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ギガントレリクス ~機動兵器は天より堕ち、石の巨剣を得て竜を討つ~  作者: MUMU
第五章 望郷の旅人、霧の隊商、月の下にて酒坏を交わす
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第二十三話





太陽は西に降り沈みかける頃。土が蓄えた熱が大気に放散され、世界が夜の訪れに身震いするような時間。


乾燥した灰色の大地では鎚妖精ミルドワーフたちが寝そべっている。


「ぬくぬくなんだよ」

「今日はお風呂いらない感じなんだよ」

「もう全身こざっぱりなんだよ」


旅の間ずっと入ってないはずだけど……。


だらけてるのは半数ほどで、残りは忙しく動き回っている。木材を組んで立体の障害物を作ったり、テントを板で補強したり。


ウサギたちはクロスボウをあちこちに固定したり、弓の調整をしている。足踏みの機構によって矢をつがえる強力なクロスボウだ。先端に塗る毒も新しく作り直していた。


僕はといえばベーシックを降りずに待機している。

Cエナジー残量は99%だ。自然充填がわずかといっても、少なくとも15年は泥に埋まっていたのだ。フルチャージされてて当然か。


「ナオ様、我々は順番に食事を摂ります、ナオ様も食堂テントへどうぞ」


シャッポがそう言うが、僕は外部スピーカー越しに答える。


「持ってきてくれ、ここで食べるから」

「ナオ様、カナキバのことなら十分に備えております。ナオ様だけに負担をかけるわけには」

「いいんだ……持ってきてくれ」


シャッポは複雑な顔をしたものの、言う通りに食事を持ってきてくれる。すりつぶした芋を成形して香辛料を塗って焼いたもの。フルーツ系のソースに漬け込んだ魚。保存食なので塩味が濃いが、風味が豊かで美味しい。


ふと足元を見ると、何人かのドワーフとシャッポが食事をしている。


「どうしたの?」

「ナオ様お一人では寂しいかと思いまして、ご一緒したく思います」

「今日のは美味しいんだよ」

「シェフが変わったんだよ」

「伝説の流れの料理人を雇ったんだよ」


ドワーフたちは適当なことを言っている。

ちなみに言うなら草兎族ラビリオンは完全な菜食主義ベジタリアンであり、肉も魚も食べない。というより食材に火を通すこともあまり好まないらしく、水洗いした野菜だとか、何かの花の茎だとかをぽりぽりと食べている。


キャンブの中央では火が燃えていた。ココが竜の肉を焼いているのだ。オーガたちは肉を好み、焦げる寸前までよく焼いたものを好んだ。完全な生か黒焦げか、どちらかしか受け付けないらしい。


異なる種族は食べるものも違う……考えてみれば当たり前だが、僕にとっては興味深く、驚くべき事だった。


「……」


さて……やはり相談しておくべきか。そしてシャッポたちの意見を求めたい。


「シャッポ、実はこの機体の乗り手が残した手帳があったんだ」

「そうなのですか? 何か重要な情報でもありましたか」

「ああ、重要というか……日記に近いものなんだが……」


僕はシャッポの方向を意識しながら語る。


ベア=フォーセズというパイロットはこの砂漠に降り立ち、遭難時の義務として極力動かずにいた。わずかに生息する小動物を狩り、造水ユニットで細々と水を得ていた。

おそらく何年もそんな生活を……。


「この砂漠にはかつて村があり、ベアはその村とわずかに交流を持っていた。村の人々は信心深く、ベーシックを伝説の巨人だと考えて崇め、あまり接触することはなかった」

「かつては石工いしくの村がいくつかあり、石材が竜都まで運ばれていたそうですな」

「そんなある日のことだ……」


村人はベア少尉に助けを求めた。このあたりに凶悪な竜が棲んでいる。枯れ木を食らい岩を食らい、この世のすべてを噛み砕かんとする悪しき竜だと。


言うまでもなくカナキバのことだ。村人とベア少尉の間にどんな交流があったのか知らないが、彼は村を守るために竜を討とうとした。


「ナオ様にも似たようなことがあったと聞いております」

「本当は違法なんだけど、なりゆきでね……。それはともかく、ベアは砂漠をベーシックで歩き回り、巨大な顎を持つ竜。カナキバと思われる個体を見つけた」


……だが、そこからの記述は。




――あれは心優しい竜なんだ。


――できれば誰も殺したくないと思っている。だからギリギリまで食べるのを我慢している。


――だけどある瞬間。我を忘れて生木を食い尽くしてしまう。


――食べ漁った残骸を見て彼は泣くんだ。己の不甲斐なさを、失われた命をおもって泣くんだよ。




「……カナキバが、ですか?」


シャッポの疑問はもっともだ。僕は答えるかわりに記述の続きを読む。




――僕は、彼を救いたいと思った。


――その呪われた生態から解放してあげたいと思った。


――ベーシックで彼を組み伏せ、そのまま彼が餓死するまで押さえつけようとしたんだ。




緩慢な殺意だ。組み伏せたならそこからどうにでもなっただろうに。

それはベアという兵士の慈愛だろうか。それとも直接的に命を奪えない弱さだろうか。




――そこで、僕は大変な発見をした。


――偉大な存在だよ、彼らは。


――何も食・・・べなくても・・・・・生きて・・・いけるんだ・・・・・




「何も食べなくても……?」


シャッポと、周りのドワーフたちが首を傾げる。


「シャッポ、確認したいんだが、竜は生きるために食事を必要とするよね?」

「ええ……そのはずですが」

「当たり前すぎるんだよ」

「一日五食は欠かせないんだよ」

「朝ごはん昼ごはん夜食夜食夜食なんだよ」


君は早めに寝るべきだと思う。


シャッポはといえば、深い思考に沈むかに見えた。記憶を漁っているような仕草だ。


「……家畜化された竜などが、何らかの事情で餌を与えられずに放置された事例があります。私の知っている話では、47日間、厩舎に閉じ込められていた甲竜ベガントの話です。牧場主が持病により急逝してしまったのです」

「放置された竜はどうなったの?」

「発見された時、竜は仮死状態であったと伝わってます。発見者はともかく水を与えました。竜は鈍重に動き、半日かけてタライに一杯の水を飲み、三日目からは普通に餌を食べるようになったと」

「すごいんだよ」

「不死身なんだよ」

「水で戻して食べるパンみたいなんだよ」


……。


それは……昆虫の世界で言う乾眠かんみんに似ている。

砂漠に住む虫などは、干ばつの時などに自らをミイラのような状態に置く。極端に代謝機能を落とし、仮死状態になって雨が降るまで待つのだ。


しかしベアの手帳によれば、カナキバは暴れ続けて疲労と回復を繰り返したという。何か少し違うような……。


「……竜の生態については気になるけど、いま重要なのはその先だ」




――僕は彼の本質に気づいた。


――彼は何も食べなくても生きていける。何よりも優しい生き物なのだと。


――木や石に齧りつくのはじゃれてるだけなんだ。彼なりの愛情表現なんだよ。


――彼はあまりに大きく育ちすぎて、そのような愛情だけで周りを破壊してしまう。不幸なことだ。


――救ってあげなくては。そう思った。




「すごいこと言ってるんだよ……」

「ちょっとついていけないんだよ……」

「動物大好きおじさんみたいなんだよ……」


そのおじさんは知らないけど、ドワーフたちの感想はもっともだ。




――僕は彼に言った。


――じゃれつくなら僕だけにしてくれとね。


――彼はその言葉を守った。ベーシックの腕に、脚に、肩に、頭に牙を立てて愛情を示した。


――最初は何度も牙が砕けた。浸潤プレートは硬いからね。


――だけどその度に牙がだんだん硬く大きくなるようだった。彼もその成長を喜んでいた。


――僕と彼の充実した時間だった。


――そして、ベーシックが破損しても心配はなかった。


――村のお年寄りから、まじないの言葉を教わっていたんだ。




ここだ。

ベア少尉が村から教えられた、そのまじないの言葉とは。


「フィベルニア・フレイジア……」


光が。


ベーシックを包む淡い燐光。青白い炎に包まれるような眺め。


「おお、これは……」


シャッポが見上げる前で、浸潤プレートに生まれたひび割れクラックが塞がる。

欠けていた部分が再生し、露出していたコードがしゅるりと内部に戻り、あろうことか導通が回復する。


「……信じられない」


フィベルニア・フレイジア。彼らの言葉との類似性で推測すると。「花が咲くように傷を許す・・」となるだろうか。


回復のまじない……。しかし、今の一言でCエナジーを15%も消費した。回復に時間もかかるし、戦闘の最中に使えるかは微妙だ。


「ようやく理屈が分かった。ベア少尉はこのまじないを使い、ずっとカナキバと……戯れて・・・いたのか」


日記はそこからずっと同じような記述。カナキバに壊されて、まじないで直し、何日も戯れ続けるという日々。

何度ページをめくっても同じような記述が続くので、眺めてると暗示にかけられるような不安定さを覚える。


「やがて……乗り手ベアは死んでしまった。カナキバはベーシックを食い尽くそうとしていたが、偶然にもその頃に洪水が起きた。ベーシックは泥に埋まり、カナキバはそれを見つけられなかった……おそらくは、そんなところだ」


話し終えて、夜気に何ともいえぬ手持ち無沙汰な空気が流れる。


言うべき言葉がうまくまとまらず、言語化される前の心が虫となって漂うかのような。


「それは……その、ベアさんという方の、妄想……では」


シャッポもさすがに言いにくそうだった。眉尻を下げて困り顔を見せる。才気煥発な彼女には珍しい。


「あの怖い竜が優しいとかありえないんだよ」

「ナオも食われかけたんだよ」

「というかベアさんも食われてるんだよ」

「特殊な趣味なんだよ」


ドワーフたちも抗議するような声を上げる。


今の話、話している僕が現実から乖離していく感覚があった。ベアという人物の世界観に飲み込まれた気がする。


原因はこの手帳だ。これには魔法がかかっている。

筆跡に迷いがない。整然と几帳面に並んだ文字。ベアという人物は毛ほどの迷いもなく書いている。ベアにとってこの記述は確かに真実。それが読む人の心を動かすのか。


「……そうだね。すべて妄想に過ぎない。有用な情報としては回復のまじない。それと、カナキバは飢えにたいへん強い……というぐらいかな。それも怪しいものだけど」


……だけど。


カナキバはベーシックの腕をちぎり取っていた。あれが食べ物でないと分からないものだろうか。

そんなものを食べるということは、つまり栄養の接種を目的としていない。だから食事ではなくじゃれついて……。


違う。そんなわけがない。




――殺さないでほしい。




それは不可能ではない。例えば檻に幽閉するとか。手足を縛るとか。何も食べなくても生きられるなら、そのまま放置することも。


違う、そうじゃないんだ。カナキバは殺すのが最善なんだ。

しっかりしろ、竜を殺したことは始めてじゃないだろ。


頭がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。迷う余地なんかないんだ。カナキバはベーシックで始末する。カナキバが凶悪な竜であることに疑いはない。疑ってはいけない。


だが……。


「ナオ、中にいるかい」


はっと、顔を上げる。全方位モニターに映るのはナオと、背後に続く大勢のドワーフだ。


「武器を用意しといたよ。といってもトボの樹の角材に荒縄を巻いて握りを作って、打撃部分を金属で補強しただけだね」


ドワーフとウサギたちが20人がかりで持つ。見た目はただの棍棒だ。先端に金属板が貼ってあってメタリックな印象。

棍棒とはいえベーシックが武器を持つ、その威力は推して知るべしだろう。


「ありがとう、立派な武器だよ」

「ドワーフたちに言ってあげて」

「頑張ったんだよ」

「めちゃ頑丈なんだよ」

「親戚が逮捕された話ぐらい重いんだよ」

「すごいたとえ……」


まあともかく、武器は手に入った。

あのカナキバはそこまで驚異的な強さというわけでもないが、牙は脅威だ。攻撃を受ける前に一撃で仕留めなくては。


「……」


だが、心はざわめく。

ベアという人間の世界観が、残滓となって僕の中にある。

 

迷ってはいけない。

そう思うほどに、内臓がぐるぐると回るような……。


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― 新着の感想 ―
[一言] さてカナキバをどうするか。ずっと戯れてやるわけにもいきませんね。
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