第三十一話
「――おや」
やつのベーシックが首をもたげ、僕の繰り出す一撃をかわす。
だがこちらは短剣二刀、すぐさま狙いを変え、胴部を狙う突きを。
どん、と鈍い音。構えた石の大剣により受け止められる。
短剣がすべらない、正確に真芯で受けたのか。
「どうした生産兵の兄さん、ルーキーが乱入なんかするもんじゃないぜ」
「お前! ブラッドじゃないな! 誰だ!」
ブラッド=ディル少尉。
彼はベーシックを「人間である」と唱えた。
ベーシックとは人間の新しい体であり、意識の乗り物、脳と肉体の関係に等しいものであると。
だからブラッドの戦い方はいつも人間の動きをなぞっていた。その挙動は人間としての動きからはみ出さず、それゆえに美しくもあった。
だが今の動きは違う。こいつは何者なんだ。
「ひどい言い草だ。俺がブラッドじゃなきゃ何なんだい」
「ならば胸部ハッチを開けて姿を見せろ! いや、それ以前に通信モニターを映像付きで開け!」
ベーシックの頭脳を使えば音声など自由に加工できる。厳密には映像窓だってそうなのだが、こいつはそれすら拒んでいる。
「見せたくねえのさ。どうしても見たきゃ力づくでこじ開けな」
「……ベーシック、Cエナジーをブロック化、5%をサブタンクに隔離、物理的にカットしろ」
踏み込む。振るうのは短剣というより鉄塊。鈍器に近い剣を連続で振るう、ブラッドを名乗る機体は跳ねるように後ろに飛びつつ、円形のコロシアムを回る。
ぎいん、と短剣がブラッド機に接触。重い手応えがコックピットまで。
直後、一瞬動きの止まった右腕を敵機が掴む。やつは大剣を手放し、素早く振り向いて体を屈め、僕は反応して前に飛ぶ。
腕とり一本背負い。すさまじい速さ。ぎしりと腕のきしむ気配があってベーシックが足から着地、敵機が何か仕掛ける前に腕を強引に引き抜く。
「跳べ!」
膝からの衝撃。薬圧サスペンションによって真上に跳ぶ。敵機の頭を飛び越えて元の位置に戻るような跳躍。
敵機が落ちていた剣を……いや、倒れかけて斜めになっていた剣を右腕一本で引っつかみ、機体が高速回転。その目が殺気を放って。僕は短剣を予想軌道に。
斬閃。
防御をすり抜けるような横薙ぎ、着地しかけていたベーシックを吹っ飛ばす。
「ぐっ……!」
超硬物質であろうと刃のない剣。浸潤プレートは斬り裂けない。
だが、今のは重い。胴部の芯を撃ち抜く一撃。演算系にダメージがあるのか、エマージェントと共に回路が組み直される。
「勘弁してくれよ生産兵の兄さん。俺はこの星で長く戦ってきた、見せたくねえ顔もあるってものさ」
余裕ぶった口ぶり。こちらの自己修理に数分はかかると踏んでいるのか。
だが、ベーシックのタフさならば動かせる。演算系の補助に頼らずの踏み込み。
「やめときな、この石の剣は頑丈でね、全力でぶん回しても折れやしないのさ、こういう風に……」
剣の切っ先が消失。
直後、肩へ雷撃のような一撃。関節がきしむ。関節部からスチームが上がり、鮮血が吹き出したかのような錯覚が襲う。
「……お前は誰だ! なぜブラッドのふりをする!」
「だから俺がブラッドさ。生産兵の兄さんとも何度もやりあっただろう? 動きに覚えはねえかい」
連続の突き、短剣が側頭部を削る。だがそれは、あえてそう受けているのだ。
先ほどもそうだった。装甲が削れてもダメージがないことをこいつは意識している。駆動系に影響のない受け方を。
だが! それは人間のかわし方じゃないぞ!
二撃、三撃、鉄塊での一撃を装甲部分で受けられる。関節部を破損させない受け方。機動兵器の戦術か。
視界が暗転。
一瞬回路が切れたのか、暗転と同時に強烈に吹っ飛ばされる。自己修復が追いつかないことを示すエマージェントが。
「残念だよ、ルーキー」
ざん、と膝に食い込む一撃。関節部の隙間から剣が突き通される。コードや軽量部品などが切断され、小爆発が起こる。ベーシックの軌道の要である膝を破壊したか。
視界の隅に、獣人の少女が。
「ナオ! あかん、逃げて!」
「もっとじっくり遊びたかったがね、まあ跳ねっ返りはこうなる運命さ」
ブラッド機がベーシックの肩を踏みつけ、胸部に凄まじい衝撃。剣を垂直に突き立てているのだ。
胸部装甲はパイロットの生存性を考慮して分厚く作られている。だが増加装甲が無いため腹部が薄い、腹部から斜め上に突き通すような角度なら装甲の隙間を突ける。
もっと簡単に戦闘不能にできる壊し方はあるだろう。パイロットを直接叩こうとしてるのはこいつなりの慈悲か。
だが。
僕は上体を起こし、左腕で剣を抱える。ブラッド機は面倒そうな気配を出しつつ剣を引き抜かんとする。
「花咲き乱れ罪過を癒やす!」
Cエナジー残量が一気にゼロに。脳が蒸発するように意識が希薄になり、血液がごっそり抜かれるような感覚。
そして青白い光が。
燐光が膝に集まり修復される。パズルを組み合わせるように、あるいは植物が伸びて窓を覆うように。
「何……?」
「サブタンクに隔離したCエナジーを再接続! 薬圧サスペンション跳躍を!」
爆発のような衝撃。ベーシックは地面に対してほぼ水平に跳んだ。人間ならば剣を抱えていられないだろう。だがベーシックはそれを保持する。
そして回転、半自動の操作で立つ。
自分でもどう跳ぶか分からなかった跳躍だ。何かにぶつからなかったのは幸運か。
口の端から血が流れる。口を切ったのではない。意識を保つために頬を食いちぎった。
「何だ……? 膝が治っている? おいおい、それはまさか巨人のまじないってやつか? 実在したのか」
吐きそうだ。
例えるなら15ラウンドを戦い抜いたボクサーか、粗悪品の視覚薬物に溺れたジャンキーはこんな感覚なのか。
「……ベーシック。常に残量の半分のCエナジーを隔離しろ。エナジーが枯渇した場合は自動で再接続、迅速に再起動を」
隔離していたのは5%だ、今の命令でまた2.5%が隔離されたことになる。
いける、この処理ならCエナジーを枯渇させずにまじないを使える。
僕は巨剣を構えて立つ。ブラッドを名乗る機体はさすがに迂闊には近づかず、僕の落とした短剣を素早く拾った。
「なるほどねえ、他にもまじないがあると見るべきか。そういや不思議だったのさ、巨人族ザウエルはその剣で竜を倒したって話だが」
来る。
そう思った瞬間には剣が迫っている。半身に構えて肩で受ける。
ばぎいん、と凄まじい音。肩の装甲が跳ね飛ばされている。あの一瞬でテコの原理を効かせたか。
打ち下ろす袈裟懸けの剣。敵機は前に加速して抜ける。
「この石の剣じゃあ竜の鱗にはちょいと不足。斬れ味を高めるまじないなんかもあるのかい?」
「勝手に想像しろ」
身をかがめ、腰から下にまとわりつくような動き。こちらの上段斬りを回避しつつ装甲を飛ばそうとしてくる。腰部の冷却パイプが斬り飛ばされる。
速い。
なぜだ、こちらのベーシックと性能は同じはず。
膝か……先ほど僕がやったのと同じ、前傾になった瞬間に薬圧サスペンションで前に飛ぶ動き、そして斬りつける動作を並列的に処理している。
レバーを握る手に汗がにじむ。振り下ろし、横薙ぎ、風に舞う布のように敵機の影が逃げる。
――この2年でだいぶマシになったよ。
――打ち込みに殺気が足りてない。もっと容赦なく打ち込め。
「――ふっ!」
地面をえぐりつつ伸び上がるような一撃、相手の側腕部の装甲を削り、内部からスパークが上がる。明確なダメージだ。
「へえ、なかなかやる、鍛錬を積んだ剣だねえ」
「正体を見せろ!」
連撃。跳ね上がり、打ち下ろし、そして膝を使って跳ぶ。やつは短剣二刀でたくみに大剣をいなす。
その動きは軽い、機体重量が喪失したかと思われる動きで斬撃を回避し、大きく飛んで足音もなく降りる。
……何かが。
「……ベーシック、全波長スキャン、相手側の機体を分析しろ」
何かがおかしい。
戦いを続けるごとに、僕の中で疑問が育つ。
こいつは回復のまじないを知らなかった。
そして、この地で戦いに明け暮れ、多くの竜を屠ってきたという。
だが、やつの動きは工場を出た直後のよう。メンテナンスはおろか清掃もまともに出来ないはずの環境で。
全波長スキャン……やはりコックピットは見えない。胸部装甲は電磁波や磁力による干渉を拒絶するのだ。
だが、関節部に。
何かが――。
「……これは」
まさか。
では、いま、あのベーシックを動かしているのは。
僕は外部スピーカーを起動させ、叫ぶ。
「キャペリン! カンテラを投げて!」
キャペリンに注視、彼女の反応は早かった。腰にくくりつけてあったカンテラを投げる。
僕は周囲に積まれていた廃材から、乾燥しきった木材を選択、場の中央に放り投げる。カンテラがそれに当たって砕け、少量の油が炎に変わる。
「む……」
周囲が白く染め上げられるように見える。光学的にカメラ感度を上げていたからだ。すぐに補正がかかる。
「何のつもりだい? ベーシックが火を恐れる獣とでも」
「お前はそうかも知れない」
二個、三個、ベーシックの眼なら木材の水分量も把握できる。投げたそばから火が拡大する。
「だが、煙を浴びているやつはどうかな」
この場では火吹きの竜も戦っている。多少の火なら逃げないかも知れない。
だがアルデヒドの混ざった煙はどうかな。生きとし生けるもの、黒煙を浴びて冷静でいられるか!
焼けた木片を蹴り飛ばす。盛大に燃えているそれはブラッドの。
真上に。
「くっ!」
やつは短剣を投げて撃ち落とす。上にいた何かを守るように。
そして――全員がそれを見た。
吹き抜けとなっている巨大な縦穴。その側面に張り付く影。
それは何という姿。例えるなら白毛の怪物。
全長は5メートルほど、真綿色の体毛しか見えない。だがベーシックの眼なら分かるが、白く見えるのはテグスのように透明なためだ。それが細い筋となってブラッド機に降ろされている。関節からベーシックの体内に入り込んでいるのか。
太さはなんと1ミクロン以下という透明な糸。ベーシックですら全波長スキャンを行うまで見えなかった。まさか、普段は液晶のように整列して姿を隠しているのか。
「あれ……もしかして泥毛竜!」
キャペリンが言う。その顔は畏れのために硬直している。
「知っているのか」
「あ、あまりにも目撃例が少のうて、架空の竜やと思われてたやつやで。透明な糸を束ねた姿をしてて、生き物を操って自分の代わりに生きさせるって聞いとるけど……」
その影が、縦穴を昇る。
「! 待て!」
そいつは哭く。
何という金切り声、例えるなら老婆の悲鳴を何十も束ねたような。
イオンスラスターを全開に、その影を追う。白い毛のような怪物は滑らかな壁面を昇っていく。
「こいつ……! こいつがブラッドを!」
そこまで速くはない。イオンスラスターの起動力なら上回れる。
僕はその影に追いつく。そいつには果たして脚などあるのか、ざざざと虫のように壁面を登りながら、高音の悲鳴を上げ続ける。
「ヴァグラン・エル……」
下方から風斬りの音。
「!」
跳ね飛ばす。それは短剣のもう一本。
そして下方から浮上してくる機体が。
「そいつをいじめないでくれるかい、生産兵の兄さん」
高速度イオンの風をまとう、擦り切れた機体が。
ブラッド機が――。




