。かつては大陸をその足にかけた耳長、風であったウサギなら……。
この基地はまるでタマゴのようだ。あらゆる雑駁としたものが詰め込まれ、いまにもひび割れそうに揺れている。
その中から何かが、生まれぬはずはないという予感。
「ナオ! 土煙が見える、来たよ!」
ココの声。僕はカメラを光学望遠に。
土煙を蹴立てて迫るのは数百の竜。僕はベーシックの各種観測機を連動させる。あらゆる波長の光が、あるいは音波が、戦況をリアルタイムで僕に届けてくれる。
竜たちの中に妙なのがいる。見た目はナイフに手足が生えたような細身の体。数体が寄り添って行進しており、間には少しだけスキマがある。
そして、その一体が大きく体をのけぞらせる。
するとナイフのような体はみるみる大きくなり、ハードカバー本に近い形状となってふわりと浮き上がる。
そして前を征く甲竜の背をたくさんの足で掴み、よろめくように飛ぶのだ。
「……浮力を持ってる。あの大きさで甲竜を抱えるのか。よほど軽いガスで体を満たしているのか……?」
「獣人の人らも準備万端だな」
基地の建物は中心となる邸宅を要として、左右に翼を広げるように展開されている。主戦場となるのは建物に囲まれた中央の広場だ。そこに三百人以上の獣人が集まっている。
「竜を放て!」
僕たちの横を駆け抜ける影、左右から解き放たれるのは十頭あまりの竜。敵方の竜たちとぶつかる。
甲竜はどがんと頭をぶつけ合ったり、大口を開けて威嚇し合ったり。進軍の勢いがそこで止まった。
「全軍、我に続け!」
そして軍勢が打って出る。中央にいるのはレオだ。その手に持つのは巨大な剣。幅広で肉厚、大きく湾曲しただんびらを担いで走る。
「無茶な、竜に肉弾戦を……!」
レオが息を吸う、すると全身の肉が膨れ上がるような錯覚があり、そのだんびらが信じがたい速度で動く。
それは竜の眉間を割り、レオはもんどりうつそいつの背を駆け上って向こう側へ。
「なっ……」
「さすが獅子頭の大首長だね。一撃とは」
彼だけではない。熊のような獣人がその爪で竜を斬り裂き、イノシシの頭を持つ獣人は長槍を振るう。
場はあっという間に混戦となる。竜たちが暴れまわり、それを獣人が数人がかりで仕留めていく。小さな個体とはいえ竜を確実に減らしていく。
だが刃物が通じないのも出てくる。奥から現れるのは岩の塊。ウロコの代わりに岩盤を貼り付けたような竜。
「あれは……確か岩粘竜、岩と一体化しているとかいう……」
その背には椅子が取り付けてあり、鎧を着た人物が手綱を操っている。ベーシックのアクティブレーザーが音を拾う。
「おのれ獣人どもが、おとなしく竜どもに踏みにじられよ!」
どうやらそいつは後衛に控えるつもりだったらしい、手綱を操って戻ろうとしている。レオたちが敵の群れに斬り込んだために乱戦に巻き込まれたのだ。
接近警報。コックピットに鳴り響く。
「真上からか!? まさか地上部隊は陽動」
「違うよナオ、カラス羽の人らだ」
全方位モニターを真上に振り上げれば、2000メートルほど上空、複数の鳥の獣人が落ちてきている。
密集形態? いや、何かを抱えているのだ。
それは長さ5メートルほどの鉄の槍。獣人たちは肩を組み、中央に槍を配して急降下してくる。
距離600、300、50
離脱。鳥人たちが五方向に散る。翼を開いて滑空する。
そして加速をつけた槍が狙いあやまたず竜に、超高速の槍の穂先が岩に触れる、爆散するように岩盤がはじけ、胴体を貫通し、地面まで届く勢い。そいつを覆っていた岩のウロコが消し飛ぶ。
「すさまじい……あんな戦術が」
ベーシックですら困難な離れ業だ。鳥類は人間よりもはるかに優れた眼を持つというが、その特性を生かしているのか。
「こりゃあ、あたしらの出番はないかもね」
「……いや、そう甘くはない」
炎が。
タル一杯の油を燃やすような火球。こちらの甲竜の一頭を捉え、その体を猛火が包む。
甲竜は声もあげられずその場にくすぶる。あまりの熱量に一瞬で脳が焼け付いたのか。
「火蛇竜……竜使いたちだ」
近づいては来ない。やつらは崖の向こう側にいる。
こちら側からの弩弓の矢が飛ぶ。竜使い達は身を潜め、甲竜の影に隠れる。
二度、三度、火球が山なりの軌道で打ち出される。昼日中だというのに大地が赤く染まるかに思える火球。獣人たちはいっせいに逃げるが、竜たちは完全にはかわしきれない。
「おいおい、味方の竜も巻き込んでるじゃないか」
「……いちおうはこちら側の竜を狙ってるようだ。だけど、根本的に自分たち以外の竜なんて知ったことじゃないんだろうな」
火蛇竜は空を飛べるはずだがそうしていない。それはこちらに強力な弓があることと、先ほどの高高度からの槍の突撃を警戒しているのか。
あの位置から火球を撃ち込まれるだけで大変な被害が出る……どうする、火蛇竜だけでも倒すべきか。
「ナオ、余計な気は起こすんじゃないよ」
ココが言う。
「あたしだってできれば前線で戦いたいし、時には臨機応変な判断も必要とは思うけどね、まだ早いよ」
「分かってる……だけどこのままじゃ」
「まだ蜘蛛手の人らがいるよ」
蜘蛛手?
「建物の屋根だ、ほら」
全方位モニターの中で首を巡らす。本当だ、建物の屋根に人がいる。それは蜘蛛の胴体に女性の体が生えたような獣人。半人半馬というのは聞いたことがあるが、さしずめ半人半蜘蛛だろうか。眼が二列で四つ、計8つの目で戦場をにらむ。
その人の腕には肘が三つある。異様に長い腕で、特大の長弓を引き絞り。
射つ。
その矢は音速に迫る速度で飛び、空を切り裂いて火球を射抜く。
刹那。光と熱が膨れ上がる。星の最後の輝きのように火球が爆散したのだ。激しく燃焼する油脂が谷底へと落ちていく。
「弓であの火球を……!」
「火薬か何かを撃ち込んだね。さすがだ」
驚くのはそれだけではない。あの一撃、火球が谷底に落ちる位置で撃ち抜いた。
矢のほうが速いとはいえ、火球はまだ撃ち出された直後。射出からコンマ数秒も経過してないタイミングで撃ち落としたのだ。
獣人たちの力と技、それに能力と戦術。どれ一つとっても凄まじい、これが彼らの実力か。
だが。それでも。
「右が崩れたぞ!」
「傷ついた者は後退しろ! 後詰めを出せ!」
「第一から第三工房まで破棄する! ドワーフたちは避難所へ行け!」
ここへきて竜の性能よりも、単純な数が意味を持ち出した。
倒した竜は巨大な障害物となって戦場を奪う。場が狭くなれば多対一で竜に当たりにくくなるのだ。
そして後方ではドワーフたちの守っていた回転機構による架橋設備が奪われ、向こう岸に橋がかかっていた。大型の甲竜が渡って来ている。
「こんな戦況になるとは……これが竜を伴う集団戦闘なのか」
ベーシックのモニターが悲劇的な場面を捉える。流血して倒れているもの。火球の直撃こそ避けたものの輻射熱で大火傷を負ったもの。竜の蹂躙を受けつつある者まで。
「くっ……!」
そして廃棄された施設から次々と人が集まってくる。ベーシックの左右を、あるいは股下をくぐって避難用の建物へ。
中にはおよそ三百人ほどか。しかもこの基地を技術的に支える人たちだ。
守り抜けるか、僕に。
「ナオ様」
声がかかる、耳長だ。彼は中央の邸宅、その玄関口あたりにいる。
「耳長、そこは危険だ、こっちへ」
「ナオ様、あと七分です」
「え……」
「どうか時間を稼いでください、ここまでは予定から外れておりません」
耳長は建物の中に消えて。
そしてついに、竜たちが僕の方へ――。




