第三話
※
僕は数日、シールの村に滞在していた。
「そうですか、男は戦争に出ていると……」
「ええ、その通りです」
村長の名はカンヴァス。80年近く生きていて、彼らの平均寿命を大きく超えるらしい。この村で唯一の男性だ。
腰には竜の頭を割ったあの短剣を下げており、腰は曲がっているが、話す言葉はしっかりとしている。
村長の家は村の一番奥にあり、同じ高床式でもさらに高めに作られていて、重厚な木材が使われた家だ。屋根も他の家が藁葺きなのに対して板葺き、少しずつ色々な部分が上等に出来てる。
僕は何度か村長の家に招かれ、歓待を受けた。
「竜使いたちの王、竜皇陛下の御下にて、悪しき竜たちを従える戦いに出ているのです」
「竜……あの巨大な生物ですね」
内装は色鮮やかな織物や、丁寧な造りの小物棚。家具はそのぐらいでシンプルな印象。
窓のそばには、ひと抱えほどの鳥かごが下げられていた。中は空だ。それが風に揺れ、室内に複雑な影を落としている。
「……鳥かご、インテリアかな」
「ナオ様のおかげで肉を無駄にせず竜を得られました。この村はしばらく飢えを遠ざけることでしょう」
「どうも……」
あの竜は重量が4トン以上あった。僕も解体を見学したが、金属のような骨、石版のような鱗、そして筋繊維は荒縄のように固い。
取れる肉は300キロほどだ。内臓に近い部位には毒性があり、手足の肉は硬すぎて食べられない。大半は捨てるしかないのだという。
「でも……男をすべて戦いに送るというのは……村にだって働き手が必要でしょうに」
「詮無きことです。我々はせめて、男のいない間の村をしっかりと守らねば」
僕はベーシックを修理する傍ら、必要に応じて村人から物資の援助を受けた。食料や水に加えて補修用の金属片、道具類などだ。
この村の女性たちはみなよく働く。木を伐り倒して炭を焼き、畑を耕し、そして野良の竜を駆除する。
狩りは毒餌だ。何かのキノコを混ぜたひき肉を焼き固め、竜に食わせる。竜はしばらく森を歩き回ったのちに昏睡に落ち、戦士が槍で心臓を突く。
毒餌を食べた竜は食べられる部分がさらに少なくなるが、それでも解体の儀式を行い、頭部の希少な肉を僕と村長らで最初に食べる。
「みんな熱心に竜を狩るんだね……怖くないの」
そう聞くと、村の女性はにこやかに笑って答える。
「はい、竜皇様の勅令ですから」
「いざとなれば村長様のまじないがございます。滅竜の光を受けた短剣、あれこそ偉大なる巨人の力なのです」
「そうなんだ……」
男性のいないその村に不自然さを感じることもあったけど、僕は何も言わない。
深入りしすぎてはいけない。僕の関わることではないのだから。
「よし……送弾装置の修復完了、排莢部分もよし……あと何かあったかな、技術マニュアルを」
僕はベーシックの修理を進める。星皇軍の技術マニュアルは実に気がきいている。焼きごてとハンマー、それに鉛くずでもそれなりの修理ができるのだから。
まずは最低限の武装だ。敵勢力と接触しないとも限らない、チェーンガンだけでも直さないと……。
「ナオ様、お食事をお持ちしました」
森の中で作業をしていると、シールが食事を届けてくれた。僕は溶接の手を止めて機体を降りる。
「ありがとう、でも危ないからここまで来なくてもいいよ。食料を求めるときは僕が村に行くから」
「少しでもナオ様の助けになりたいのです」
シールは機体を見上げる。見えてはいないはずだが、風が機体を取り巻く音で大きさを感じるのだろうか。
「この巨人は……からくり仕掛けの人形、なのでしたね」
「そうだね、広義で言えばね……」
多環境戦闘用機動兵器『ベーシック』
星皇軍にて広く使用されている機体だ。その驚くべき汎用性と拡張スロットの多さ、あらゆる使用状況を受け入れるタフネスにより名機と呼ばれている。しかしほとんどの装備を剥がしているので、外見は衝突実験用のダミー人形のようだ。頭部だけはカメラアイを二つ備え、顔っぽく造形されている。
手足はともかく頭は必要ないような気もするのだが、なぜか造形されている。どういう理由があるのかはレクチャーされていない。きっと技術的な帰結なのだろう。
シールはまだ機体を見ている。僕は少し気になって問いかける。
「何か気になる?」
「いえ、巨人族ザウエルの伝説に思いを馳せておりました」
例の……村の入り口にあった剣のことか。
「思うのですが……あの剣はこちらの巨人になら扱えるのではないでしょうか」
「そうだね、まあサイズ的にはね」
あの剣は全長7メートル弱、刃渡り部分は5.5メートルほど、僕をベーシックの身長に換算すれば全長150センチほどの剣だ。人間なら扱えないサイズだが、土木作業もこなすベーシックなら持てなくはない。
だがあまり意味はない。あの剣の質感は花崗岩のような岩だ。剣として振り回せばすぐに粉々に砕けるだろう。
「数千年前よりこの村に伝わっている剣です。きっと、ナオ様に見つけてもらうために存在していたんです」
あの剣はそんなに古いものじゃない。劣化がほとんどなかった。
「君は……その、君というか、この村の人達は巨人の伝説に親しんでるんだね」
「はい、もちろんです。あの巨剣だけでなく、村長様の受け継いでいる短剣や、まじないの言葉もあります。巨人がこの世界に降り立った証拠です」
「……」
彼女は少しだけ口調が強くなっている。むきになっているのだろうか。僕が巨人伝説を信じていないことを察しているのだろうか。
彼女の無垢な気持ちを傷つけたくはない。話を合わせるべきだろう。
「そうだね……きっと巨人は本当にいたんだよ。君たちにまじないの言葉と奇跡の武器を与えた」
「はい」
そのまま、見つめ合う気配。
僕とシールの間を言語化されない意志が行き交う。僕は彼女から目が離せず、彼女もじっと僕を見つめるかに思える。そんなはずはないのに。
時間の流れが引き伸ばされるような感覚。その中で僕の指が無意識のうちに、彼女の肩へと。
ばさばさ、と鳥が飛ぶ気配があって、僕ははっと離れる。シールも何かを察したのか、気恥ずかしそうに顔をそむけた。
「ああ、ええと、その、そうだシール、今日の沐浴はまだだろ、ベーシックで送るよ」
「いえ、そのようにお手を煩わせるわけには」
「いいから、そのぐらいさせてくれ、大丈夫、絶対見たりしないから」
ベーシックのコックピットは長時間待機も想定されているため、比較的広い。だけどシールの座る場所はないので、僕の膝に横座りになる。
全方位モニターの様子はシールには見えないけど、それでも何かを感じるのか、ほうぼうに首を動かしながら言う。
「すごいです、本当に飛んでいるんですね」
「そうだね、イオンスラスターは姿勢制御のためのもので、惑星の重力下で浮くためのものじゃないけど……」
残り少ないCエナジーが減っていく。まあいいか。女性をエスコートするのも軍人の務めだ、たぶん。
滝壺の浅瀬に到着。僕はシールを下ろし、全方位モニターをオフにして、機械しかないコックピットで待機する。
「シールか……おとなしい子だけど不思議な雰囲気があるよな。無垢というか……信仰心が篤いと言うべきか……あれが宗教の力なのかな」
特に声が魅力的だと感じる。会話ログを聞いてみたい欲に駆られるが、それは控えている。相手の会話を勝手に録音してるのも同じだからだ。
ログ習得は自動で行われるから仕方ないけど、再生はするまい。もちろん視覚ログも。
やることもないので機体のセルフチェックをする。
Cエナジーの残量は0.04%ほど。戦闘行動を行えば一分も持たないだろうが、救難信号を出し続けるだけなら半年はもつ。
「えっと、Cエナジーというのは一種のマクスウェルの悪魔であり、空間からエネルギーを取り出すんだったな……エナジーレインを浴びなくても少しずつ自然に貯まると聞いてたけど、ベーシックを星系脱出させられるほど貯まるかなあ……?」
まあいい、僕は修理完了した武装の確認。駆動系の最適化。夜間のうちに撮影しておいた天球画像から現在地の推測……何度もやってることだが、今日も繰り返す。やはり現在位置を推定できない。
「……あれ? 遅いな」
すでに一時間は経っていた。沐浴はいつも30分ほどで終わるはずだ。
まさか転んで怪我でもしたのか。僕はベーシックを降り、念のために薄目でシールを探す。
彼女は滝壺の近くにいた。腰のあたりまで白く染まっている。全身をびしびしと打つ水しぶきの中にいる。
「シール……どうしたんだ、大丈夫か」
何か様子がおかしい。僕は水に入り、ざぶざぶと足の力で水をかき分けるように進んで彼女のそばに。
「シール、もう上がったほうがいい、体が冷えるよ」
肩を掴んで振り向かせて、僕ははっとなる。
彼女は震えていたから。唇を真っ青にして、水しぶきを浴びながら震えていた。
それは寒いからではなく、何かもっと大きな恐怖を押さえつけるような震えだった。熱暴走しかけているエンジンに水をかけるような。いまにも砕けそうな様子。
「どうしたんだ」
「ナオ様……私、あなたがいつか、この土地を去ってしまうのが怖くて」
そのように言う。彼女は僕の胸にそっと入り、囁き声で言う。
「せっかく出会えたけれど、あなたは巨人の御使いではないのですね。いつかはこの村を去ってしまう、どこか遠くの国からの稀人なのですね……」
……僕は。
「大丈夫、どこにも行かない」
僕は彼女を抱き返す。
その言葉は果たして誠実な言葉だろうか。もし救難信号が届いたら、青旗連合の連中が来たなら、僕は軍人に戻らねばならない。
だけど、今だけは。
今、シールをこの腕に抱き、彼女の震えを感じている今だけは……。