第二十七話
格納庫の中にカンテラの明かりはあるが、炎天下の荒野から踏み込めば暗黒に近かった。眼が順応してくれば、僕を迎えるのは三体の巨人。
風化しきって、壊れきって、苔むして居並ぶ、神さびた雰囲気を備えた巨人の骸。
外殻がほぼ剥がれて内部がむき出しになったもの、四肢をいくつか失っているもの、焼け焦げているものもある。その上から苔が覆っていたり、ツタがまきついていたり。
それは機動兵器というより、信仰心によって作られた古代の像にも見えた。
その造形には何らかの思想がある、そんな事を言ってた兵士もいたような……。
「ベーシック……こんなにあったのか」
「三体確保いたしました。われわれ草兎族の情報網を使って集めましたが、このようにすべて朽ち果てています。手紙でコックピットの開け方を伝えていましたが、内部に人の亡骸などは無かったそうです」
僕は機体の真下まで行く。確かにベーシックだ。苔に侵食されていて、関節部にも石のような泥が詰まっている。
「これ……沼にでも沈んでたの? よく見つけたね……」
「それは沼地に住む蛇の民、翠蛇族たちの伝承にあった機体です。かつて村を巨人が訪れるも、彼は疲れ果てていた。巨人の御使いより安息の地を与えてほしいと申し出があり、大食らいの沼に巨人を眠らせた、と」
「どうやって掘り出したの?」
「軟玉のウロコを持つ魚人、潜地魚という種族がいるのです。彼らの力を借りてロープを巻き付け、甲竜で引き揚げました」
説明してくれるウサギはみんな聡明そうな顔つき。そういえば彼らは知恵だけでなく、多くの種族と渡りをつけることに長けているのだった。
「いかがでしょうかナオ様」
シャッポが口を開く。
「ベア様という方の機体より状態が悪いようです。修理は可能でしょうか」
「調べてみよう」
僕はすべての機体をチェックする。
だがダメだ、三体とも起動しない。右端の機体はそもそもコックピット部分が欠けている。肩から上と、あとは足が一本、それ以外の部品はほとんどバラバラの状態なのだ。組み上げてもすべての部品は残っていないだろう。
「なぜこんなに破損してるんだろう?」
「分かりません。そちらの焼け焦げた機体は我々が発掘いたしましたが、イルマの鹸湖(アルカリ性の湖)に沈んでおりました。ですが湖の影響ではないようです。何らかの竜に破壊されたのでは」
「……」
竜に襲われたのだろうか。この三体の機体にはそれぞれ漂流者の苦難があり、激しい戦いがあり、長大な年月がある。
漂流者たちの、兵士たちの数奇なる人生を物語るかに思えた。
念のため回復のまじないも唱えてみる。やはり反応しない。
というより反応したなら僕はすべての生気を吸われて死んだかもしれないが、なぜか発動しないと直感で分かった。
「まじないはCエナジーを使うんだ、とりあえず起動しないことには……」
「では複数の機体を組み合わせてみましょう、槌妖精たちを呼びます」
「起動まで持っていければまじないで直せるのですね」
「その前に再度スケッチしておきましょう、何かの役に立つかも」
「お待ち下さい」
他のウサギたちの話に、シャッポが割って入る。
「思っていたより破壊の度合いが大きい。回復のまじないはナオ様の気力を奪います。ここまでの大破状態を治すことは賛成できません」
「シャッポ、いいんだ」
シャッポの肩を掴む。
「君たちに協力すると決めたから、だから僕に役立てることがあるならやるよ。回復のまじないの行使も」
「ナオ様はパイロットです。まじないを使うだけなら他のものでもやれるはず」
「それは……でも」
直感で言えば僕が唱えるべきと思う。
だけど僕はパイロットとして前線で戦う義務があり、機体の修理や改造にはそれを役目とする人々がいる。ベーシックは一人では運用できない、それも真理だ。
では、まじないを使ってもらうべきだろうか。しかし……。
「可能な限り、完全な復元を目指そう」
耳長が、浮足立つ場をまとめるように言う。
「まじないはまず我々が試みる。ナオ様、これは我々が掘り出した機械ですので我々に所有権があると考える。ですので修理はすべて我々に任せていただきたい。それでよろしいですな」
「……分かった」
耳長はさすがと言うべきか。場をうまく収めたように思う。
僕の体を案じたのか、ベーシックの運用に支障をきたすと考えたのか、僕は助けられたとも言えるだろう。
耳長は続けて言う。
「ナオ様、それと先日より会議が続いているのですが、ナオ様もご参加いただけますか」
「会議……?」
浮島状の高台、その中央にある大邸宅。
会議場は一階にある。円形のテーブルが置かれ、そこに様々な種族が並んでいる。蛇のような者、鳥のような者、体毛に覆われた者、大きいものに小さいもの。
彼らはずっと話し続けていた。色々な種族が入れ替わりで参加しているらしく、僕の登場にもさほど反応はない、それとも反応するまいとしているのか。
「竜皇の徴兵はとどまるところを知らん」
タテガミを持ち、獅子のような頭を持つ人物が語る。
「特に中央のヒト族は根こそぎやられている。あれでは種族が維持できぬぞ」
「竜都ヴルムノーブルで何をやっているんでしょうなあ」
「我々の眼をもっても分からんですのう」
大きな黒の羽を持ち、黒曜石のナイフのようなクチバシを持つ種族もいた。外見はカラスの怪物のようで恐ろしいが、話し方は穏やかである。
「竜都の上空は飛行が禁止されておりますからな。といっても、上から見てわかるとは限りませんが」
「石炭や鉱石がぞくぞく運び込まれてるぞ。竜都の維持にしても多い。工業的な事業を行っているのだろうか」
「武器か? あるいは竜に装備させる鎧などか」
「だけど、竜皇は外に出ていないんだよ」
鎚妖精もいた。相変わらず性別がよく分からないし、僕たちと同行してた個体かも分からない。
「ずっと七重円の中心、「竜の瞳」に閉じこもってるんだよ」
「二年前、ウェストエンド伯を粛清したという話があったが、その時以来ずっとだ。以前は別の町に姿を見せることもあったが……」
それは耳にしていた。西方辺境は僻地ではあるが、中央から来る人々がいろいろと話を聞かせてくれたのだ。
「おそらく「竜狩りの巨人」を恐れているのだろう。竜都を留守にしたくないのだろうな」
竜狩りの巨人、その言葉に僕は無意識に目を向ける。
「ウサギたちが確保している巨人と同じものだろう? 乗り手もいる、共闘できるのではないか?」
「向こうの乗り手は呼びかけに応じていない。それにあれは恐ろしすぎる。南方のガウナンドの領主を知っているか。何もかも消し去られた」
「倒すべきは竜使いではなく竜皇だろうに」
「竜使いは力に溺れる事がある、似たようなものかも知れんな」
呟くような発言も多いが、その話題だけはすべての言葉がはっきり聞こえてしまう。僕に向けて言ってる、と思うのは考えすぎだろうか。
「いずれにせよ竜狩りの巨人の働きは大きい、北方にて練兵されている竜使いの軍勢、その完成を阻んでいる」
「ふん、巨人といっても甲竜とさほど変わらぬ大きさであろう。一つの存在を戦略に組み込むのは危険である」
「竜皇が引きこもっていることでもあるし、攻め込む好機では」
「だめだ、戦力が足りない。我らは甲竜の部隊を組織しているが、火蛇竜のような強い竜には蹴散らされる」
「竜使いたちをこちらに引き込めないのか」
「竜使いは信用ならん。あやつらはしばしば裏切る。数年前に我らの種族も……」
「そもそもヒト族の問題であって……」
「どんな竜がいるかを調べるほうが……」
「ナオ様、少し席を外しましょう」
シャッポが僕の手を引く。近くに座っていた耳長もちらりと視線を寄越すが、何も言わずに僕らの退席を見送った。
「シャッポ、途中で抜けていいのか?」
「よいのです。今日はほんの顔見せだけと聞いておりました。聞くところによれば、彼らはここ数日ずっと同じような会議をしているとか」
邸宅の大きな窓に面した廊下。大渓谷の雄大な眺めを見ながら、シャッポはロップイヤーをぱたぱた動かしてため息をつく。
「彼らはそれぞれの種族の重鎮ではありますが、実のところ、竜皇の徴兵についてはヒト族だけの問題と思っている者もおります」
「……」
「力仕事のために鬼人なども動員されていますが、そもそもヒト族が人頭を管理しているのはヒト族だけですからね。地下に住んでいる鎚妖精はもちろん、他の種族も把握してるとは言い難い、根こそぎの徴兵など起こり得ない」
「……放っておこうとしている?」
いいえ、とシャッポは首をふる。
「竜皇を看過できないのは確かです。ヒト族とは繋がりのある種族も多いし、個人的な義憤もある。しかし耳長はあまりにも多くの種族を集めすぎています。彼らは彼らの種族を守るという使命が最優先です。会議の場などに引っ張り出しても、進んで協力を申し出るわけにはいかないのです」
……。
政治というものだろうか。その感覚が僕には分からない。
分からないことを恥じる。
星皇銀河は完全なる一元支配とされているから。
僕が一兵卒であり、高官の集まる会議など見たこともないから。
――生産兵だから。
ぐ、と唇を噛む。
良くない感情だ。無知は恥ずべきことではない、無知を認めないことが恥ずかしい、そう頭では分かっていても……。
「ナオ様、草兎族は風を読む種族と言われますが、私は風になりたいと思っているのです」
「風に……なる?」
「ええ、より正確に言うなら風の最初のきざはしになりたい。世の大きく動く時、誰よりも速く駆けつけ、あらゆるものが私の後に続く。物資と金銭を動かし、引き連れ、新しい場所に連れて行く。時代に干渉できる存在になりたいのです。季節の移ろい、天候の変化を知らせるような、一陣の風に」
「……立派な夢だ」
心からそう思う。シャッポは優秀だし、若く活発であり、大きな夢を持っている。尊敬できる人だと思う。
「ナオ様、実は一つ、重要な情報があるのです」
と、雰囲気を切り替えて言う。難しい話はここまでという区切りを示すように、目を大きく開いて。
「情報?」
「ええ、このデル・レイオ大渓谷の西南部、川が地下へと潜り込み、広大な地下洞穴を形成している場所があります。水は冷たく魚もおらず、住み着く種族もない死せる川の洞窟です」
「そこに何かあるの?」
「ええ、そこに、巨人の亡霊が出る、という話なのです」
亡霊……。
それはまさか、動く状態のベーシックが。
「何度か調査を送りましたが、洞窟があまりに広大で手も足も出ない状態です。しかしベーシックならば」
「分かった、行こう」
もし生きている状態のパイロットがいるなら、僕の小隊のメンバーがいるなら、是が非でも会いたい。
彼がこの星でどうやって生きてきたのか、その人生に触れたいと強く思う。
「ありがとうございます。では現地へは、私の妹に案内させましょう」
「え、妹……?」
「どーーーーーーーん!!!!」
「ほぶわっ!?」
背中からのドロップキック。どばあん、と絨毯張りの廊下に倒される。
「あれ倒れてもうた。シャッポ姉ちゃん、巨人にしては弱いで、なんか小さいし」
「キャペリン……この方は巨人の乗り手ですよ。格納庫にある巨人を動かせるお方です」
「なんやそうかいな、ごめんなあ」
「な……な……」
起き上がる。それは確かに全身が体毛に覆われた草兎族。
しかし姉とは違って明るい茶色の毛、目は姉よりも赤く、上唇がぷっくりと膨れてよりウサギらしさが増している。
背はヒト族に対して少し小柄、やはり商人なのか大きめの背嚢を背負っている。しかし何だろう。キーホルダーみたいなものがやたら大量についてるが。
「よろしゅうな! ウチは草兎族の若手のホープ! キャペリンや!! あと蹴っ飛ばしてごめんな!!」
両腕を持ってぶんぶん振られる。毛足の長い絨毯だったので大した衝撃ではないが、それより眼の前の子に圧倒されてしまう。
何というか全身にカラフルさがある。耳は姉と同じロップイヤーで、根元の部分を紫のリボンで飾っている。化粧もなんか濃いし体中にアクセサリーが山盛りである。足元は姉と同じ巻きスカート。柄は紫と金のまだらという派手さだ。
「キャペリン……またそんな短いスカートをはいて、はしたないでしょう」
「だって動きやすいんやもん。なあなあ、乗り手の兄ちゃんも短いほうが好きよなあ?」
くるくると回転して、体毛に覆われた腿が目に入る。
どうコメントしたらいいのか全然分からなかった。




