第二十九話
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ブラッド少尉とは勇猛果敢、剛毅果断、戦いの先陣を切って皆を導ける人材であると、周囲の評価はそのようなものだった。
だがそれに疑問を唱えるものもいた。あれは頭のネジが飛んでいる。いかれている。たまたま生き残ってるだけの原始人に過ぎない、と。
彼の戦い方はいつも決まっている。無人機の密集してる場所に近接武器を持って飛び込むのだ。
青旗連合の無人機は同士討ちをしないという特徴がある。敵の輪の中に入ってしまえば向こうも重火器が使えず、白兵戦に付き合うしかない。そしてブラッドはいつも盛大な戦果を上げた。
星皇軍は平等であり公平、一般兵と傭兵に差異はなく、上級士官へと昇る道もある。
戦果を上げ続ける彼がなぜ昇進しないのか? それには一つの事件が関係していた。
ある星でのこと、8機のベーシックが突如として作戦域を離脱、逃亡を図った。
敵前逃亡、青旗連合への亡命、その他すべての利敵行為は死罪と決められている。ブラッド機を含む30機以上のベーシックが逃げた8機を追跡した。
そして追跡の果て、8機のベーシックは見通しの良い丘の上に陣を張った。青旗に連絡が着くまでそこで待機するつもりだったとされる。
周囲には小型地雷を撒き、寝ずの番を立てて周囲を見張る構え。
そして問題となるのは、その場所は青旗連合の陣地に近すぎることだった。どちらかが火器を使えば、2キロ先の無人機たちが必ず駆けつける。
僕たち30機あまりは森の中に伏せ、どうするか意見を投げ合う。
「誘導弾を叩き込みましょう。無人機が我々を見つけるでしょうが、作戦の遂行のためにはそうするべきだ」
「増援を頼もう。このまま無人機どもも殲滅してやる。星皇軍には敗北も逃走もない」
「危険だ、いったん下がって作戦を練ろう。もしくは司令部に指示を仰いで……」
爆発音。
ブラッド少尉が跳んだのだ。薬圧サスペンションによる自己投擲。
脱走兵たちの中央に飛び込んだ、と理解した時には胴を剛結晶ナイフで貫かれたのが一体。脱走兵たちが反応する前にさらに二体。そして五秒後、重火器が火を吹く直前に最後の一体を。
だが間に合わなかった。スパークを散らして倒れた機体はそれでも25ミリチェーンガンを駆動させ、弾頭が立ち木を吹き飛ばす。約六秒後にその音は無人機たちに届く。
それは夜宴を知らせる角笛の音。僕たち追撃班も巻き込んでの戦闘、すべての弾倉を空にするほどの激戦は4時間も続いた。
この事件に対する評価は真っ二つに分かれた。
ブラッドの勇気とその実力を称える声。あるいは無謀さと蛮勇に眉をひそめ、結果として無人機の群れを呼び寄せたことを失敗と見なす声。
結局、実力はともかく彼は戦闘狂であると判断され、少尉の身分が不動のものとなった。今後、彼に一切の指揮権を与えぬように、それが上の判断だったようだ。
ずいぶん前に、彼に訪ねたことがある。
なぜ、あんな真似をしたのかと。
「敵が足りないのさ」
彼はそう答えた。
「足りない? 星皇軍が十分な戦力差を確保して戦えている証拠だ。圧勝は良いことだろう」
「そうじゃないさ。戦うべき相手が足りない。方向とか概念と言ってもいい。あるいは動機とか時代とかだよ。俺たちには戦う相手が足りない、そう思わないか。無人機どもは単調で、軍の理念は整然としてて、宇宙はのっぺりとしてて想像の余地がない。何にあらがえばいいのか誰にも分からないのさ」
どういう意味だと問いかけるも、言葉がブラッド少尉の中で像を結んでないようだった。
ややあって気だるいような、それでいて冷ややかに笑うような気配とともに、短い言葉が――。
「何もかもと戦いたいのさ」
「カタチを持たないものとも……」
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地下を下っていく。
水の流れる音はやまない。地面は濡れていないが、どこかを確かに流れている。洞窟の中に複雑に反響する、それは水の霊の囁きのよう。
「これは……建物、か?」
コンクリートの坂道、四角い穴が開いている。外見は市民居住区にあるような無個性なビル。それが倒れて朽ちて斜面になっている。
センサーの眼で中を覗いてみるが、家具や道具類、それにいくらかの土砂。
「大昔の建物やで、ロマンあるなあ」
「そんな馬鹿な……」
斜路を下り、さほど高くない崖をいくつか降り、ときに泥や砂の中をゆっくりと進む。水の音はずっと続いている。
「次、そっちの狭い方の道や、大きい方は行き止まりやからな」
「キャペリンは前に来たことあるの?」
「いんや、ドワーフたちの話をまとめとるんや」
彼女はコックピットに乗っていて、日めくりカレンダーのような大ぶりな書き付けを頻繁にめくる。地図のようなものと崩し字がびっしりと書き込んであった。
槌妖精たちもよく見かける。土からガラクタを掘り出していたり、数人で集まってておしゃべりをしていたり。
「なー、そこのドワーフ、この先の縦穴ってまだあるか聞いてええかー」
「そこは崩れたんだよ」
「下に行くなら右に曲がって真っすぐなんだよ」
「階段作っといたんだよ」
そして書き付けの一枚を破り、新しい紙を挿入して紐で綴じなおす。
「ここの調査に熱心なんだね」
「ここはもともとドワーフたちが多かってん。拠点にしよう言うたんは姉ちゃんの提案や。姉ちゃんは地下をもっと調べたい言うとってな、ウチが手伝うてるねん」
確かにこの広さ、複雑さ、湧き水が貧栄養であることを考慮しても拠点を作るには十分だろう。
シャッポはレジスタンスと合流しているようだが、彼らは竜皇の力が及ばない自分たちの国を、自由に生きられる独自の国土を生み出そうとしているのか。
……そうして見ると巨人の亡霊の話。シャッポからすれば不安要素の調査という意味もあるのか。もちろん僕自身の意志で潜っているけど、本当に人を使うのがうまいと感じる。
「……と、そろそろ4時間か、このあたりで休むか」
「ベーシックなら休まんと行けるやろ?」
「いや、機動旅団の行軍時間は24時間中に6時間、障害物を乗り越えながらの連続行軍は4時間と決められてるんだ。今は分からないけど肉体に疲労が溜まってるはずだ」
「ふうん、そんなもんか」
僕は比較的、平坦な場所を見つけてキャンプを張る。
設置の際はベーシックを使う、これも訓練を受けた技能だ。ベーシックでペグを打ち、ポールを組み立ててテントを設営。
「へー、器用やなあ」
「軍だといつもやってることだよ」
周辺の索敵、落石や急な出水への警戒、火うち石での火おこしもすっかり慣れた。
「風は適度に流れてる……よし、肉でも焼こう」
「よっしゃ」
この時の僕は、まだ楽な調査だという意識があった。深いと言ってもベーシックで潜れるならばすぐに調べ尽くせると。
だかその感情は、数日後には不安に変わっていた。
「火なんだよ、明るいんだよ」
「干し肉焼くんだよ」
「スプーンをあつあつにしてから水に突っ込んで遊ぶんだよ」
「やめような」
キャンプの火の回りにはドワーフたちか集まっている。僕はそのへんで拾った材木を投げ込む。
「もう地下3万メートル以上……信じられない。こんなに深いとは。Cエナジーは十分あるけど、これちゃんと戻れるのか……」
「不安そうなんだよ」
「若者はいつも不安なんだよ」
「きっと彼女の不倫を疑ってるんだよ」
「違うから、何なのドワーフそういうの好きなの?」
こんな深さだというのにドワーフたちがいる。このあたりの個体はもう一生地上に出ることなどなさそうに思える。
カンテラは持っていない個体のほうが多い。夜目が効くのだろうか。
何を食べているのか気になったが、主に小さな生き物や、コケのようなわずかな植物、それと竜だ。
道中、巨大な甲竜の死体が寝そべるのを何度か見た。地底湖には頭が四つある犬のような竜が浮いていた。
この地底の水の特性のためか、それらの死体は腐らず、変色もせずに生々しい姿をとどめる。
ドワーフたちはその死体からわずかに肉を頂戴していた。時には上の方のドワーフに肉を届けたり、その逆に地上の野菜や果物を下に届ける者もいる。この広大な地下世界には三次元的な物流網があるのか。
いくつかの死体をまたぎ超えて、さらに進む。初めて見る竜もいれば、知っている竜もいる。
「こいつは……確か爆華伏竜」
「けっこう大きな個体やで。持って帰りたいなあ。爆液の袋は高く売れるんや」
「あれを持ち歩くのは絶対嫌だぞ……」
そしてまたキャンプ。
まさか地下で四泊もするとは思ってなかった。深さ3万メートル以上。もしベーシックでなければ何日かかっていたことか。
「なあナオやん、なんで二つ返事で地下に潜ったんや?」
キャペリンが問う。こんなに過酷だとは思っていなかったが、理由なら答えられる気がした。
「……第一目的は動くベーシックを探すこと。もう一つは、そう、知りたいから」
「知りたい? こないだ言うてたブラッドって人のことか?」
「彼は立派な兵士だった。誰よりも強くて勇敢で、自分だけの価値観を持ってた。それがなぜ地下の奥深くで竜と戦ってるのか、何を求めてるのか。その価値観というか、人生観が知りたいんだ。彼がここにいるらしいのは降り始めてから知ったことだけど、別にブラッドにこだわってるわけじゃない。他のベーシック乗りはこの星で、それぞれの人生を生きたはず、それに触れたいんだよ」
声は反響し、湿っぽい響きを帯びる。炎に照らされてキャペリンのきつね色の毛並みは怪しく照り映える。
「……分かったつもりになりたくないんだ」
「うん?」
「僕はこの星に堕ちてきて……今まで何人かの人に会った。みんな違った考え方を持っていて、僕には理解できない事もあった。理解できない事が悲しくて悔しかった。だから次はもっと深く知りたいと思うんだ。なるべく近くまで行きたい。何度も問いかけたい。この宇宙に、ものの考え方は一つじゃないと知りたいんだよ」
「なるほどなあ」
そう言って、場に沈黙が流れる。それはキャペリンの深い思索を思わせた。
どこからか流れ続ける水音。川のある庭園を二人で歩くような静かな時間。
「せやったら、ウチと同じやねえ」
「君も?」
「お姉ちゃんはね、すごい人なんよ。草兎族でもあの年であれだけ歩いたんはそうおらん。世界の隅々まで見て回って、たくさんの種族と渡りをつけた」
「そうだね、立派な人だ」
「お姉ちゃんは何かやりたいことがあるらしいけど、ウチにはようわからん。分かろうとしてるんやけど、聞くたびに自分がまるで分かってへんことが分かる。でもそんなお姉ちゃんは、耳長さまの事が分からん言うとる」
「……」
「デル・レイオ渓谷に作った拠点はな、ウサギだけが使う予定だったんよ。でも耳長さまはたくさんの種族で力を合わせるべきや言うて、三十を超える種族に声をかけた。でも会議はまるでまとまらへん。お姉ちゃんはそれを憂いてる」
確かにそうだった。会議はほんの少し見ただけだが、肌感覚として、直接的に累の及んでない種族までが竜皇と戦いたがるとは思えない。
世代間の隔絶、あるいはイデオロギーの対立。
聡明に見えたウサギたちでもそんな事が起こるのか。
そして姉妹であるシャッポとキャペリンですら、理解が遠いと嘆いている。
「たくさんの種族と渡りをつける。人と人の間に吹く風となって荷を届ける。それが草兎族の商人やのに、ウチは姉ちゃんのことも、耳長さまの事も分かってあげられへんのよ……」
そっと肩を寄せる。物悲しさが重みとなって伝わる。
理解の隔絶。僕たちはずっとそれに悩まされるのか。
僕はシールのことを理解できなかった。スモーカーも。ベアも。
ではブラッド少尉のことは……。
「……ちょっと待って、何か聞こえる」
いや、聞こえると言うよりこれは振動。
二人が沈黙した時に初めて意識されたのか。
僕は耳を岩につける。
「少し遠いが、聞こえるぞ。これは竜の足音。ベーシック、乗降姿勢に!」
ベーシックに乗り込み、短波長レーザーを岩に当てての振動感知。それを音紋分析にかける。
「何かが戦ってる。片方は重量5トン。片方は2.4トン。この固有振動数は」
間違いない、浸潤プレート。ベーシックが戦っている。
「キャペリン! 乗って!」




