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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第七章 名もなき巨人、白亜の城塞、数多の竜を迎え撃つ
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第三十四話






あらゆるものが激流のごとく流れる。


格納庫脇にはいくつか小さな建物が隣接していたが、そこも突如として騒がしくなった。


案内されてみれば、ドワーフたちが大勢集まって何かを作っている。木材を加工し、銅板を叩き伸ばし、大鍋で革を煮たり砂利をふるいにかけたり。何人かはなぜか踊ってる。


「ナオ来たんだよ」

「ベーシックにおめかしするんだよ」

「おめかし……?」


スケッチ帳を持ってくる。描かれてるのは鎧を着込んだベーシックの姿である。


「ベーシックの防具を作るの? 必要ないよ」

「防具ないと恥ずかしいんだよ」

「股間とか丸だしなんだよ」

「ムダ毛の処理できてないんだよ」

「ベーシックの話だよね?」


ぱらぱらとめくってみるが、すごい量でしかも描き込みが密だ。板金で出来た全身鎧プレートメメイルもあるし、肩と心臓だけを守る弓手のような防具もある。ベーシックに心臓はないけど。


「……ええと、スケッチまで用意してくれて申し訳ないけど、ベーシックを構成する浸潤プレートは鋼鉄より遥かに頑丈なんだ。鎧は動きを制限するだけで守りの役には立たない」

「鎧は気合いなんだよ」

「化粧で男の格を上げるんだよ」 

「好印象からのアフターでお酒の力借りて一気にゴールインなんだよ」

「だからベーシックの話だよね?」


見れば、工房の反対側では別の鎧も作られている。壁に大きく貼られたのは緑黒のまだらに塗られたベーシック……のイメージ図か。


ドワーフたちが木を削り、板材を熱を加えつつ曲げて、型紙に押し当てて曲線を作っている。


「あれは……まさかココの機体の」

「うぃるびうす!」

「……わかったよ、その森の神ウィルビウスの鎧かい?」

「なんだよ」 


木の鎧……。いや、樹脂のようなもので煮込んでいる。ポリカーボネートのような強度が出るのだろうか。竜の爪や牙にはある程度対抗できそうだけど、浸潤プレートで十分なのは変わらないと思うが……。


「ナオはどんな鎧にするんだよ」

「……じゃあ、関節の動きを制限せず、燃えにくい難燃素材、全体の重量は150キロ未満。それなら装備しよう」


ベーシックの重量は約2.4トン。150キロの鎧は体重の16分の1。体重60キロの人間なら3.75キロになる。少しでも身軽さを維持したいので、そのへんを妥協点とした。


「盾はいるんだよ?」

「いや……いらない、剣を両手で使う」

「了解なんだよ、じゃあ鎧は今から試作なんだよ」


ドワーフは仲間たちの方へ取って返して、そして額を寄せ合ってものすごい勢いで話を始める。傍目には一斉にバラバラなことを話してるように聞こえる。


僕はウィルビウスの鎧を見る。木組みのトルソーに仮組みされるのは緑の鎧。肩は太い枝が組み合わさるようなデザインであり、胴の部分は花のような彫刻がある。


まだ半分もできていないが、その鎧は美しいと思えた。

着るものに特別な力を与えるような……。そういう比喩は、まだ明確には意識されない。





「もっと強く弦を張るべきだ!」

「だめなんだよ! これ以上だと弓が割れちゃうんだよ!」


獣人たちは戦いの準備を進めている。

彼らは大きな者で三メートルあまり。だが当然、近接戦闘で竜とは戦えない。


西方辺境で甲竜ベガントの狩りを手伝ったことがある。あれは毒餌やくくり罠が主だった。くくり罠の場合は強めの弓で急所を撃つか、長柄の鎌で手足を切って出血させる、そのまま弱るまで半日ほど放置するのだ。


この基地ではいわゆる弩弓が組まれていた。ハンドルで引く強力な機械引きの弓である。

張力で言えば40から50キロ。飛距離は1キロを超える。


だがこれでも竜のウロコは貫けない。投石器もあるが台数が少なく、また必殺の一撃となるかは微妙なところだ。強力な火薬もない。


最後にはやはり、竜には竜、となってしまう。


「がんばるんだよ」

「たくさんエサあげるんだよ」


それは先端に鉄の角をつけた甲竜ベガント、いわば竜による戦車だ。


「家畜になった甲竜ベガントはおとなしゅうなってしもうてなあ、なかなか全力でぶつかっていかへん」


キャペリンはタライに張った水に薬草だとか土くれだとかを混ぜている。火吹き竜の炎から身を守るための塗り薬になるそうだ。


「向こうは50頭以上いるという情報もあるけど……こちらは15頭ほどか、大丈夫なのかな?」

「獣人の人らは考えがあるみたいやけど、正直かなりキツい思うわ。ほんまは基地を放棄して逃げるべきやと思う」


谷に囲まれた地形を活かせば戦えるかもしれない。しかし向こうには火蛇竜サラマンドラもいるのだ。空を飛ぶ竜を相手にどう戦うつもりなのか。


「……何だか不安なんよ。シャッポお姉ちゃんも撤退をとなえたらしいけど、レオさんと耳長みみおさ様が戦いを主張したって」

「……そうなのか」

「意見が分かれるのはええんよ。でもお姉ちゃんと耳長さま、このところ食い違うことが多いみたいで……」


すでに夜の刻限。キャペリンの赤い目が夜の中で光る。タライの水をかき混ぜる音。遠くから響く槌の音。物悲しい雰囲気だというのに、心の何処かで狂騒を感じる。


この基地がまるごと傾いて、僕たちはゆっくりと戦場へとずり落ちていくような。不安さの中の奇妙なたかぶり。


ぐいぐい、とズボンを引っ張られる。


「呼んでるんだよ」

「ナオに来てほしいって」

「耳長さまが探してたんだよ」


ドワーフたちだ。相変わらず個体差がよく分からない。


「耳長様がナオを? 何の用やろ」

「きっと一発芸とか見せられるんだよ」

「ショートコント「すごい福耳」とかしてくるんだよ」

「ようわからんけど笑ってまいそうやな……」


ともあれ、呼ばれたからには行かねばなるまい。


耳長は基地の中心である白亜の邸宅、その三階に自室があるという。僕はそこを訪ねる。


「お待ちしておりました、ナオどの」


顔の前にかかっていた耳をわずかにずらし、僕を見る。澄んだ瞳に思えた、森の奥にのぞく湖のような一瞬の印象。


耳長は僕をソファに通し、フルーツジュースにわずかにアルコールを足したような飲み物を薦めてくれる。甘くて飲みやすかった。


「ナオどの、偵察隊が戻ってまいりました。おおよその戦力も把握できましたが、我々より遥かに上です。さらに別働隊の可能性も考えねばなりません」

「……そうだね」


戦いの指揮を執るのはレオという獣人のはずだ、一兵卒の僕になぜそんな話を切り出すのか。


「戦力差は仕方のないことでしょう。ここには戦いのための備えがある。逃げ回っては各個撃破されるのみです」

「うん……」

「ナオどの」


と、ふいに真剣な様子になって前傾になる。


「いかがでしょうか。ナオどのの目から見てシャッポは」

「シャッポ……?」


不吉だ。

その切り出し方ではまるで、シャッポを己の後継者としてどうか、と聞いているかのようだ。彼女にすべてを託すかのような……。


「……そんなに何度も会ってるわけじゃないけど、それでも彼女は素晴らしいと思う。才能に溢れてて、若くて行動力がある。妹のキャペリンもしっかりしてる」

「私はまだ、不安なのです……」


何をか言わんやの会話である。まさか、この戦いを期に隠居するとでも言うのか。あるいは、この戦いで命が尽きるとでも……。


「我々はウサギ……肉食の獣の裏をかき、おのが命をによって守るウサギなのです。獅子のように勇猛を振るう必要などない。猫のように好奇に振り回されたり、犬のように誰かに忠実である必要はない。あれは私以上の才を持っておりますが、どこかウサギらしくない。なぜあらゆることに根を張らないのか。なぜ良心や道理といったあやふやなものに事の正否を委ねるのか」


耳長は明らかに喋りすぎていた。彼の語ることはあまり理解できなかったが、それでも僕に問いかけても仕方のない話なのは分かる。さらに言えば僕などに相談すべき事柄ではないことも。


少し気が遠くなるような気がする。喧騒の夜の中、僕の心は体を離れ、時系列すらあやふやな世界に、わずかに迷い込むかに思えた。





「ナオ様、いかがでしょうか」


森の神ウィルビウスの鎧はわずか一日で完成した。

それは全身を包み込む分厚い鎧。緑を基調としたまだらに塗られており、胸部や肩、そして手足をガードしている。


「……この装着パターンは、増加装甲ブラスアーマーと同じ」


イオンスラスターの噴気口を塞がず、関節の動きを妨げない。増加装甲プラスアーマーにはいくつか装着上のセオリーがある。

ウィルビウスの鎧はそれを守っている。しかもちゃんと増設ユニット用のジャックを利用している。

ココは何度もうなずいて、顎に手を当てた。


「なかなかいいね、気に入ったよ」


材質は木だから、僕の立場から言うと防御力は期待できない。

とはいえ攻撃をいなす役には立つかもしれない。もう今さら口を挟むことも無いだろう。


「ナオ様の機体はこちらです」


そちらを見ると、白い機体の上に青い板状のものが貼り付けてある。まるでプラモデルにデカールを貼っただけのような姿だ。


着ているのではなく貼っている。これがドワーフたちの開発した防具なのだろうか。


「これは……もしかして紙?」

「そうなんだよ!」


ドワーフの一人がぴょんと跳ねる。


「薄手の紙を糊で貼って、松明の熱で乾かすんだよ、それを何回も繰り返すんだよ!」

「糊は燃えないやつなんだよ」

「イチゴの匂いもつけといたんだよ」

「なんでだよ」


突っ込んでしまうが、まさか紙の鎧とは……。


「それは沼地に住むトカゲの獣人、水地族シバクラの方々が持っていた技術です」


シャッポは工房と格納庫を行き来して、ずっとドワーフを指揮している。このときも彼女が説明してくれた。


「特別な接着剤で薄紙を張り合わせます。これは水地族シバクラの方々が船の外装として貼るもので、一度固まると水に溶けず、鉄のような硬度が生まれます」

「そうなのか、セメントのような化学反応なんだな。まあ動きを妨げるものではないし……」

「ナオ様、私は本当は、ナオ様たちが前線に立つべきと思うのです」

「……」


耳長とレオに反する意見。シャッポとしても言いたくないことなのは伝わったが、どうしても言わずにおれぬ、という切羽詰まった印象を受ける。


「ベーシックで敵を撹乱させ、そこを弩弓で攻めるべきです。それに、火蛇竜サラマンドラの火球から基地を守れるのは巨人のまじないだけです。もしレオ様と竜の軍勢がぶつかれば、たいへんな犠牲が……」

「……シャッポ、君の考えはわかる。でも僕に言うべきじゃない。僕は指揮権を持たない」

「……申し訳ありません。私が未熟なのです。私が、耳長様のお考えを理解できないたけなのです」

「……シャッポ?」

「耳長様、あの方はかつては風でした。他の誰にも先駆けて動き、あるべき場所に物と金貨を運ぶ風だったのです。私があまりに未熟なために、その真意を読めないだけです。し、しかし、なぜ耳長様は私にも何も言ってくださらないのか。あるいは本当に寄る年波に目が曇ってしまったのか。そう疑うことも心苦しいのです……」


僕に去来する、奇妙な感情のふくらみ。


彼女ほど優秀な商人はいないと思われたシャッポが、弱音を吐いている。そのロップイヤーは力なく垂れ下がり、あらゆる憂いを噛みしめるかに思える。


だけど、そんな彼女はとても人間らしかった。


悩み、戸惑い、それでも必死に理解しようとする彼女は魅力的に思えた――。





「……他人のことは分からない、シャッポだってそれは同じだ」


耳長との対話。僕の中で時系列が撹拌されるような感覚がある。


この2日間、あらゆることが目まぐるしく動く。どの会話がどの順番で行われたかが曖昧になり、あるいは会話の内容すら虚実が入り混じる。


耳長が、僕の何十倍も経験を積んでいる知恵者が、僕のような異邦人にすら縋りたくなるほど苦悩している。彼にとって生涯で何度もない稀有な場面。立ち会った僕には何らかの責任があると感じた。


「シャッポは、己の小ささを自覚している。あなたの真意が分からないことを悔しく思い、恥じている。だからきっと更に成長できる、そう思う」

「おお……そうでしたか。あのシャッポが……」


耳長は少し嗚咽するように思えた。垂れ下がった耳にさらに両手をあて顔を隠す。口の中で何事かを呟き続ける。


僕は何も言わずに立ち上がり、一礼だけを残してその場を去った。


耳長のうめくような声が、基地に響く槌音にかき消される。


人生とは、対話と選択の連続なのか。


話し合い、ときに意見が別れ、互いの理解が遠のいても、それでも決断の時は容赦なく迫る。


その限られた時間の中で、誰もが必死で選択する。それをたまらなく愛しく思う。




そして地平線の果てから、竜の足音が……。


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