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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第六章 深淵の求道者、暗がりの竜、剣を巡りて闘争す
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第三十一話


「――おや」


やつのベーシックが首をもたげ、僕の繰り出す一撃をかわす。

だがこちらは短剣二刀、すぐさま狙いを変え、胴部を狙う突きを。


どん、と鈍い音。構えた石の大剣により受け止められる。

短剣がすべらない、正確に真芯で受けたのか。


「どうした生産兵の兄さん、ルーキーが乱入なんかするもんじゃないぜ」

「お前! ブラッドじゃないな! 誰だ!」


ブラッド=ディル少尉。

彼はベーシックを「人間である」と唱えた。


ベーシックとは人間の新しい体であり、意識の乗り物、脳と肉体の関係に等しいものであると。


だからブラッドの戦い方はいつも人間の動きをなぞっていた。その挙動は人間としての動きからはみ出さず、それゆえに美しくもあった。


だが今の動きは違う。こいつは何者なんだ。


「ひどい言い草だ。俺がブラッドじゃなきゃ何なんだい」

「ならば胸部ハッチを開けて姿を見せろ! いや、それ以前に通信モニターを映像付きで開け!」


ベーシックの頭脳を使えば音声など自由に加工できる。厳密には映像窓だってそうなのだが、こいつはそれすら拒んでいる。


「見せたくねえのさ。どうしても見たきゃ力づくでこじ開けな」

「……ベーシック、Cエナジーをブロック化、5%をサブタンクに隔離、物理的にカットしろ」


踏み込む。振るうのは短剣というより鉄塊。鈍器に近い剣を連続で振るう、ブラッドを名乗る機体は跳ねるように後ろに飛びつつ、円形のコロシアムを回る。


ぎいん、と短剣がブラッド機に接触。重い手応えがコックピットまで。


直後、一瞬動きの止まった右腕を敵機が掴む。やつは大剣を手放し、素早く振り向いて体を屈め、僕は反応して前に飛ぶ。

腕とり一本背負い。すさまじい速さ。ぎしりと腕のきしむ気配があってベーシックが足から着地、敵機が何か仕掛ける前に腕を強引に引き抜く。


「跳べ!」


膝からの衝撃。薬圧サスペンションによって真上に跳ぶ。敵機の頭を飛び越えて元の位置に戻るような跳躍。


敵機が落ちていた剣を……いや、倒れかけて斜めになっていた剣を右腕一本で引っつかみ、機体が高速回転。その目が殺気を放って。僕は短剣を予想軌道に。


斬閃。


防御をすり抜けるような横薙ぎ、着地しかけていたベーシックを吹っ飛ばす。


「ぐっ……!」


超硬物質であろうと刃のない剣。浸潤プレートは斬り裂けない。

だが、今のは重い。胴部の芯を撃ち抜く一撃。演算系にダメージがあるのか、エマージェントと共に回路が組み直される。


「勘弁してくれよ生産兵の兄さん。俺はこの星で長く戦ってきた、見せたくねえ顔もあるってものさ」


余裕ぶった口ぶり。こちらの自己修理に数分はかかると踏んでいるのか。


だが、ベーシックのタフさならば動かせる。演算系の補助に頼らずの踏み込み。


「やめときな、この石の剣は頑丈でね、全力でぶん回しても折れやしないのさ、こういう風に……」


剣の切っ先が消失。

直後、肩へ雷撃のような一撃。関節がきしむ。関節部からスチームが上がり、鮮血が吹き出したかのような錯覚が襲う。


「……お前は誰だ! なぜブラッドのふりをする!」

「だから俺がブラッドさ。生産兵の兄さんとも何度もやりあっただろう? 動きに覚えはねえかい」


連続の突き、短剣が側頭部を削る。だがそれは、あえてそう受けているのだ。

先ほどもそうだった。装甲が削れてもダメージがないことをこいつは意識している。駆動系に影響のない受け方を。


だが! それは人間のかわし方じゃないぞ!


二撃、三撃、鉄塊での一撃を装甲部分で受けられる。関節部を破損させない受け方。機動兵器の戦術タクティクスか。


視界が暗転。

一瞬回路が切れたのか、暗転と同時に強烈に吹っ飛ばされる。自己修復が追いつかないことを示すエマージェントが。


「残念だよ、ルーキー」


ざん、と膝に食い込む一撃。関節部の隙間から剣が突き通される。コードや軽量部品などが切断され、小爆発が起こる。ベーシックの軌道の要である膝を破壊したか。

視界の隅に、獣人の少女が。


「ナオ! あかん、逃げて!」

「もっとじっくり遊びたかったがね、まあ跳ねっ返りはこうなる運命さ」


ブラッド機がベーシックの肩を踏みつけ、胸部に凄まじい衝撃。剣を垂直に突き立てているのだ。


胸部装甲はパイロットの生存性を考慮して分厚く作られている。だが増加装甲プラスアーマーが無いため腹部が薄い、腹部から斜め上に突き通すような角度なら装甲の隙間を突ける。


もっと簡単に戦闘不能にできる壊し方はあるだろう。パイロットを直接叩こうとしてるのはこいつなりの慈悲か。


だが。


僕は上体を起こし、左腕で剣を抱える。ブラッド機は面倒そうな気配を出しつつ剣を引き抜かんとする。


花咲き乱れフィベルニア罪過を癒やす・フレイジア!」


Cエナジー残量が一気にゼロに。脳が蒸発するように意識が希薄になり、血液がごっそり抜かれるような感覚。


そして青白い光が。

燐光が膝に集まり修復される。パズルを組み合わせるように、あるいは植物が伸びて窓を覆うように。


「何……?」

「サブタンクに隔離したCエナジーを再接続! 薬圧サスペンション跳躍を!」


爆発のような衝撃。ベーシックは地面に対してほぼ水平に跳んだ。人間ならば剣を抱えていられないだろう。だがベーシックはそれを保持する。


そして回転、半自動の操作で立つ。

自分でもどう跳ぶか分からなかった跳躍だ。何かにぶつからなかったのは幸運か。


口の端から血が流れる。口を切ったのではない。意識を保つために頬を食いちぎった。


「何だ……? 膝が治っている? おいおい、それはまさか巨人のまじないってやつか? 実在したのか」


吐きそうだ。

例えるなら15ラウンドを戦い抜いたボクサーか、粗悪品の視覚薬物ビジョンドラッグに溺れたジャンキーはこんな感覚なのか。


「……ベーシック。常に残量の半分のCエナジーを隔離しろ。エナジーが枯渇した場合は自動で再接続、迅速に再起動を」


隔離していたのは5%だ、今の命令でまた2.5%が隔離されたことになる。


いける・・・、この処理ならCエナジーを枯渇させずにまじないを使える。


僕は巨剣を構えて立つ。ブラッドを名乗る機体はさすがに迂闊には近づかず、僕の落とした短剣を素早く拾った。


「なるほどねえ、他にもまじないがあると見るべきか。そういや不思議だったのさ、巨人族ザウエルはその剣で竜を倒したって話だが」


来る。

そう思った瞬間には剣が迫っている。半身に構えて肩で受ける。


ばぎいん、と凄まじい音。肩の装甲が跳ね飛ばされている。あの一瞬でテコの原理を効かせたか。

打ち下ろす袈裟懸けの剣。敵機は前に加速して抜ける。


「この石の剣じゃあ竜の鱗にはちょいと不足。斬れ味を高めるまじないなんかもあるのかい?」

「勝手に想像しろ」


身をかがめ、腰から下にまとわりつくような動き。こちらの上段斬りを回避しつつ装甲を飛ばそうとしてくる。腰部の冷却パイプが斬り飛ばされる。


速い。

なぜだ、こちらのベーシックと性能は同じはず。


膝か……先ほど僕がやったのと同じ、前傾になった瞬間に薬圧サスペンションで前に飛ぶ動き、そして斬りつける動作を並列的に処理している。


レバーを握る手に汗がにじむ。振り下ろし、横薙ぎ、風に舞う布のように敵機の影が逃げる。



――この2年でだいぶマシになったよ。


――打ち込みに殺気が足りてない。もっと容赦なく打ち込め。



「――ふっ!」


地面をえぐりつつ伸び上がるような一撃、相手の側腕部の装甲を削り、内部からスパークが上がる。明確なダメージだ。


「へえ、なかなかやる、鍛錬を積んだ剣だねえ」

「正体を見せろ!」


連撃。跳ね上がり、打ち下ろし、そして膝を使って跳ぶ。やつは短剣二刀でたくみに大剣をいなす。

その動きは軽い、機体重量が喪失したかと思われる動きで斬撃を回避し、大きく飛んで足音もなく降りる。


……何かが。


「……ベーシック、全波長スキャン、相手側の機体を分析しろ」


何かがおかしい。


戦いを続けるごとに、僕の中で疑問が育つ。


こいつは回復のまじないを知らなかった。

そして、この地で戦いに明け暮れ、多くの竜をほふってきたという。


だが、やつの動きは工場を出た直後のよう。メンテナンスはおろか清掃もまともに出来ないはずの環境で。


全波長スキャン……やはりコックピットは見えない。胸部装甲は電磁波や磁力による干渉を拒絶するのだ。


だが、関節部に。


何かが――。


「……これは」


まさか。


では、いま、あのベーシックを動かしているのは。

僕は外部スピーカーを起動させ、叫ぶ。


「キャペリン! カンテラを投げて!」


キャペリンに注視、彼女の反応は早かった。腰にくくりつけてあったカンテラを投げる。

僕は周囲に積まれていた廃材から、乾燥しきった木材を選択、場の中央に放り投げる。カンテラがそれに当たって砕け、少量の油が炎に変わる。


「む……」


周囲が白く染め上げられるように見える。光学的にカメラ感度を上げていたからだ。すぐに補正がかかる。


「何のつもりだい? ベーシックが火を恐れる獣とでも」

「お前はそうかも知れない」


二個、三個、ベーシックの眼なら木材の水分量も把握できる。投げたそばから火が拡大する。


「だが、煙を浴びているやつはどうかな」


この場では火吹きの竜も戦っている。多少の火なら逃げないかも知れない。

だがアルデヒドの混ざった煙はどうかな。生きとし・・・・生けるもの・・・・・、黒煙を浴びて冷静でいられるか!


焼けた木片を蹴り飛ばす。盛大に燃えているそれはブラッドの。


真上に。


「くっ!」


やつは短剣を投げて撃ち落とす。上にいた何かを守るように。


そして――全員がそれを見た。


吹き抜けとなっている巨大な縦穴。その側面に張り付く影。


それは何という姿。例えるなら白毛はくもうの怪物。

全長は5メートルほど、真綿色の体毛しか見えない。だがベーシックの眼なら分かるが、白く見えるのはテグスのように透明なためだ。それが細い筋となってブラッド機に降ろされている。関節からベーシックの体内に入り込んでいるのか。

太さはなんと1ミクロン以下という透明な糸。ベーシックですら全波長スキャンを行うまで見えなかった。まさか、普段は液晶のように整列して姿を隠しているのか。


「あれ……もしかして泥毛竜ニノ!」


キャペリンが言う。その顔は畏れのために硬直している。


「知っているのか」

「あ、あまりにも目撃例が少のうて、架空の竜やと思われてたやつやで。透明な糸を束ねた姿をしてて、生き物を操って自分の代わりに生きさせる・・・・・って聞いとるけど……」


その影が、縦穴を昇る。


「! 待て!」


そいつは哭く。

何という金切り声、例えるなら老婆の悲鳴を何十も束ねたような。


イオンスラスターを全開に、その影を追う。白い毛のような怪物は滑らかな壁面を昇っていく。


「こいつ……! こいつがブラッドを!」


そこまで速くはない。イオンスラスターの起動力なら上回れる。

僕はその影に追いつく。そいつには果たして脚などあるのか、ざざざと虫のように壁面を登りながら、高音の悲鳴を上げ続ける。


「ヴァグラン・エル……」


下方から風斬りの音。


「!」


跳ね飛ばす。それは短剣のもう一本。


そして下方から浮上してくる機体が。


「そいつをいじめないでくれるかい、生産兵の兄さん」


高速度イオンの風をまとう、擦り切れた機体が。


ブラッド機が――。

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