第三十話
キャペリンを収容して、僕は洞窟をゆっくりと歩く。歩くごとに音が大きくなる。
「ほんまや、なんか聞こえるわ、ごっつい殴り合いの音みたいな……」
そして光が。
それは間違いなく太陽光。淡い光ではあるが、地の底を円形に照らしている。
「明かりが……そんなことが、ここは地下3万メートルだぞ」
古代の闘技場。
そう思えたのは錯覚ではないだろう。瓦礫が、鉄材が、板状の岩がすり鉢状に組まれてコロセウムを形成している。
振り仰げば円形の断崖絶壁。濡れるように滑らかな壁面。直上からの光が壁面に反射しながら降りてきている。ほんの数ルクスという明るさだが、全方位モニターは電気的に感度を上げているため十分に明るい。
そこにいるのは白い巨人――ベーシック。
それは何という摩滅しきった姿か。装甲板はやすりをかけたようにざらつき、関節部では駆動系が露出している。地面には赤黒い染みが広がっているが、あれは竜たちの血か、あるいはベーシックの体内に流れる潤滑液か。
襲いかかる影。相手はあろうことか球体である。岩のようなウロコに覆われた生物。腕や足を格納して球体に近づいているのだ。
ごうん、と重機のような音ともに転がる。迎え撃つベーシックは鋭く左によけ、握り込んだ剣を。
「! 石の剣!」
斬るというより打ち付ける一撃。瞬間、球体だった竜の体がひらき、火蛇竜のようなトカゲ型の竜になってのたうつ。
竜の咆哮。怒りを込めた怒声が洞穴を震わせる。体勢を立て直すやいやな四肢を振り乱して走り、一気にのしかかろうと。
ぎいん、と剣とウロコが触れ合う音。ベーシックは後方に回避している。竜の右腕が斬り飛ばされて空中で回転。濁った絶叫。
「すごい……あの剣は刃がついてないのに、竜の頑健な体を斬り飛ばすなんて」
間違いなく巨人の遺物、ここにもあったのか。
そうか、巨人族ザウエル。
巨人ではなく巨人族。降り立った巨人は一体ではなかった。ならば武具も複数ある道理か。
「うぐっ……」
キャペリンの嗚咽。下方では惨状が広がっていた。ベーシックが竜を滅多斬りにしているのだ。
切れ味の良い武器ではない。関節の継ぎ目を狙い、正確無比に刃を突き入れてこじ開けるような切断。竜の咆哮は悲鳴に変わっている。
「お客さんなんだよ」
声がかかる。見れば、ベーシックの足元に鎚妖精たちがいた。
「君たちは……」
「ここは戦う者の聖地なんだよ」
「武器は自由なんだよ」
「いま防衛戦やってるんだよ」
僕は胸部ハッチを上げる。
「まさか、ここで興行でもやってるのか?」
「うえマジかいな、ドワーフはそんな商売せえへんはずやで」
「戦いこそが人生なんだよ」
「樹液にたかる虫なんだよ」
「生まれる前からライバルなんだよ」
よく見ればすり鉢状の斜面にはドワーフがいる、それも50人以上。
地上にいる個体と比べると服はボロボロだし、ハンマーもやや大きい。鋲の打ってある眼帯をしてたり指ぬきグローブをはめてたり、なんだかアウトローな雰囲気だ。
「――よう、お仲間かい」
通信が入る。僕は身構える。
ウインドウは開かない。音声だけの通話だ。
「お前、ブラッド少尉か」
「かつてはそんな名前だった」
「……? こんなとこで何をしてる。救難信号が届いていたはずだ。なぜ応じなかった」
救難信号は超光速通信だ。惑星の質量などやすやすと通過し、ほとんど減衰しないはず。どんな大地下にいても届くはずだ。
「興味ないね。俺は戦いたいだけだ」
「何を言っている。機体が動くなら作戦行動に復帰……いや、せめて僕と合流しろ。地上に戻るんだ」
「まあ観戦していきな、俺は少し休む」
ブラッドの機体は斜面を登り、穴ぐらの中に消えていく。それを数人のドワーフたちが追いかけていった。
「馬鹿な! こんなところで何をしてるんだ! 緊急避難的行動とも言えない! 原生生物保護法違反だぞ!」
答えは帰らない、すでに回線が切れている。
「くそ!」
どういうつもりだ、あいつ。
「参加登録するんだよ?」
「まずはルーキー戦からなんだよ」
ドワーフたちが群がってくるが、ひとまず無視してカメラの注視点を下方へ。闘技場ではドワーフが竜の死体を片付けている。
いや、よく見ればまだ生きている。手足を切り飛ばされたはずだが、人間サイズのトカゲになっているのだ。
「あれって……」
「岩粘竜はあれが本体なんだよ」
「岩と一体化するんだよ」
「土に埋めとけばそのうち治るんだよ」
「……」
ここのドワーフは一体何なんだ?
見たところ闘技場の世話をしているようだけど……。
「話を聞きたいんだが」
「地上の食べ物持ってるんだよ?」
「お野菜がいいんだよ」
「……野菜か、少しならあるよ」
ドワーフたちは機体から飛び降り、横穴へと入っていく。
ベーシックもその後を追った。
※
彼らの後についていけば、そこもまたガラクタの山である。
割れた壺だとかすり切れた絨毯。前衛芸術にしか見えない金属のかたまり。建物の廃材。カヌーに似た何か。正体不明のものが山積みになっている。
「キャペリン、ここは地上が見えてるようだけど、地上から直接来られるルートは無いの?」
「わからへん。こういう大穴はけっこうあるねん。その中の一つがここまで通じてたっちゅうことや」
石灰石の侵食か、水流の生み出すポットホールか。それとも大規模な落盤でもあったのか。ではあの穴をベーシックで浮上していけば位置が特定できるのか。
だがそんなことより、今はブラッド少尉のことだ。
「ドワーフのみんな、ここはいったい何なんだ、なぜあの白い巨人はここで戦い続けてる」
「よくわかんないんだよ」
「「いつから」とかあまり興味ないんだよ」
「そんなことより野菜ちょうだいなんだよ」
僕は残っていた食料を渡す。塩味で煮しめた野菜スープとか、酸っぱい漬け物とかだが、ドワーフたちは喜んでそれを分け合った。
「野菜はお肌にいいんだよ」
「ヘルシーライフなんだよ」
「ちょっと痩せたんだよ」
「そんなにすぐ痩せへん」
そのようなやり取りの最中、また闘技場の方から音が聞こえてきた。今度は二頭の獣が暴れるような音だ。
「……この場所には竜が集まってくるのか?」
「そうみたいなんだよ」
「食べ物には困らないんだよ」
「でも肉ばかりでお肌によくないんだよ」
……この土地には自然発生的に竜が集まってくる。
あのコロセウムで戦いあい、ドワーフたちはそれを観戦したり、死体を処理したり食料にしたりしている。そこまでは分かった。
ドワーフたちを観察する、ここでもガラクタをじっと眺めていたり、おしゃべりをしたり、背負い袋に肉を満載にして出ていく者もいる。もっと上にいるドワーフに食料を届けているのか。
竜はあの縦穴から降りてくるのだろうか。それとも他にもいくつかの侵入口があり、トーナメント表が細ってくるように一箇所に集まるのか。
「それでお兄さん、バトルするんだよ?」
「ルーキー戦は人気あるんだよ」
「……僕はブラッドを連れ出したい」
この場所が彼にとっての聖地、それは理解した。
だが、あの地雷を使って届けられたメッセージ。
――俺を、殺しに来てくれ。
あれはどういう意味だ。
この場所を踏まえて解釈するなら自分を負かしてほしいという意味か。
馬鹿げている。ベーシックを私闘で消耗させられるものか。
「ブラッドと話をさせてくれ」
「チャンピオンは簡単に会えないんだよ」
「ルーキー戦から頑張るんだよ」
「……そのルーキー戦というのに参加して、全戦全勝を続けたらいつブラッドと戦える」
「えーと、たぶん四週間ぐらい」
「ふざけるな!」
ばん、と机を叩く。ドワーフたちはきょとんとしている。
「しょうがないんだよ、それがバトルの掟なんだよ」
「話をするだけだ! そのぐらいいいだろう!」
「チャンピオンはあの白い機械から降りないんだよ」
「あんたらなあ、こっちだってベーシックで来てるんやで、無理やり会いに行くぐらい簡単やで」
ドワーフたちに手荒な真似はしたくないが、こう話が通じないのではらちが明かない。
僕たちは闘技場なんかに付き合ってる暇はないんだ。ここに来るだけで四日もかかっているのに。上の会議がどうなっているか分からないのに。
「じゃあ殴り込みかけるんだよ?」
「殴り込みって何やねん」
「チャンピオンが戦ってるときに乱入するんだよ、盛り上がるんだよ」
まるで格闘技の興業のようだ。僕は見たことがないけど。
「竜が降りてきたら試合開始なんだよ、それまで休んどくんだよ」
「……」
彼らはどうも僕の戦いを期待しているようだが、付き合う気はない。どうする、ベーシックの無線で呼びかけ続けるか。
あるいは闘技場の設備を破壊すると脅すか、そうなれば出てくるかも……。
「流儀に従うんだよ」
ふと、その言葉が僕の耳に忍び入る。
「流儀……」
「チャンピオンに語りかけたいなら、チャンピオンと同じ視線になるんだよ」
「拳をぶつけ合うんだよ」
「魂を通わせるんだよ」
「ガンつけ合戦なんだよ」
……。
ふと、かたくなになっていた自分を客観視する。
そうだった、僕はブラッド少尉を理解するためにここに来たんだ。
この闘技場とやらは一見すると荒唐無稽な場だけど、それでも歩み寄るべきかもしれない。
ブラッドがこの聖地に何を見ているのか。
僕もそれに近づくべきなのか。
「……わかった、少し様子を見る」
※
闘争はひんぱんに起きている。
いったいどこから現れるのか、甲竜に火蛇竜、他に僕の知らない竜もいる。
決着はたいてい一瞬でつく。竜と竜との正面からの激突、火を操る竜はその一撃。たいていは格の違いを理解した竜が逃走し、殺し合いに至ることはあまりないそうだ。
「戦う者たちの聖地……」
ブラッドの戦闘も見た。小山のように大きな四足の竜。黄金色の体毛と分厚い脂肪。あらゆる打撃を吸収するかに見える。
だが決着は数秒でついた。すれ違いざまに肩を一撃。肉の奥まで響く衝撃に四足の竜が逃亡したのだ。
「強いな……」
その武器、やはりあれは石の巨剣。
もしブラッドと闘争になったら、僕は勝てるだろうか。
こちらの武器は剣の形をした鉄塊に過ぎない。浸潤プレートを斬り裂ける武器ではない。
巨人のまじないを使うか?
光の刃のまじない、あれを石の剣以外で使ったことはないが、果たして有効だろうか。Cエナジーも潤沢とは言えないし……。
さらに竜が現れる。自動車ほどもあるネズミのような竜。三頭ほど現れ、出現と同時に迷いなくブラッド機に襲い掛かる。
円を描く斬線。ネズミの竜が三頭同時に蹴散らされる。まさに紫電一閃か。
「ほえー、ごっついなあ、目にも止まらんってやつやな」
「……今の動きを分析、剣の挙動と振り出したタイミングを知りたい」
計算ではじき出す。複数の竜を同時に捉える剣の軌道。しかも剣が動き出す瞬間にはネズミの動きが揃っていない。相手の動きに合わせてとっさに軌道を調整している。読みでないとすると、今の動きは。
「攻撃に反応して……0.14秒? 人間技じゃない……」
リーチの差もある。もし戦うなら、こちらが踏み込んだ瞬間に剣の一撃を喰らうのは明らかだ。
もちろん超硬度の石の剣と言っても、まじないを使わなければ浸潤プレートが斬れるとは思えないが……。
「……?」
いま、何か違和感が……。
「映像ログを表示、ブラッド機の動きにクローズアップ」
表示される。ブラッドの剣が円を描いて動き、三匹のネズミを斬り飛ばす。
「……今までのブラッド機の戦闘を並列表示、スロー再生、4分の1」
表示される。フレームレートは120FPSから30FPSに落ちたが、デジタライズに補完されているため極めて滑らかな動きだ。
「ナオやん、どうしたん?」
「この動き……」
この動きに感じる違和感は何だ?
途轍もない動体視力。反射神経。判断力。戦闘練度。ベーシックの頭脳による補助。霊感。過去の経験を踏まえての予測。
どれも違う。この動きは。
僕は自分のベーシックの腕を動かす。やはりそうだ、それは可能だが可能ではないこと。
「手首が回っている」
「へ?」
「ブラッド機が敵を斬るとき、手首がほぼ一回転している。ベーシックにはそんな動きが可能なんだ。普段は四節のカムシャフトで下腕部と連結されているが、連結を解除してワンシャフトドライブにすれば可能だ。手首を自由に回転させられるので土木作業などに利用できる」
「なるほど便利やな、ネジ回しなんかを簡単に回せるんやな」
「だが、マニュアル操作の動きじゃない」
それは何を意味する?
そもそもブラッドはなぜ……。
「!」
ある連想、ぞわりと背中の毛が逆立つ。
僕はベーシックを乗降モードに。
「キャペリン、降りてくれ」
「ど、どないしたん」
「頼む」
キャペリンは少しためらう様子を見せたが、素直に降りてくれる。
「ブラッド!」
そして僕はコロセウムへと降りていく。
二本の鉄剣を抜き放ち、そのすり切れた機体に一撃を浴びせようと――。




